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11話 下町の漢

 男たちが私の質素ながらも私が切ることで気品があふれ出ている上着の裾を引こうとした、その直前。


「ぎゃぶっ!?」


 目の前の男の体が飛んだ。


 何が、と思ってみれば私のすぐ横に細長い棒のようなものが突き出ていた。いや、違う。これは人の手。けど人の手と思うにはかなり細い。栄養はちゃんと取れているのかしら。それに指先がちょっと荒れてる。苦労人の手ね。


 その手が私の耳の横を通過して、拳となって突き出されている。

 つまりその拳が今、目の前の男の顔面を撃ち抜いたわけで、そんなことができるのは――


「お嬢様に障るな、下郎!!」


「アーニィ」


「申し訳ありません、エリ様。護衛の身でエリ様を見失うなど……この失態、夜の折檻で償わせていただきます!」


「いえ、ナイスタイミングでした。折檻はしませんよ?」


 ちょっと楽しそうと思ってしまったけど、これでも一応恩は感じる人間ですからね。


「そ、そうですか……しゅん」


 なのにちょっと悲しそうなアーニィ。何か間違ったかしら。うぅん、もしかしたらこの世界特有の何かかもしれないですね。こうなったら一度試してもらいましょうか。アーニィにいきなり行くのは可愛そうなので……ええ、では今パパをちょっと攻めてみましょうか。今夜辺り。


「てめぇ、ゼーキに何しやがる!」


 チャラ男をやられて残った男たちが顔を真っ赤に――あ、もとから真っ赤か――して怒鳴る。


 それを軽く受け流したアーニィは私の前に立ち、頭を下げる。


「お嬢様、しばしお待ちください。この輩どもをメイドとして掃除いたします」


「ええ、じゃあ任せるわ」


 何がメイドとしてなのか分からなかったけど、こう自分から言うのだから自信があるのだろうと思って任せた。


「御意!!」


 それからは一方的だった。


 アーニィが動くたびに男が宙を飛び、壁に張り付き、テーブルに激突して倒れていく。狭い室内は一気に騒乱の最中に放り込まれ、その中でアーニィは次々と男たちをちぎっては投げていく。


「メイド流暗殺術に敵う者はいません!」


 あのちょっとどんくさいアーニィが縦横無尽に暴れまわる様は、あまりに常軌を逸してるみたいでなんだか夢みたい。

 うぅん。それにしてもちゃんとまさか強いとは。ごめんね、護衛にならないとか思っちゃってて。それにしてもメイドとしてっていうのは、メイドとして冥途に送るってこと?


 10人ほどいた男たちは、ほんの1分もしないままに床に転がってうんうん唸るだけの物体に成り下がっていた。


「ふぅ、終了です」


 アーニィは少し息を乱しただけで、一発も殴られもしなかった。え、強すぎじゃない? なにこの子。護衛として最強じゃない。


 けど参ったわね。

 本当は味方に引き込む予定だった人たちをノシてしまったわ。


 けどあれかしら。

 一度は殴り合った人たちは、その後により深い友情で結ばれると聞きました。きっとあれがこの後に起きるんですね。


「皆さん、というわけで仲良くしませんか?」


「おお、お嬢様。このような者たちに手を差し伸べるとは。エリ様の御心は悠久の空より果て無いのですね」


 とアーニィが答えるだけで、他は誰も答えてくれなかった。寂しかった。


 うぅ。これが文化の違い。いえ、場所が河原じゃないからいけないんですね。


 そうに決まってる。

 と、うんうん頷いていると、すぐ横に誰かがいたのに気づかなかった。


「てめぇら、うるせーよ」


 1人。長身の男が立っていた。


「てめぇ、どこのやつらだ?」


 男――今まで隅っこのソファで熟睡していた男がふらりと体を起こしてすぐそばまで来ていた。


 短く刈り込んだ金髪。眠そうながらも尖って横に広がった瞳には意志の強さが現れているように思える。

 それだけだとどっかのチンピラにも見えるけど、口の周りの無精ひげがなんとなく強面(こわもて)感を増強させ、建築現場で働くガテン系にいちゃんに見えなくもない。さらにその190を超えるだろう体躯とタンクトップから溢れる筋肉からは相当の迫力を醸し出していた。

 てか胸板厚っ。なにこれ。同じ人類なの? 妖怪むないたんとかじゃなく?


