表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第六話



【美麗編】


 自分の名前が嫌いだった。

 “美”しく“麗”しいーーー一体どういう神経で付けたんだろう、ろくに世話もしないで我が子に暴力をふるうような母親だったくせに。

 あたしの母親はラテン系の血の混じった女で、夜の仕事に励んではそこで会った男をとっかえひっかえするのを生きがいにしているような、ろくでもない女だった。

 酒を浴びるほど飲んでは男にだらしなく入れ込み、恋人達から甘言と暴力を受けながら浮気しただのされただと刃傷沙汰を繰り返す。あたしはそんな女から、いつの間にか家に住み着いてしまった害獣か何かの様に邪険にされながら育った。

 日常的な罵声と暴力―――母親譲りのエキゾチックな顔や体目当ての、母親の恋人や男達ー―――全てに絶望し、湧き上がるどす黒い感情に塗れたあたしに明るい未来なんて望むべくもなかった。

 幼い頃から傷付けられ、踏みにじられ続けた憎悪は蓄積し、それはマグマの様にあたしの奥底で常に煮えたぎっている。

 周りの奴等は、どいつもこいつもそれしか甲斐性がないかの様に自分勝手な欲望を押し付けてくる。性欲、嘲り、嫉妬、疎外―――他人のそれらは頑丈な檻の様に、幼い頃からあたしを身動き出来ないほどきつく閉じ込めていた。

 壊したい―――全てをぶち壊してあたしだけの“完全な自由”が欲しい、そのためならあたしは何だってする。誰を踏みにじろうが裏切ろうが、その手段が暴力だろうが――――誰かを殺してしまおうが。


 『レぇえイぃい~~っ!!!』

 

 弾けるような笑顔で、幼い和晴があたしを呼ぶ。

 まるでそこだけ光が当たっているようなーーー見てるとなぜか泣きたくなるような気持ちになってしまう、あのあけっぴろげで温かな笑み。


 あの笑顔だけは、と思う。


 どうしたいのかは自分でも良く分からない。和晴があたしの障害に成り得るなんてことあり得ないとは思う―――ーでも。

 もう限界だと感じているーーー心が悲鳴を上げ、自分の中に住むモンスターが暴れている。誰かにこの不条理をぶつけたい、どうしてあたしだけ、どうして誰も助けてくれなかったのかと思い切り凶器を振り上げてーーーーあたしは結局、あの女と同様に醜い人間になり果てるんだろうかーーーそれがあの女との間に存在する、血の呪いなのだとしたら。


 戦闘の音が聞こえるーーーー地響きを上げて何かがこっちにやてっくる。

 あたしはうつ伏せた姿勢から起き上がり、光に満ちた光景に目を細めた。



【透子編】


 天高い蒼空に、一面低い草が生い茂った山の斜面が眼下に雄大に広がっている。

 斜面をゆっくりと移動するヒツジやヤギ達のどこかのんびりとした鳴き声が響き、時々牧羊犬がフェムじいさんの口笛に合わせ群れから離れた羊達を戻していく。

 私はもらった杖を突きながら、群れからはぐれそうになるヒツジやヤギを群れの元へ追い込んでいった。今も一匹の子羊が群れから外れて歩き出し、私は子羊の進行方向に先回りして声を上げた。

 「ほ~らほら!!こっちはダメ!群れの所へ戻りなっ!」

 子羊は抗議するように私に向かって一声鳴くと、のろのろと群れの方へと戻っていった。

 それから一時間ほど移動した先の鮮やかな緑が生い茂った斜面の一角に群れは到着し、新鮮そうなその草をヒツジやヤギ達はむしゃむしゃと一心不乱に食み始めた。

 『トウコ、ご苦労さん』

 「結構歩いて疲れたよ~」

 フェムじいさんが、岩に腰掛けて一息吐いていた私の元へやって来た。

 私は制服を脱ぎ、今はフェムじいさんの服を着させてもらっている。麦わら帽子に地味な色合いのシャツにズボン。どれも微妙に丈が足りないが(私は162cmでフェムじいさんはそれより10cm近く低い)、スカートで歩き回るよりはずっとましだった。

 「涼しいけど、陽射しが強烈だし――…あ、でもあの島が影になりそう」

 私は太陽に近づいて行く浮遊島を指して言い、フェムじいさんも顔を上げうなずいた。

 『ざっと14、5分程は曇るじゃろうなーーー…あそこの木陰でそろそろ昼飯にするか』

 「ん、わかった」

 フェムじいさんは一本だけ生えた大樹を杖で指して提案し、私は腰を上げた。


 風味の強いハード系のパンに、ハムとチーズとピクルスを挟んだ大きなサンドイッチに私はかぶりついた。分厚く切ったチーズと生ハムの塩味がパンには最高の相性で、いつもこれ一つでお腹は十分膨れてしまう。

 「チーズ美味しいねぇ。野生のうまみっていうか、コクが違うよ」

 フェムじいさんもサンドイッチにかぶりつき、モグモグと咀嚼する。

 『…ここいらは昔から、羊毛とチーズの一大生産地じゃからの。チーズなんかは都会の方にも卸しとるんじゃ』

 「確かに!こんな美味しんだから、都会の人達に受けそう」

 『まぁわしはしがない羊飼いじゃから、羊毛もチーズも製品化は出来んがのぉ――…しかしなトウコ、こんな一介の老いぼれにもーー…“好機”が巡って来たんじゃ』

 私は頬張ったサンドイッチを飲み込んで、首を傾げた。

 「好機?」

 途端にフェムじいさんは目を細め、ふっふっふっふっと含みのある笑みを浮かべた。

 『なんと、ここから少しばかり行った所に―――…わしは古代遺跡を発見したんじゃ!しかもそこはまだ誰にも荒らされておらん。わしは今まで2回そこに入って、めぼしいものを発掘して来たんじゃ』

 「…へぇ~古代文明の遺跡ねぇ。なんか夢のある話だね」

 『夢だけではない。遺跡にあるもんは、今の技術では復元できんもんばかりじゃ…物によっては売れればかなりの金額になる!――…しかし老いぼれのわしでは、そうそう持ち運ぶこともかなわんでな…』

