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推しとお昼

「そう言えば。黒川さんって昼休み、いつもどこか行くよな」


 昼休み。目の前で白米と茶色いおかずがこれでもかと詰まった弁当をがつがつと食べていた裕次郎が、俺の隣の席を見ながら不思議そうにそう呟いた。


「そうだね。どこで食べてるんだろう」

「黒川さん係の京介でも知らないのか」

「だから、黒川さん係ってのはやめてくれよ」

「いいじゃないか。黒川さんも別に嫌がってなさそうだし」

「そうかもしれないけどさ。裕次郎たちが俺の事を黒川さん係って呼ぶせいで、最近、黒川さんに用事があるクラスメイトが全員俺に話しかけてくるようになっちゃったんだよ」


 そう。裕次郎と茜が俺の事を黒川さん係と呼ぶせいで、クラス中のそれが浸透してしまったのだ。


「京介面倒見がいいからな。みんな、安心して黒川さんの事を任せてるんじゃないか?」

「でも、俺のせいで黒川さんがクラスに馴染めなかったらと思うと、少し心配なんだよ」

「それも大丈夫だろ。最近、俺や茜とも一応会話をしてくれるようになったから。まあ、京介には及ばないけどさ」


 最近の黒川さんはアルマジロになることが減った…… 気がする。多分。

 少なくとも、今まで全くしゃべらなかった裕次郎たちと会話をするようになったという事は、前と比べてクラスに馴染めているのだろう。


「京介、黒川さん係顔してるぞ」


 俺が黒川さんの事を考えていると、裕次郎がニヤニヤしながらこちらを見てくる。


「なんだよそれ」

「黒川さんの事を心配してるって気持ちが、こっちにも伝わってくるよ」


 中学の頃から鈍感な裕次郎に俺の考えを読まれた。どうやら俺の表情は相当に読みやすかったようだ。


「そう言えば今朝、登校中にさ——」


 裕次郎に心を読まれて気恥ずかしくなった俺は、話題を変えることしかできなかった。



◇  ◇  ◇



『ワンノック、ツーノック、あー! 最後のキル取られた!』


 今日も今日とて俺はルカちゃん。いや。多分、恐らく、俺の隣の席の黒川さんのFPSゲームの配信を見ている。


 別に、確定的な証拠をつかんでいるわけではない。ただ、十中八九そうだろうと思う。

 まあでも、仮にもしルカちゃんの正体が黒川さんだったとして、俺がルカちゃんを嫌うことも、ましてや黒川さんを嫌うこともない。

 要は、気にするだけ無駄という事だ。


『やばいやばい。敵、たくさん連れてきちゃった。一回隠れて回復させて』


 俺がぼーっとそんな事を考えていると、ルカちゃんが敵に囲まれてピンチになっていたようだ。当のルカちゃんはトイレらしき場所に隠れて回復をしている。


【せめてほかの場所で回復して】【便所飯じゃん】【臭そう】


『便所飯じゃないから! 私そんなことしたこと無いし! そもそも便所飯って相当覚悟がないとできないんだよ。特に冬とかはノロウイルスとかに注意しないといけないし、もし本当にトイレしたい人が来た時の対応とかも考えておかなきゃならないし、そもそも——』


 ルカちゃんはいつものようにガトリングトークを始めてしまった。

 しかし、なんだか便所飯に対する解像度が妙に高い気がする。まるで、経験したことがあるような話ぶりだ。


 そう言えば、黒川さん。いつも昼休みになると、どこかに消えてご飯を食べているな。



 まさか…… 



 もし、ルカちゃんの正体が黒川さんだった場合、最悪の事態が予想される。


 明日、絶対に確かめよう。

 それから俺は、黒川さんが便所飯をしているのではないかという心配で、ルカちゃんの配信に集中できなくなってしまった。



◇  ◇  ◇



「悪い、裕次郎。俺今日用事あるから、別の人と昼飯食べててくれ」

「お~ いいぞ。黒川さん係をしに行くのか?」

「だから、その呼び方やめろ」


 次の日の昼休み。裕次郎にそう断りを入れてから、俺は教室から溶けるように消えていく黒川さんの背中を追いかける。


 もし、黒川さんが便所飯をしているのなら、絶対に止めたい。隣の席の女の子がそんな事をしているのは、ちょっと、いたたまれないから。


 猫背のまま人混みを避けて歩く黒川さんを、彼女のフードを目印に追いかける。


 そして、黒川さんは弁当をおなかに隠しながら、吸い込まれるように女子トイレへ……


.

