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推しと練習2

「サンキューな、京介! それじゃあ、俺はちょっくらあいつらにレイアップのコツを教えてくるわ!」


 自販機で裕次郎にジュースを買ってあげると、裕次郎はそれを一気に飲み干してからシュート練習をしているクラスメイトの方に走って行った。

 裕次郎もバスケ経験者だし、任せていいだろう。

 俺は自販機で買ったスポーツドリンクを飲みながら、コートの端に置いてあったベンチに腰掛け女子の練習を眺めることにした。


 黒川さんは今、茜と一対一のパス練習をしている。

 しかし黒川さん、想像以上にバレーが上手いな。

 昨日のランニングでも思ったのだが、どうやら黒川さんは想像以上に運動ができるようだ。

 今も茜がぶっ飛ばしたボールを、見事に茜に返してみせた。多分バレーボールの実力で言ったら俺よりも上手い。


「奈菜ちゃん、上手でしょ」


 突然声をかけられてはっと振り向くと、霧島さんが俺の後ろに立っていた。

 霧島さんは高校指定のジャージを着て、黒川さんのように髪をポニーテールでまとめていた。今日は茜以外にもポニーテールが大量発生しているな。


「うん、上手だね」


 特に何も考えずにそう返事をすると、「あ。やっぱり見てたんだ」とニヤニヤされてしまった。

 霧島さん、仕事はできるし信頼できるのでクラス委員長としては頼もしいのだが、こうやって俺をからかってくるところは苦手だ。


「奈菜ちゃん凄いんだよ。バレーボール初心者なのに、バレー部の動きをよく観察して器用に真似て、たった少し練習するだけであんなに上手くなっちゃったの」


 霧島さんも黒川さんを眺めながら俺の隣に腰を掛ける。

 黒川さんってバレーボール初心者だったのか。全くそうは見えないな。


 しかしそういえば、黒川さん。というよりルカちゃんは初見のゲームも、プレーするたびにどんどん上達していくもんな。


「こんな言葉あんまり使いたくないけど、あの子、天才だよ」

「……確かに、そうかも」


 この前の実力テストも学年六位だったしスポーツもできて料理も上手い。というかそもそも、レッドオーシャンであるVtyuber業界で、個人勢でありながらデビューしてたった四ヶ月でチャンネル登録者三十万人を突破するような人だ。

 霧島さんは黒川さんがVtyuberであることを知らないだろうが、それを差し引いても天才という言葉を使いたくなる気持ちは分かる。


「黒川さん。あれだけ色々器用にこなせるのに、どうして人と話すのが苦手なんだろうな」

「奈菜ちゃんがあんな風になった理由、なんとなく分かるかも」


 霧島さんは膝の上で頬杖をつく。


「奈菜ちゃん、賢いし運動もできるし可愛いし、真面目で真っ直ぐだけどどこか抜けてて、妬まれる要素をたっぷり持ってるでしょ?でもあの子は嫉妬とか嫌味とか、他人から向けられる悪意を上手に躱すだけのコミュニケーション能力がなかったんだと思う。だから、人を怖がるようになっちゃったんだろうね」


 女の嫉妬はこわいからねぇ。と霧島さんがため息をつく。

 

 霧島さんの言葉には確かに説得力があった。黒川さんはよく人が怖いという意味の言葉を口にしていたから。


 俺は黒川さんの、真面目で真っ直ぐでどこか抜けてるところが好きなんだけど、そういう考えの人もいるんだな。

 でも確かに、出る杭は打たれると言うし、もしかしたら黒川さんは中学の頃、それが原因で孤立してしまったのかもしれない。

 霧島さんは黒川さんが昔の自分と似ていると言っていたし、もしかしたら、霧島さんも似たようなことを経験したことがあるのかもしれない。そう考えると、霧島さんが黒川さんを気に掛けるのも納得できる。