 私は我が意を得たりとばかりに声を上げた。

 「なるほど!そこで私の出番ってわけね」

 フェムじいさんは笑って何度もうなずいた。

 『そうじゃそうじゃ。都会に住む子供や孫にも少しは良い暮らしさせたいしのぉ~』

 「でもフェムじいさん、そこ危なくないの?危険な魔物とかさ…」

 『大丈夫じゃ。中には何もおらんかったし、なんせそこは―――…まぁ、それは行ってみてのお楽しみじゃの』

 私は呆れて言った。

 「そんなのん気な心構えで大丈夫なの?…まぁいいや、フェムじいさんには寝食お世話になってるし。私に出来る事ならやらせてもらうよ」

 フェムじいさんは満足気に長いあごヒゲをしごいた。

 『これでかなり持ち出せるのぉ~、お前さんを助けて良かったわい』

 (現金なじいさんだなぁ…)

 「…それで、決行はいつ?」

 フェムじいさんは周りを見渡して言った。

 『この放牧地で3日は過ごすつもりじゃ――…その後一旦家に戻るから、今夜にはもう決行じゃの』

 「羊達は放っておいていいの?」

 『この先に石垣の囲いがあって、夜はそこに羊達を入れて過ごす。うちの犬達は優秀じゃし、今夜の月は明るいから…パッと行ってサッと取って来るぞい!』

 「ほんとに大丈夫なの~?」

 欲に目が眩んで羊達を失う羽目にならなきゃいいけど…と思いつつ、“古代遺跡の発掘”というキーワードに私の心は少し浮き立った。

 (一体どんな遺跡なんだろ――…お宝かあ、金銀財宝だったりして)

 私達は昼食を終えた後に羊達を見張りながら交代で睡眠をとり、夜の発掘に備えた。


 満月に近い月と、半月を過ぎて少し太った月がそれぞれ私から見て西と北に分かれて二つ輝いている。

 「…確かにすごく明るいや。明かりもいらないくらい」

 私とフェムじいさんは大きなリュックを背負い、まばらに生える木々の間を進んだ。けもの道の様な細道はなだらかに下り、時々左右に蛇行しながら先の暗がりへ続いている。

 まばらだった林は下るにつれ密度を増し、やがて森の様相を呈した。

 私は前を行くフェムじいさんに声を掛けた。

 「フェムじいさん、ここって肉食獣とかいないの?何も武器持ってなくて危なくない?」

 『あぁ、いたとしてもイタチやキツネぐらいで、それ以上の肉食獣はここにはおらん。ここは標高の高い山々の中だからの』

 「そうなんだ…なら良かった」

 森を下っていくにつれ、辺りは岩が多くなってきた。草の合間を縫うように歩いてきた道は前方にある2、3メートルの岩に邪魔され、いつしか道は密集する岩を上り下りするものへと変わっていた。

 「フェムじいさん、一人でこの道往復してたの?大変だね」

 『羊飼いの足をナメたらいかんぞいトウコ。これくらい朝飯前じゃ』

 確かにまだ朝飯食べてないよなぁ…なんて埒も無いことを考えながら、私は岩肌に手を掛け上の平らな場所へと勢いつけてよじ登った。

 高さ3メートルくらいのその大岩の上へと到着したその時、視界が一気に開けた。

 「ぅわっ…え~、こんな所あったんだあ」


 今まで下りだった地形はいつしか平らになっていた。辺り一面大小様々な岩に囲まれたその目の前にはーーー大きな“湖”が広がっていた。


 「これでも小さくなった方なんじゃ。ついこの前までは、ここらの岩場は全部水に没しておったんじゃが、どうも湖の一部が決壊したらしくてのぉ。水位が下がったんじゃよ」

 「へぇ~…」

 煌々とした月の光を受けた湖面は、キラキラと輝ぎながら静かに佇んでいる。さざめく波の音に、聞き慣れない生き物の声ーーー不意に吹き渡った風が私の前髪を乱した。

 何となく爽快な気分で湖を見渡していた私は、一点に目を止めた。

 「…あれって―――…建物?」

 青い月光に照らされ、湖面の上に四角いシルエットが見える。私はフェムじいさんを振り返った。

 『…そうじゃトウコ、あれがわしの発見した古代文明の遺跡じゃ!わしらは今からあそこへ行くんじゃぞお?』

 フェムじいさんがいたずらを企む子供の様にニシシ、と歯をむき出して私に笑い掛ける。湖のほぼ中心に見える遺跡を見て、私はうぅ~んと首をひねった。

 「えっと…船かなんかであそこへ行くってことだよね?」

 『ホッホッホッ、では行くぞい』

 答えをはぐらかしたフェムじいさんは笑い、しっかりとした足取りで岩場を下り始めた。


 「…えっ…ぇええ~~っ!」

 静かな波音の合間に素っ頓狂な私の声が響いた。

 湖岸に立った私のすぐ目の前は湖だ。その湖の中心へ向かって真っすぐに石床が伸びていて、先行したフェムじいさんが何と湖面に浮いた状態で歩いていた。

 『床から逸れたらいかんぞぉ~』

 私は石床を見つめ、湖に向かいゆっくりと歩き始めた。

 「…あ、なるほど。こりゃ湖面スレスレだわ」

 左右を見渡すと石床は数メートルの幅があり、まるで寄せ木細工のような細かな装飾が石床全体に施されている。

 石床上の水深はせいぜい1cmといった所で、靴が完全に濡れることも無い。私は辺りをキョロキョロと見渡し見慣れない景色を楽しんみながら歩いた。

 段々と遺跡が近づいて来るーーー遠くから見た時は分からなかったけど、遺跡はかなりの大きさだ。

 「確実に三階以上はあるよね。何か台形のピラミッドぽいな…」

 建物は上階につれ縮小し、段々になっている。

 (…何の施設なんだろ、やっぱ神殿とかかなぁ)

