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足跡ふたつ、朝の道。(のんの)

 最近、しーちゃんは朝になると、一人でどこかへ出かけている。コンビニにでも行ってるのかなと思ったけど、三日目にしてこう言った。


「のんの、一緒に散歩しない?」

「散歩?」

「一人で歩いてても虚無」


 一人が好きなしーちゃんにしては珍しい発言!

 実は私も、最近ぷよぷよしてきたお腹が気になっていて、たまには散歩にでも行こうかなと思っていた。この歳になると、体重を増やすのは簡単なのになかなか減らない。運動しないとと思いつつ、どうもあと一歩、気合が足りない。つまり、この申し出はとてもありがたい。


「行く!」

「じゃあ、明日から。起きたらすぐ着替えて出発するよ」

「りょーかい」


 しーちゃんちは、朝の六時半になると、一斉に部屋のカーテンが開き、電気がつく。


『おはようございます』

 スマートスピーカーの電子的な声で、私たちは朝を迎える。

 今日の天気や気温、部屋の温度と湿度を教えてくれる。私は目覚ましをかけなくても、このスマートスピーカーさんのおかげで起床できている。よくわかんないけど、しーちゃんが全部設定したらしい。ちなみに、廊下や洗面所などは、歩くだけで電気がついたり消えたりする。ここは未来かな? 私はしーちゃんちに来てから、部屋を退出するときに電気を消すという動作を遺伝子レベルで忘れてしまった。いいような悪いような。


 次の日の朝、スマートスピーカーが喋りだすとともに、しーちゃんがガバッと起きる。それにつられて、私もガバッと起きる。

「おはようございます」と私が言うと、「おはよう。では行くぞ」としーちゃん。


 二人でサクッと着替えてものの5分で準備を終える。もちろんスッピン!

 コロナ禍以降、私はマスクの恩恵をありありと受けている。そう、マスクさえしていれば、スッピンでも怖くない。


 外に出ると、むわっとした空気にやられる。夏っていっても、朝からこの気温、おかしくない?


「どこ行くの?」

「うーん、そうだなぁ、南の方に行ってみようか」

「南ってどっち?」

「あっち」

「へぇ、しーちゃん、地図読める人だ! 私全然読めない人!」

「私もわかんないよ。だからスマホで地図を見ている」

「なるほどスマホ」


 私は早速地図アプリを開く。

 はじめのうちは、私も必死に地図を見ていたけれど、そうするとせっかくの景色が全然頭に入ってこなくて、私は早々に地図を見ることを諦め、スマホをサコッシュにしまい込んだ。


 しーちゃんはスマホがまるで左手に吸い付いてるみたい。そして左手だけで匠に操作している。さすがだ。私は左手でスマホを持って、右手で操作しないといけないから、スマホを持つと両手が塞がる。


 昨日の夜は雨が降っていたので、歩道脇の植樹帯の葉っぱに雨粒がついていた。朝日を反射しとても幻想的だ。


「見てしーちゃん! ここから見ると、葉っぱがめっちゃキラキラしていて綺麗!」

「ほう、たしかに」


 宝物を見つけた気分の私に比べ、しーちゃんの反応は薄い。あれれれ?


「しーちゃん、写真、撮っていい?」

「いいよ」


 私は何枚か撮影して、その中で一番綺麗に撮れた写真をしーちゃんに見せる。


「こんな感じ!」

「おお、いいねぇ」

「でしょ? しーちゃんも撮る?」

「いや、私はいいや」

「綺麗なのに~。もっと景色を楽しもうよ!」

「言うてここ、ただの環状道路だしなぁ。のんのは景色を見るのが好き?」

「うん。道端に咲いてるお花とか、可愛いおうちとか、空なんかは季節によって全然違うんだよ」

「そっか、私、そういうの全く興味がない」

「ええ!? じゃあ散歩してるとき、何を見てるの?」

「地図と太陽」

「太陽?」

「今の時間、太陽がある方がざっくり東」

「なるほど東。え! じゃあ散歩の楽しみって?」

「とくにない。歩いてるときはずっと虚無。あまりにつまらなかったからのんのを誘った」

「どうしてしーちゃんは散歩を始めたの?」

「睡眠のリズムを整えるため。朝日を浴びたい。夜の寝付きが悪くて、それには朝の散歩と軽い運動がいいって言われた」

「なるほど、睡眠のためか」


 しーちゃんは夜になると、めっちゃ部屋を暗くして、夜間モードの赤黒いモニターで仕事をしたりゲームをしている。寝る前にスマホは見ないようにして、それでも眠れない場合は、お医者さんからもらっている眠剤を投入している。


 対する私、本当はお布団に入りながら電子書籍を読みたいのだけれど、最近は文字を読んでいると、ものの数分で寝落ちしてしまうから、まったくページが進まない。しーちゃんからはめっちゃ羨ましがられる。


『もしかして、私が来たから眠れなくなっちゃった?』

『違うよ、のんのが来るずっと前からこう』

 心配できいてみたとき、もともと夜は眠れないのだと知ってほっとした。

 私のせいだったら、すぐに出ていかなくちゃって思ってたから。

 

