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推しと友達

『クリアするまで耐久配信』


 今日のルカちゃんの配信は、そんなタイトルだった。


 ルカちゃんはゲーム界隈では有名らしい、アーサーという主人公が姫を助けるというストーリーの魔界の村っぽさを感じるレトロゲームをプレーしている。

 ただ、このゲーム、一度敵の攻撃を喰らったら鎧が剥げてキャラがパンツ一丁になるというなかなかシュールな感じを出しておきながら、難易度がなかなかに高いようだ。黒川さん、じゃなかった。ルカちゃんの実力を持ってしても、かなりの苦戦を強いられていて、現在時刻は午前一時を回っている。


【今日はもう寝よ】【高校生なら明日も学校あるでしょ】【このゲームむずいからしょうがない】


 コメント欄にも完全に諦めムードが漂っていたし、正直俺もそう思っていた。


『いやいや、君たちが何と言おうと、私は諦めないよ! クリアするって宣言したんだから! 私はやると決めたことは絶対やるの!』


 ただ、ルカちゃんはどうしても今日クリアしたいようだ。努力家というのか頑固というのか。


『ほら見ろ! さっきまで超えられなかったステージを越えたよ! クリアまであと少しでしょ? みんな、もう少し付き合ってもらうよ!』


 スマホから聞こえてきたルカちゃんのやかましい声につられてスマホに視線を戻すと、さっきまで苦戦していた難関エリアを突破したようだ。


【おめ】【明日仕事あるのにー】【もう今日は最後まで付き合います!】


 コメント欄にも、徹夜をする覚悟を決めた人が溢れかえっていた。


 ルカちゃんはすごいな。『やると決めたことは絶対やる』なんて、なかなか実行できることじゃないだろうに。

 やっぱり彼女は応援したくなる頑張り屋さんだ。俺はルカちゃんのそういうところが好きなんだよな。


 そんなことをぼーっと考えていると、ゆっくりと睡魔が襲ってきた。

 結局俺は睡魔に抗うことができず、ルカちゃんの配信を最後まで見ることはできなかった。



◇  ◇  ◇




 次の日の昼休み。いや、昨日は一時を回っても起きていたのだから、正確には次の日ではないんだけど......

 今日も今日とて屋上の扉の前の階段で黒川さんが作ってきてくれた弁当を広げる。今日のメニューはワカメご飯にアスパラのベーコン巻き、きんぴらごぼう、卵焼き、ミニトマトに大学芋だ。


「いただきます」


 しっかり手を合わせてから、おそらくメインであるアスパラガスのベーコン巻を一つ口に入れる。

 うん。いつも通り美味しい。アスパラガスは好きか苦手かで言ったら苦手寄りの食べ物なのだが、黒川さんに調理されたアスパラガスは美味しく食べられる。


「ありがとうね、ほとんど毎日弁当を作ってくれて」

「ううん。そういう約束だから」


 黒川さんはそう言って、小さく欠伸をしながら自分の膝に乗せたお弁当箱を開ける。


 黒川さんは今日、朝から眠そうだった。

 それはそうだろう。だって、今朝起きてルカちゃんの配信のアーカイブを確認したら、今日の午前三時まで配信をしていたのだから。


 その後すぐに寝たとしても、三、四時間ほどしか睡眠時間を取れていないはずだ。

 その上俺のお弁当を作ってきてくれているなんて、黒川さんの負担が大きすぎやしないだろうか。


「ねえ、黒川さん。毎日お弁当を作ってくるの、大変じゃない?」


 俺がそう尋ねると、なにを勘違いしたのか、黒川さんは不安そうに俺の顔を覗いてきた。


「も、もしかして、お弁当、美味しくない……?」

「いやいや、そうじゃなくて! 昨日は夜遅くまでゲームしてたんでしょ? だから、無理してお弁当を作ってないか心配で」


「……へ? 尾形君、どうして私が夜遅くまでゲームをしていたことを知ってるの?」



 あ、しまった。



 黒川さんが夜更かししたことを俺が知っている理由は簡単だ。だって今日、黒川(ルカ)さん(ちゃん)のアーカイブを見て、午前三時まで配信していたことを確認したんだから。