 フェムじいさんが建物に到着したのが見えた。


 口を開けた私は、目の前にそびえる遺跡を見上げた。

 「フェムじいさん…ここって都市でもあったの?」

 フェムじいさんは長いあごひげをしごきながら答えた。

 『いんや…どうもこの湖一帯にはこの建物だけがあったみたいじゃ。昼間に湖面を調べてみたが、あるのはこの建物だけだったわい』

 「そうなんだ――…で、入り口はどこなの?」

 『少し移動した先じゃよ』

 フェムじいさんは正面にあるきっちりと閉じられたどでかい正面扉を通り過ぎ、建物の左側面へと歩き始めた。私は遺跡の壁面を右に眺めながらフェムじいさんに付いていく。

 壁面は全面、長さ数十センチの細い三角柱を隙無く並べたテクスチャで構成され、深緑色をした金属は虹色のフィルムの様な不思議な光沢をうっすらと帯びている。

 歩きながら壁面に触れてみるとまるで鏡面の様にツルツルしていて、経年劣化しているようには一見すると見えなかった。

 「フェムじいさん…やっぱりこの遺跡の文明って、今現在の文明よりかなり進んだものなの?」

 まんまRPGの設定じゃんね…と思いつつ、私は質問した。

 『そうじゃ~、何でこんな高い文明力を誇ったもんが滅んじまったのか…一介の羊飼いの年寄りには皆目見当もつかんわい』

 「だよね~、私も同感…」

 『こっから上がるぞい』

 掛けられた声に視線を上げると、外壁につづら折りになって上階へ向かう階段があり、フェムじいさんは勝手知ったる様子でその階段を上がっていった。

 建物の地上階は三階しかないけど、その一回が普通の建物の四、五階くらいあって二階へ行くのもだいぶ骨が折れそうな高さだ。

 (えぇ~…どこまで上がるの?)

 不安な気持ちに苛まれながら先を行くフェムじいさんを見守っていると、階段の中ほどでフェムじいさんは歩みを止めた。

 荒い息を吐いて追い付いた私を見て、フェムじいさんは階段の右側の外壁を指した。

 『ちょうどここに、人一人は余裕で歩けるほどの小さなでっぱりがあるじゃろ?目的地はこの先にあるんじゃ』

 台形ピラミッドは三段になっているが、一段目の中にも四つの小さな段々がある。フェムじいさんはそのちょうど出っ張っている部分を通路に、奥へ向かって歩き出した。後に続いた私が好奇心から下をのぞくと―――なるほど、なかなかの高さだ。私は左手を壁に付き、通路の壁側になるべく寄りながらフェムじいさんの後を追った。

 数十メートルほど進んだフェムじいさんは建物の角を左に曲がり、その姿が消えた。追い付いた私が角を曲がると、すぐ前にフェムじいさんの姿はあった。

 『トウコ、ほれここじゃ、こっから入れるぞ』

 見ると外壁が小さく崩落していて、人がくぐり抜けられるくらいの“穴”が開いていた。

 「フェムじいさん…こんな狭いとこ出入りしてお宝を持ち出してたの?大変だったんじゃない?」

 フェムじいさんは顎ヒゲをしごいてうんうんとうなずいた。

 『何度もここを行き来して腰が痛くなっちまったわい』

 「はぁ~凄い執念…」

 『そりゃそうじゃ。早くせんと誰かに見つかるかもしれんからの!』

 「…リュックは通らなそうだよね。一旦降ろすってことか」

 『そうじゃ。では行くぞい』

 私達はリュックを下ろして手に持った。


 四つん這いになって、持ったリュックを引きずりながら一メートルほど進んだ先に空間が広がっていた。フェムじいさんは持っていたリュックのサイドポケットの中から何か取り出すと、ポイッとそれを宙に投げた。

 甲虫の羽音と共に青緑の光が辺りを照らし出し、甲虫の体に蛍の光を足したような虫がフェムじいさんの周りを飛び回った。

 「え…っ!?ランタンとかロウソクじゃないの?何それ!?」

 『んお?お前さんのいた所にはおらんのか?“蛍光虫”じゃよ。普段から飼育してやると懐いて付いて来るんじゃ。だからこれが灯り替わりなんじゃよ』

 「へぇ~っ、面白いなあ」

 ゆったりと飛び回る蛍光虫を追っていた視線を、私は広がる空間へと移した。

 私達が侵入したのは部屋の一室だった。内観は全く装飾的ではなく、黒い金属の壁はシンプルだが実用一辺倒で温かみは感じない。

 「……っていうかさ、フェムじいさん」

 『ん?』

 私は、青緑の光に照らし出された光景に釘付けになりながら続けた。

 「…ここってーー…何かの研究施設だよね」

 最初にこの建物の外観を見た時は、何か宗教的な神殿か何かだと思った。

 私とフェムじいさんが立っているのは幅数メートルの“通路”で、両側の高さ二十メートルほどの壁のほとんどがガラス張りになっていて、一つ三メートルほどの六角形のガラスが一つ一つを区切りながら蜂の巣の様にぎっしりと連なり、ガラスの壁面を埋め尽くしている。そのほとんどはひび割れて破砕し、通路にその残骸が散乱してしまっていた。

 通路は蛍光虫の光の届かない先まで続き、まるで囚人室に取り囲まれているかの様な圧迫感を覚えるほど、六角形のユニットは左右にそびえる様にして光の奥の暗がりまで続いている。

