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推しと球技大会1

 とうとう球技大会当日。


 昨日のことがあったので、黒川さんのことを心配しながら学校に向かった。

 今日だけ一年男子の男子更衣室として開放されている家庭科室で手早くジャージに着替えてから足早に教室に向かう。


 すると、黒川さんは茜と霧島に囲まれていた。


 これは、一体どういう状況だ?

 今日の茜はいつものポニーテールではなく、少しおしゃれなサイドテール姿に。霧島はいつも通りのただのおさげではなく、三つ編みのツインテール進化していた。


 球技大会はいつもよりも派手な髪形をしていても許されるようで、クラスを見渡すと女子たちはほとんどみんなオシャレをしている。


 ああ、そういうことか。多分、茜は黒川さんにもオシャレな髪形をさせたいんだろうな。


 茜は獲物を見つけた猫のような目をして黒川さんに詰め寄っていた。

 それに対して黒川さんは、フードの中で籠城をする構えだ。この前の練習会で反省したのか、今日の黒川さんはしっかりフード付きの薄手のスポーツウェアを着ていた。


「奈菜ちゃん、フードに隠れようとしないで!」

「で、でも、恥ずかしい……」


 黒川さんの表情を見るに、恥ずかしがっているだけで本気で嫌がっているわけではなさそうだし、放っておいてもよさそうだ。まあ、茜も霧島も、黒川さんが嫌がることはしないよな。


「あ~もう! 結花、奈菜ちゃんを捕まえて!」

「任せて!」


 必死の抵抗も空しく、黒川さんは茜と同じく獲物を見つけた鷲みたいな目をした霧島に捕まる。

 そして、その黒川さんの髪を満面の笑みを浮かべた茜がいじり始めた。

 

 黒川さん、元気そうだな。ちょっとほっとした。

 俺はわちゃわちゃしている三人を横目に、自分の席に座る。


「できた!」


 しばらくすると、茜が満足そうに頷いて、黒川さんを解放した。


「やだ~ 我ながら完璧な出来だよ!」

「茜、やるねぇ! 奈菜ちゃんの可愛さが限界突破してるよ!」


 先ほどまで黒川さんを拘束していた茜と霧島が、「きゃ~きゃ~」と黄色い悲鳴を上げながら黒川さんの顔を写真におさめている。


 二人に揉まれているせいで、黒川さんの顔が見えない。二人がこれだけ騒いでいるんだ。今の黒川さんがどんな感じなのか、俺もちょっと興味が出てきた。

 横目でちらりと黒川さんたちの方を伺うと、霧島がスマホで撮った写真を黒川さんに見せている所だった。


「ほらほら、奈菜ちゃんも見てよ」


 その写真を見て、黒川さんはびっくりしたように目を大きくした。


「すごい…… 茜ちゃんって器用なんだね……」


 黒川さんに褒められて、茜は「ふふ~ん」と腰に手を当て胸を張っている。


「どう? 奈菜ちゃん可愛いでしょ」

 ドヤ顔の茜は突然、俺に話を振ってきた。その隣で霧島がニヤニヤしながら俺を見てきている。

 またこの流れか。どうせ『可愛い』って言わないと、法律に抵触するとかなんとか言ってくるんだろうな。


 ドヤ顔の茜と霧島のニヤニヤ顔から目をそらすように黒川さんを見ると、黒川さんは茜にしてもらったヘアアレンジが気に入ったのか、はにかみながらも嬉しそうに微笑んでいる。

 いつもは顔を隠している黒川さんの前髪は茜の手によって編み込まれているし、いつもは下ろしている髪がハーフアップになっていた。


 おかげで黒川さんの整った顔がよく見えるし、なんかいつもよりふわふわして見える。


 これはまあ、うん。確かに可愛い、と思う。茜が自慢したくなる気持ちも分からないでもないな。


 でも、黒川さんに「可愛い」とか言ったら、霧島にからかわれるに決まっている。

 この前「可愛い」って伝えたし、今回は別の言葉にしておこう。別に、恥ずかしいからとかそういうことではない。


「うん、似合ってるね」


 努めて平静を保って、黒川さんにそう伝える。

 霧島はつまらなさそうに舌打ちしてきたけど、黒川さんと、あと茜も嬉しそうににこにこしているし、まあ、いいことにしよう。


「ねえ、本当は奈菜ちゃんのこと、可愛くて可愛くて仕方ないんでしょ?」


 せっかく整えた黒川さんの頭をわしゃわしゃと撫でる茜を見ていると、霧島が小声でそんなことを尋ねてきた。


 霧島、絶対俺が黒川さんのことを恋愛的な意味で好きだと思ってるよな……

 この人、学級委員長としてはしっかりしているのに、どうしてこんなに鬱陶しいんだろうか。

 それとも、俺の妹のように普段は猫をかぶっていて、この鬱陶しいのが素の性格なのだろうか。


「あのさ、霧島。俺、別に黒川さんのことを好きな訳じゃないよ」

「え、じゃあ嫌いなの?」

「いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ好きってことじゃん」

「友達としては好きだよ」


 ため息をつきながら、霧島のペースに乗せられないように慎重に話を進める。


 そう、俺は確かに黒川さんのことを好ましく思っている。でもそれは、友達として、あとは推しとしてであって、決して恋愛感情ではない、はずだ。


 いや、実を言うと中学までは部活に打ち込んでいたせいで恋愛をしてこなかった。

 だから、恋愛感情というものを正確に理解している自信はない。


「ふ~~ん」


 そんな俺の気持ちを見透かしたように、霧島が俺の顔をぎろりと覗き込んでくる。


「男が女の子に優しくするのは、邪な思いがあるからなんじゃないの?」

「いや…… そんなことない、と思う、けど」


 なんだろう。霧島の顔が怖い。過去に変な男にでも捕まったのかな?


