13話 お嬢様の独演会
「……で、てめぇは何がしてぇんだ? 痛っ」
アニキ――もといダウンゼン・ドーンはソファに座ったままこちらを睨みつけてくる。
ただまだアーニィの一撃が効いているのか、ふらふらしたまま。
まぁ仕方ないわよね。だって後ろ手に縛られて、足も足首のところで手錠みたいな鉄輪をはめられてるんだから。
「ところで、アーニィ。何でロープと輪っかを持ってるの?」
「はい! もちろんエリーゼ様を守るためです!」
なんでロープと手錠が守るためになるのか不明だったけど、なんか聞いちゃいけないような気がしたので放っておこう。
「さて、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
ダウンゼンに向き直って問いかける。
「ちょっとお願いするような態度じゃねぇよな、これ」
「いやほら。私ってちょっと人見知りというか、初対面の男子と何を話していいか分からないのよ」
「だからってボコって拘束して上から目線でお願いっつーのはありえねーだろ!」
「いや、私はやってないから。ボコったのも拘束したのもこの娘だから」
「エリ様ひどい!」
「……ちっ屁理屈を」
前パパ直伝の必殺『部下がやりました』が屁理屈で切って捨てられたのはちょっとムカッときた。
「ただの事実よ。てかそもそも手を出したのはそっちでしょ」
「知るか! てめぇら貴族連中のすることなんざいつもこれだ。口だけなんとでも言って、強制的に従わせる。その果てがなんだ。全部巻き上げやがるじゃねぇか。金も、住むところも、仲間も!」
「うぅ、アニキぃ……」
隣の部屋に続くドアから顔をのぞかせるのは、彼の仲間のうぇーい系男子。
こっちの部屋に入ってきたらアニキの命はないわ、と脅しておいたからこちらに来れないでいる。
「てめぇら、早く逃げろって言っただろ! すぐに軍が来るぞ!」
「アニキを置いてけるわけないじゃないっすか!」
「ダメだ。俺たちの革命の火種、それを消させるわけには……」
「あー、はいはい。どうでもいい愁嘆場はそこまでにして」
なんかこのままだとお涙頂戴のどうでもいい寸劇になりそうになったので、会話に割り込んだ。
ちょうどいいワードも出てきたし。
「どうでもいいだと!?」
「うん、どうでもいいの。これから話すことと比べたらね。で、その革命の火種ってやつだけど。もしかしてあなたたち、クーデターでも起こすつもり?」
「っ! てめぇ、どこからそれを!!」
いや、今しがたあなたが言ってたことだけど。
しかもこれでクーデター確定。さっきはなかなかの勘の良さを見せつけてきたけど、脳筋はやっぱ脳筋か。
ま、それでもこの下流階級への影響力と面倒見の良さは使える。
ガーヒルの件どうこうでもなく、しっかり抑え込んでおくべきだろう。直感的にそう感じた。
「というわけでお願いがあるのよ」
「くっ、殺すなら殺せ。俺はなにも吐かないぜ。仲間も売らねぇ、絶対にだ!」
うわー、巨漢のくっ殺は見るに堪えない……ことないわね。なんかちょっと新鮮で滾るわ。
「あ、そういうのいいから。アジトはどこだー、ってこともどうでもいいから」
「言っただろ、アジトの場所とかも言わ――あ? ど、どうでも?」
「うん、そう。どうでもいいの。クーデターそのもの自体が」
「な、な、なんなんだよ! わけわかんねーよ! 俺は、あれだぞ! てめぇらを、貴族を、ぶったおしてこの国に革命を――」
「それで何か変わるの?」
「あ?」
「そもそも革命なんてものはそうそう実現しないものよ。これまでの歴史の中で、何度も革命が成功してる――ように見えるけど、実はその何倍も何十倍もの革命が未遂で失敗に終わってるのよ。たまたま成功したからこそ、歴史にフィーチャーされているのであって、敗者は歴史の海に埋没するだけ。だから革命なんて実現しない方がほぼほぼ全てなのよ。てかこんな場末のバーとはいえ、革命だクーデターだを声高に叫んでる時点であんたたち終わりよ。私が掴んだくらいだから、他の特権階級連中もどうせ掴んでるでしょ。掴んで泳がせてるってだけね。なんてったって反乱分子は、まとめて叩き潰した方が後に残らないからね。あるいは、成功してほしい人がいるのかもね。うん、多分いるんじゃない? こういう馬鹿たちを炊きつけて裏でこそこそしている特権階級が。失敗してもよし、成功すれば自分は協力者として頂点に立って圧倒的な基盤で国を支配する。そんなシナリオじゃない?」
「な、なにを言って……貴族が、俺たちの革命を?」
