推しと作戦
「なあ、真央」
「なに、オタクのお兄ちゃん」
「陽キャに必要な事とは、一体なんだろう」
家に帰った俺は、リビングのソファでダラダラとくつろいでいる、茜と同等以上の陽キャである妹の真央に声をかけた。
すると、予想通りイラっとする返事が返ってくる。しかし、背に腹は代えられないので、大人の対応でスルーをして、陽キャに必要なことを尋ねてみた。
「え、お兄。まさか高校では陰キャとして生活してるの? それともいじめられてるの?」
すると、なぜかそんなことを本気で心配されてしまった。
「いや、俺は高校でもいつも通り生活してるんだけどさ。友達が陽キャになりたいらしくて」
「お兄はそうやって、すぐ人の頼みごとを引き受けるんだから。誰にでも優しい男はあんまりモテないぞ~」
途端に鬱陶しくなって、俺に絡みに来た妹の顔を手で押し返す。ていうか俺、別に友達が女子だなんて言ってないのに。
「別に俺はモテなくていいの。それで、なんかいい方法あるかな?」
「うーん。そもそもさ。お兄って、普段の学校生活で陽キャとか陰キャとか、気にしてる?」
妹は冷蔵庫からプリンを取り出してから、ソファーに座る俺にスプーンを向けてきた。
「いや、特に気にしてないな」
「だよね。多分、いわゆる陽キャってさ。陽とか陰とか、あんまり気にしてないんだよ」
まあ、確かにそうかもしれない。
「じゃあ、陽とか陰とか気にしなければいいって事か?」
「そんな訳無いでしょ。これだからオタク君は」
妹はスプーンをくるくる回している。真央は外では猫をかぶっている分、家ではただのクソガキだ。
まあ、十三年近く一緒に生活しているので、今では慣れたものだ。
「でも、陽キャのなり方って聞かれると、分からなくない?」
「確かにね。私もお兄も、陽キャでいようとする努力はしたことあるけど、陰キャから陽キャになろうとしたことは無いもんね」
「「う~~ん」」
どうやら尾形兄妹の力をもってしても、陽キャになるための具体的な方法は出てこなさそうだ。
「まあ、友達をいっぱい作るとかじゃない?」
「真央。お前、考えるの面倒くさくなっただろ」
リビングの机でプッチンプリンをプッチンせずに食べる妹を睨みつけておいた。
部屋に戻ってから、俺は黒川さんにメッセージを飛ばす。
『やっぱり、まずは友達を作るところから始めようか』
『分かった。頑張るね』
すると、一瞬で既読が付き、返信が返ってきた。
これが正しい陽キャのなり方なのかは分からないが、少なくともルカちゃんのコメント欄のアドバイスよりはマシだろう。
それに、俺もクラスのみんなと黒川さんに仲良くなって欲しいと思っている。
これは俺のわがままなのだけど、黒川さんが面白い人だっていうことをみんなに知って欲しい。
だって黒川さんは、俺の自慢の推しなんだから。
それからしばらく、黒川さんと他愛もないメッセージのやり取りをしてから、俺はベッドに飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
「今日の六時間目は春の球技大会のチーム決めするから、その時スムーズに決まるように、今の内から話し合っておいてくれ。それじゃあ、一時間目の準備をしておけよ」
あれからしばらく経ったある日。担任の先生の話を聞いて俺は閃いた。
そうだ。球技大会を通して黒川さんの友達を増やせば良いではないか。我ながらいい作戦だ。
そう思って隣の席の黒川さんの方を向くと、黒川さんは世界の終わりみたいな表情をしていた。
そういえば、この前ネットで手に入れた知識によると、陰キャは体育祭とか、学校祭とかの学校行事を毛嫌いしているらしい。
そっか。黒川さんも、学校行事苦手なのかな。
早くも自分の作戦が破綻してしまった。