 でもまあ、霧島の言葉を否定しきれない自分もいる。

 だって、俺が黒川さんと仲良くする理由の一つに、黒川さんの正体が俺の推しの白井ルカちゃんだからということがあるから。


 もちろん、黒川さんと話すのも楽しいし、黒川さんの笑顔を見るのも好きだ。

 でも、推しに喜んでほしいという邪な思いが全くないとも言い切れない。


「とにかく俺は、黒川さんと仲良くしたくて仲良くしてるだけだから。それに一応、黒川さん係だし……」


 黒川さんが俺の推しのVTyuberuで、配信中に俺のことを話してくれるのが嬉しいから仲良くしてるだなんてことは言えない。

 でも多分、霧島は俺が隠し事をしていることに気づいているんだろうな。さっきから冷たい視線を送ってくる。


 どうにか逃げられないかと視線を泳がせていると、がらりと教室の扉が開いて、担任が顔を出す。


「お前たち、そろそろ開会式が始まるから校庭に集合しろ~」


 先生のおかげで、霧島の冷たい視線から逃げ出すことができた。



◇  ◇  ◇



「黒川さん。あの後しっかり寝れた?」


 みんなで校庭に向かうタイミングで、ようやく黒川さんに話しかけることができた。

 今日の黒川さんの元気そうな様子を見る限りきっと大丈夫だろうとは思うけど、それでも、どうしても心配だった。


「うん。昨日はありがとうね……」

「昨日というか、今日だけどね」


 黒川さんはくすくす笑いながら「そうだね」と微笑む。


「ありがとね、尾形君。尾形君が電話してくれたおかげでしっかり寝れたから、今日は球技大会を目いっぱい楽しむね」


 黒川さんそう言って、明るくふわりとした笑顔を見せる。

 いつも通りの笑顔に見えたけど、少し無理しているようにも見えた。これが俺の思い違いだといいんだけど。


「うん、楽しもうね。俺、黒川さんの応援に行くから」

「私も、尾形君のバスケ見に行くね」


 笑顔を浮かべる黒川さんを見ながらほっと一息ついていると、何やらぞくりと寒気がした。

 はっと顔を上げると、怪しく光る四つの眼光が俺と黒川さんを捉えている。


「ねえねえ結花、聞いた? 昨日、奈菜ちゃんと京介が夜遅くに電話していたらしいよ!」

「茜も聞いた? あの二人、寝落ちもちもちしてたって言ったよね?」

 

 完全に興奮しきった茜と霧島がじりじりとこちらに詰め寄ってきた。

 これ、絶対めんどくさい感じだ。


 茜にまで霧島の味方になっているので、さっきよりも分が悪い。

 それなのに俺の味方は瞬きする間にフードに籠ってアルマジロ状態になってしまった黒川さんだけ。これは勝ち目がないな。


 ていうか、寝落ちもちもちってなんだ? 聞いたことのないネットスラングだな。


「奈菜ちゃん、京介、本当に寝落ちもちもちしてたの? なんで?」

「ね、寝落ちもちもちって何?」


 どうやって逃げ出そうかと考えていると、黒川さんがフードの中からゆっくりと出てきて、小さな声で俺と同じ疑問を茜と霧島に投げかけた。どうやら好奇心には勝てなかったらしい。

 しかし、黒川さんも知らないネットスラングということは、俺が知らなくても仕方ないな。

 

 

 茜は黒川さんの肩をがっちりと掴んでぶんぶん揺すりながら鼻息を荒くして説明を始めた。


「寝落ちするまで電話をすることだよ! それは付き合っているラブラブなカップルしかできない伝説の行為なんだよ!」

「つ、つつ、付き合ってる⁉」


「そうだよ。もうネタは上がってるんだから、認めて楽になりなさい」

「わ、私と尾形君、つ、付き合ってないよ!」


 二人に尋問されて、黒川さんは耳まで真っ赤にしてオーバーヒートしてフードの中に逆戻りしてしまった。


「そ、それに、昨日電話をかけてきてくれたのは尾形君だし……」


 それどころか黒川さんは、俺を指さして爆弾を投下していく。


「尾形、本当なの?」


 霧島にギラリと怪しく光る瞳が俺を捉える。


「まあ、そうなんだけど……」


 くそ、黒川さんめ……

 初めて黒川さんに対して怒りを覚えてしまった。



「とにかく、早く校庭に行かないと開会式が始まっちゃうから。ほら、黒川さんも行くよ」


 ここは逃げの一手だ。


 いや、逃げるんじゃない。だって、学級委員長の俺には、クラスの点呼を取るという仕事があるのだから。

 俺はアルマジロ状態の黒川さんの背中を押しながら、走らないギリギリの速度で廊下を歩き、下駄箱に向かった。

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