推しと練習1
「あ」
「あ」
黒川さんとランニングに言った次の日、霧島さんたちが企画した練習会に向かうために家を出ると、家の前を黒川さんが歩いていった。
同じ場所に行くのだから、黒川さんと会うのは偶然でも何でもない。
「一緒に行こっか」
黒川さんが頷いたのを確認して、黒川さんと並んで最寄りの駅に向かった。
「二人とも遅いよ~!」
霧島さんが予約した体育館にたどり着くと、茜がポニーテールを振り回しながら手を振っていた。
「え、ご、ごめんなさい……」
「いやいや、集合時間まであと十五分はあるから大丈夫だよ」
茜の言葉を真に受けてしまい必死に謝る黒川さんを止めていると「ごめんね奈菜ちゃ~ん!」と茜が黒川さんに抱きつく。
すると、黒川さんがそんな茜の背中に手を回して、抱きつき返したではないか。どうやら茜に抱きつかれまくったおかげで、慣れたようだ。
黒川さん、成長したな......
なんて、黒川さんの成長に感動していると、後ろから裕次郎に声をかけられた。
「よ、京介。そのジャージ懐かしいな。中学時代のバスケ部のやつだろ」
分かっている。裕次郎はただ純粋に懐かしんでいるだけで、『お前中学の頃から身長伸びていないんだな』と言っているわけではない。だって、裕次郎はそんな皮肉を言うような性格ではないし、そもそも皮肉を言えるほど賢くない。
「うん、これしか持ってなかったし」
俺は自分の身長コンプレックスを飲み込んで、いつも通りに返事をする。
裕次郎を見上げるのは疲れるし、なんだか悔しくなってくるので、目をそらすようにあたりを見渡すと、今日来ると言っていたメンバーは大体そろっているようだ。
「それじゃあ、私たちは着替えがあるから先入ってるね」
「あ、待って~! 私も行く!」
霧島さんはそう言って、女子たちと共に更衣室に向かう。
黒川さんに抱きついていた茜も霧島さんに着いて行くようだ。
「茜、部活の時は運動着で来るくせに、どうして今日は私服で来たんだ? わざわざ着替えるの面倒くさくね?」
裕次郎が俺も抱えていた疑問を茜に投げつけると、茜はやれやれといった風にため息をついた。
「まったく。これだから筋肉ゴリラは。いい? 女の子っていうのはね、可愛い恰好をしないといけないの。部活はともかく、今日みたいに友達と集まる時は、いくら目的が運動でも可愛い私服で来ないといけないのだ!」
Tシャツにショートパンツという、シンプルだがスポーティーな茜に似合っている服を見せびらかすように、茜がくるくるとその場で回転する。
裕次郎が興味なさげに「へ~~ そうなんだ」と呟くと、茜が「女の子の服装は褒めなければいけないって法律知らないの?」と裕次郎のわき腹をどつく。
しかし、俺はそんな事よりも茜の隣で「運動着で来ちゃった……」と絶望の表情を見せる黒川さんのことが気が気でなかった。
黒川さんは昨日と違い、白とピンクのスポーツウエアに身を包んでいた。バレーボールをすることを考えて、長袖長ズボンにしたのだろう。
そして、運動の邪魔にならないようにだろう。昨日と同じようにポニーテールで髪をまとめていた。
黒川さんのポニーテール姿は昨日さんざん見たのに、全く見慣れる気がしないな。
どうやら茜も絶望している黒川さんの様子に気が付いたようで、再び黒川さんをぎゅっと抱きしめる。
「奈菜ちゃんごめんね~~! 違うの! 私服じゃなくても可愛かったら大丈夫なんだよ! ね! 奈菜ちゃん可愛いよね! ね!」
そして、すごい剣幕で俺のことを威圧してきた。これは多分、可愛いと言えということなんだろう。
茜が言うには、わが国には女の子の服装は褒めなければいけない法律があるようだし、これは言うべきなのだろう。
まあ、その、黒川さんのことを可愛いと思っていることは嘘ではないしな。
「あ、うん。可愛い、と思う」
いつだったか黒川さんをたくさん褒めようと決めたのだが、さすがに茜や裕次郎の前でそんなことを口にするのは恥ずかしくて、目をそらしてしまう。
「へ、か、可愛い、かな……?」
黒川さんも同じく恥ずかしそうにもじもじしながら俯いてしまった。
「奈菜ちゃん、よかったね~~! ほら、着替えなくてもいいから一緒に更衣室行こ!」
茜は黒川さんの手を引いて更衣室に向かっていった。
