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第四話



【夏樹編】


 和晴達と別れた私は意識を再度集中させ、走るスピードをさらにアップさせた。

 全身の血流が勢い良く脈打つのが分かる。今は走り始めだからしんどさの方が勝ってるけど、もう少し経てば体にエンジンがかかって羽の様に軽く感じるはず。

 (おっ…珍しい、学校の名物美女2人だ)

 真っすぐに長い腰までの黒髪に、後ろからでも美少女だと分かる華奢なシルエット。その2、3メートル先に、乱雑とも取れるくらいにあちこちに跳ねた長い黒髪に、女性にしては背の高い、長い手足で闊歩するカッコいい後ろ姿が並んでいた。

 華奢な美少女こと黒姫結を追い抜き、次に大塚美麗を追い抜こうとした―――その時。


 突然周囲の景色が一斉に消滅し、気付いたら私は黒一色の空間に踏み込んでいた。


 「えな゛っ!?えっ――…ぇえ゛え゛っ!!?」

 勢い余った私は、数歩走ってたたらを踏みながら急停止した。

 「な゛っ…何これっ!?私…気でも失っちゃったの!?」

 私はとっさに足元を見た。そこに映るべき自分の姿が何も無く、ただの黒いだけの地面に不気味になった私は思わずそこから2、3歩後ずさった。


 「い…、な…なの…れ―…」


 苛立ちを強く含んだ途切れ声が耳をかすめてバッと顔を上げた私は、その視線の先に見知ったカッコいい後ろ姿を見つけた。

 「…っ…大塚さんっ…!大塚美麗さんっ!!」

 彼女の姿を認めた瞬間、私は大声を上げていた。振り向いた彼女と目が合い、私が手を振り返そうとしたその時、いきなり左手首から放たれたオレンジの光が私の目を焼いた。

 「うわあっ!!?何だこれっ!?」

 それは左手首をぐるりと一周して発生した、オレンジ色の幾何学文様が放つ光だった。私は手に付いた虫を払うように左手をブンブンと振って、光を消そうとした。けれども手首に浮かんだ文様が消えることは無かった。

 「ちょっ…何これっ…」

 あまりにチンプンカンプンな状態で掲げた左手首を見ていると、オレンジの光が急激に輝度を上げ、そのあまりの眩しさに顔を背けて左手を遠ざけた瞬間ーーーいきなり今まで確かにあったはずの地面が消滅し、私の全身が何も無い真っ暗な空間へ向かって急降下し始めた。

 「――ッ!!?だっ、ちょおっ…ちょおあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~っっっ!!!」

 完全にパニクった私は、両手足を振り乱して何かにすがろうとした。だけど私の体はどこにも引っかかることも無く無情に落下し続けている―――と突然、私の目の前に見覚えのある青い惑星が現れた。

 (これって、地きゅ…-)

 思う暇も無いまま私の体は急速に地球から遠ざかり、生まれ故郷である星が見る間に小さくなっていく。

 「まっ待ってぇえっっ!!!」

 周囲には数え切れないほどの恒星が輝き、それすらも更に上った速度によって光線と化し、振り返る間も無くいくつもの恒星が私の傍らを過ぎ去っていく。

 (ぃ一体っ、何キロ出てんのよ!!?っていうか、これってどこに…)

 いつ終わるかも分からない光線のトンネルを抜けて、いきなり通常の空間に戻った私の遥か足下に――――巨大な“銀河”が出現した。

 「…っ…」

 私は息を呑んでその光景に目を見張った。煌めく星の集合体―――それはまさしく私のいる地球がある“天の川銀河”に違いなかった。

 銀河の全体を呆然と見渡していると、体が徐々に銀河に向かって引き寄せられた。

 「うわっ、また…!!」

 銀河に再突入した瞬間、そのあまりの迫力にてっきりバラバラにでもなってしまうと思った私の体には何の変化も無いまま、恐る恐る目を開けると周囲はまたもや光線のトンネルと化し、私はその中を息も吐けないほどのスピードで落下し続けた。

 「は、早っ…ぅわああああああーーーーっっ!!!」

 生身の体で無理矢理ジェットコースターにでも乗せられてるような凄まじいスピード感に身がすくみ、私は全身を亀の様に縮めて、とにかくこの恐怖が一早く過ぎ去るよう強く願った。