 でも、そんなこと言えるわけない。そんなことを言ったら、黒川さんがアルマジロになって一日中出てこなくなる未来が見える。

 それに、俺がルカちゃんの大ファンであることを黒川さんにバレるのはさすがに恥ずかしい。


 とにかく、なんとか言い訳を考えねば。俺は頭を全力で回転させる。もしかしたら、人生で一番頭を働かせたかもしれない。


「いや、その…… 目の下にクマがあったから……」


 そして、なんとかいい感じの言い訳を絞り出すことに成功した。


「あ、そ、そっか……」


 黒川さんはフードの中で、目元を気にする仕草をする。どうやら不審に思った様子はなさそうで、ほっと一安心だ。

 今の内に話を戻そう。


「と、とにかく、俺は黒川さんが無理していないかが心配なの」

「で、でも…… 私がお弁当を作る代わりに、尾形君が私に陽キャのなり方を教えてくれるって約束だから……」


 う~ん。もうその約束自体が破綻しているんだよな。というか、俺が約束を守れていない。俺が黒川さんにしてあげたことと言えば『友達をつくろう』とかいう誰にでもできるアドバイスくらいだ。


 明らかに等価交換になってないんだよな。


「その、俺もあんまり黒川さんの力になれてないからさ。だから、毎日お弁当を作ってきてもらうのは申し訳ないっていうか……」

「そ、そんなことないよ!」


 俺の言葉を黒川さんが食い気味に否定してくる。配信以外では初めて聞いた黒川さんの大きな声だったので、内心かなりびっくりした。


「あ、ご、ごめん、ね」


 どうやら黒川さんも自分の声の大きさにびっくりしてしまったようで、縮こまってしまう。


 でも、黒川さんがあんなに大きな声を出すなんて。

 多分、何か言いたいことがあるんだろうけど、俺は黒川さんの心を読むなんて器用なことはできないので、黒川さんが話してくれるのを待つことにした。


 ワカメご飯をつまみながら横目で黒川さんを見ていると、黒川さんはしばらく口をもにょもにょと動かしてから、ゆっくりと口を開いた。


「その、尾形君ってさ。黒川さん(わたし)係をしてくれてるでしょ?」

「まあ、うん」


 してくれていると言うと語弊がある。茜が勝手に言い出したのがクラス中に広まってしまっただけだし、俺としては普通に黒川さんに接しているつもりだし。


 でも、『してくれてる』って言い方と黒川さんの表情を見る限り、俺が黒川さん係と呼ばれていることを嫌がってはない、と思う。


「尾形君がそう呼ばれてるの、最初はちょっと恥ずかしかったんだけどね。でも、なんだか安心できるんだ」

「安心?」

「あ、えっとね。私、中学の時、学校行けなくなっちゃったことがあって、だから、高校に通うのも、ほんとはちょっと怖かったの」


 そういえばこの前黒川さん、中学の時に人間関係でトラブルがあったせいで、学校に行けなくなったことがあったと言っていたな。

 詳しくは聞いていないけど、黒川さんが他人を怖がるようになったのも、多分それが原因なんだと思う。


「だけど、尾形君が黒川さん(わたし)係って呼ばれてるおかげで、なんだかひとりぼっちじゃないんだなって思えるの。だから、最近はあんまり学校が怖くないし、ちょっとだけ楽しいんだ……」


 いつもはガトリング砲みたいに早口で話すのに、今の黒川さんはゆっくりとそう言ってからら、へにゃりと笑う。


「だから、尾形君が役に立ってないなんてことはないの。そんなこと言わないで欲しいな」


 黒川さんは不満そうに頬を膨らませて、ぐいっと俺に顔を近づけてきた。

「わ、わかったよ。それはごめん。でも、ちょっと、近い……」


 もうすぐ鼻と鼻がくっついてしまうんじゃないかという距離にいる黒川さんから目をそらし、ドキドキと暴れる心臓を押さえつけながら、やっとの思いで声を絞り出す。


「あ、ご、ごめんね!」


 黒川さんは顔を真っ赤にしながら飛び上がった。その拍子に黒川さんの膝からお弁当が落ちそうになったので、慌てて受け止める。よかった。ギリギリセーフだ。


 黒川さんはフードの中に籠城して、アルマジロになってしまう。自分で顔を近づけておいて、自爆するなんて…… 黒川さん、たまに人との距離感バグるよな。



 しかし…… フードをかぶってることが多いからいつもはあんまり意識しないんだけど、黒川さんって目鼻立ちは整っている美人さんだから、ああいう事をされるとドキドキしてしまう。