「聞いてんのか、おい? 人のシマにちょっかいだしてくれちゃってよ?」


 男がハスキーでドスの効いた声で静かに怒鳴る。うん、矛盾してるけどそんな表現がピッタリな、腹からの声だった。


「ちょっかいだされたのはこちらなんですが……」


「ああ? その前に馬鹿にしただろ、俺らを」


「あ、聞いてらしたんですね」


「ぐだぐだうるせぇから聞こえてきたんだよ。それでこいつらがおめぇを追い出しゃ(しま)いだったんだが……ったく、おいなにやってんだてめぇら」


「くっ……す、すみません。ダウンゼンのアニキ」


 おお、アニキ。漢字じゃなくてカタカナのアニキ。

 なにか胸がきゅんとする響きね。


「ったく。それほど手練れってことかよ。おら、邪魔だから奥行ってろ。おい、マスター。こいつらに傷薬渡してやれ。代金はそこにある俺の財布から勝手にもってけ。迷惑料も込めてな。それからこいつらに水やってくれ。馬鹿が酔いを醒ますにゃちょうどいい」


 てきぱきと指示を出すアニキ。


 なんていうか、意外に面倒見がいい? キップもいいし、ちゃんとしてるし乱暴な物言いと違って真面目系なのかしら?


 そんな私の視線に気づいたのか、こっちに振り向いた時には阿修羅のような形相で睨みつけて叫ぶ。


「あ? 何見てんだ、てめぇ!」


「いえ、不思議な方だなぁと」


「おちょくってるのか?」


「まさか。観察してるだけです」


 弱みとかを見つけられないかって。


「……それがおちょくってるっつってんだよ。で、もう一度聞くがてめぇ、どこのもんだ? ああ、ちなみに俺はダウンゼン・ドーンだ。そこらのファーリーのお屋形について郊外の橋の建築やってる職人だ。職人だからってなめんじゃねぇぞ、コラ! てめぇの手抜き建築の家をぶっ壊してその後きっちり建て直すぞ、コラァ!」


 あ、やっぱ建築現場で働いてた。なんか想定通りすぎるわね。

 てかわざわざ聞いてもないのに自分の身の上を話始めるとか……やっぱ真面目ね。


 ふむ、困りましたね。どうしましょうか。

 ここで普通に正体をばらしてしまってもいいんですけど、それだとこう……面白くないというか。やっぱこういうのは最後の最後で印籠を出して「ひかえおろう!」って感じのがいいんだけど。タイミングが難しいわ。印籠ないし。


 なんて思っていると斜め後ろのアーニィが鼻を鳴らしてこう言った。


「ふん、エリ様がお前たちみたいな下賤の者に名乗る必要などないわ!」


「エリってのか、貴族か」


「あ」


「アーニィ……」


「ご、ごごご、ごめんなさぁぁい、エリーゼ・バン・カシュトルゼ様ぁぁぁぁ!」


「なに、カシュトルゼ?」


 アニキがそのファミリーネームにピクリと反応する。


「あわわわわわ! し、しまりましたぁぁぁぁ!」


 はぁ、まったくこの子は。


 やれやれと思いつつも、自分も身の上を明かして対しようと思ったのだから大目に見ましょう。演出ってことで。


 だから私は小さく息をつくと、くっと顔を上げて(そうしないと相手の顔が見えないから)挑戦するようにアニキに向かって言い放つ。


「ええ、私が“あの”エリーゼ・バン・カシュトルゼです」


 ま、印籠もないしお供にこの子は不安だけど。

 こういう言い方、ちょっとは格好つくんじゃない?

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