推しと身バレ
「お、尾形君。明日のお昼休み、何か用事ある?」
黒川さんを陽キャデビューさせるためにはどうすればよいか。必死に作戦を考えていると、あっという間に放課後になった。
帰ってルカちゃん(恐らく黒川さん)の配信見るか。そう思っていると、黒川さんから話しかけられる。
「特にないけど、なんで?」
「じ、じゃあ、一緒に、お昼、食べない? ほら、お弁当作ってくるって、約束したし……」
そう言えば、今日の昼休みに黒川さんの相談に乗った時、俺が黒川さんの陽キャデビューに協力する対価として、黒川さんが弁当を作ってくれると言っていたな。黒川さんはその約束を律義に守ってくれるようだ。
ていうかあれ、本気だったんだ。普通、それだけのためにお弁当なんて作ってこないと思うんだけどな。
弁当を俺の分も作ってもらうのは申し訳ないので断りたい。
でも多分、ここで断ると俺が嫌がっていると勘違いして、黒川さんが落ち込む気がするんだよな。
黒川さんを落ち込ませるのも嫌なので、数回作ってもらってきて、それからやんわりと断ることにするか。
「うん、いいよ」
「ほんと? じゃあ、お弁当のおかず、何がいい?」
黒川さんは嬉しそうに目を輝かせる。
「そうだな…… 別に、何でもいいよ」
「尾形君。『何でもいい』は困るって、言われたことないの?」
「ある。お母さんによく言われる」
黒川さんはジト目で俺を見てくる。前と比べて、ずいぶん表情が豊かになったものだ。いや、俺が彼女の表情の変化に気づくようになったのか。
しかし、食べたいものか…… 考えながら黒川さんと並んで下駄箱に向かっていると、ふと、俺の肩の高さと、黒川さんの肩の高さがほとんど変わらない事に気が付いた。
いや、気が付いてしまった。
「身長が伸びるものが食べたいかな」
黒川さんはしばらく考えてから、口を開く。
「……牛乳、とか?」
「牛乳は、お弁当のおかずじゃなくない?」
「ふふ、そうだね」
目を細めて笑う黒川さんにつられて、俺も笑ってしまった。
「あ、でも、尾形君のお弁当を作るなら、お買い物に行かないと」
「え、だったらお弁当作ってこなくて大丈夫だよ」
さすがに俺の弁当のためにそこまでしてもらうのは申し訳なくないので断ろうとしたのだが、
「……やっぱり、私のお弁当は嫌、ですよね……」
予想通り、黒川さんが落ち込んでしまった。
違うのに。俺はむしろ、黒川さんが作るお弁当は食べてみたい。
この前のクッキーだって既製品だと間違うほどに美味しかったし、今日の卵焼きだって絶品だったのだから。
これ以上黒川さんを落ち込ませるのは嫌だけど、かと言って買い物までお願いするのも申し訳なさすぎる。
「じゃあ、俺も一緒に買い物行ってもいいかな? 荷物持ちくらいならできるからさ」
俺は考えた結果、そんな妥協案を提示する。まあ正直、俺の罪悪感を少しでも消すための提案だけど、それでも少しは黒川さんの負担を減らせると思う。
「え? いいの?」
「それくらいは手伝わせてほしいから」
「じ、じゃあ、お願いしてもいいかな?」
黒川さんはぱっと表情を明るくして、ニコニコしながら「放課後に友達とお買い物って、陽キャみたい……」と嬉しそうに呟く。
陽キャたちが帰りにスーパーで買い物をしている姿はあんまり想像できないけど、黒川さんが嬉しそうなら、まあいいか。
あれ、でも、そういえば......
その時、俺はふと、ルカちゃんのツイートを思い出した。確か、午後四時から配信を予定していたような気がする。
今は三時半。買い物をして家に帰っていては、配信時間に間に合わないだろう。
「あ、でも。黒川さん、この後用事とかはない?」
しかし、黒川さんに「配信の時間大丈夫?」と聞くわけにはいかないので、曖昧な聞き方をしておく。
「あ……」
黒川さんも気づいたようだ。
「……ううん。大丈夫。用事はないよ」
ところが、黒川さんは首を振って、ローファーに履き替える。
あれ? もしかして、白井ルカの正体は黒川さんではなかったのか? 全部、俺の勘違いだったのか?
