推しと球技大会3
「みんな! 私たちの敵を取ってね!」
女子の準決勝の会場である、第二体育館のバレーボールコートに到着した。すると、茜とそのチームメイトが黒川さんたちに向かってビシっと敬礼をしていた。
「任せて。私が委員長として、茜たちの分も頑張ってくるから」
さっき盛大に空振っていたくせに、霧島は真面目な委員長顔でその敬礼に応えている。
そんな霧島に、黒川さん以外のチームメイトがジト目を向けていた。
「結花、さっきの試合でも空振りしまくってたくせに偉そうに言うなよ」
「そうだよ。二組の委員長が運動できないんじゃ、二組の面子が丸つぶれじゃん」
「うるさいなぁ。運動できる人は学級委員長になんてならないんだよ!」
足立たちチームメイトの言葉に、とうとう霧島が逆ギレした。そして同じ学級委員長である俺まで流れ弾を喰らった。
とりあえず霧島は全国の学級委員長に謝ったほうがいいと思う。
そんな感じで賑やかに騒いでいる二組の女子たちの方に向かっていると、真っ先に気づいた茜がサイドテールをぴょんぴょんさせながら手を振ってきた。
「裕次郎たちも早く来てよ! 試合が始まっちゃうよ!」
「分かってるって、急かすなよ」
人の波をかき分けて、何とか茜たちと合流することができた。
しかし、人が多いな。準決勝ということでかなりの人数が応援に来ているようだ。
「なんとしても私たちの敵を取ってもらわないといけないから、暇なクラスメイトは全員呼び寄せたの。みんなの応援の力で何としてでも二組に勝ってもらうよ!」
茜はどこから持ってきたのか『二組ファイト』と書かれた応援うちわを両手に握りしめている。なかなかに気合が入っているな。
「でも、茜たちが負けたってことは、相手のチームはなかなかの強敵なんじゃないの?」
「そうなの。あの子が強くてさ」
茜は相手のチームの一人の女子を指さす。茜の指さす先には、俺よりもはるかに大きい女子が立っていた。
「あの子、一年生なのにバレー部のエースなんだって」
すらりと足が長くて、正にモデル体型と言った感じだ。
さすがに裕次郎よりは小さいけど石田よりは大きそうなので、多分170㎝後半くらいはありそう。
いいなぁ。その身長、ちょっとでいいから俺にも分けてほしい。
相手のエースを羨んでいると、黒川さんたちがポジションにつき始めた。
霧島がじゃんけんに勝ったので、二組のサーブからのようだ。
「いけー! 倒せー!」
治安の悪い声援を飛ばす茜。
でも、さすがは準決勝。今までのように簡単に勝てる相手ではないようだ。
「なるほど、確かに上手いな……」
茜の隣で、裕次郎が珍しく真剣な表情で呟く。
相手のバレー部のエースの女子は明らかに手加減をしてくれている。それでも相手の方がリードをしているのは、相手のミスが少ないからだと思う。
しかし、こっちのチームにもバレー部の足立がいるし、バレー部ではないけど黒川さんは相当上手い。
それに、霧島は、まあ残念だけど、それ以外のチームメイトはそれなりに上手なので、常に相手にリードをされているとは言え、点差が開くということはなかった。
「もしかして、勝てるかな?」
しかし、茜のそんな希望はバコン! とボールが床に打ちつけられる音に見事に打ち砕かれてしまった。
どうやらなかなか点差がつかないことに焦ったのか、向こうのエースが少し本気を出してきたようだ。
コート内の霧島たちだけでなく、見ているだけの俺たちまで恐怖を感じる。そんな感じのスパイクだった。
「これはもう、みんなの無事を祈るしかないね」
茜につられて裕次郎たちも両手をぎゅっと握り、祈りのポーズをとる。
黒川さん、怪我だけはしないでね。
俺もそう祈らざるを得なかった。
相手のエースが本気を出してきたとはいえ、黒川さんたちはぎりぎり喰らいついていた。
毎回相手がスパイクを打てるわけではないので、その隙をついて得点を重ねている。
しかし、今回のラリーではそうはいかなかった。
相手のエースに綺麗なトスが上がってしまい、強烈なスパイクが味方コートに叩き込まれる。
しかも、そのスパイクがあろうことか黒川さんの方に向かっていた。
相手のスパイクに黒川さんは何とか触れることができたが、それでもボールはきれいに上がらなかった。ボールは大きく後ろにそれて、体育館の壁に当たってから地面をポンポンと転がっていく。
黒川さんは相手のスパイクの勢いを殺しきれなかったのか、ぺたりと尻もちをついてしまった。