 『トウコ、これを見てみい』

 フェムじいさんが指さした先の通路に転がっている物を見て、私は目を見開いた。

 「…何これ…―――ロボット?」


 無造作に落ちていたそれは、全体が青みがかった灰色の金属で構成された“右腕”だった。


 形だけ見ればそれは明らかに人間を模したものに見えたが―――大きさが違う。腕は全長2メートルはあり、私よりも確実に長かった。

 『ろぼっと?トウコ、お前さんはこれを知っておるのか?』

 「え、いや…でもこれ、生物じゃなくて機械的な物だよね」

 『うむ…この部屋には、こんな体の一部らしきもんがゴロゴロ転がっておるんじゃ。一体何を作ろうとしとったのか分からんがーー…研究室だったのは間違いないのぉ』

 「―――…」

 『トウコ、その腕を持ってみい』

 「え?うん…――…っ、何これおっもぉお!!」

 腕を持ち上げようとしたが米俵並みに重くて、とてもじゃないが一人で持ち上げられる代物じゃない。

 「フェムじいさんこれはダメだね、一人じゃ運べないよ」

 『そうじゃろ。もっと軽いやつを探さんとのぉ』

 私は改めて金属の腕に触れながら、その仔細を観察した。形は実にシンプルだけれど、よく見ると人工的な筋肉や細かな回路の様なものが腕全体に見て取れる。

 (…これ、動いたのかな。地球のロボットとは全然違う…)

 なぜこんなものを作っていたんだろう―――それもこんなに大量に。

 「…まさか兵器?」

 「ここいらのもんは皆回収不可能じゃ。別の部屋に小さいもんがいくつかあったから、そこで作業開始するぞい」

 私の呟きは聞こえなかったのか、言ってフェムじいさんは通路の奥へと歩き出し、光源もそれに従って移動する。私はもう一度金属製の腕に目をやり、フェムじいさんを追い掛けた。

 

 灯りの一切ない真っ暗な通路に私達の足音が響く。

 所々にあるガレキや水たまりを避けながら進むこの建物の通路も、全て暗灰色のマットな質感の金属で出来ていて、その無機質であまりに殺風景な光景の中を進む私の心を不安で波立たせる。

 遠い間隔で設置された左右の扉はどれも固く閉じられている。格子状の通路の交差点を左右と折れた先に、半開きになった扉が見えた。

 『ここじゃ、トウコ』

 フェムじいさんの後に続いて扉をくぐったーーー蛍光中の光が空間を照らし出す。

 その部屋は20メートル四方あった。何かの資料室なのだろうか、少なくとも光の届かない奥まで伸びた3つの棚が並んでいる。横にある壁を見るとそこも一面棚で、半透明のガラスの板がまるで本の様に棚一杯に収められている。

 「…何だろこれ、ファイルの様な感じ?」

 『トウコ、こっちに来てみい』

 先を言ったフェムじいさんが、右側に設置された棚の中を指さしている。私が向かおうとした、その時。

 「ーーッ!?」

 背中に視線を感じた気がして、私は背後を振り返った。背後は薄暗い闇があるばかりで、耳を澄ましてみても生き物が動く音はしない。

 (気のせい、だよね…)

 私はフェムじいさんの傍へ行くと指さされた棚の中をのぞき込み、そのまま固まった。

 「…えっ…何これ…」

 四段に分かれた棚の上から二段目の棚に、三十センチほどの円筒形のガラスに入れられた“標本”があった。


 それはどう見ても―――“胎児”だった。


 肌色ではない、全ての器官が青みがかった銀色をしているーーーつまり、この胎児は“金属”で構成されているのだ。

 「え…何、つまりこれって…金属生命体、みたいな…?」

 『たぶんこれは“ロゾン”じゃろう』

 「は?ロゾン!?何それ」

 『恐ろしい機械生命体じゃ。“エデム”というこの近くの浮遊大陸を拠点にしていての、そこに近づくものを全て排除しとるんじゃ』

 「生命体って――…私達みたいな姿の?」

 『いんや…まず大きさが違うわい。ロゾンは差はあれど数メートル以上はあるし、全身分厚い甲冑で覆われとるんじゃ』

 「それって―…」

 “まんまロボットじゃんんっ!!”

 私は心の中でツッコんだ。

 (え…?え゛?この世界ってそんな要素もあるの!?まさかほんとにラノベの世界に転生したとか、そんなまさか――…)

 『という事でトウコ、これ持って帰るぞ』

 「って何が“とういう事で”なのよ!大丈夫なのフェムじいさん、そのロゾンっていうのが襲って来たりしたら…」

 『奴等はめったに勢力圏外に出ないから、そんなに怖がることはないわい。ほれ、周りの板もどんどん詰め込んでくぞい』

 フェムじいさんは、勝手に私のリュックに例の円筒形の標本を入れた。ズシリとした重みが背中に伝わる。

 リュックを床に下ろしたフェムじいさんは、近くにあるもの手あたり次第にリュックに入れていく。私もならって手近にあったガラス板を手に取った。

 「うわあっ!?これ頭部をスライスしたやつじゃん…」

 長方形の長さが二十センチほどの薄いガラス板には、縦に電子回路の様なものがいくつも走っていて、その中心に側面から見た脳ミソをスライスしたものが収まっていた。機械だからかさすがに人間のものとは違うが、形や構造は良く似ている。

 「うわあ~グロいなぁ。こんなのがあと…」

 私は周囲を見渡した。

 四段になった棚にはこれと同じガラス板や標本がぎっしりと詰められていて、それらが私達を取り囲むように光の届かない場所まで伸びている。

 『トウコ!何をボサッとしておる、持てるだけ持ってくぞい』

 「あぁ、うん…」

 フェムじいさんに急かされ、なるべく中の物を見ないようにして私はリュックにガラス板を入れ始めた。


 ズズッ…


 「――ッ!!」

 微かに聞こえた何かが這いずるような音に、私は勢いよく顔を上げた。

 「…フェムじいさん、何かいる…」

 『んん?足音なんぞせんかったぞ?』

 「いやっ、足音じゃな…」

 リュックに屈みこんでいた私が音のありかを探して立ち上がろうとしたその時、いきなり両腕と胴体に音も無く冷たい何かが巻き付き、声を上げる暇も無く素早く体が引っ張り上げられた。

 「きゃあああっっ!!!」

 『トウコっ!?』

 「な゛な゛なっ…!!」

 私の体に巻き付いていたのは、マットな黒い金属で構成された様々な太さのコードだった。それらが意志ある触手のように絡み付き、私の体の動きを封じていた。力を込めて体を暴れさせるが金属コードはびくともしない、業を煮やしたその時。