思わず硬直してしまった俺の前で、黒川さんはスマホを取り出し恐ろしい速さでフリック入力を始めた。
まあそうか。隣の席の女の子が自分の推しのVtyuberだなんて、そんな偶然あるわけないよな。
冷静になった俺は下駄箱の中の靴を取り出そうとして、何とはなしに黒川さんのスマホを覗いてしまった。
決して覗こうとした訳ではない。偶然視界に入ってしまったのだ。
黒川さんのスマホには、ルカちゃんのSNSアカウントが表示されていた。
一瞬黒川さんもルカちゃんのファンなのかもしれないとも思ったが、黒川さんはルカちゃんのアカウントで今まさに投稿していたのだ。
衝撃映像を目撃してしまった俺は再び硬直してしまいそうになるが、ポケットに入っているスマホが振動したことで、意識を取り戻した。
震える手でスマホを確認すると、ルカちゃんがSNSに『みんなごめんね! 学校帰りに友達とお買い物に行くことになったから、今日の配信は七時からにします!』と投稿していた。
……どうやら俺は、決定的な証拠をつかんでしまったようだ。
「? 尾形君、どうしたの?」
黒川さんが顔をこてんと傾けながら、ぼーっとしてしまっていた俺の前で手を振っている。
「あ、ううん、なんでもないよ!」
多分、今の俺は、あんまり仲良くないクラスメイトに話しかけられた時の黒川さんみたいに挙動不審になっていたと思う。
だってしょうがないじゃん。自分の隣の席の女の子が推しだったと気づいて冷静でいられる人間なんていないだろ。
いやいや、いったん落ち着こう。俺は深呼吸をして、いつもより時間を掛けて靴を履き替える。
よし。とりあえず冷静になれた。はずだ。
「その、黒川さん。本当に用事は大丈夫なんだね?」
「うん。七時より前に家に帰れれば大丈夫だから」
七時より前に帰れば、か。その時間から配信するんだもんな。
「尾形君、さっきからどうしたの?」
「なんでもないなんでもない! それより早く買い物に行こっか。家の近くのスーパーでいい?」
黒川さんは不思議そうな表情をするが、最終的には「うん」と嬉しそうに微笑んでから歩き出した。
俺もそんな黒川さんの背中を追いかける。
しかし…… やっぱり黒川さんはルカちゃんだったんだ……
今までもそんな気はしていたが、それでも心のどこかで『そんな訳ないだろ』と思っていた。
申し訳ないけど黒川さんはルカちゃんが自称する陽キャからは程遠かったし......
まあでも、ルカちゃんの正体が黒川さんだからといって、なにか変わるわけでもないよな。
ひとたび配信を始めれば、黒川さんはキラキラ輝くルカちゃんなのだ。
ルカちゃんの正体が黒川さんだからって、全く幻滅したりはしない。むしろ、ルカちゃんの正体が黒川さんだったことに、妙な安心感や納得感すらあった。
それに、俺は別に『黒川さんって、VTyuberuのルカちゃんなんだ~』なんて黒川さんに言うつもりはない。
そんなことしたら黒川さん、というかルカちゃんが二度と配信してくれなくなりそうだし、なにより俺がオタクだってことが黒川さんにバレてしまうのだから。
やっぱり、今まで通りに接しよう。せっかく黒川さんと仲良くなれてきた、と自分では思っているし、俺は、ルカちゃんの配信を見るのも好きだけど、黒川さんと話すのも同じくらい楽しいし。
とにかく、これからは俺がルカちゃんファンだということが黒川さんにバレないように、より一層気をつけないといけないな。
放課後に買い物に行くことがそんなに嬉しいのか、いつもよりもご機嫌そうに隣を歩く黒川さんの横顔を見ながらそう思った。