17話 女子会恋バナ策謀中
「え、えと……バイスランウェイ様の、ことでしょうか?」
私の問いにソフィーはそうおずおずと答えた。
「………………え?」
なに? 今一瞬時が止まったんだけど?
何かしらの妨害を受けていた?
「いや、ガーヒルのことなんだけど」
「はい。バイスランウェイ様のことですよね?」
「違う違う。私はガーヒルのことを聞きたいの」
「えと、バイスランウェイ様とは違う人のことでしょうか?」
なんだろう。話がかみ合わない。
てかバイスランウェイ様って誰よ。この子は誰でも彼でも様をつけないと気が済まない系?
とんだ不思議ちゃんもいたもの……と思ったんだけど。
ちょっと1つだけ。1つだけ可能性があった。
私も彼女もなにもかみ合わない会話をしていないという可能性。
「えっと、バイスランウェイ様っていうのは……」
「はいガーヒル・バイスランウェイ様のことです」
あー、やっちゃったー。
もと許嫁相手のファミリーネームを知らないなんて、そりゃ不思議がられるわ。
「あー、それね。バイストンウェルね。それそれ。そのバイバイランランのことよ、ガーヒルってのは」
「はぁ……?」
良く分からないと首をひねるソフィー。
いいのよ。もうこうなったらノリと口先で強行突破よ。
「そう彼のことなんだけど……ちょっとその前に1ついい?」
「は、はい」
「バイスランウェイ、様? なんで様付けっていうのは一旦置いといて。なんでガーヒルって呼ばないの?」
そう。彼女とガーヒルは結婚を誓い合った仲。私を切り捨てて略奪婚と言わんばかりにくっついたはずなんだけど。
様付けはもうこの子の癖だとして。なんで下の名前で呼ばないの? そういうこと。
「え、いや。その……おそれ、おおくて」
「恐れ多い?」
「は、はいぃ。えと、あの。バイスランウェイ様は、伯爵さまで。お父様は男爵なので。私としては、もう、お名前を呼ばせていただくのは恐れ多いというか」
あれ、ガーヒルって伯爵だっけ? 公爵とかって聞いたけど。ま、いいや。
てかつまりあれ?
身分の差があるから名前で呼ばないって。
ふーーーーん。
バカじゃないの?
「バッカじゃないの?」
「ふぇ!?」
あ、いけない。声に出てた。ま、抑えるつもりはないけど。
「あなたたち夫婦になるんでしょ? なのになに? 名前で呼ばないって。てかあっちはあなたをどう呼ぶのよ」
「い、いえいえ。そんな。私なんか名前を呼んでくれるなんてこと、とても申し訳なくて。“おい”とか“お前”とかで呼んでいただけるだけでも幸せです」
「はぁぁぁぁぁ」
なんだろう、このがっくし感。
肩透かしくらったというか。
私はここに敵を探しにきた。そしてその敵を見定めに。
なのに出てきたのは恋する乙女一丁。名前で呼ばれないのに、それが嬉しいとかどんなドMよ。
「あなた、ガーヒルのこと、好き?」
「そ、そそそそそそ! そんな! いえ、私なんかが恋愛感情を持つだなんて、本当におこがましいというか、万死に値するような不敬というか」
「いや、夫婦になるんでしょうが」
「あ、あああ!!」
「ど、どうしたの!?」
「い、いえ! その、バイスランウェイ様と一緒になれるなんて……もう、夢のようで!」
急に叫び出したら何かと思えば。
完っ全にノロケじゃない。てか真正のドMね、この子。
「ふーん。で、何が好きなの?」
「それはもう! それはもうなんですよ!」
と、突然身を乗り出したソフィー。
それから明後日の方向を向いて、目をキラキラさせて答えた。
「あの聖母のようなつぶらな瞳」
つぶら? めっちゃ凶悪な目をしてたけど?