しかし、茜もなんだかんだ黒川さんの扱いが上手くなったな。そんなことを考えていると、裕次郎が俺の肩をバシンと叩いてきた。
「京介も女子に『可愛い』なんて言うんだな! お前中学の頃はモテてたくせに、女子に興味なさげだったのにな!」
「まあ、中学の頃はバスケで忙しかったから」
叩かれた肩をさすりながら裕次郎を睨む。裕次郎を睨むためには見上げなければいけないのが悔しいところだ。
「なるほど。つまり、バスケを辞めた今は女子に興味が出てきたということか」
裕次郎は訳知り顔でそんなことを言い出した。
「いや、別の彼女が欲しくてバスケを辞めたわけじゃないから」
「そうなのか? 彼女いない歴=年齢なことを気にしてるのかと思ったわ」
「……悪かったな、彼女つくれなくて」
悔しいが裕次郎は中学時代に彼女がいた。だから言い返すことができない。まあ、彼女を放ってギターに熱中してたら振られたらしいが。
「京介、面倒見はいいし、そこそこイケメンなんだから、その気になれば彼女くらい作れるだろ」
「残念なことに、モテるためには高身長・高学歴・高収入が必要らしいから、俺じゃ無理だな」
「確かに、京介じゃその条件は満たせそうにないな」
自分で言っておいてなんだが、なんだか悲しくなってきたな。
「とりあえずいい時間だし、先に入ってコートの準備をしておこうよ」
俺はクラス長として、裕次郎たちにそう言ってから一足先に体育館に向かうことにする。
決して、これ以上自分が低身長であることと向き合いたくなかった訳ではない。
みんなで軽くストレッチをしてから、球技大会に向けての練習を始める。
男子はバスケ、女子はバレーボールだ。
「京介~ 1on1しようぜ!」
そう裕次郎に誘われたので、裕次郎との1on1をすることになった。
ちなみに今日来た男子は俺と裕次郎を除いて四人。ミニバスをやっていた裕次郎以外は全員バスケ初心者だったため、その四人はシュート練習をしている。
しかし、全員初心者ではあるが運動部ではあるので筋は良く、ちょっと練習したらレイアップくらい簡単にできそうな雰囲気だ。
だから、俺と裕次郎の1on1は、他の四人のシュート練が終わるまでの暇つぶしだ。
そう思っていたのに。
「よっしゃ!」
「裕次郎でかすぎるよ」
バスケをしていたのは小学校までと聞いていたのに、裕次郎は予想以上にバスケが上手かった。
裕次郎はその巨体を生かして、ディフェンスの俺をゴール下まで押し込んでシュートを打ってくる。いわゆるポストプレーというやつだ。
俺よりもはるかにデカい裕次郎にそれをされると、チビな俺ではどうしようもない。
いやまあ、ドリブル中に上手くボールを取れる時もあるが、ゴール近下まで無理やり押し込まれてシュートモーションに入られると、俺は巨人の裕次郎を見上げることしかできないのだ。
正直悔しいが、対格差はどうしようもない。バスケはデカいほうが有利だから、悔しいが仕方ない。
それでも、中学までバスケをしていた俺にもプライドはある。裕次郎を止めることができないのなら、それ以上に点を取るまでだ。
裕次郎は割とチョロい。ちらりと視線を右に送り、そっちに行くと見せかけるだけで簡単に騙せる。裕次郎の姿勢が崩れたが、まだシュートは打たない。フロントクロスでボールを左手に持ち替えてさらに揺さぶる。すると、ドライブを警戒した裕次郎が俺から一歩距離を取った。
これだけ距離が離れていれば、いくら俺の身長が低くてもブロックされないだろうが、念には念を入れて、バックステップをしてからシュートを放つ。
俺のシュートは裕次郎にブロックされることなく、リングに吸い込まれていった。
「うわ、やられた!」
悔しそうな裕次郎の前で、こっそりガッツポーズをする。
「そろそろ休憩しようぜ」
そして、自分が気持ちよく勝ったタイミングでそう提案した。
体のいい勝ち逃げだが、裕次郎は特に文句を言うでもなくその提案に乗ってくれた。
「京介、ジュース奢ってくれよ」
「いや、何でだよ......」
「じゃ~んけ~ん」
「「ぽん」」
裕次郎の掛け声に、思わずグーを出してしまった。
「はい、俺の勝ち」
パーを俺の顔の前でひらひらしてくる裕次郎。
やられた。
悔しいので、裕次郎のすねを思いっきり蹴ってやった。