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俺の推し

『皆さんどうも、こんルカ~ 陽キャ現役高校生VTyuberの、白井ルカです!』


 高校の入学式を終えて帰宅した俺は急いで自分の部屋にこもり、スマホで推しの配信を見始める。



 俺は今まで、いわゆるオタク文化にはほとんど触れてこなかった。そんな俺に転機が訪れたのは、中学二年生の二月。

 中学では学級委員長やバスケ部の部長を務め、成績もまあそこそこ優秀だった俺は、推薦入試でみんなよりも一足先に進学先を決めることができた。

 だから、言い方は悪いが、みんなよりも早く暇になってしまった。


 でも、暇になったからといって、受験勉強に必死な友達と遊ぶわけにはいかない。

 だから、俺は何をするでもなく買ってもらったスマホでネットの海を彷徨う毎日を送っていた。



 そんな時に、俺は彼女に出会ってしまった。


 自称、陽キャな現役高校生VTyuber、白井ルカ。

 名前の通りシロイルカをモチーフにした、かなり清楚な見た目の可愛らしいキャラクターで、個人勢でありながら、デビューから一か月で登録者数十万人を超えた、かなり勢いのあるVTyuberだ。


 俺が彼女を見つけたのは、彼女がデビューと同時に投稿した歌ってみた動画だった。


 あの時の感動は、今でも鮮明に覚えてる。

 映像のクオリティーが特別高い訳ではなかったのだが、彼女のはっきりと透き通った美しい歌声に、彼女だけの輝きに、俺は魅了されてしまった。


 正直俺は、みんなが受験勉強に勤しんでいる中、自分だけ特にすることもなくただ日々を過ごしていることに、若干の寂しさと罪悪感を感じていた。

 そんな時に出会ってしまった人生初の推しに、当然俺は沼った。


 当時、ルカちゃんの登録者数はたった六人だったのだが、俺は迷わずチャンネル登録をしてそれからというもの、毎日彼女の配信を見ている。彼女の配信を見ている時間は、癒しの時間だった。

 

 

 彼女の魅力はたくさんある。歌声は美しいし、ゲームだってかなりの腕前なのだが、個人的に彼女の魅力は恐ろしく早口なトークだと思う。


『今日、高校の入学式があったんだけど、私はぼーっとしてたり、おしゃべりしているみんなと違って、校長先生の話を一言一句聞き逃さないように集中してたんだよ。ていうか、入学式でおしゃべりってやっぱりおかしいよね。だって、入学式って、みんな新入生のはずだもんね。普通、話す相手なんていないはずだもんね。もしかして独り言だったのかな』


 マシンガントーク。いや、ファンからはガトリングガントークとも呼ばれている彼女の早口トークは、見るものを魅了する、不思議な力を持っている、と思う。少なくとも俺は。


【今日も安定の早口】【校長の話を聞けて偉い】【陽キャなら入学式で友達作れ】


 しかし、一点残念なところを挙げるとすれば、コメント欄でも言及されている通り、彼女の話からは全然陽キャ感を感じないところだ。


 彼女はデビュー時から陽キャ現役高校生を自称している。

 しかし、現役女子高生はまだ信じるにしても、彼女が陽キャであるとはまったくもって思えなかった。

 いくら彼女の大ファンである俺も、そこだけは擁護できない。


『え⁉ だって、登校してから入学式が始まるまでのわずかな時間で友達になれるわけないじゃん! いくら陽キャでもそれは無理だよ! そんなことができるのは神様くらいでしょ!』


 ちなみに俺は今日の入学式で初対面のクラスメイト数人と話して来たので、彼女基準では神様になるのだろうか。


【陽キャは目が合ったら友達だから】【別に友達じゃなくても話せるやろ】【安定の自称陽キャ】


 コメント欄を見ても、必死に自分を陽キャだと言い張る彼女を擁護するコメントは一切見当たらない。


『自称じゃないし! 真の陽キャだし! 私友達百人いるし!』


 友達が多い人間は友達百人いるとか言わない。だって、数えられないほどの友達がいるのだから。

 まあ、コメント欄を見ても、陽キャを自称する彼女へのツッコミで溢れているし、そんな残念なところも彼女の魅力だったりする。


 とにかく、俺の推しは今日もかわいいくて、キラキラしている。少なくとも、俺にはそう見える。

 俺は晩御飯の支度ができたと母親に呼ばれるまで、帰ってきたままの制服姿でスマホにかじりつき、推しの配信を見続けた。



◇  ◇  ◇



 あれ。ルカちゃんの配信、もう始まってるじゃん。


 入学式の翌日。帰りのHRの時間に机の下でスマホを見ていると、俺の推しがすでに配信を始めていた。


 しかし、本来、高校生ならまだ高校にいるはずの時間に配信をするとは。まさか、陽キャだけでなく、現役高校生という肩書まで自称だったのか?