 やがて体全体で感じていたスピード感が緩まり、落下速度が落ち始めた。


 周囲の長い光線が、徐々に短くなってそれぞれが恒星の形を取り戻した時―――私の目の前に、全く見たこともない“惑星”が現れた。


 「――…っ…」

 中心に壊れかけのような、バラバラに壊れた姿でまとまっている惑星が一つあり、その周囲の3方向に向かって、彗星の様に長い尾を引いたこれまた粉々になった3つの惑星が、中心の惑星の衛星かの様にその周りをゆっくりと公転している。

 「な…に、この惑星――…」

 呆然とした私の体は、やがてゆっくりとその惑星に向かって落下し始めた。壊れた惑星が私に向かってどんどん巨大化していく。

 「ちょっ…ちょっと待ってよ!!何なのこれ、こんなとこ私っ…」

 “全然行きたくないんですけど―――っ!!?”

 と絶叫したと思ったのを最後に、私の意識はブラックアウトした。



 轟音が断続的に響いている。

 その隙間に人間の悲鳴が聞こえた気がした瞬間、私はハッと目を覚ました。

 見上げた空は分厚い灰色の雨雲に覆われ、空気に満ちた湿度が今にも雨が降る気配を濃く漂わせている。

 「―――ー…」

 しばらくぼんやりと、流れ行く雲の流れを目で追っていた。


 『きゃああああっっ!!!』


 「…っ…!!?」

 突然女性の悲鳴がつんざいて、声に打たれたように私は勢い良く上半身を起こして辺りを見回した。

 右斜め後方から人の走る足音が聞こえて振り返ると、背後に広がる林から複数人の人間がこちらに向かって駆け出してきた。

 姿勢を崩しながらそれぞれが必至な形相で走ってくるその姿を見て、私はフリーズした。皆何かの特殊メイクでもしてるのかと本気で思ってしまうほどに、人々は一様に動物そっくりの姿をしていたのだ。

 猫や草食動物に小型の肉食動物―――全身色も質感も違う毛並みに覆われている。それぞれ形の違う尾を振り、民族的な衣装を身に着けた彼等がこちらに走って来て、私は急いで立ち上がりなぜか必死な彼等に踏み潰される危険を回避した。

 『――ッ!!?』

 突然目の前に立ち塞がった私に驚いたのか、集団の先頭にいたネコ科動物に似た女性が急ブレーキで立ち止まった。その顔に血の気が無く、完全に怯え切っていいるのが離れた場所にいる私にも見て取れた。

 (一体何が…)

 あまりに異様な状態の相手に気圧されてしまった私は、それからどうすればいいのか一瞬分からなくなってしまった。

 「…あ、の―…」

 私が何とか声を上げた時。

 『…あっ、危ないわっ!!あなたも早く逃げっ…』

 『ぎゃあああーーーっっ!!!』

 女性の言葉を遮っていきなり背後に叫び声が上がり、振り返った私は息を呑んだ。

 『いやあああっっ!!』

 長い髪を伸ばした草食動物に似た姿の女性が“悪魔”にその髪を掴まれ、後ろ向きに倒されもがいていた。

 「なっ…にあれっ!!?」


 悪魔―――まさしく悪魔としか形容出来ない。


 人外の分厚そうな皮膚の色に、頭部から生えた角。ごついガタイに生えた尾に、金属製の装甲を身に着けたその悪魔が振り上げた、その手には――ー…

 『何してるのっ!?早く逃げなさいっ!!』

 腕を掴まれた私はそのまま引きずられるように引っ張られ、腕をつかんだ猫の女性と共に私は何とか走り出した。

 思わず背後を振り返った私の目に飛び込んだのは、激しくもがいて泣き叫ぶ女性に振り下ろされる、悪魔が持った血に塗れた剣だった。

 「――ッ!!!」

 大衝撃が全身に走った。

 女性を殺した悪魔の後ろから複数の同族と思われる悪魔が駆け出してきて、私は慌てて前を向いて全速力で走り始めた。

 「何っ…何なんですか、あれ…っ!!」

 私は並走する猫の女性に、助けを求めるような気分で詰問した。

 『ヴァルディウス帝国の兵士よっ!!戦闘地域からは離れてるはずなのにっ…いきなり私達の村に!!』

 「ヴァル、ディウス帝国…っ!?」

 (そんな国、聞いたことも…)

