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推しと味方

「奈菜ちゃんは、休みの日は何してるの?」

「あ、えと…… ゲーム、とか、してます」

「へー そうなんだ。ちょっと意外かも」

「そ、そう、かな……」


 球技大会が一週間後に迫ったある日。

 いつも通り登校すると、俺の席にはバレー部に所属する足立さんが座っていた。

 その周りには霧島さんを始め、球技大会で黒川さんと同じチームの人たちが集まっている。

 どうやら黒川さんと話をしていたようだ。


 あれから黒川さんは、球技大会で同じチームの人たちと少しずつ会話をするようになったていた。

 大きな成長だ。


「あ、そろそろ休み時間が終わるね、それじゃあ」

「あ、うん」


 しかし、黒川さんは、会話が終わると、一仕事終えたような晴れ晴れとした顔でフードをかぶり、しばらくスリープモードに移行するのだ。


 そして、次の休み時間は必ずアルマジロ状態で過ごし、誰も寄せ付けない。

 どうやら黒川さんは、一度他人と会話をすると、一時間以近くインターバルが必要になるようなのだ。




「ねえ、尾形君。今、黒川さんに話しかけていいかな?」


 そのため。今、黒川さんに話しかけていいのかを黒川さん係の俺に確認するという謎の文化が浸透してしまったのだ。


 しかし、黒川さん係を引き受けると彼女に宣言してしまった手前、今更手を引くことはできない。


 どうやら、黒川さんの陽キャへの道は、まだまだ遠そうだ。



◇  ◇  ◇



『人と話すのが苦手です。どうすればルカちゃんみたいに人前で堂々としゃべれるようになりますか。か…… 質問ありがとう』


 今日のルカちゃんの配信は、いわゆるお悩み相談コーナーだった。視聴者からの質問や悩みに、ルカちゃんが回答していくという形式だ。


 ちなみに、このコーナーなかなりの人気を誇っている。ルカちゃんは一つ一つの質問に丁寧に答えるので、人気があるのは当然だろう。

 

『分かるよ、その気持ち! 私も人と話すに苦手だもん。人間って怖いもんね、私も学校では人目を避けて生活しているもん。でもね。最近、少しだけ人と話せるようになったから、その秘訣を伝授するね! まずね、人と話すときは、目を細めて、笑っているふりをしながら相手の顔を見ないようにするの。そうすると、人の目が少しだけ怖くなくなるの。あとね、——』