 「ぎゃわ゛あ゛あっっ!!!」

 私の体は天井近くまで引き上げられ、そのまま背後に向かって素早く引き寄せられた。

 『トトっトウコおっ!!!』

 慌てるフェムじいさんを置き去りに、私の体は棚の並んだ部屋の奥へ向かって引き寄せられ、資料が並んだ部屋を隔てた壁を越え、その奥の小部屋へと運ばれた。

 「はっ…何ぃっ!!?」

 視界をかすめたのは、小部屋の奥に設置された巨大な装置だった。その中心に開いた空間に向かい、いくつもの種類の注射や金属棒が切っ先を向けーーーそこまで視認した私の体は、小部屋の床に空いていた真っ暗な穴に向かいやおら真っ逆さまに落下した。

 「や゛っ…や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっっっ!!!」

 真っ暗な中を背を下にして、猛スピードで私は落下していく。怖くて目をつむった私は、まさかこのまま床に叩き付けられ死ぬのかと思い恐怖で全身を強張らせた。どのくらい経ったのか、長いのか短いのかも混乱した頭では判別出来ない頃ーーーー落下速度が緩くなり、それを察知したと同時に私の体は持ち上げられたままの状態で平行移動し始めた。

 (殺さないで、どこかに連れてこうとしてるっ…!?何者かの意志があるならっ…)

 「…ちょちょっ、ちょっと!!何でこんなことすんのおっ!!?」

 何かしらの返答を待ったけど、移動速度は変わらない。

 「だっ…誰なの!?わ、私はただの人間でっ…と、盗掘はそりゃ悪い事だと思うけどもっーー…ね、ねぇ私を殺したりなんかしないよねえっ!!?」

 ――――返答はない。

 体を目一杯暴れさせてもただ疲労感が増すばかりで、疲れ切った私はぐったりとうなだれてしまい絶望的な気持ちで暗闇を見つめていると、しばらくして異変に気付いた。

 「…光?」

 私が連行されつつある方向―――つまり後方からわずかだが薄緑色の光が射している。私は首を巡らせて後方に何があるのか見極めようとしたが、薄暗い光に照らされて分かったのはここはどこかの通路という事だった。

 味気の無い無機質な通路が真っすぐ奥へと伸びている。奥へと進むにつれ、壁中に張り巡らされた大小様々な金属コードが密度を増していくのが見て取れた。

 (ぅわっ…何か『エイリアン』みたいな…)

 女主人公がエイリアンの女王の巣へ単身乗り込むシーンが目に浮かび、私は身を竦めた。

 大きく伸びすぎた木の根が繁茂するような有様になった通路の奥にひしゃげた扉があり、コードはその隙間から伸びていた。

 (ひぃいい~っ…)

 扉の向こうに待ち受ける存在に怯える私の体は有無を言わさず扉の間を潜り抜け、その先の空間へと進入した。

 薄緑色の光に照らし出された室内の中はかなりの広さだった。天井まで二十メートル以上はあり、部屋全体の壁が金属コードて埋め尽くされている。

 首を巡らせても見える範囲はせいぜい上下左右だけで、肝心の首謀者の姿が視認出来ない。ゆっくりと後退し続ける私の耳に水が泡立つような音が聞こえたと同時に、体が回転した。

 「―――…っ…」


 私の目の前には、うっすらと光り輝く薄緑色の水で満たされた円筒状の水槽があった。


 いや、正確には水槽とは違う。ガラスの部分は数メートル程だが、ガラスを挟んだ上下に水槽には不釣り合いな程の巨大な機械が設置されている。部屋中を覆う金属コードは全てそこから伸びていて、異様な雰囲気を放っていた。


 そして水槽の中には細かな回路が上下に走り、いくつかコードが伸びている。中心に存在するのは“人”ーーーーいや、人に良く似た“ロボット”だった。


 体長は人間とほぼ同じで、銀色のボディは全て金属で出来ている。

 胸が無いことや体つきでロボットは男性だと思われたが、肝心の男性器は見当たらない。機械的というよりは有機的なフォルムの全身は人工の筋肉で覆われ、至る所に細かな電子回路が見て取れるが本当に精巧に出来ているーーーー素材を一切無視すれば、まるで人間そのもののようだ。

 頭部に髪の毛は無く、顔立ちは彫りが深く鼻筋が通っている。その顔にある碧色の双眸が動いて私を捉え、私達の視線がかち合った。

 「………」

 私達の間に沈黙が下りる。

 (こいつが首謀者だよね。どうしよう、私から―…)


 『あなたが――ー私の“主”ですか?』


 室内に響いたのは、電子的だけれど透き通るような若い男性の声だった。

 「あ…主?」

 答えた私に対し、少しの間があった。

 『あなたはアドゥラ・ネットワークを保持しています。その“力”は私の主となる資格を有する証明です』

 何を言っているやらチンプンカンプンで、私は軽く混乱した。

 「あ、あどぅ?ら?ーーー…ちょっと何言ってるのか分からないんですけど…」

 そして沈黙。

 『では、あなたは何者…』

 ロボットが言い掛けたその時。


 ッズドォオ゛オ゛オ゛オ゛ン゛ン゛ン゛ッッッ!!!


 「うわあっっ!!?」

 建物全体に激震が走った。

 「な゛な゛な゛なっ、何ぃいっ!!?」

 混乱した私は辺りを見回した。すると間を置かずに連続して激震が轟き、天井からガレキがバラバラと落ちて来た。

 「これって…何か攻撃受けてるの!?フェムじいさんっ!フェムじいさんは…」

 水槽の中の碧眼のロボットは顔を上げ、何かを探るように上を見つめた。

 『建物が何者かにより攻撃を受けています。このままでは敵勢力に制圧されるかもしれません―――…なので』

 ロボットが私を見ると同時に私を拘束していたコードが動き、体が水槽に近づきながら私の意志に反して左腕が持ち上がっていく。

 「ちょっ…な゛」

 『あなたの力を緊急使用します』

 「へぁっ!!?」

 ガラスに私の左手が置かれた途端。


 ォオッッ…!!!