「そ。あなたたちが決起するのを待って、それを叩き潰して貴族様たちの信任を勝ち得るか。あるいは裏で支援して、現政権――ま、つまりは私の今パパなんだけど、を倒して自分がとってかわるとか。あー、つまりあれね。革命の後にあなたたちが待ってるのは、反乱罪で裁かれるか、新たな特権階級により厳しく搾取されるだけの未来ね」
「な……なんだよ、それ……なんでそんなことが」
「起こりえるのよ。あなたたちはよく「貴族が」「貴族が」って馬鹿にするけど、あまり舐めない方がいいわよ」
「んだと。貴族なんてあれだ。偉そうにふんぞり返ってるだけの連中だろ。そんなやつらに俺らが負けるわけねぇ!」
「勝ち負けとかじゃないのよ。舐めるなって言ってるのは、そう。特権階級連中の、地位に対する執着心と見境のなさ。そしてそれに関連する羞恥心のなさよ」
「どういう、ことだよ」
「前パパが言ってたわ」
「ま、前パパ……?」
「話を聞きなさいって」
「お、おう」
「『甘い汁を吸った人間が次に考えることはわかるかい? そう、“その甘い汁を永遠に吸いたい”ということだよ。そのためにどうするか。何をすべきか。それだけを考えるようになるんだ。人間は甘いものへの誘惑に、根源的に勝てないのさ。物理的にも、精神的にもね。だからどれだけ崇高な理念を持とうが、どれだけ革新的な考え方を持とうが、甘いものの前にはよりべろべろでぐしゃぐしゃで幼稚すぎる甘い考えでしかないってことさ』。ってこと。わかる?」
「お、おう」
ダウンゼンがガクガクと首を縦に振るけど、絶対分かってないわね。
ま、話を聞いてくれるだけでもいい流れ。
ぶっちゃけ貴族が裏にいるかどうかなんて知らない。
あり得そうな可能性をただ並べただけ。
それでも相手がこちらの意見に耳を傾けるようになったのは、『自分たちよりもはるかに物事を考えているように見せた』から。
そう思わせたら勝ちだ。
敵の危険性を助長させ、それがなぜかというのを証拠も何もないままにでっち上げる。まぁぶっちゃけ自分ならそうするって考えを述べているだけで、真実性なんて欠片もない。まぁ7割くらいは当たってると思うけど。
「ま、そういうわけで。あなたたちの反乱の計画は貴族の手の内。それでもってこれはまぁ、時期は未定だけどほぼほぼ確定情報。下町、なくなるわよ」
「なっ!?」
アニキにうぇーい系男子だけでなく、戻って来た店主に、なぜかアーニィまで驚きの声をあげる。ああ、そういえばこの子には言ってなかったっけ。
「ふ、ふざけんな、そんなガセ! 信じるかよ!」
「ガセじゃないわよ。こないだあったパーティで、ある貴族様がこう言ってたわ。下町から浮浪者と反政府思想の持ち主を追放するクリーンナップキャンペーンをするって。やりたいのは自分に都合のいい民衆を選別するってことだろうから、半分も残らないんじゃない? というか全部潰して、跡地になんか建てた方が建設的よね。遊園地とか映画館とかレジャー系。個人的にはサロン系かスパが欲しいんだけど」
そんな話までは聞いてないけど。
あることないことに、なくはないレベルのないことを足せば真実っぽく聞こえる。だって真実の表皮にないことをスプレーしているだけだから。本質的には真実なのよね。
「ば、馬鹿な……そんなの、誰が」
「ガーヒル・バイスランウェイっていうんだけど、知ってる?」
「なっ!?」
アニキの驚きは下町の取り壊しの時より激しかった。
「ア、アニキ! ガーヒルってのは、もしや俺たちの――」
「それ以上言うな!」
うぇーい系の子分の言葉を遮るようにアニキが怒鳴る。
ふーん?
ああ、そういうこと。
「そのガーヒルってのがあなたの後ろ盾ね」
「む……ぐ、うう」
図星みたい。
あのガーヒルっての。一応、やることやってんのね。
つまりこいつらを使って今パパの政治基盤を破壊させる。そこで利用するだけ利用して、あとは自分が実権を握ったらクリーンキャンペーンでポイっと。
うん。舐めてるわね。
アニキたちがじゃない。
あのガーヒルという男。
徹底的に人間というものを舐めてる。
はぁ。やれやれ。
本当になんというか、この男たちも気の毒。
彼らも気づいたのだろう。自分たちが誰に何をさせられるのか。そして未来がどうなるか。
というわけでここでトドメ。
ここまででこいつらのクーデターの根本とその未来をバッサリ切り捨てた。
自分たちが自発的に立ち上がったことが、実はただの操り人形だったと知らされて頭が空白になっているはず。
そこに流し込む。
一滴の毒を。
そして甘い、甘い蜜を。
どれだけ崇高な理念を持っても、どれだけ革新的な考え方を持っても、抗いきれない甘いものへの誘惑。
追い詰められた獲物が、甘い匂いに誘われて檻の中にすっぽり入るように。
だから言う。
「ちょっとお話、しない? 具体的には、私の手伝いをしない?」