 その瞬間、頭の中に今までの出来事が走馬灯のようになって駆け抜けた。

 「…はぁあっ!?違う惑星ってこと!?そんな馬鹿…」

 『ぎゃあああっっ!!!』

 『ぅごあっっ!!!』

 「――ッ!!?」

 連続した悲鳴にとっさに振り向くと、私達と同じように逃走する人々が装甲を装着した、体長数メートルもの大型の“トカゲ”に次々と襲い掛かられている光景が目に飛び込んだ。

 『グォオオオッッ!!!』

 全身にゴツい黒の鱗を生やし、頭部や背中から尾にかけて鋭い棘が生え揃ったトカゲは、凶悪な顔にある牙の生え揃った口を大きく開いて咆哮しながら疾走し、逃げ惑う人々を次々とその爪で斬り裂き、頭部に噛みつき乱暴な一振りで残った体を引き千切っていく。

 「…っ…―」

 地獄のような光景を目の当たりにして全身の血の気が引いていき、思わず脱力しかけてつまづきそうになった私の体を、傍らの猫の女性が腕を掴んで引っ張り上げてくれた。

 『走ってっ!!!』

 「…っ…――…ッ!!」

 (嘘だっ…こんなの嘘だっっ!!!)

 走りながら強く目を瞑った私の頭に、先程の光景がよみがえる。

 引き裂かれる全身―――頭部が簡単に噛み砕かれ―――オオトカゲの口から滴り落ちる犠牲者の血。

 「…っ…ぅあああ゛あ゛あ゛あ゛ーーーっっ!!!」

 目の前に突きつけられた現実を、到底受け入れられずに叫んだ私の目から熱い涙がこぼれた。

 ついさっきまで、苦しく感じながらランニングしていたのに。次の練習試合のメンバーに選ばれることを期待しながらーー…。

 私の頭の中が死の恐怖とパニックで一杯になって、急激に理性を侵していく。

 あんな化け物なんていなかった!!安全で、平和な場所で、自分はごくごく普通の女子高生として生きて、こんな間近で人死になんて――…!!

 『ぎゃあああっ!!!』

 すぐ傍らで突然上がった叫び声に、私は一瞬で現実に引き戻された。

 私と並走する猫の女性のすぐ斜め後ろの人物が黒いトカゲの化け物に背後から襲い掛かられ、一裂きで血をまき散らして動かなくなった。

 「ひぃっ…!!」

 獲物をしとめ終えたトカゲと私の視線がかち合い、目を細めて標的を改めたトカゲは地面を蹴って駆け出し、私達と一気に距離を詰めた。

 鋭い爪をかざしたトカゲの巨体が迫り、私はとっさに女性の体にタックルした。

 『きゃっ!?』

 「ぐっ…!!」

 私と女性の体は草の上を転がり、急いで顔を上げた私はトカゲの姿を探した。

 『グルルルル…ッ!!』

 私達を飛び越えて着地したトカゲが、私の方を振り返る。

 「お姉さん起きてっ!!」

 『…っ…!!』

 私達は急いで起き上がったが、目の前の化け物にもう完全にターゲットとして確定されてしまった。

 トカゲが低く唸りながら、姿勢を低くしてじりじりと近づいて来る。それに相対する私はと言えば迫るトカゲの巨体の迫力に飲まれ、小刻みに震えた全身で立っているのがやっとという有様だった。

 目前に迫る窮地にどうすればいいのか思考が停止してしまい、恐怖に竦んだ体がいう事を聞かない。

 (死ぬっ…!!…死ぬ…死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ゛死ぬ゛ぅう゛っ…!!)

 壊れた音楽プレーヤーの様にただそのフレーズばかりが頭の中を駆けめぐり、それ以外のことは何も頭に浮かばない…ーーー左腕が熱い。強烈な熱が木の根が張るように私の腕を駆け上がり、そのままジワジワと全身を煮立ったマグマの様なオレンジ色で染め上げていく。

 「…え―…?」

 その時になってやっと異変に気付いた私は、自身の両腕を見下ろした。

 視界全体がオレンジに光で満たされ、見下ろす左腕は細かなオレンジの、まるで半導体の配線のような光の線でびっしりと象られているーーー私は顔を上げた。

 「な゛っ…に―…?」

 私の全身は、半透明なオレンジ色のエネルギーで覆われたいた。

 『グォルルルウッッ!!!』

 目の前には警戒感を露わにした黒い爬虫類の化け物が、牙を剥き出して唸り声を上げている。

 “敵だ”

 それを見た私は、とっさにそう思った。


 ゴボボボボボボボォオ…ッッッ!!!