......入ることは無く、その奥の階段を登っていく。

 俺が通う高校は屋上が閉鎖されているため、屋上に向かう階段に人が来ることはほとんどない。恐らく黒川さんはそこで昼ご飯を食べているのだろう。


 よかった~ さすがの黒川さんも便所飯はしていなかったようだ。心の底から安心してほっと溜息をついてしまった。

  


 しかし、どうしようか。いつも一緒に昼ご飯を食べている裕次郎に、別の人と昼ご飯を食べてくれと言ってしまった手前、教室にも戻りにくい。




 俺は少し考えて、黒川さんを追いかけて階段を登ることにした。

 


 封鎖された屋上の扉の前まで登ってきたのだが、黒川さんの姿が見えない。いったいどこの消えてしまったのだろう。

 辺りをきょろきょろしていると、踊り場に積み上げられた机の下から「お、尾形君?」と控えめな声が聞こえてきた。


 びっくりして振り向くと、机の下で黒川さんが避難訓練の時みたいに小さくなっていた。


「黒川さん、何してるの?」

「え、えっと、こんなところに人が来ると思ってなくて、びっくりしちゃって……」

「そういうことか。びっくりさせちゃってごめん」

「ううん。それより、尾形君はこんなところに何の用?」


 黒川さんはもそもそと机の下から這い出して来る。


「えっと、何の用かと聞かれると困るな......」


 まさか本人に『便所飯をしてるんじゃないかと心配になって追いかけて来た』なんて伝えるわけにはいかない。


「まあ、一人になりたかった、みたいな?」


 曖昧にごまかそうとすると、黒川さんが目をキラキラさせながら俺の方を見てきた。


「お、尾形君にもそういう時があるの?」

「え、うん。まあ」


 周りに人がいないからだろうか。今の黒川さんはかなり積極的に話しかけてくる。アルマジロではなく、構ってほしそうな子猫のようだ。


「そっか。陽キャな尾形君にも、一人になりたい時があるんだ」


 黒川さんは、少しほっとしたようにそう呟く。よく分からないが、黒川さんの中では俺は陽キャらしい。


「あ、でもそれなら、私がここにいたら邪魔だよね……」


 さっきまで元気だった黒川さんが急にしゅんとして弁当を持ってどこかに行ってしまいそうになったので、慌てて引き止める。


「待って。黒川さんが嫌じゃないなら、ここで一緒にご飯を食べてもいいかな?」

「……いいの?……」

「だって、俺の方が後に来たんだし」

「じ、じゃあ、一緒に食べたい、です」


 黒川さんが階段にちょこんと腰を掛けたので、俺はその隣に座る。


 こんなに近くに黒川さんがいるのは初めてかもしれない。なんだか少し、緊張する。

 その気持ちをごまかすために、俺は母親に作ってもらった弁当を開ける。茶色が目立つが、俺は部活をしていないため、中学時代に比べると控えめな量だ。


 ちらりと黒川さんの弁当を見ると、色とりどりのおかずがお行儀よく並べられていた。


「黒川さんのお弁当、すごい綺麗だね。お母さんが作ったの?」

「えっと、自分で作ったんだけど……」

「そうなんだ。この前のクッキーも美味しかったし、黒川さんって料理上手なんだね」

「そう、なのかな? 今までお母さんとお姉ちゃん以外の人に食べてもらったこと無かったから、分かんないや」


 黒川さんはそう言いながら、ミートボールを口に運んでいる。

 うん。この友達がいない感じ、いつもの黒川さんだ。なんだか緊張していたのがバカらしくなってくる。


「? 尾形君、食べたいの?」


 弁当を食べる黒川さんを見つめていると、黒川さんにそう勘違いされてしまった。


「ああ、ごめん。そういうつもりじゃなくて、ただ見てただけで」

「あ、そっか…… ごめんね。別に、食べたくないよね……」


 しゅん、と俯く黒川さん。このマイナス思考の感じもいつもの黒川さんという感じだが、今は呑気にそんな事を思っている場合ではない。このままでは黒川さんがアルマジロに逆戻りしてしまう。