「おっ、この先に公園がある」

 しーちゃんがスマホを見ながら、緑豊かな住宅街の片隅にあるピクニックできそうな道を指差す。

「え、めっちゃ森ですやん。ここを通るの?」

「うん。行ってみる?」

「行ってみようか」


 森は森でも、人がきちんと手入れしている道らしく、ところどころに注意書きの看板がある。木でできた階段もあるから、ちょっとしたピクニックという感じ。……でも私は虫が苦手なので、ほんの少しだけストレス値が上昇。


「ぎゃ!」

 前を歩いていたしーちゃんが突然変なステップを踏みながら声を上げた。

「どした?」

「なんか、虫がぶつかってきた!」

「夏だしね。虫は多いね。しーちゃん、虫大丈夫なの?」

「いや、苦手」

「私も苦手」

「早まったか!」

「なぜ苦手なのに、こんな道を!」

 笑いながら言うと、

「こういう道は好きなんだよー。虫は嫌いだけど」


 すごくよくわかる! 虫さえいなければ、緑豊かな田舎でゆったりと第二の人生を過ごしたい。

 なんて妄想しているうちに、開けた場所に出た。

 ちょっとした広場になっていて、ベンチとテーブルはあるけれど、人っ子一人見当たらない。……まあ、こんなに朝早いしね。

 それにしても――


「うわぁ……めっちゃ綺麗!」

 青い空に、豊かに茂った木々のコントラストが見事。私はスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。しーちゃんは地面を見ながら、なぜか変な踊りを踊っている。


「もぐらだ。ここ、もぐらがいるんだね」

「え、この土が盛り上がったやつ?」

「そう。まあ、もぐら自体は見たことないんだけど。ここいいね。気に入った。こういう場所でごはん食べたいな」

「わかるー。こういう場所で食べると、なんか美味しいよね」

「今度散歩の途中で何か買って、ここで食べようか」

「いいね。――ねぇ、ちょっと、これ見て!」

 私はさっき撮った写真を見せる。


「あ、ウィンドウズの壁紙!」

「言い方!」


 綺麗とか、そういうありきたりな言葉が返ってこないから、しーちゃんとの会話は面白い。


「待って、蚊がブンブンいってる。ここに長居は無用!」

 急にしーちゃんは手足をバタバタさせながら歩き出した。「あっち、行けそうだから行ってみよう」

「ぎゃー! かゆいと思ったら、私、腕3か所も蚊にくわれてるー!」

「この場所で止まってはいけない。やられるぞ」

 私は無駄に手足を動かしはじめる。これはいいダイエットになるかもしれない。


「この先も公園になってるっぽい」

 そう言うしーちゃんのあとを追って、また別の森の道に入ったら、早々にしーちゃんが回れ右して私に近づいてくる。めっちゃ真顔で怖いんですけど!?

「どしたどした?」

「蜂だ! 蜂がいたから、やっぱやめ!」


 結局私たちは一匹の蜂に行く手を阻まれ、もと来た道を戻って家まで帰ることにした。


「夏の森は危険だね」

 私が蚊にさされた腕をぽりぽりかきながら言う。

「うん。気持ちいいんだけどね」

「虫さえいなければ、森って完璧なのにね」

「それな。蚊にくわれちゃってごめんね……もう森はやめようか?」

「このくらいの森なら、ギリ大丈夫だよ。さっき写真撮ってるときにしばらく止まってたから、そのときにくわれちゃったのかな」

「蚊にくわれないように、ずっと動いてないと」

「もしかして――だからしーちゃん、さっきずっと変な踊り踊ってたの?」

「うん」


 しーちゃんの、まるでMP吸い取られそうな変な踊りを思い出して、私は思わず吹き出した。


 夏の散歩は暑いし虫が多いけど、しーちゃんとする散歩はとても楽しい。

「しーちゃん。誘ってくれてありがとう」

「そんなお礼言われることしてないけど? むしろ、私が付き合ってもらってるんだし」

「言いたい気分なのー!」

「へんなの」


 しーちゃんちに来てから、新しいわくわくがいっぱいで、私はとても幸せだ。でも、一人が好きなしーちゃんは、私が来て、嫌じゃないんだろうか、と時々心配になる。


「明日もいくぞ」

「おー!」


 二人で一緒に、しーちゃんちに帰る。

 その日の朝食に、前日から仕込んでおいたフレンチトーストを焼いた。


「え! 散歩に行ったのに、こんな手の込んだものを?」

「焼いただけだよー。昨日の夜に卵液につけこんどいだの。手の込んだ……ってよりか手抜きだよー」

 メープルシロップをかけながら私が言う。


「卵割ってるし、前日から用意してるのに手抜きなわけがない。いただきます」

 一口食べたしーちゃんの目がキラッと輝く。

「おいしい! お店で食べるやつみたいだ」


 美味しそうに食べるしーちゃんを見て、今度は私の目がキラッと輝いた。

 私の顔も自然とほころんでしまう。


 私にとってはありふれた手抜き料理でも、こんなに喜んでもらえるなんて――なんだか久しく、こんな感情を忘れていた。


「また今度作るね」

 自分で作った料理って、どこか美味しく感じないんだけど、今日のフレンチトーストは、なんだか特別美味しかった。

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