 って違う! 今はそんなことを考えている場合じゃない。


 慌てて頭を振って雑念を払う。そして、黒川さんの言葉をゆっくりと反芻した。


 どうやら俺が黒川さん係をしていることで、黒川さんは前より楽しく学校に通えているらしい。


 でも、俺は見返りが欲しくてそんなことしてないし、そもそも黒川さん係をやることは俺の負担には全くなっていない。だって、俺は普通に黒川さんと仲良くしたいだけだし。


 しかし、黒川さんはそのお礼として毎日お弁当を作ってきてくれている。それはフェアじゃない気がする。


 それに、お弁当を作ってくる見返りに仲良くするなんて、そんな関係はなんだか寂しい。


「とにかく。俺は見返りを求めて黒川さん係をやってるわけじゃないし、黒川さん係は俺の負担にはなってないよ。俺がやりたいからやってるんだから」

 

 俺はお弁当なんて作ってもらわなくても黒川さんと仲良くしたい。それを伝えたかった。


「俺だって黒川さんと話すの楽しいし、黒川さんには学校に来て欲しいから、黒川さんが嫌じゃないなら、お礼なんてなくても俺は喜んで黒川さん係を引き受けるよ。」

「ほ、ほんと?」


 俺の言葉に、黒川さんが目をキラキラさせながらぐいっと顔を近づけてくる。


 ち、近い……


 これ以上黒川さんの顔を近くで見ていると、ドキドキで心臓が破裂してしまう。俺はお弁当をつまむふりをして、黒川さんから距離を取ろうとした。


「尾形君、ありがとう」


 しかし、それよりも早く、黒川さんは文字通り目と鼻の先で、ふわっと顔をほころばせる。


 黒川さん。最近よく笑うようになったよな。


 それが、黒川さんにドキリとさせられすぎて逆に冷静になってしまった俺の素直な感想だった。


 その笑顔は茜や真央たち陽キャたちのような眩しい笑顔ではない。でも、俺は黒川さんのふわりと笑った表情が好きだった。


 まあ、黒川さん係というものがどんなものなのか未だに分かってないけど、それでも俺が黒川さん係をすることで、彼女の笑顔が見られるなら俺も嬉しいし。

  



「その、尾形君は、私が無理してお弁当を作ってないかを心配してるんだよね?」


 そんなことをぼーっと考えていると、黒川さんがおずおずとそう尋ねてきた。


「うん。それと、黒川さんがお弁当を作ってきてくれなくても、俺は黒川さんと仲良くするよって伝えたかった」


 俺の言葉に、黒川さんはしっかりと頷いてくれた。

 黒川さんは頭がいい。多分、俺の言ったことをしっかり理解してくれたと思う。


「えっと、じゃあさ、私が尾形君にお弁当を作りたいから作ってくるのはいいんだよね?」


 しかし黒川さんは、自分の膝の上に乗せた弁当箱をぎゅっと握りしめて、予想外なことを言い始めた。


「私、最初の頃は尾形君の言う通り、尾形君に仲良くしてもらうためにお弁当を作らなきゃって思いもあったの。だけど、今はちょっと違うよ。尾形君が私のお弁当を『美味しい』って言ってくれるのが嬉しいんだだから、これからは約束を守るためじゃなくて、私が作りたいからお弁当を作ってくるね」


 黒川さんはそう言って、へらりと笑う。


「いや、でも……」

「あのね、尾形君。お弁当って、一人分作るのも二人分作るのもそんなに変わらないんだよ。だから別に、尾形君の分を作るのはそんなに大変じゃないんだ」

「そうなの?」

「うん。尾形君はお弁当を作ったことないから分からないかもしれないけどね」


 黒川さんがいきなり笑顔でチクチク言葉を投げてきた。

 いや、これは多分、悪気があるわけじゃないな。きっと言葉選びをミスったのだろう。


 まあいいや。とにかく黒川さんの言いたいことは分かったと思う。


「それじゃあ俺はこれから、俺がそうしたいから黒川さん係をする」

「うん。私も、自分がそうしたいから、尾形君のお弁当を作ってくるね」

「あ、でも、無理はしないでね。黒川さんが夜遅くまでゲームをした日は一緒に購買でパンを買えばいいんだし」

「尾形君も、黒川(わた)さん(し)係、無理しないでね」


 無理をしてお弁当を作る状況はあっても、黒川さん係をする状況はないだろ。そう思ったけど、素直に頷いておく。


 すると、黒川さんがなんだか嬉しそうに、くすくす笑い出した。

 俺もつられて思わず笑顔になってしまう。


 今までの俺と黒川さんの関係は、一種の契約関係だったんだろうな。


 だけど、これからはそうじゃない。


 なんだか、ようやく黒川さんと友達になれた気がした。

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