「天上から降りてきたかのような美しい福音のようなお声」
福音? 私には呪怨の声にしか聞こえないわよ。
「天下万民に愛されるような度量の深さと心優しさ」
私、殺されてるんだけど。あと民衆を弾圧しようとしてるんだけど。
「伝説に見る天使のように美しく整った愛らしいお顔」
あー、まぁ見た目はね。けど愛らしくはないかなぁ。
「アンテンフィア大聖堂のゲリア像のごとく、たくましく引き締まった体」
え、マッチョなの? 彼? あんまり鍛えてなさそうだけど、細マッチョ!?
うーん。ちょっと切り捨てるには早まったかなぁ……って、違うっての。
外見はいいのかもしれないけど、性格最悪。てか私を殺した相手だっての。
てかこの子、本気? アレをそこまで敬愛できるとか。
「変なクスリやってないわよね?」
「お薬、ですか? えと、私体が弱いのでお医者さんからいただいたお薬を」
「あ、いいの。そういうんじゃないから」
「はぁ。でも、この体のおかげでバイスランウェイ様に出会えたと行っても過言ではないのです。3年前のあの日、突然降り出した雨に、お出かけ中だった私は傘もなくずぶ濡れになってしまいました。体も冷えて発作も起きてこのままでは死んでしまう、そんな時に舞い降りたのがバイスランウェイ様だったのです。ぶっきらぼうに傘を貸していただいて、それで私はなんとか家までたどり着いたのです。あの雨の中、バイスランウェイ様はずぶ濡れで帰ったことでしょう。そもそもバイスランウェイ様は――」
あ、急にモノローグ入ったわ。
別にどうでもいいんだけど。
…………って、今の助けてくれた内容のどこにキュンと来る? ずぶ濡れの女の子が発作で苦しそうにしてるのよ? 傘貸すだけ? バカじゃないの? それで自分は雨に濡れて帰ってくの? 自分に酔ってるの? バカじゃないの?
てかちゃんと家まで送り届けて看病するまでが男でしょうがぁぁぁぁ!!
自分が適当に微妙な親切されたってだけでほの字になったことを、ペラペラと喋り続けるソフィーがなんというか哀れで哀れで。
うん、分かった。
あの男の性格とこの流れ。
この子、完全に被害者だ。
悪い男に騙されたタイプで、それを信じて疑わないやつ。絶対ホストとかに貢いで自己破産するタイプ。
「だからバイスランウェイ様は学校でも人気ふぇ……ふぁ、ふぁの、ふぇふぃふぁふぁ?」
まだ喋り続けるソフィーがなんだか可哀そうに思えてきて、思わずほっぽをつまんで伸ばしてみた。おお、すっごい柔らかい。伸びるわ。
はっ。思わぬ触り心地にちょっと感激してしまった。
私はつまんだほっぺを放して、小さく咳払いして言う。
「良く分かったわ、あなたがハイハイテンションに入れあげてるってことは」
「そうなんです! 私、私! やっぱりバイスランウェイ様をお慕いしております! だから、だからエリ様でも渡しません!」
入れあげてるってとこ否定しないのね。てかお慕いするとか古いわね。
てか渡さないと言われても、別に要らないから。あんな男。
はぁ。てか本来なら、あの男の弱点でも、と思ったけど全然違う方向から話が入って来たわね。
ま、いいわ。とりあえず彼女が完全な敵ではないことが分かったから。
あるいはこの子があのガーヒルに対するジョーカーになるかもしれない。それが分かったから十分。
というかこの子をあの男の毒牙から助けたいなんて思いも沸いてくる。
だから私はできるだけ内心を隠して、彼女に告げた。
「いえ。ガーヒルのことはもう諦めています。なにせあなたという素晴らしい伴侶を得ることができたんですから。友人として祝福いたしましょう。ええ、もう。万歳万歳万々歳の万祝福です。ですから、ええ。あなたが気まずい思いをすることもないんですが、同じ人を好きになった者同士。そう、私たち、お友達になりませんか?」