 「――ッ!!?」

 左手の甲から腕にかけ、まるで複雑な電子回路の様な黄緑色の幾何学模様が浮き上がり、瞬間私の頭の中でフラッシュバックが起こった。


 壁一面に四角いガラスケースが並んでいる――――中は淡く輝く青緑色の水で満たされ、白く光る電子回路が縦横に走っている。その中心には全身銀色の金属で構成された小さな胎児が、黒いコードにつながれ浮いていて――――それが何体も何体も、左右に見渡せないほど並んでいて―――――


 『№0671(ティクト・セーシェルーナ)、№0584(ティクト・セーレケイグ)、模擬戦闘準備終了』

 いきなり頭の中に男性の声が響き、場面が転換した。

 そこは真っ暗な空間に薄青色の光が天井から照らされただだっ広い空間で、灰色の金属床の上に私は立っていた。視線を上げると数メートル離れた前方に、先程出会った碧眼のロボットがこちらを向いて立っている。

 対面の人型が両腕を上げるとその腕が光に包まれながら変形し、右腕は銃器、左腕は黒い刃の刀剣へと変化した。

 「は?ちょっ何ー…」

 ただならぬ雰囲気に慌てふためく私の背後で光が放たれ振り返ると、全く同じ姿の碧眼のロボットが対面のロボット同様自らの両腕を変形させ、臨戦体勢を取っていた。

 『戦闘アルゴリズムは現在Ver.0.68を記録ーーー戦闘開始せよ』

 男性の合図と共両者は駆け出し、二人のちょうど真ん中にいた私は思わず身を庇って叫んだ。

 「ちょっと待っ…」

 二人は衝突した。


 同じような戦闘が続いていく――――あるものは銃で頭部を半壊させられ、あるものは体を袈裟斬りにされ、同じようなことが何度も何度も繰り返されている。

 ごくたまに相手を鮮やかに破壊すると、男性の声が響く。

 『№1286(ティクト・アフィトケイシ)よくやった、バージョンアップだ』

 言われた碧眼のロボットには一切の感情は無いーーーそして時を置かず、また別のロボット達による戦闘が開始された。


 時の流れが加速する。

 徐々に成長した胎児の数は減っていき、模擬戦闘は複雑さを増して激化していくーーーそれを強制的に傍らで眺めさせられながら、私は重いため息を吐いた。

 「…戦闘戦闘、更に戦闘――…そりゃ兵器なんだろうから、仕方ないんだけど…」

 何だか酷く息苦しい。

 ただ戦闘技術を高めるために存在し、永遠に殺し合う―――そこに一切の喜怒哀楽など無く、こんな追体験を見せ続けられているとまるで何かを感じる自分の心を全否定されているような、酷く憔悴した気分になってくる。


 “あなたが――ー私の“主”ですか?”


 あの碧眼のロボットの彼は、そう私に聞いてきたーーーという事は、少なくとも自己と他者を認識するだけの“自我”はあるという事になる。

 「…こんな事ばっかさせられて、苦痛じゃなかったのかな…」

 私が呟いた時、また場面が転換した。


 目の前には、円柱状の水槽が左右一列に並んでいる。

 碧眼のロボットに拘束されて無理矢理連行された時に見た物に似ているが、サイズはあれの3分の一以下だ。

 水槽の中には、少年程度に成長した碧眼のロボットが入れられている。彼等は皆一様に目を閉じ、その寝顔が何だか安らかに見え、少し悲しい気持ちになった。


 『タスクはようやく最終段階までやって来た』

 

男性の声に傍らを見ると、白い制服を着た男女のグループが充足感を滲ませながら陳列された水槽を見上げていた。

 『偉大なる霊皇陛下御自ら我々“エルマトラ”に勅命された重大事案だ―――…まだまだ“神のセイレム”完成には程遠い』

 聞こえた言語は知らないもののはずなのに、意味がちゃんと聞き取れる。

 「神の器…?」

 (神って――…このロボット達が?ちょっと大げさじゃない?)

 『来月には、陛下が直々にご来臨される。それまでは皆、タスクを少しでも進め、陛下に我々の努力を認めてもらおう』

 集まった男女は、上司の言葉に高揚した顔でそれぞれうなずいた。


 場面がまた変わる。

 (…ねぇちょっと…ずっとこのままってことはないよね。何でこんな映像見せられてんの、私…)

 傍らから密やかなどよめきが起こり振り向くと、ロボットの水槽の前には白の制服を着た人や作業着姿の人が集まり、人の列をなしていた。

 列は中央を大きく開けて左右に分かれていて、その一直線に開かれた中央の通路に誰かがやって来た。

 「…何、あれ――…」

 私は呆然と呟いた。


 全身黄金色の光に包まれた“光人”がこちらに向かって進んで来ていた。


 それが本当に人なのか何なのか分からない――――何せ全身が光の塊で構成されているからだ。


 全身のシルエットからその人物はローブを着て腰ほどある長い髪をたなびかせ、その背中には二対四枚の“翼”が生えている。

 そしてその顔の中心には、真紅の双眸がまるでそれ自体光を放つかのように存在し、光人は音も無く私に向かって近づいて来る―――ー背が高い、確実に三メートル以上はあるんじゃないか。


 相手との距離は一メートルまで近づき、私は人間ではありえない、まるで神話そのものの様な光人のオーラに圧倒され思わず身を竦めた。近づく光で眩しくて目を開けていられない。

 (うわっ…ぶつかる!!)

 防御姿勢をとった私の体を光人はスルリと通り抜け、三メートルほど進んだ場所で歩みを止めると目の前に居並ぶロボット達の水槽を無言で見つめた。

 《…エーテルゾフォンラダーたる我が力を、如何なく発揮するための神聖なる器――…》

 私は思わず両耳を押さえた。

 (な゛っ…何この声っ…!)