 ただ、納得できない部分もある。俺は、黒川さんのコミュニケーション能力が低いとはどうしても思えなかったのだ。


「でも、黒川さんって結構おしゃべりだよ。俺と二人なら割と口数多いし」


 そう伝えると、霧島さんが「なになに? いっつも奈菜ちゃんと二人でお話してるアピール?」とニヤニヤしてくる。

 やっぱり霧島さん。ちょっと苦手かも。


「あのね、尾形。話ができるからって、コミュ力が高い訳じゃないの。コミュニケーションっていうのは人と人の会話のキャッチボールなんだから、相手の言葉を受け取って、相手の欲しがっている答えを投げ返す力が必要なの」


 霧島さんは人差し指をピンと立て、くるくる回しながらそう説明してくれる。

 なるほど分かりやすい。言われてみれば黒川さんは、会話中にズレた返答をしてくることがあるし、お悩み相談のコーナーでも毎回ズレた解決策を提示してくる。霧島さんの例えを借りれば、会話中に大暴投をしていることになるな。

 そういえばいつだったか、黒川さんは『空気の読めない変な子』だと言われたことがあると口にしていた。あれはそういうことだったのかもしれない。


「分かった? 奈菜ちゃんは言葉を選ばずに言うと、『コミュ障』なの」


 なる、ほど……


「それに、奈菜ちゃん。何か話すたびに最初に『あ』って言うし、話すときに相手の目を見ずに目を泳がせてるし、早口でもごもごしてて何を言ってるか聞こえにくいでしょ?」

「言われてみれば、そうかも」

「それもコミュ障の特徴なのよ」


 そうだったのか。語頭に「あ」って付けるの、黒川さんの口癖だと思ってた。

 しかし、それならどうすればいいんだろう。

 霧島さんには何か秘策でもあるのだろうか。


「まあでも、あのまま放っておけば奈菜ちゃんのコミュ障は改善すると思うよ。スポーツでも何でも、練習すれば上達するものだからね」

「そういうものなのか」

「そういうものだよ」


 霧島さんは訳知り顔で頷く。


「私、奈菜ちゃんが心配だったんだよ。いつか学校に来なくなっちゃうんじゃないかって」


 まあ、黒川さんは実際、始業式の次の日に学校を休んでいたので、その可能性は十分にあっただろう。


「でも、今はそんな心配しなくてもよさそうだね。ほら、今はあんなにクラスに馴染めてるし」


 霧島さんがそう言いながら黒川さんの方に視線を向けたので、つられて俺も黒川さんを見た。

 黒川さんは今、黒川さんの才能に魅せられたバレー部のクラスメイト(確か、足立さん)からジャンプサーブを教え込まれているようだ。

 ただ黒川さんは、熱血指導をするバレー部のクラスメイトの勢いに負けて、茜の後ろに隠れている。


 あれは…… 馴染めている——のか? 


 まあ、黒川さんも本気で嫌がっているわけではなさそうだし、足立さんも黒川さんと仲良くなるために冗談半分でやっているように見えるから、多分大丈夫だろう。


「そろそろ休憩にしよ~!」


 そんなことを考えていると、茜の声が体育館に響く。

 

 あれ? 女子は今から休憩ということは、霧島はいったい何をしていたんだ?


「霧島、まさか練習サボってた?」

「みんなの練習を見守ってたの。私は学級委員だからね」

 

 こいつ、サボってたな。


「私は体育以外で運動はしないって決めてるから」


 霧島は堂々とそう宣言した。

 そういえば、霧島ってあんまり運動できるイメージないけど、もしかして運動音痴なのだろうか。


「尾形だって、シュート練習しないでさぼってるじゃん」


 霧島に痛い所を突かれてしまった。

 正直裕次郎との1on1でかなり疲れたので、もう少し休みたいんだよな。


「......ほら、俺は学級委員長だからさ。みんなの練習を見守らないと」


 結局霧島と同じ言い訳をする羽目になってしまった。

 

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