 

 「…っ…!!?」

 私を覆っていたエネルギーが湧水の様に湧き立ち、激しく変形し始めた。

 『…グォオオオオーーッッッ!!!』

 「――ッ!!」

 変形を待たずに化け物は襲い掛かって来て、私は体をかばい強く目をつぶった。


 ゴグォッ…!!!


 『グォッ…ガァア゛ア゛ッ!!!』

 「…っ…――ー…?」

 てっきり引き裂かれるものと覚悟していたその激痛が、いつまでもやってこない。私は目を開けた。

 「え…?」

 化け物は眼前にその巨体をさらしていたーーー血にまみれた牙を剥き出しにて叫び、両手足を激しく暴れさせて必死になって頭部を振り乱しながらもがいている。

 私の全身を覆っていたオレンジのエネルギーが、隙無く装甲された巨大な“腕”となって伸び、黒鱗の化け物の首を掴み上げ宙吊りにしていた。

 『グオゥッ…グォアア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 「…ッ!!」

 怒りを全開にした化け物の咆哮に耳をつんざかれた私は、その衝撃に気圧され思わず両耳を塞いだ。


 ボギィ゛イ゛ッッッ!!!


 次の瞬間重く鈍い音が鼓膜を叩き、あれだけ激しかった化け物の絶叫がピタリと止んだ。

 「…っ…――…」

 顔を上げた私の目の前には、首を掴まれた黒鱗の化け物が宙吊りのまま、目を見開きおかしな方向に首をダラリと垂らしながら絶命していた。

 オレンジの腕は手を開き、化け物の死体が鈍い音を立てて地面に力無く落下した。

 「えっ…何っ―ー…?」

 私は数メートルにまで膨張した、自分を覆うオレンジのエネルギーを呆けた様に見上げた。

 『…あなた、一体―…』

 傍らの猫の女性が呆然と呟く。

 『ぎゃぁああああっっ!!!』

 『いや゛っ…いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっっ!!!』

 一瞬空白になった空気をぶった斬るように次々と男女の悲鳴が上がり、見渡すと林から逃げて来た獣人達を他の黒鱗の化け物3体が無残に惨殺していた。

 (…酷いっ―…)

 目の前で繰り広げられる一方的な虐殺に、総毛立った私は死の恐怖と共にどす黒い“怒り”を覚えた。

 「つっ…!!」

 途端に左腕の文様が激しく光ると私を覆っていたエネルギーが激しく湧き立ち、上方へ向かって低い音を立てながら急激に体積を増して伸長し始めた。

 「…っ…!!」 

 隙無く装甲に覆われた片腕の反対側からもう一方の腕が出現し、同様に装甲で覆われた胴体、腰部、太ももと、はっきりとした人の形を成しながら上へ上へと大きく伸びていく。

 「ぅわ゛あっ!!?」


 胴体が形成された時点で私の体は地上を離れ、形成される装甲と共に高く宙に浮いた。最後に頭部の無い両肩の中心から首が生え、頭部が形成されるとその外側から装甲が頭部を覆っていきーーーー三対の捻じれた立派な角、ロボットのような外観をした面貌の中心にある双眸はなぜか閉じられている。

 わずか十数秒に満たない間に、体長十メートルはありそうな“人型装甲ロボット”が屹立し、敵である悪魔の号令を受けた黒鱗をまとった爬虫類の化け物がその姿に気付いたのは、ほぼ同時だった。


 『『『グォルルルォオオッッッ!!!』』』

 犠牲者の血に塗れた牙を剥き出し爪を逆立てながら、体長数メートルはある三頭の猛獣が、それぞれ凶悪な意思を露わにして重い地響きを立て私の方へと突進してきた。

 『ごっ…ごめんなさいっ!!』

 「えっ…!?」

 化け物に恐れをなした猫の女性が後方へ逃げていく。その後ろ姿に一瞬不安な気持ちが掻き立てられたけど、お姉さんが安全な場所に逃げられて良かったのだのすぐに思い直した。