 まあ、そんな事はさしたる問題ではない。推しがかわいければそれでいい。

 とにかく急いで帰らないと。そう思ってHRが終わると同時に席を立つ。


「京介。お前、高校ではバスケ部入んないのか?」


 しかし、中学からの友達に呼び止められてしまった。

 こいつは馬場裕次郎。高校一年生にして身長181㎝ まだまだ成長中で筋肉ゴリラの見るからにスポーツマンといった風貌だ。

 ちなみに裕次郎の部活は軽音部。裕次郎がでかすぎるせいで背中に背負ったギターが小さく見える。


「うん。バスケは趣味で続けるくらいでいいかなって思って」


 推しのVtyuber、白井ルカちゃんに沼ったから部活には入りたくないなんてことは恥ずかしくて言えず、ごまかしておく。


「京介、バスケあんなに上手かったのにもったいね~な」

「いや、さすがにこの身長だとバスケをやるのは厳しいから」


 俺が自嘲気味にそう言うと、裕次郎は笑いながら俺の頭をぐりぐりしてくる。


「確かに。運動部じゃない俺よりも小さいんじゃ、厳しいものがあるよな」

「やめろ。これ以上縮んだらどうするんだよ」


 裕次郎の手を払いのけながら睨みつけたのだが、彼はニカっと笑いながら「じゃあ、また明日な」と手を振りながら部活に行ってしまった。


 まあ、俺のコンプレックスである身長をいじってくること以外はいい奴なので、今日は許してやることにした。


 そんなことよりも俺は、早くルカちゃんの配信が見たいんだ。


「尾形、少し頼みたいことがあるんだが」


「はい、何ですか?」


 今度こそ帰ろうと思ったら、次は担任の先生に呼び止められてしまった。

 さすがに先生を無視することはできず。仕方なく応じる。


「尾形の隣の席の黒川が今日、学校休んでてな。悪いが、このプリントを黒川の家まで届けてくれないか?」

「え、どうしてで僕なんですか?」

「尾形の家と黒川の家が近いんだよ。それに、尾形、学級委員長だろ? お願いできないか?」


 そうだった。中学時代に学級委員長を務めていた俺は、高校でも学級委員長をやる羽目になったのだ。正直俺は学級委員長などやりたくなかったが、同中のクラスメイトの推薦(という名の押し付け)をされてしまったので、渋々引き受けたのだ。


「……分かりました。帰りに寄ります」

「すまんな。ありがとう」


 断ってしまっても良かったのだが、担任の先生がかわいそうなので引き受けることにした。

 担任の先生から受け取ったプリントをカバンにしまいながら、隣の席の黒川さんの家の場所を確認する。

 どうやら、俺の家から数件挟んだ向こうにある家が黒川さんの家だったようだ。

 これなら家に帰るついでにプリントを渡すことができる。俺はカバンを背負いなおし、教室を後にした。



 しかしこれだけ家が近いということは同じ中学だったはずなのに、俺は黒川さんなる同級生を見たことがない。

 まあ、俺は中学時代部活に打ち込んでいたため、朝早く家を出て夜遅くに帰っていた。だから一回も会ったことがなくても不思議ではないか。


 そんなことを考えながら下駄箱で靴を履き替え、家に向かって歩き出した。





 黒川さんの家は、特別大きくはないが綺麗な家だった。表札に書かれた黒川の文字を確認し、インターフォンを押す。

 しばらく待つと家の扉が開き、優しそうな母親らしき人が現れた。いや、母親にしては若すぎる気もする。お姉さんかな?


