22話 カウンターアタック
「ふう、やれやれ。まったく。まさかエリーゼ様の屋敷を囲むなど、蛮族の所業だな」
「あ? これはあれだ。“硬度”な政治的駆け引きってやつだ。てめぇみたいななよっとしたお坊ちゃんは黙ってな」
「硬度ねぇ。どういう意味なのか聞きたいところだがね。それで某君の手先となってエリーゼ様に不安を抱かせるなど……許すまじ」
「う、うるせぇ! てめぇこそ全部終わるまで隠れやがって。なにが“あなたのクロイツェル”だ! 気持ち悪い!」
「私は自分を知ってるからね。無駄なことはしないんだよ」
「ほぉー、ならご教授願いたいね。いざという時に体も張らずに隠れていた男について、お嬢様はどう思ってるか。あのままもし、民衆がなだれ込んだらお前はどうするつもりだったんだ? ボロボロになった公爵邸に乗り込んで“いやいや、大変でしたねぇ”なんて言うつもりか?」
「ばかな! そんな薄情な男では私はない!」
「ほー、だが全てが終わるまで隠れてたのは事実だよな?」
「む、むむむ……」
「はっは、てめぇも意気揚々と出てきた割には大したことねぇなぁ」
「そういう君こそガーヒルの手足からエリーゼ様の下僕と節操がないぞ!」
「おやおや、俺は別に貴族様の派閥に入ったつもりはないぜ? なんてったって平民だからな。俺はただ仕事として、そして俺の楽しみのためにやってるだけさ」
「これだから平民は……矜持もなにもあったもんじゃない」
「うるせぇ、貧乏貴族が!」
はぁ、やれやれ。ひと段落したと思ったらまたすぐに口論。
いい加減に馬鹿二人を黙らせたいんだけど。
あれから――クロイツェルが現れてから俺も行くと言って譲らないダウンゼンにアーニィを加えた4人で家を出発した。
クロイツェル。
そう、私の縁談の再募集の際に現れたイケメン……いや、変人だ。結局、私の“プロジェクトかぐや姫”を見破ったと思ったまま、何もアプローチもなかったからすっかり忘れてた。
それが突然現れて、行こうとしていたジュエリ男爵の屋敷に向かうってことなんだけど……。
「あの、エリお嬢様。まさかジュエリ男爵のもとに3人で乗り込むおつもりですか?」
アーニィが心配そうな声で耳打ちしてくる。
「あら、4人じゃない」
「…………ま、まさか私も!?」
「当然でしょう。あなた、誰の護衛?」
「それはエリお嬢様……いえ! たかがメイドの私がそんな他の貴族様のお屋敷になど!」
「いいから。こういうのは頭数が重要よ。1人より2人。3人より4人。前パパもそう言ってたから。とにかく頭数で脅せって」
「3人も4人もあまり変わらないじゃないですかぁ」
そんな半泣きの様子のアーニィに、少し暗い喜びを覚えてしまう。よくないと分かってるんだけど、からかって面白いのよね、この子。
「ああ、エリーゼ様。その件については少しお手伝いできるかと」
と、アーニィとの会話にクロイツェルが入り込んできた。
「なに? 乙女の秘密の内緒話に男が首を突っ込んだら、馬に蹴られて死んでしまえって法律があるのよ?」
「そのような秘密に近づけるならこのクロイツェル。エリーゼ様に蹴られて死んでも本望!」
「なら死んでしまえ、このキザ男」
ダウンゼンの容赦ないツッコミを、クロイツェルに浴びせるが当の本人には馬耳東風。大したタマだわ、この男。ちょっと気持ち悪い。だって私が蹴り殺すのを望んでるのよ!? 恐怖よ!
「えと、で? 何が手伝えるかって?」
「これからジュエリ男爵のもとへ圧力をかけにいくのですよね?」
「言い方が悪いわね。今回の件の被害者として、警備の責任者に文句を言いに行くだけよ」
「それ脅しって言わないか?」
「ダウンゼン、黙りなさい」
「うっ……すまん」
「で? 当てがあるってことだけど誰でもいいってわけじゃないのよ? それもほんの数人じゃなく数十人単位。それも冷遇されてる貧乏貴族に手伝わせるっていっても、ガーヒルに恐れをなして尻込みするのは目に見えてるわ。中途半端なことをしてもガーヒルに1つずつ潰されることになる。そこんところ分かってる、クロイツェル?」
「ふっ、さすがですねエリーゼ様。その智謀、
「いいから結論を言いなさい」
「失礼。どうも物事をもったいぶるようになって。ええ、ではこちらへ」
そう言って先頭を歩きだす。そして少し行って角を曲がったところは、少し開けた場所。そこに男性が30人くらい集まっていた。歳は様々で、あからさまに10代の子もいれば白髪の生えた年寄りもいる。
しかもその洋服も様々で、クロイツェルと同じように、ともすればダウンゼンと同じような襤褸――痛んだ服をなんとか使いまわしているのもいれば、上等な絹の礼装を着た者もいる。
いったいこの連中は……?
「おお、カシュトルゼ様のご息女様」
そう年かさの男が発した言葉に、ハッとしたように男たちがこっちを見る。
「ああ、本当にいらした!」「無事だったんだ!」「さすが、エリーゼ様だ!」「ってことはやっぱり……」「ああ、行くんだ! ジュエリ男爵のもとに!」
そう熱狂するように、目を輝かせるおっさんを含んだ男に詰め寄られて思わずたじろぐ。
「説明してもらえる?」
クロイツェルに避難がましい声でそう伝えると、彼は少し肩をすくめて、
「共に陳情をしていただく有志の方を集めさせていただきました」
「ただの有志じゃないわよね?」
「ええ、もちろん。彼らは“今回の平民の暴挙を近くで見られて恐怖にかられた貴族様”です」
なるほど。
うちは中央区の中でも中心の近くに家がある。大臣という地位に伴った地理だろう。
そこへあのデモ隊が向かうには、もちろん他の家の前を通ることになる。
彼らからすれば、謎の(彼らより少なくとも)みすぼらしい薄汚れた集団が急に現れたのだ。しかも怒気を纏わせての行軍に恐怖したのは当然ね。
今回、クロイツェルが集めたのはそういった連中。その中でも特に意志が弱い者たちだ。
ようは怖い目に遭った。けどその責任者に1人で言いに行けるほど家格も勇気もない。
だから私という旗頭を必要とした。
私を隠れ蓑に自分の意志を押し通す。
あるいはそのうちの何人か、あるいは全員がクロイツェルにそそのかされたのろう。ガーヒル与党の者だとしても、自分が危険に遭えば敵である私にもすがりつく。本当にあさましいものね。
「クロイツェル。あなた。策士ね」
「いえいえ、エリーゼ様には負けます」
どういう意味よ!
ま、いいわ。これで少しは時間圧も大きくなることだし。
ここは少しは担がれてやりましょうか。