 「それよりもっ…」

 黒鱗の化け物は一気に私との距離を詰め迫ってくる。怯懦心が悲鳴を上げるが、今ここで私が引いたら他の人の命が危ないから下がることも出来ない。

 『『『グォオオウッッッ!!!』』』

 三頭が襲い掛かって来た。

 「ぅわああっ!!!」

 変形した人型装甲はなぜかさっきから棒立のままで、襲撃する敵を迎え撃とうともしない。中にいる私は身をかばった。

 『グォウッグォオオ…ッッ!!!』

 『ウォオオウッッッ!!!』

 『グルルヴヴヴッッ!!!』

 激しい唸り声はするが痛みはない。恐る恐る顔を上げた私はギョッとして目を見開いた。

 「う゛わっ…!!?」

 三頭の黒鱗の化け物が装甲兵あちこちに牙を突き立て、そのまま噛み千切ろうと頭を激しく振っているーーーけれど突き立てた牙は食い込むだけで、装甲兵には一切のダメージを与えられていなかった。

 そのままどうなるかと思ったその時、やおら装甲兵が両腕を伸ばし自身の首と胴体に噛みついていた化け物を掴んだ。

 『グォア゛ッァ゛ア゛ア゛―――ッッ!!!』

 『グォオオオオッッ!!!』

 化け物が怒りの咆哮を上げて抵抗しようとしたその時、装甲兵の掴んだ両手からブスブスと何かが焦げるような音が響いて煙が発生した次の瞬間、化け物の掴まれた部分が溶岩のような明るい色になると同時に盛大な炎が噴き上がった。

 『『ゴオァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッッッ!!!』』

 怒りの叫びは絶叫へと変化し、化け物は巨体を暴れさせて装甲兵の腕から逃れようとするがビクともしない。

 『グギャア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 「…ッ!!?」

 足下から上がった絶叫に振り向くと、装甲兵の太ももに噛みついていたもう一頭の化け物が、噛みついたまま頭部から激しく炎を発している。化け物は太ももから牙を放そうともがくが、食い込んだ牙は一向に離れない。

 その時―――静かに装甲兵が目を開き、黒色の白目の中心に燃え盛る溶岩色の異形の双眸に“意志”が灯った。

 『ォオッ…』

 「ッ!!喋っ…」


 『ッオオオオオオオオオオーーーーーッッッ!!!』


 装甲兵は咆哮しながら、両手に掴んだ二頭の化け物の巨体を高々と空に掲げ、その途端に装甲兵の全身から猛烈な勢いの爆炎が放射された。炎は三頭の化け物を一気に飲みこみ、声を上げる隙も無いままに化け物達を黒炭へと変えていく。

 「…っ…!!」

 中にいる私には一切の熱やダメージも与えずに、やがて炎は勢いを弱めていった。両腕を下ろした装甲兵の手の間から化け物の残骸が崩れ落ち、足下の化け物もまた同様に炭のオブジェと化してガラガラと崩れ去っていった。

 その様子を武器を持って呆然と見ていた悪魔達はハッと我に返り、仲間達に呼び声を上げ俄かに活気づくと、手に持った銃器で私を攻撃してきた。

 「ぅわっ!!」

 装甲兵に銃弾がいくつも当たって乾いた音を発し、私は身をすくめた。

 『ォオオッ…』

 装甲兵が自らを攻撃し続ける悪魔達を睨み据え、体勢を低く構えーーー次の瞬間装甲兵は一気に駆け出した。

 まるで一陣の風になった様に、周囲の風景が後方へと全て消えていく。一団となって私を攻撃する悪魔に向け装甲兵が片腕を下から斜め上へと振り上げた。


 ッゴヴァアアアンンンッッッ!!!


 片腕から発生した豪炎が、叫ぶ隙すら与えずに悪魔達を一瞬で焼き払い悪魔達を一瞬で黒炭と変える。

 「す…凄い、威力…―」

 装甲兵は素早く視点を転じ一点に止めるとジャンプし大きく跳躍した。次の一団の目前に着地した装甲兵は、同時に片腕を横に凪いだ。

 横一直線に発生した爆炎が悪魔達を一瞬で屠り、まるで飢えた猟犬の如く素早く移動しながら、装甲兵は次々と悪魔達を捕らえ焼死させていく。

 「…っ…」

 装甲兵のあまりのスピードと呵責の無い攻撃のせいで、まるで自分がゲームでも操作しているのかと思えてしまう程現実味を欠いたその感覚に、かえって私の中に恐怖がせり上がって来た。

 「やっ…」

 私は叫んでいた。

 「やめてっ!!もういい!!もうっ―…」

 装甲兵は意を汲んだ様にスピードを落とし足を止めた。

 辺りは炎が燻ぶる低い音が響き、立ち込めた煙があちこちで上がっている―――でも、その光景の中にはまともに生きて立っている悪魔はただの一人として存在していなかった。

 「…嘘でしょ、5分も経ってない、のにー―…」

 (これを――…これを、私が…)