 頭の中に直接響いてくるその男性の声は、ハウリングでもしているかのように私の脳ミソを揺さぶってくる。声が聞こえる間も光人の横顔を見つめていたが、唇のある場所は一切動いていないーーー…

 「…テ、テレパシー?」

 瞬間、鳥肌が立った。

 人らしき姿をしているのに―――私達人間などより圧倒的に強大な力を持っている。

 「…まさか、これが神と同じ存在とか、言わないよね…」

 《憑依の準備は?》

 光人から少し離れた場所で控えていた男性が、恭しく頭を下げて口を開いた。

 『別室にて、全て整っております』

 私は視線を転じ、居並ぶ水槽を見つめた。

 「…神の…器―…」

 呟いたその時。


 突然黄緑の閃光が弾け、私の視界を奪った。


 「うわあっっっ!!?」

 まるで叩き起こされるようにして目を開けた私は、自分が現実に戻って来たことを遅れて認識した。

 『起動シークエンスに問題は無しーーー生命維持装置の分離完了』

 「や゛っちょっ、何なのこれえっっ!!?」

 私は目を細めながら叫んだ。碧眼のロボットの入った水槽のガラス面に押し付けられた私の左腕に塾雑な光の幾何学模様が走り、そこから眩い黄緑の光が放たれている。

 パニクッた私はとっさにガラス面から左手を放そうとするが、腕に巻き付いた金属コードのせいでびくともしない。

 私は目の前のロボットに訴えた。

 「ちょっと、何してんのっ!!?この腕っ…」

 『システムオールグリーン―――起動に対する承認を求めます』

 「はぁ゛あ゛っっ!!?」

 人の話を少しは聞けよ!!と心の中でツッコみながら、私は乱暴に問い質した。碧眼のロボットは、醜態をさらす私を尻目に一切表情を動かさないまま答えた。

 『あなたを一時的に私の“主”と承認することで、自律起動します。これにより施設を攻撃中の敵対者を排除可能となります』

 「しょ、承認てどうやって…」

 自分をこんな状態で拘束してる対手を解放するって!?でもフェムじいさんも心配だし、誰かの攻撃も止んでないしー――私は混乱した頭で必死に考えを巡らした。

 「~~~っ!!こっこの拘束を解いて、その後は一切私の自由を奪わないって約束するならっ――…承認でも何でも、してやるわよっ!!」

 一際大きな地響きが建物を揺らし、私は身を強張らせる。

 『―――…了解しました。では私の後に続いて詠唱して下さい』

 連続する攻撃音に泡を食った私は、何でもいいから早く終わって欲しいという事しかすでに頭にない。

 『“いと高き天空より(サエラ・イース・イシュ・ハイヴェル)”――…』

 「ぇえ゛っ!?日本語じゃないの!?ちょ、待って待ってーー…サ、サエライース、イシュハイヴェルっ…」

 『“降臨せし主の受肉を(オーダリス・ウォズ・ヴァハム・イ)”…』

 「オっ、オーダリス、ウォズヴァハムイ…」

 『“崇めよ(ミレイアス)”』

 「ーー…ミレイアス」

 詠唱を終えた瞬間左手に円形の光の紋章が浮かび上がり、ガラス面を透過して水槽の中のロボットの胸部に止まって輝くと、まるで水に溶けていくように紋章は消失した。

 『―――今をもってあなたと私は同期されました。しかしあなたはエーテル体ではないために、私に憑依することは不可能です。なので戦闘は私が自律モードで…』

 碧眼のロボットがつらつらと述べる間にも、もちろん攻撃は続いている。

 「…っ…とにかくもう動けるってことだよね!?なら早くそこから動いて戦ってよっ!!」

 相手の言葉を遮って私は叫んだ。

 金属コードが動き、水槽から私の体が離れていく。水槽の中が激しく泡立つと共に中の金属コードがガラス面にびっしりとはびこった。何かが軋む音が水槽から響き始めたその時、天井から雪崩が接近するような轟音がして私はとっさに天井を見上げた。

視界に映ったのは、天井が解けた金属のように明るいオレンジ色になりながら下に向かって膨張する姿で―――刹那、金属コードが私の全身を覆った。


 ッゴドォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!


 「ぅ゛わ゛あ゛っっ!!!」

 体が持っていかれる程の衝撃が轟音と共に全身を襲い、暴風になびく草のように体が倒れ込んだ。とっさに視線を上げると、金属コードが異臭を放ちながら白煙を上げて焼け焦げて所々穴が開き、開いた周囲のコードは溶岩のように溶けていた。

 それを見た私は全身に鳥肌が立った。

 (このコードが無かったら、確実に死んでた…)

 青褪めた私の耳に、遠くから飛行機の駆動音が聞こえた。上空から聞こえるその音はどんどん近づいて来る―――数は二、いや三か。

 焼け焦げたコードの隙間から見上げたこの部屋の天井に、大きな穴がいている。そこから僅かに吹く風を感じ、外部とここが繋がったのかもしれないと思った。

 「…何なの…」

 私が固唾をのんで息を潜めていると、大穴から三筋のサーチライトが差し込んできた。ライトは何かを探すように動いてあちこちを照らしている。光度が増していくのを見ていると、天井の大穴から金属の“脚部”が現れ更に降下した。

 私の目が驚愕で見開かれた。

 「嘘…あれって―…」


 現れたのはーーー三機の巨大ロボットだった。


 全長十数メートル以上はありそうなロボット達は、それぞれ色が違う。一機は濃紺色で、もう一機は海老茶色、そして最後に現れた一機は暗灰色をしている。そしてそれぞれフォルムも異なり、両腕や両肩に携帯している武器も種類が違う様に見える。

 機体の全身のフォルムは洗練されていて兵器特有の機械類さや武骨さが一切なく、目立つ継ぎ目やボルトなども見当たらなかった。

 (…まるで、それ自体で生きてるかのようなーー…)

 三機は背後に備わった推進器から水色の光を放ちながら、姿勢を崩すことも無く真っすぐに降下してきた。

 それは明らかに私達の文明レベルを遥かに凌駕した物だと、一見しただけで分かるような代物だった。ロボット達のフォルムは優美さえあり、機械らしいぎこちなさはその動作に一切無く滑らかで、携帯した武器類も私達の知っている物とは違いスレンダーで流線的なフォルムをしている。

 「…っ…」

 私は思わずこぼれそうになる声を、手で塞いで何とか堪えた。自分の顔が紅潮しているのが、その頬の熱さで良く分かる。

 (…だって…あんなめちゃくちゃ格好良いロボット見たらっ――…そりゃ興奮するでしょうがあっっ!!!)