でも、せっかくの球技大会だ。どうせなら黒川さんにも楽しんでほしいな。と、自分勝手にもそう思ってしまった。
「京介。俺と一緒にバスケやろうぜ。この学校のテッペンとるぞ」
六時間目の前の休み時間、裕次郎が俺の席にやって来て、肩を組んできた。
テッペンってなんだよ。多分優勝っていう意味なんだろうけど、デカくて強面の裕次郎が言うと別の意味に聞こえてしまう
「一緒にやるのは良いけど、俺、足引っ張るだけだと思うぞ」
「そんなことねーだろ。お前、元バスケ部だろ? しかも、県大会で三位を取ったチームのキャプテンじゃないか!」
「まあ、そうなんだけどさ……」
一応俺は中学時代にバスケ部の部長を務めていた。中学三年生の最後の夏の大会では県大会三位という俺の通っていた中学史上最高の成績を収めたのだが。
「俺、もうバスケやってないし……」
正直そこまでの活躍を期待されると困る。あれからもちょくちょくバスケをやってはいるのだが、さすがに現役の時ほど上手くない。
それに俺は、自分の身長が低くて限界を感じたからバスケを辞めた、というより逃げたのだ。
「別にお前が県大会で三位を取ってなくても俺は京介と一緒のチームになりたいぜ!」
しかし、そんな俺の気持ちを見透かしたのか、裕次郎は白い歯を見せながらニカっと笑う。
やっぱりこいつはいい奴だな。体がデカいから心もデカいのだろう。少し俺にも分けてほしい。
それに、これだけデカい裕次郎がチームメイトなら心強いな。
「いいよ」
「そう来なくっちゃ」
裕次郎が俺の肩を思いっきり叩いてくる。少しは加減してほしかった。
「男子はバスケでいいよね~ 女子はバレーボールなんだってさ」
俺と裕次郎が話していると、茜が不機嫌そうにポニーテールを揺らしながらこちらにやって来た。茜はバスケ部なので、どうしてもバスケをやりたかったのだろう。
「ところで、奈菜ちゃんは何をやりたいの?」
「あ、わ、私は……」
そして、茜は特に脈絡もなく、黒川さんに話しかける。やっぱり、こういう人を陽キャって言うんだろうな。
対して、突然話しかけられた黒川さんは、フードの中にこもってしまった。
「そうだ、茜。黒川さんと同じチームに誘ってくれないか? そうすれば、黒川さんも安心するだろうし」
「あ~ ごめんね。私、もう、友達とバレーのチーム決めちゃってて……」
茜が黒川さんと同じチームになってくれれば安心だったのだが、どうやら茜はもうチームを決めてしまったようだ。
「だ、大丈夫だよ。私、他のチームに入るから……」
黒川さんは口ではそう言うが、フードからのぞく彼女の表情は、明らかに不安そうだった。
「友達、作る……」
黒川さんの事を心配していると、黒川さんの決意のこもった言葉が、俺の耳に届く。
数日前、俺は黒川さんに『まずは友達を作るところから始めよう』と伝えた。
俺が言った事を、黒川さんは律義に実行しようとしているのだ。
でも、黒川さん、大丈夫かな。無理してないかな。
「京介、心配しすぎだよ。黒川さんなら大丈夫だ」
「ごめんね~奈菜ちゃん。冬の球技大会は同じチームになろうね」
黒川さんなら大丈夫だと笑い飛ばす裕次郎の隣で、茜は黒川さんに抱きついて、嘘泣きをしながら謝っている。
二人はそこまで心配していないようだが、俺はどうしても不安を拭いきれないでいた。
「おーい。席に着け。六時間目を始めるぞ。学級委員長、進行頼む」
しかし、休み時間が終わり、担任の先生が教室に入ってきてしまう。
学級委員長の俺は球技大会のチーム決めの進行をしなければならないので、いつまでも黒川さんの事を心配しているわけにもいかない。
まあ、裕次郎たちの言う通り、大丈夫だろう。
本当に大丈夫かな、やっぱり心配だ......
俺は胸の内に不安を抱えながら、自分の席を立って教室の前に向かった。