47話 本気を欠いてマジを富む
一体何を言ってるのか分からなかった。
軽い現実逃避をするくらいに、目の前で話す男の言葉は支離滅裂で現実味がない。
「それに対してお前はダメな婚約者だったな。夫のストレス発散に付き合えない、むしろ私を軽蔑した目で見てくるだなんて。女のくせに生意気な態度。許せないよな」
「そんなことのために、私との婚約を破棄したと?」
「ん。まぁそういうことだ」
「そんなことのために、私を殺したと?」
「…………なんだ、やっぱり気づいてたのか」
ガーヒルが顔を歪ませる。それが彼の本性だろう。
ハンサムで爽やか、人当たりの良い笑み。それら全てが擬態。
まぁ別に。それを悪いとはいいませんけど。
『政治家たるもの、顔はいくつももたないといけないよ。時と場合によって顔を替える。さらには二枚舌、三枚舌を使って味方を増やす。それが政治家の生き延び方ってやつさ』
それが前パパの教え。
けど今分かった。
その教えは正しい。頑固一徹、強い意志で筋を曲げずに自分を通すのは立派だ。けどどんな理想を持っても実現できなければ絵にかいた餅。だから時には自らを曲げてでも、相手に卑屈になってでも通す。それこそが本当の意志の強さ。
前パパの教えを私はそう受け取った。
けどこれは違う。
この男はいくつもの顔と、いくつもの舌を使い分ける。
だがそこに意志の強さも、頑固な美しさもなにもない。
ただただ醜悪。
それがどこに根差すのか。前パパの言っていた理想と何が違うのか。
今分かった気がした。
この男には自分しかない。
顔を使い分けるのも、舌を増やすのもただただ全て自分のため。
自分の快楽のため。
そのために他人を蹴落とそうが、このように羞恥の底に蹴落とそうが関与しない。だってこの男には自分しかないのだから。他のものはすべてちり芥のようなもの。
不快だわ。
まったくもってこの上なく最上級にありえないくらいに不快。
「うん。それで? 私を告発するのか? 一体誰が何をどうしたのか私はまったく分からないのだが。それでも無理やりに、私に罪を押し付けると? ああ、元筆頭大臣の娘は怖い怖い。」
「さかしらいことを」
「ふん。証拠はなにもない。それで訴えるというのかな?」
「さて、どうかしら?」
「なに?」
ガーヒルの顔が初めて曇った。
何を考えてるのか、よくわかる。きっと、私を殺した時のことを再シミュレートしているんだろう。
けど無駄よ。
だって、証拠なんてないんだもの。
口先三寸舌八丁。
相手を幻惑し、猜疑させ、混乱させ破滅させる。そのための嚆矢(物事の最初)は放たれた。
「……ふん、何を余裕ぶるかと思えば。どうせ証拠なんてない。お前の訴えは空振りに終わる」
あら、さすが女神様により頭が改良されたんでしたっけ。あっさり看破されてしまいました。
けどまだ半信半疑という段階。なら無理に押し通す。
「さて、どうでしょう。試してみます?」
「ここから出られると思うなよ」
「出られますわ。私、ここに来ることを皆さんにお知らせしましたので」
「なに?」
「つまりここで私を始末した場合、疑いの目は明らかにあなたに向く。仮にあなたが完璧に処理したとしても、他の人はどう思うでしょうね?」
「そんなことは知らん。どうとでもなる」
「けど、あなたの支援者はどう思うかしら? 仮にも私は今、選挙の相手。それを呼び出して消した。その強引な手段に、ついてくる人がどれだけいるかしら? 邪魔な相手は迷わず殺す。あるいはアード卿の事件もあなたの差し金と思われるかもね。そうなったらあなた、一体どうするつもり? 1人で政治なさる?」
「……っ」
ガーヒルが苦虫を1万匹くらい噛み潰した表情をする。
あーいい気味。
「あ、ここを出た後に刺客を送っても無駄よ。いつぞやの彼みたいに失敗するから。というか一度、殺されそうになった私よ。2度目にあれば、確実に容疑はあなたに向く。だって私が死んで、一番得をするのはあなただからね。あからさますぎるとかミステリーの読み過ぎな人はこの世界にはいないだろうし。きっと首尾よくあなたを疑ってくれるわ」
「この、女……」
おお、怖い。
今にも目からビームとか飛ばしそうなほどにこちらを睨んでくるガーヒル。
残念。目で人を殺せたらいいのにね。よくないけど。
「それにこの有様。おいたが過ぎたのはあなたの方じゃない?」
ソフィアに目を移す。
彼女の今のこの状況。何が起きたかは一目瞭然。
この男の鬱憤の先に彼女がいるだなんて、ありえない。ありえちゃいけない。
「さ、行きましょうソフィア。こんな男のところにいつまでもいちゃダメよ」
だが予想外のことが起きた。
ソフィアが私の手を払ったのだ。
「エリ、さま、だめ、です」
よろよろと立ち上がったソフィアは、私にはっきりと拒絶の姿勢を示した。
ガーヒルをかばうように、その白く柔らかそうな素肌をさらして言った。
「ソフィア! あなたはまだこの男を! 騙されちゃダメ! この男はクズよ!」
「いえ、バイスランウェイ様は悪くありません。悪いのは私……」
この感じ。完全にガーヒルを信じ切ってしまっている。
洗脳というわけじゃない。これはあれよ。情けないヒモ同然の暴力男に対し、「この人は私がいないとダメなんだから」という一銭の価値にもならない同情を示すアレ。共依存。あるいはストックホルム症候群。
ソフィアがそこまで愚かだとは思わない。
むしろ優しいからこそそう思ってしまう。そこに付け込んだこの男のなんと狡猾でさもしいことか。
「ふふふ、やはりこの女は分かっている。誰が正しいかをな」
ガーヒルがにやけた様子でソフィアの後ろに立ち、その手をソフィアの肩に乗せた。
立場が逆転したとか愚かなことを本気で感じているのだろう。
「汚い手でソフィアに触らないで」
「おいおい、私はソフィアの婚約者だよ? なぜ触ってはいけないのか?」
「うっ……」
ソフィアが苦悶の声を漏らす。
ガーヒルの手がきつく彼女の肩に食い込んだのだ。
この男が。
この男がソフィアの優しさに付け込んで、暴力と殴り飛ばしたくなる甘い言葉で幻惑した。
私自身はあっちから婚約破棄してきたけど、ソフィーにはそれはあり得そうにない。
あの気の弱そうな、それでいて娘を本気で心配するソフィーの父親の顔が浮かぶ。それはどこか、前パパと今パパの顔に似ているような気がした。
ったく。仕方ないですわね。
これで理由が3つになった。
1つは私の復讐のため。
1つはソフィーの解放のため。
1つは何もできない無力な父親たちのため。
だから私は宣言する。
改めてこの男を許すことはできないと。
「ならいいですわ。私からあなたにはっきりと申し上げておきましょう。あなたとソフィーの関係。破棄された婚約者が、その婚約を破棄してやるわ」
そう、私は宣言する。