 実は私は―――自他共に認める“ロボロマンティック”だった。


 ロボロマンティックとは、ロボットに対して恋愛感情を持つ人を指す。

 私の場合は人間(男性)に対しても恋愛感情は抱く。でも理想を言えば、人格を持ったロボットがいたらもう最高だろうなぁ~と、想像してだらしなく笑みを浮かべてしまうくらいにはロボットに対しても十分恋愛感情を抱いている。

 (そっ、それがーー…その理想がっ…!!)

 あれがフェムじいさんが言っていた“ロゾン”という種族なのだろうか。どうしてこんなところに――…まさかこの研究施設を破壊しに!?こんな地下深い場所で攻撃されたら確実に生き埋めだ。

 私が混乱した状態でロボット達の挙動を見守っていたその時、突然サーチライトが私に向かって照射され、そのあまりの眩しさに手をかざして光を遮り目を細めた。

 『生体反応確認。我々ハ武器ヲ携帯シテイル、生存ヲ望ムノデアレバ、速ヤカニ投降セヨ』

 あれ、その程度の知能なんだ…と一瞬がっかりしかけてすぐに我に返り、私は思わず自分の体を見下ろした。

 (…つっても、この状態じゃ投降のしようもないんだけどっ…)

 『5秒猶予を与エル。5――…』

 「え゛ぇえっ!?ちょ、ちょっと待っ…」

 『4』

 泡を食った私が、自分の体を縛めている金属コードから逃れようと体を暴れさしたその時。


 ビュビュビュォ゛オ゛オ゛ッッッ!!!


 『『『ッ!!』』』

 ガレキの下から多数の金属コードが射出され、三機の巨大ロボットの全身に巻き付いた。ロボットは反撃に転じようとしたが、金属コードは部屋の四方八方から次々と三機に向け射出され、ロボット達はろくに反応出来ないまま無数のコードによって全身を拘束されてしまった。

 『…ッ…生体反応ナド他ニ―…』


 『あなた達の目的は何です』


 声と共に、金属コードの塊ががれきの下から一気に立ち上がり、その中から水槽の中にいた碧眼のロボットが現れた。

 巨大ロボットのサーチライトが、一斉に碧眼のロボットを照らし出した。

 『…対象者ニ生命反応無シ。我等ノ同類カ?』

 碧眼のロボットは居並ぶ巨大ロボットを見つめ、しばらくして口を開いた。

 『同類――…あなた達は“ロゾン”ですね。…かなりシステム改変されていますが』

 海老茶の巨大ロボットが答える。

 『ソウダ。オ前モ同類カ』

 『――…いえ、私は違います。私は霊皇陛下の器…“神のセイレム”と呼ばれる存在です』

 『…セイレム――――…我々ノネットワークニソノ言葉ハ存在シナイ』

 『…そう、ですか。私は――ーあなた達に尋ねたい事があ…』


 ザン゛ン゛ン゛ッッッ!!!


 碧眼が言い終わる前に異音が響いて上空を見上げると、三機のロボットの両腕から光の刃が形成され、その刃によって三機を拘束していた金属コードが全て斬り裂かれていた。

 「あっ…」

 『同類デナイノナラ、敵性体トミナシ排除スル』

 『話し合いでは解決出来ませんか?』

 三機のロボットがそれぞれに武器を構え、銃口に光が宿る。空気が張り詰めるような緊張感に一気に場が支配された。

 (ちょちょっと…こんな地下でやり合ったら全員生き埋め――…っていうか私が一番ヤバいじゃんっっ!!!)


 「ちょっ…ちょっと待ったぁああっっ!!!」


 一触即発なその時、命の危険にさらされた私は後先考えないまま金属コードのドームの外に這い出て叫んでいた。

 「降参っ…降伏するから殺さないでぇえっっ!!!」

 私は三機の前に歩み出ながら、両腕を上げて降伏のポーズを取って命乞いをした。その場にいた私以外のロボット達は完全に不意を突かれたのか、いきなり銃口を向けて撃ってはこなかった。

 「…っ…」

 (でも次の瞬間には殺されるかもっ…ぅわどうしよ、これ絶対早まったよ!う゛ぁあ~っ私の大馬鹿野郎ぉお~~~!!!)

 後悔先に立たずな感情で項垂れていた私は、しかししばらく経ったのに周りがあまりに静かなことに違和感を覚え顔を上げた。

 「……あれ?」

 巨大ロボット達はまるで時が止まってしまったかのように、空中で硬直している。状況が呑み込めない私はわたわたと周囲を見回した。

 「え?機能停止でもしちゃった?もしかして君の力…」


 『“主”ヨ』


 暗灰色のロボットが声を上げた。

 『主ヨ』

 『帰還ナサレタノデスネ』

 他の二機も口々に言い、構えていた武器を下げるないなやこちらに向かって降下してきた。

 「えっぇえ゛え゛!!?何々殺さないで私ほんとそこら辺のただの女子高…」

 ロボット達は私の前に横一列になって着地した。推進機から溢れる風圧で私の髪がなぶられる。巨大ロボットを眼前にして気圧されてしまったその私の目の前で、ロボット達は全員跪いて恭しく頭を下げた。

 「…っ…」

 後ずさる姿勢のまま固まった私に、海老茶のロボットが声を出した。

 『出現シタ施設ニテ、微弱ナアドゥラネットワークヲ検知シ、我々ハココヘヤッテ参リマシタ。主ノ御帰還、我等一同心ヨリオ喜ビ申シ上ゲマス』





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