 “人殺し”


 突然浮かんだその言葉に、瞬間頭が真っ白になり思考停止した。


 『あ゛ぅ、ぐぅう゛~~っ…』


 聞こえた声にギクリとして振り向くと少し離れた場所に、全身焼けただれて瀕死状態に陥った悪魔があおむけで倒れているのが目に飛び込んだ。

 悪魔は動くことも出来ずに全身をガタガタと大きく痙攣させながら、うわ言の様に何かを呟いている。

 『があ、ちゃっ…』

 「…やっ…」

 『お、がぁっ…ぢゃ…っ』

 激しく動揺した私は、両手で頭を抱えて後ずさりながら弱々しく首を振った。


 “おかあちゃん”


 「や゛っ…違っーー…だってあんた達…あんた達が…っ!!!」

 あんな化け物のような姿をしてる存在が、さっきまで獣人達を惨殺していた輩が――…


 ッドォオ゛オ゛オッッッ!!!


 「ぅわ゛っ!!!」

 突然巨大な衝撃音に晒されて装甲兵が大きく傾ぎ、私は倒れ込みそうになった。でも内部に加わった見えないエネルギーが私の体を支え、倒れることは回避できた。

 周囲には炎と煙が立ち込めている。

 「…爆撃?どこから―ー…」

 すると遠くから重いエンジン音がいくつも聞こえ出し、それは確実にこちらに近づきながらいきなり砲撃の音を響かせた。

 「――ッ!!逃げてっ!!」

 私が叫んで装甲兵が動いた瞬間、爆撃が私の周囲で炸裂した。


 ドゴゴゴゴゴォオ゛オ゛ン゛ン゛ン゛ッッッ!!!


 「…ッ!!!」

 発生した衝撃波が何度も私の全身を駆け抜け、強く目をつぶった私はとっさに身を庇った。その爆撃の最中を駆け抜けた装甲兵が、ふいに足を止めた。

 恐る恐る目を開けた私は、目の前に広がった光景に目を見開いた。

 目の前には緩やかに起伏した草原が広がっている―――そこには獣人達の見るも無残な死体が散在し、その奥に大きさ数メートルはありそうな真っ黒い“装甲車”が間隔を保ってい並び、こちらに砲門を向けながら地響きを立てて近づいて来ていた。

 「…何、何なのこれっ――…戦、争…?」

 自分は一体何の世界に放り出されてしまったのか、さっきまで部活にいそしんでいたことが幻かのようなあまりの事態の急展開に、上手く理解が追い付かなず呆然とした私の目の前で、装甲車の砲門が次々と火を噴いた。


 瞬間―――私は何が起きたのか分からなかった。


 景色が一瞬で変化し、私は遅れて自分がとてつもなく高い上空で眼下の眺望を見下ろしていることに気が付いた。

 背後から響く低い駆動音に振り向くと、装甲兵の背中から二対四枚の機械で構成された“翅”が生え、鮮やかな白橙のエネルギーを翅の部分から放出していた。

 私は装甲兵の顔を、思わずまじまじと見上げてしまった。

 「と、飛べるの…?あなた一体――…」

 装甲兵は、瞬きもしない瞳で地上の一点を凝視している。甲高い音が近づきながら大きくなり慌てて地上を見下ろすと、地上から発射された光弾が標的の私めがけ次々と迫って来た。

 『ォオオッ…』

 装甲兵が牙を剥き出して唸り、両腕を水平に広げた。


 キィインンンッ…!!!


 澄んだ異音と共に、装甲兵の背後の空間に直径十数メートルはある、光線で描かれた超微細な電子回路が中心から円形に大きく展開され、私は目を見張った。

 「…っ…待って、何…を―…」


 …ッコォオオオオオオーーーーーッッッ!!!


 電子化路のあちこちから、光をまとった直径数メートルの橙のエネルギーで構成されたスレンダーなフォルムの“銃器”が出現し、その銃口を自らを攻撃する地上の装甲車群に向けた。

 地上を振り返った私は、これから起きるであろう事態に嫌な予感しかせずに装甲兵を見上げた。

 「ねぇっもう逃げようっ!!!飛行出来るなら何も反撃しなくたって…」

 装甲兵は片腕を高々と掲げ、号令を下すようにその腕を振り下ろした。


 ゴドドドドドドドォオ゛ウ゛ウ゛ッッッ!!!