 およそ陽キャとは思えない解決方法がルカちゃんの口から飛び出した。

 一応、俺の推しのルカちゃんは陽キャ現役高校生を自称しているのだから、その回答はまずいだろ……


【陰キャじゃん】【解決してなくね?】【ルカちゃん陽キャ設定忘れてないで】


『あ、ち、違うよ! 私じゃなくてね、友達の話だから!』


 ルカちゃんよ、もう遅いだろ。まあ、こんな夢のない事を言ってはいけないが、中の人が黒川さんなので、仕方ないか。


 多分、視聴者も全員、ルカちゃんが陽キャでない事に気づいてるだろうし。


『ほら、質問してくれた人も「ありがとうございます、参考にします」って言ってるし、これでいいの! みんなも真似してくれていいんだよ!』


 ルカちゃんは俺たち視聴者に向けて、自信満々に告げる。

 ただ残念ながら、ルカちゃんにお悩み相談をしている視聴者のほとんどは、ルカちゃんに解決してほしくて相談しているわけではないと思う。


 だって、黒川さん、もといルカちゃんが提示する解決方法は、残念ながらかなりずれている。


 まあ、俺たちルカちゃんのオタクはそれを楽しみに見ているのだから、それでいいのだけれど。


 そんな感じで今日のルカちゃんの配信も、にぎやかに終わった。



 とりあえず、これからは人と話している時に、不自然に目を細めている人を見たら、ルカちゃんの推しなのかな? と疑うようにしようと思った。



◇  ◇  ◇



「奈菜ちゃん。今度の日曜日、空いてる?」

「え、あ、はい。空いて、ます」


 次の日。学校に行くと、今日は霧島さんが俺の席に座って、黒川さんに話しかけていた。


「よかった。その日、近くの体育館を借りてみんなでバレーの練習をしようと思ってるんだけど、黒川さんも来ない?」

「あ、えっと……」


 ふとした好奇心に駆られてそっと黒川さんの顔を覗き込んでみると、黒川さんは明らかにやっている。

 目を細めて、笑っているふりをしていたのだ。


 確かに、彼女の演技は意識して見ていなければ気づかないほど上手だった。きっと、毎日鏡の前で練習したのだろう。


 しかしそのことを知っている俺からすると、かなり面白い光景だった。


「奈菜ちゃんも来てよ! 私も行くからさ!」


 黒川さんと霧島さんの話を聞いていたのか、茜がポニーテールを揺らしながら話に入ってくる。


「なあ、その体育館、まだ空いてるか?」


 そして、茜のさらに後ろから裕次郎が現れ、俺の遥か頭上から霧島さんにそう尋ねた。


「昨日見た時は空いてたけど、どうして?」

「じゃあ、隣のコートを男子で借りようぜ! そうすれば、二組合同練習会ができるだろ?」

「おーー! 巨人にしては、ナイスアイデアじゃん!」


 ポニーテールをピョンピョンさせながら茜が賛同する。


「うん。まだ体育館、空いてるみたい。予約してもいい?」


 霧島さんが手早くスマホを操作し、隣のコートを予約してくれたようだ。


「京介、お前も来るよな?」


 裕次郎の巨大な手が、俺の頭を鷲掴みにしてくる。


「うん、行こうかな」


 どうせ日曜日は暇だし、それに断ったら裕次郎に頭を握り潰されそうだったので、大人しく頷いておく。


「そう来なくっちゃ」


 結局、裕次郎に肩を思いっきりはたかれたので痛かったが、まあ、死ぬよりはましだ。


「いいねいいね! どんどん楽しくなってきたよ! それで、奈菜ちゃんは来る?」

「あ、うん…… 行こう、かな」

「やったー! 結花! 奈菜ちゃんも来るって!」


 茜が教室中に響き渡る声で、目の前の霧島さんに話しかける。陽キャって、こういうものだよな。黒川さんもこうなりたいのかな? なんか違う気もする。


「お。奈菜ちゃんもようやくその気になってくれたか。もしかして、尾形君が来るから?」

「え⁉ ち、違、そういうことじゃ!」


 霧島さんの質問に、黒川さんは両手を顔の前で振って必死に否定している。


「まあ、そういうことにしといてあげる。じゃあ、日曜日、楽しみにしてるね」


 霧島さんはちらりと俺の方を見てから、自分の席に戻って行った。


「え? 奈菜ちゃん、そういうことなの?」


 茜がポニーテールをぶんぶん振りながら、俺と黒川さんを交互に見てくる。


「どういうことだよ」


 さっきから茜や霧島さんが何を言いたいのかが全く分からない。俺はアルマジロになってしまった黒川さんの代わりに、そう答えておいた。



◇  ◇  ◇



「霧島さん、それ貰うよ」


 休み時間。霧島さんが何やら資料を運んでいたので、手伝いを申し出た。


「ありがとうね、尾形君」


 霧島さんは少し迷ったそぶりを見せたが、俺に資料を半分手渡して来た。霧島さんの方が俺より身長が高いので、受け取る時に霧島さんを見上げる形になってしまい、少し悔しい気分になる。


「尾形君って、誰にでも優しいのかな?」

「いや、これくらい普通でしょ」


 霧島さんは意味深に「ふ~ん」と言ってから、俺の顔を見てきた。


「だから、黒川さんにもあれだけ信頼されてるのかな?」

「黒川さんは霧島さんの事も信頼してると思うけど」

「いやいや、尾形君だって知ってるでしょ? 今朝、私が黒川さんを練習に誘っても乗り気じゃなかったのに、尾形君が来るって言った瞬間に黒川さんも来るって言い始めたんだから」

「……多分、俺が行くと言わなくても、黒川さんは最終的には行くって言ってたと思うよ」


 だって、黒川さんは超がつくほど努力家なのだから。友達を作ると決めたら作るための努力を惜しまないだろう。


 霧島さんは再び「ふ~ん」と呟く。それから少し声を潜めて、俺に質問してきた。


「ねえ、尾形君と黒川さんって、どんな関係なの?」


 どういう関係かと聞かれると、少し答えに困る。

 陽キャになりたい黒川さんに協力していることを霧島さんに話してもいいものか。

 どう答えようか迷っていると、霧島さんが少しニヤつきながら俺の事を見下ろしてくる。


「あれ、もしかして、私には言えない関係なのかな?」


……なるほど。霧島さんの言いたいことが見えてきた。この人、まじめな委員長キャラだと思っていたのだが、色恋とかに興味があるんだな。


 しかし、これ以上勘違いさせておくと、俺だけでなく、黒川さんにも悪影響があるかもしれない。

 仕方がないので俺は正直に答えておくことにした。


「実は黒川さんが陽キャになりたいみたいでさ。俺はそれを手伝ってるんだ」

「何それ、面白そうだね!」


 霧島さんは一瞬きょとんとしたが、すぐにクスクスと笑い出した。


「ねえ、尾形君。私にも協力させてよ」


 霧島さんは唐突にそんなことを言い出した。


「え? いいの?」


 俺一人では限界が見えていたので、正直その申し出はありがたかった。

「もちろん。黒川さんって昔の私に似てるから、力になれると思うよ」


 ふふん。と自信ありげな表情を見せる霧島さん。


 昔の私に似ているということは、かつては霧島さんも黒川さんのようにアルマジロになっていたということか?

 

 学級委員長を立派に務めている霧島さんからは想像もつかない姿だな。


「それに黒川さんって可愛いから、からかいたくなるんだよね~」


 霧島さんは不穏な一言を残し、俺よりも長い足を生かしてさっさと歩いていってしまう。

 


……大丈夫かな。やっぱり協力の申し出を断っておいた方がよかったかもしれない。


 俺は一抹の不安を胸に、せかせかと足を動かして、必死に霧島さんの後を追った。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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