「えっと。やっぱり、食べたいかな」


 慌ててそう言うと、黒川さんがぱっと顔を上げる。よかった、アルマジロには逆戻りしなかったようだ。


「え、ほんと......? じゃあ、どれがいい?」


 黒川さんは綺麗に詰め込まれた弁当箱を俺に見せてくれた。なんだかどれも美味しそうで、目移りしてしまう。


「じゃあ、卵焼きを貰ってもいいかな?」


 俺は黒川さんのお弁当の中から、綺麗に巻かれた卵焼きを選び、自分の口に運ぶ。


「どう…… かな?」

「うん、美味しいよ!」


 黒川さんの卵焼きは甘めの味付けだった。我が家の卵焼きは甘くないのでそれが新鮮で、とても美味しく感じたのだ。


「へへ、良かった」


 黒川さんはふわりと笑う。今まで何度か黒川さんの笑顔は見てきたが、フードをかぶっていない状態の笑顔は初めて見た。


 フードの陰に隠れていない分、黒川さんのぎこちなくもかわいらしい表情が、はっきりと見えた。


 黒川さん、たれ目なんだな。まつ毛、思ったより長いな。泣きぼくろとかあるんだな。無意識にそんな事を考えてしまい、俺は慌てて首を振る。


「黒川さん。俺の弁当のおかず、どれかあげるよ。ほら、交換って事で」

「え、いいの? じゃあ、卵焼き貰うね」


 黒川さんは俺の様子を不審に思う事もなく、俺の母親作の卵焼きを頬張る。


「卵焼きって、家によって味が違うんだね...... 初めて知ったよ」


 そっか。黒川さん、他の家の卵焼きを食べたことが無いんだ。


「黒川さんさえ良ければさ。また、一緒にお昼ご飯食べない?」

「え、でも。尾形君の迷惑じゃないの?」

「迷惑じゃないよ。毎日じゃなくて、たまにでもいいからさ」

「じ、じゃあ。食べたい、です」


 黒川さんがもじもじしながらそう言ってくれて、内心ほっとする。断られなくてよかった。


「でも。どうして、私と一緒に食べてくれるの?」

「それは……」


 確かに、どうしてだろう。一人ぼっちの黒川さんが可哀想だから?


 いや。俺は黒川さんのためを思ってそんな提案をしたわけじゃない。

 黒川さんがいつもよりも少しだけ積極的に話してくれて、フードをかぶらず表情を見せてくれて。


 ただ、単純に、黒川さんと一緒にご飯を食べるのが、楽しかったのだと思う。


「取りあえず、内緒って事で」


 でも、なんだかそれを素直に伝えるのは恥ずかしくて、ごまかしてしまう。

 黒川さんは、こてんと首を傾けたが、それ以上は特に追及してこなかった。

 まあ、黒川さんは俺の推しのルカちゃん(推定)だから、彼女と話すのが楽しいのは当然か。


 それから俺は、ぽつぽつとお話をしてくれる黒川さんの話に相槌を打ちながら、割と楽しい昼休みを過ごした。


『聞いて聞いて! 今日も学校でいいことがあったんだけどね』


 放課後。俺は今日も今日とてベッドに寝転がりながらルカちゃんの配信を見ている。どうやら今日もルカちゃんは学校でいいことがあったらしい。


 しかし、俺は、ルカちゃんの身に起きた『いい事』を知っている気がする。

 恐らく、友達と一緒にお弁当を食べれた。とか、そういう感じの事だろう。


『今日ね、友達とね、お弁当を一緒に食べたんだよ!』


 やっぱりそうだ。もう、これは偶然ではないよな......


『それでね、私の作った卵焼きをね、美味しいって言ってくれたんだよ! それだけじゃなくてね、また今度、一緒に食べようって約束してくれたの!』


 そっか。あの時の黒川さん、そんなに喜んでくれてたんだ。なんだか少し、気恥ずかしい。

 でも、推しに喜んでもらえるのは嬉しい。


【陽キャ設定なのに友達と一緒にご飯食べてなかったの?】【どうせイマジナリーフレンドでしょ】


 コメント欄は相変わらず辛辣だし、正直俺も少し前まではそう思っていた。


 でも。俺だけは、ルカちゃんの言う友達がイマジナリーフレンドでなく、実在することを知っている。



 だって。その友達、多分俺だもん。

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