 発射された光弾は巨大な光閃の雨と化して地上を急襲し、瞬間地上を閃光で白く染め上げると大爆発を起こした。

 「きゃあああっ!!!」

 大気が衝撃で引き裂かれ、装甲兵の内部にいる私の所まで伝わってくる。竦み上がった私は頭を抱えうずくまった。

 大気を震わせていた震動が遠ざかっていっても、私はうずくまったまま顔を上げることが出来なかった。辺りに何の音もしなくなると私は震える両手を下ろし―――恐る恐る地上を見下ろした。

 「…っ…!!!…は…ぁっ――…?」


 地上は原型をとどめず一変し―――そこには深く抉られながら、歪な形をした巨大なクレーターが真っ黒な口をのぞかせていた。


 装甲車は一台も見当たらない。広さ数十メートル四方がクレーターと化し、怖気をふるうような重い静寂が辺りを支配している。

 震えの止まらない全身に力が入らず、言葉も無くした私はただ呆然と地上を見下ろすばかりだった。

 思考がまとまらず何も言葉が出てこない。これからどうしたらいいのか、とにかく逃げたほうがいいのは分かっているのに、グルグルと思考は混乱し全然体が動かない。


 ゴォオー…ッ!!!


 突然聞こえ始めたその音に、私はハッと我に返った。

 (…何?何か、空中を――ー…ッ!!)

 「戦闘機っ!!?」

 音の方向に私が振り向いたのと、こちらに急接近する航空戦闘機から光弾が連射されたのは同時だった。


 ドォルルルルルルルルルッッッ!!!


 直後衝撃が装甲兵を襲い、私も一緒に吹き飛ばされてしまった。

 「きゃあああっっ!!!」

 何回転か視界が反転した後、元の姿勢へと戻った。その間に流線型の黒い戦闘機は、機体を大きく旋回させ再びこちらに向かって来ようとしている。

 『グォルルルッ…』

 装甲兵が忌々し気にそれを睨んだ時、複数のかん高いエンジン音が周囲から聞こえた。慌てた私が辺りを見回すと、三機の同型の戦闘機がこちらに接近し次々と光弾を発射してきた。

 「わぁあっっ!!!」

 光弾が反撃のいとまも与えず間断なく装甲兵に命中する。体内にいる私にもヒットする銃弾の鈍い音が全身を激しく揺らし、自身の命の危機が確実に肉薄しつつある事態に私は恐慌状態に陥った。

 『ォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…ッッ!!!』

 装甲兵が怒りも露わに牙を剥き出しにする。私は頭を抱えうずくまりながら叫んだ。

 「いや゛っ…嫌ぁあああああああっっっ!!!」


 『やめろ』


 硬質な男性の声が私の耳に届いた―――瞬間、空間が一変した。

 全ての景色がスローモーション映像のように遅延しているーーーその中でただ一人私だけが通常の速さのまま、キツネにつままれた気分で辺りを見回した。

 「な…に――…」

 『それ以上その力を行使するな』

 「…っ…!!?」


 いつの間に現れたのか、装甲兵の前面の空間に“異形”が浮いていた。


 全身厳つい金属装甲に覆われている。

 全長は十メートル近く、濃い枯れ葉色の艶やかな装甲は不思議な輝きを帯び、捻じれた一対の角がいくつも頭部や肩を飾っている。ドクロに良く似た面貌の中心には、濃い緑色の双眸が逸らされる事無く真っすぐに鋭く私を射抜いている。

 背後から長く伸びた、背骨のような骨の尾のような形をした装甲と同じ金属質の物が幾本も伸び、それは風も無いのになびいていた。


 とにかくーーー私の常識の範疇には絶対に存在しえないその生物は、強烈な存在感を放ちながら俄かに口を開いた。

 『お前の感情に反応し、その“光鎧兵ヴェルヘイム”は攻撃を開始する。恐怖はヴェルヘイムを暴走状態にさせ、そうなればここから見渡す限り一帯の地形は焼け野原と化す』

 「…っ…だってーー…そんな、のっ…」

 そんな事を言われても、自分自身にだってなぜこんな力が発生しているのかすら分からないのに――…言われていることに強い理不尽さを感じながら、私は深くうなだれた。

 異形は黙ってそんな私を見つめると、左腕を上げ手のひらを装甲兵に向け掲げた。

 『“役目は終わった。起動を停止せよ”と、心の中でヴェルヘイムに命令しろ。――…俺も力を貸す』

 「…っ…ーーー…ッ!!」

 (もういいからっ…早く消えてっ!!!)