「どんま~い!」
「次点取るよ!」
俺もクラスのみんなに混じって声援を送ろうとして、ふと黒川さんの表情が暗いことに気づいた。いや、表情が暗いとかいう次元ではない。今にも泣きだしそうな、世界の終わりが来たみたいな表情をしていた。
黒川さんは明らかに動揺している。ぺたりと尻もちをついたまま、何かから身を守るように両手で体を抱え込むようにして、きゅっと縮こまってしまった。
ああ、そうか。黒川さんは確かに楽しそうにバレーボールをしていた。でも、思い返せば彼女は今日、まだミスというミスをしていなかったんだ。
黒川さんは昨日、電話で『ミスした時にみんなに責められるのが怖い』と言っていた。
きっと黒川さんは、今の失点を自分のミスだと思っている。だから、みんなに攻められるんじゃないかという不安に押しつぶされているのかもしれない。
「ご、ごめん、なさい……」
顔を真っ青にして俯きながら、震える声でそう口にした。
そんな黒川さんの姿をこれ以上見ていられなくて、飛び出してしまいそうになる。
しかし、霧島が笑顔で黒川さんに近づいて行く様子を見て、すんでのところで踏みとどまる。
いや、違う。黒川さんが昨日泣いていたのは、みんなに責められるのが怖いからじゃなかった。
だって黒川さんは、クラスメイトが自分を責めたりしないということを分かっている。それを分かっているのに信じ切れない自分のことが嫌だと、昨日言っていたではないか。
黒川さんは中学時代に人間関係のトラブルがあって、それが原因で他人が怖くなってしまったのだと、本人から聞いた。
俺は黒川さんの過去を知らない。でも、そのトラウマは簡単に消せるものではないと思う。
だから、霧島たちが優しいことを頭では分かっていても、心のどこかで信じ切れないんだろう。
ただ、それなら、俺が声をかけるべきじゃないと思う。
今の黒川さんのプレーをミスだと責める人なんて、少なくとも今のチームにいない。そのことを黒川さんに気づいて欲しい。
「奈菜ちゃん大丈夫? 腕ちゃんとついてる? もげてない?」
霧島が尻もちをついてしまった黒川さんに霧島が明るい声と共に手を差し伸べる。
「あのスパイクに触れるなんて大したものだよ」
「そうだよ。私だったら絶対避けてた」
他のチームメイトも、黒川さんに微笑みかけている。
ほらね、黒川さん。みんな、黒川さんのことを責めたりしないでしょ。
みんなに囲まれて、目も口もぽかんと大きく開けている黒川さんに、心の中でそう呟いておく。
まあ、さっきは心配で思わず飛び出しそうになってしまったのだけど。
「この試合だけでも私のせいで五点くらい取られてるんだから、気にしないで大丈夫だよ!」
霧島がドヤ顔で恥ずかしげもなく堂々とそう言い切った。いつもだったらツッコみを入れたくなる状況だけど、今だけは黙って見逃す。
もしかして霧島、黒川さんがミスしても大丈夫な雰囲気を作るためにあれだけ空振りをしたり、サーブミスをしたりしてたのかな。
もしそうなら、俺よりもよっぽど立派な黒川さん係ではないか。
「石田、霧島って意外といい奴かも……」
「は? なんだよいきなり。ていうか京介、やっぱりお前も霧島さんを狙ってるのか?」
「いや、そうじゃないよ」
「そうだよな。京介は黒川さんだもんな」
石田にまで満面の笑みでそう言われてしまった。俺って、そんなに黒川さんのことを好きに見えるのかな。
いや、今日は球技大会というイベントの雰囲気にあてられて、みんなの頭がお花畑になっているだけだ。明日になったらそんなこと言われなくなってるだろう。
バレーコートに視線を戻すと、黒川さんは霧島の言葉にくすりと笑ってから霧島の手を取って立ち上がっていた。
黒川さんはぱんぱんとお尻についた埃を手で払った後、霧島に何か耳打ちされた黒川さんが、ぱっと俺の方を向いた。黒川さんのたれ目とぱちりと目が合う。
黒川さんは俺を見てにこりと笑って小さく手を振ってくる。顔色もすっかり明るくなっているし、大丈夫そうだな。
俺も黒川さんに手を振り返そうとしたのだけれど、黒川さんはすぐに霧島たちチームメイトの輪に戻って行ってしまった。
もう、俺が黒川さん係をしなくても大丈夫そうだな。
でも...... 黒川さんがクラスのみんなと楽しそうにしている。それは嬉しいことのはずなのに、なんだろう、少し寂しいと思ってしまった。




