42話 騒乱鎮圧
区長の息子に連れていかれたのは、上町の中でも比較的裕福な場所。それなりに大きな屋敷を構えている一角だった。
そのどこが、何が大変なのか。
それはたどり着いた瞬間に理解した。
「いいから金出せっつってんだろ!!」
何やら一軒の軒下で、騒ぎ立てる男が十数人。先頭の赤髪を逆立てた男がメインか。
対するのは少し小太りで身なりの良いオジサン。遠目からでも金ぴかの指輪とかブレスレットが目につく。
「その指輪とかでもいいからよぉ」
「し、しかしこれは妻と結婚の時に……」
「なら妻とは別れな!」
「ひ、ヒドイ。いくらお得意様とはいえこれはあんまりだ!」
「なら訴えてみるか? ま、無駄だろうけどな」
そして下卑た笑いをまき散らす男たち。
近くの屋敷は関わり合いになりたくないとばかりに窓をピシリと閉め、道行く人はこの光景を見た途端に回れ右。
あ、これ完全に輩だわ。
てかテンプレ過ぎる恐喝に強請りカツアゲ。一片の温情の余地もないクズの犯行ね。
「あなたたち、何をしているの?」
聞かなくても何をしているのか一目瞭然だけど、念のために聞いてみる。
もしかしたら祖父に小遣いをせびる孫×10人かもしれないし。
「あん、なんだてめぇは?」
一番騒いでいる中心の男がこちらに向き、メンチきってきた。怖かった。
けど被害者のオジサンを含め、ついてきた区長の息子やクロイツェルやダウンゼンの前で醜態は見せられない。
ぐっと恐怖を飲み込んでもう一度聞く。
「何をしているのかと聞いているんです」
「てめぇには関係ないだろ!」
確かに関係ない。
と言えればいいんだけどね。
「ここは国王陛下のおわす国都。それを騒がす者を、元筆頭大臣であるカシュトルゼ家の者として放置しておくわけにはいきません」
「あぁ、カシュトルゼだぁ? ぐひゃひゃ! あの汚職で辞めさせられた情けないジジイかよ! ってことはお前、娘か。あのメリとかなんとかの」
「エリーゼですわ。お見知りおきを。あなたのお父様はお元気?」
怒りをこらえて、なんとか反撃の糸口を探る。
「オヤジだぁ? そのオヤジからの使いだよ。金を集めて来いってよぉ。だからおろしに来たんだ。この銀行からなぁ!」
「そ、その。私どもは、その商売で、確かにアード伯の元へは何度か伺いましたが、銀行などとは……」
「いっつもおめぇから金を渡しに来てんだろ。なら銀行と一緒だろうが」
これはまた。
なんという幸運。ご都合主義と言われても仕方ないほどに、この展開は私に有利だ。
だから笑い出しそうになる頬の筋肉を必死に抑えて聞く。
「へぇ、アード伯の息子さん?」
「んだよ。それがどうした?」
「お父様がおっしゃったのね。金を集めるように、と」
「ああ。選挙とかいうので金がねーっつーから? 優しい俺が親孝行してやるってやつ。ま、手数料として何割かはもらうけどな」
そう言って笑うと、周囲の取り巻きも一声に笑う。
なるほど。あのアード卿とやら。
政争も残念だけど、親としても残念なのね。こんな息子しか育たないなんて。
なら、ここでさっぱりと引導を渡してあげましょうか。
パンっ
手を叩く。
それによって周囲の視線がこちらに向く。
何が起きたのか。
何を起こすのか。
その注目を受けた私は、舞台に立つ役者のように大仰に手を広げ、
「皆さん、お聞きでしょうか。ここにいらっしゃるのは、今や次期筆頭大臣として名高いアード伯爵のご子息様。心優しき彼は、親のため金策に東奔西走! かつてこれほどの親孝行があったでしょうか、いやないでしょう!」
「な、なんだよ……急に」
急にべた褒めされてどこか調子を外されたアードの息子がたじろぐ。
ええ、私も変なべた褒めで蕁麻疹が出そうです。
「しかし!」
ダンっと足を踏み鳴らす。
そこからアードの息子に指を突きつけ、
「これはいったいどういうことでしょうか。アード伯爵のご子息は、あろうことか国王陛下のおわすこの国都、その臣民から金を奪おうとしているではありませんか。その行為は私だけでなく、ここな皆がまさに証人。臣民から金品を奪おうとするなど、陛下への侮蔑に等しい行為! まさしく反逆! しかも王都でこれならば、彼の領地はどうなのか! これ以上の暴虐を許してよいのか、私はアード伯爵の統治能力について疑義を呈する!」
「な、何を言いやがる!」
「しかも、先ほど彼は言った。アード伯爵から金を集めるように指示されたと。これすなわち、アード伯爵による国王陛下への大逆にほかなりません!」
「ち、ちがう! 親父は関係ねぇ!!」
「ほぅ。ならあなたが自主的に、自分の意志で、自分のために金を奪おうとしたと? つまりあなたが主犯で陛下にたてつこうと?」
「そ、それは……」
「しかし残念。陛下への反逆は一族討滅の大罪! 父親が企もうが、息子が突っ走ろうが、大逆には一片の温情も示されない!」
「ち、違う! 俺は、俺は!! くそ! おい、お前ら! こ、この女を黙らせろ!」
あー、そう来るか。そう来るよね。
それも対策済み。
「ダウンゼン!」
「おうよ、行くぜてめぇら!」
ダウンゼンがついてきた子分たちと共に、向かってきた輩どもに突っ込む。
「現場舐めんな、コラァ!!」
勝負は一瞬。
そもそもが貴族とその取り巻きの貧弱連中。現場で鍛えているダウンゼンらに敵うわけもなく、即座に鎮圧されてしまった。
「クロイツェル、警備隊を呼んで。確か、グルートル隊長でしたっけ。あのジュエリ男爵の時の」
「ええ、分かりました」
そう言ってクロイツェルはさっとその場を離れた。
その間に私はダウンゼンに取り押さえられたアード伯爵の息子の傍に寄る。
「うぅ……くそ……し、死にたくねぇよぉ……」
まさかただのお遊びが、ここまで発展するとは思ってなかったのでしょう。
先ほどまでの威勢はどこへやら。顔を真っ青にしてがくがく震えている。
本当、馬鹿ね。男って。
「安心しなさい。私の方からお父様経由で国王陛下に口添えしてあげる。行き過ぎた親子愛の結果だって」
「ほ、本当か?」
「ええ。ただ少しばかり大人しくしてもらう必要があるけど。少なくとも今回の選挙では」
「する! する! するから! オヤジにもそう言う! だから頼む、助けてくれぇ!」
涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔で叫ぶアード伯爵の息子。
ほんと。人間、こうなりたくはないわね。
私も気を付ける……必要はないわよね。だって私はいつも正しいことをしてるもの。こんなことになるはずもない。うん、そうよね?