「こんにちは。黒川さんと同じクラスの尾形です。プリントを届けに来ました」

「あら。わざわざ丁寧に、どうもありがとう」

「いえ。それじゃあ、僕はこれで」

「ああ、待って。尾形君ってそこに住んでる尾形さん?」


 当たり障りのない会話をして切り上げようとしたところ、黒川さんのお姉さん(?)が俺の家を指さしながらそう尋ねて来た。


「はい、そうですけど」

「ありがとう。今度、奈菜にお礼を持って行かせるわね。これからも奈菜を、よろしくお願いしますね」

 黒川さんのお姉さん(?)はウインクをしながら笑顔で家の中に引っ込む。別にプリントを届けたくらいで、お礼なんていらないのに。



 ともかく、これでようやく用事が終わった。俺は急いで家に向かって部屋に飛び込み、推しの配信を見始める。


『え⁉ みんな一人七並べで遊んだことないの⁉ 一人遊びの中ではかなり楽しいよ!』


【やらねぇよ】【寂しくないの?】【おじさんが一緒に遊んであげるね】


 途中から配信を見始めたため、どんな話の流れかは分からないが、とにかく何か悲しいことが起きている事だけは分かった。


『いやいや、みんなやったこと無いからそう思うんだって。一回遊んでみるといいよ』


 ルカちゃんが必死に一人七並べなるものを布教していると、突然ルカちゃんが驚いたような声を上げた。


『え? お姉ちゃん、今配信中だって! うん、ありがとう。そこ置いといて』


 どうやらお姉さんが入室してきたようだ。こういうのを部屋凸と言うらしい。最近知った。


『へへ。友達がプリント届けてくれたみたい』


 ルカちゃんが心底嬉しそうな笑顔を見せる。


 あれ。そう言えば、さっき俺も黒川さんの家に届けたような…… 




 まあ、ただの偶然だろう。



『イマジナリーフレンドじゃないし! ほら、プリントの音聞こえるでしょ!』


 俺はそれ以上深く考えることはせず、マイクの前でプリントをバサバサさせているルカちゃんの声を聞きながら、今日出された数学の課題を始めた。







『それじゃあ、今日の配信はここまで! また見てね!』


 ルカちゃんの配信が終わったことを確認し、スマホの電源を落としてから充電器につなぐ。


 今日もルカちゃんの配信を見れて幸せだ。しかし、ルカちゃんの配信を見ながら今日の課題も終わらせてしまったので、手持ち無沙汰になってしまった。


 ルカちゃんが配信で話していた、おすすめのアニメでも見るか。


 そうしよう。俺は部屋を出て、テレビのあるリビングに向かった。





「あー お兄、またアニメ見てる」

「別にいいじゃん。真央も一緒に見るか?」

「中学生の頃は自慢のお兄ちゃんだったのに、今やオタクになっちゃって…… 私は悲しいよ」


 リビングのソファーに座ってアニメを見ている俺の前で嘘泣きをするこいつは、妹の真央。

 ルカちゃんのような自称陽キャではなく、冗談抜きで全校生徒が友達だという、真の陽キャだ。


「私のお兄ちゃんはオタクですって自慢すればいいじゃん」

「ヤダ。オタクってなんかキモイじゃん」


 妹よ、全国のオタクに謝りなさい。

 真央に土下座させようとした時、家のチャイムが鳴らされた。


「私、出てくるよ」

「頼んだ」


 妹が対応を申し出てくれたので、俺はテレビに目線を戻す。


「おにいー お客さんー!」


 すると、妹に呼び出されてしまった。どうやら、俺への来客だったようだ。



「はい、お待たせしました」


 急いで玄関に向かうと、パーカーを着てフードをかぶった女の子が、震えながら立っていた。


「あ、えと、あの…… わ、私……」


 一体誰だろうか。


「あ、く、黒川……です」


 ああ、プリントを届けに行った黒川さんか。


「黒川さん。初めまして、尾形です。それで、どうしたの?」

「あ、あの、こ、これ」


 フードをかぶった黒川さんは、震える手でラッピングされた何かを取り出し、俺に手渡して来た。


「えっと。これは何?」

「あ、その、お、お礼。あの、プリント、届けてくれた、から」


 黒川さんはフードをかぶった顔の前で手をバタバタさせながら、もごもごと話す。


「そんなこと、気にしなくてもよかったのに。でも、ありがとう」

「あ、はい、じ、じゃあ、これで」


 黒川さんはそう言い残し、仕事は終わったと言わんばかりに、そそくさと帰ろうとする。


「ああ、待って黒川さん」


 そんな黒川さんを、俺は呼び止めた。

 特に深い意味はなかったけど、強いて言うなら隣の席になったんだし、せっかくなら仲良くなりたかったから。


「また明日、学校でね」

「あ、はい……」


 黒川さんは一度振り向いて、会釈をしてから、せかせかと歩き出した。


「なんか、地味だけどかわいい女の子だったね。もしかして、お兄のカノジョ?」


 かなりの速度で去って行く黒川さんの後姿を特に理由もなく眺めていると、妹がニヤニヤしながら俺の肩を突いてきた。


「残念。俺に彼女はいません」

「お兄、中学の頃はバスケ一筋だったもんね~ あ、でも、高校ではバスケやらないんでしょ?」


「……うん。そのつもり」

「じゃあ、高校では彼女ができるね!」


 俺の妹はまるで太陽のような笑顔を見せてくる。これが真の陽キャの笑顔か……


「俺、別にモテないってば」

「嘘つき。私はお兄がモテるって知ってるから。上手に女子から距離を取ってるってこともね」

「まあ、そうかもね」


 ムカつくウインクをしてくる妹の頭を軽くはたいてから妹を家に押し込む。


「お兄ちゃん、さっきの子が持って来てくれたクッキー、むっちゃ美味しいよ!」


 いつの間にか俺の手から黒川さんが持って来てくれたクッキーをを奪い取った妹が、目を輝かせながら騒いでいる。俺がもらったやつなのに。

 まあ、今更こんなことに腹を立てていては、こいつと一緒になんて暮らせない。妹からクッキーを取り返して、一つ口に放り込む。


「ほんとだ、美味しい」


 自分の想像の五倍くらい美味しかった。たまに母が買って来てくれる、ケーキ屋さんで売ってるクッキーよりも美味しい気がする。一体どこで買ったクッキーなんだろうか。


 これは明日、黒川さんにお礼を言わないとな。



 この時の俺は、隣の席の黒川さんの正体が俺の推しのルカちゃんだなんてことに気づくはずもなく、妹に食べ尽くされたせいで残り一枚となってしまっていたクッキーを大事に食べながら、呑気にそんなことを考えていた。


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