 私は強く目を瞑り、ヴェルヘイムと呼ばれたそれに向かい必死になって消える事を願った。

 『…ッ…グゥウッ…』

 ヴェルヘイムは納得出来ないのか、体を屈め抵抗しようとする。異形の左手に光が宿ると、いきなり数メートル四方の漆黒の円紋章が現れエネルギーを放った。

 場の空気がそれを契機に一変し重苦しくなった途端、漆黒の“矢”が数本出現し抵抗するヴェルヘイムを串刺しにした。

 『ッ!!グォオオオオオ…ッ!!!』

 「う゛…っ!!?」

 私の全身に重圧がかかり、圧はギリギリと外部から私を圧迫し強力になっていく。左手首が熱くなり、見るとオレンジの光の線が現れ激しく輝いていた。

 『グォオッ…ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!』

 激しく暴れるヴェルヘイムの体の所々が中心に向かってボコボコと陥没し出し、全身が歪みながら徐々に私に向かって縮小されていく。

 (消えてっ…お願い、消えてぇえっ!!!)

 固く目をつぶった私は祈るように両手を強く組み、必死に願い続けた。

 『オオオオオオオオーーー…ッッッ!!!』

 ヴェルヘイムが、陥没し縮小した片腕を助けを求めるかのように空に伸ばしたのを最後にーーーその全身は全て私の中へと“消失”した。

 「ーー…はっ…はぁ、は…―」

 やった…と達成感を感じたのも束の間、私の体は復活した重力に引き寄せられ地上に落下した。

 「ぅわっ…!!」

 直後に全身は硬い装甲によって柔らかく抱えられ、私は自分を片腕で受け止めてくれた濃い枯れ葉色の異形を見上げた。

 「…っ…」

 私を見下ろす厳つい面貌に怯えながら見つめた緑の虹彩は複雑な粒子をまとい、幾重の同心円になった瞳孔はどこまでも深く深い洞のようで、思わず背筋に冷たいものを感じた私はとっさに目を逸らしてしまった。


 ーーー沈黙が気まずい。


 「あ…ありがとう、ございました…」

 焦った気持ちになって私はそう口にした。

 (どうしよう…この人味方なの?姿形が怖すぎて…)

 体から緊張が抜けない。

 『…とりあえずこの場を離れる。それからお前の境遇や、その力を手に入れた経緯を聞きたい』

 その声はまるでエフェクトが掛かったように普通の人間とは異なって聞こえたが、声には私を脅かすような響きは無く、規律に準じた軍人の鋼の様な実直さを感じた。

 私はその声に導かれるように異形の顔を見上げ、その冷たく見える深緑の瞳をまっすぐ見つめた。

 「―――…あなたは…、私に危害を加える気は…無いって、こと?」

 異形は目を細めた。

 『…安心しろ、お前に危害を加える気はない。ただ――…お前が先程使用した能力はとても危険なものだ。悪いが監視はさせてもらう』

 私はヴェルヘイムの顕現や、その結果引き起こされた災厄をまざまざと思い出して身を竦めた。自分の左腕を強く掴んで逡巡し、しばらくして私はうなずいた。

 「…うん。私自身も分からないことばかりで、すごく怖い…ーーーあなたが見張ってくれた方が心強い」

 異形はうなずいた。

 『俺の名は“ヴォルディーン”――…お前は?』

 「私はっ…妹尾夏樹。名前は…“ナツキ”」

 『…ナツキ…』

 その時空間の遅延が徐々に通常スピードに戻り始め、戦闘機のエンジン音が再び響き出した。

 『ナツキ、移動する』

 「う、うん」

 ヴォルディーンと名乗った異形の固い体に、私は身を寄せた。ヴォルディーンが私を抱いた腕とは反対の腕を前方にまっすぐ上げた。


 ズォオオ…ッッ!!!


 「――ーッ!!」

 空中に漆黒の“歪み”が発生し、歪みは渦を巻きながら瞬く間に拡大した。

 その先に待っているものは一体何なのか―――私は胸中で暴れる不安に抗いながら、迫る歪みに強く目を瞑ってヴォルディーンの装甲に縋りついた。




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