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第一話


【和晴編】


 なんだか春のせいかな―――…

頭が重いし、この頃訳の分からないやたらリアルな夢ばかり見るせいか私ーーー満島和晴みつしまかずはは思い切り大口を開けてあくびをもらした。

 少年に間違われがちなミディアムショートの茶髪に、眦の上がったの濃い水色の瞳。

 胸元を寛げた白シャツに、灰色のブレザーを着て膝丈の青系のチェックスカートをひるがえし、茶色のローファーに白い靴下姿の私は友人3人と共に校舎を出て、今校門へと続くなだらかな下り坂を下っている途中だった

 桜の咲き終わった4月中旬の今日は朝から快晴で、退屈な授業の間中眠気との戦いが続いた私は、下校する段になってようやくその全てから解放された気分を味わっていた。

 「なんだか調子悪そうだねぇ、和晴」

 私の右隣を歩いていた鷲見透子わしみとうこが、私の顔をのぞき込んで笑った。


 銅茶のミディアムボムがサラリと揺れる。太い眉にそばかすの浮いた人懐っこそうな顔、温かみを感じる抹茶色の瞳に茶色のべっ甲フレームのメガネをかけた彼女に、私はため息をついて答えた。


 「何だかこの頃、変な夢ばっか見るから…。はっきり言って睡眠不足」

 「幼稚園児並みに寝付きの良い和晴ちんにしては珍しい…ふふ」

 透子の後ろーーー私の右斜め後ろを歩いていた中林真理が、スマホの画面を見ながら黒メガネのブリッジをクイと指で押し上げ笑った。

 「誰が幼稚園児だよ」


 ショートボブの暗茶色のおかっぱ頭、薄い青灰色の瞳に古臭さを感じる太いフレームの黒眼鏡のせいでどことなくオタク感漂う真理は、猫背気味の背を丸めてグフフッと笑って返した。


 「――…それってどんな夢?怖いの、それとも幸せなもの?」

 私の左隣を歩いていた高荒紫苑たかあらしおんが、真面目な口調でそう聞いてきた。


 全体的に色素が薄く、どこかはかなげな雰囲気の彼女は小柄でほっそりとしている。栗色の長い髪を一本のおさげにして左胸に垂らし、あまり表情を現さない全てにおいて控えめな白く繊細な顔に、灰色がかった薄紫色の瞳で紫苑は私を見上げた。


 「…えっと、林?森?みたいな所で誰かと話してんの。そこがなんと空中に浮いた小島なのよ。同じようなでかい島が他にもいくつもあって、すっごい壮大な景色なんだよねぇ」

 紫苑は小首をかしげると、さらに聞いた。

 「それを――…一回だけじゃなくて、何度も見るの?」

 私は思わず勢い込んでうなずいた。

 「そう!なんか他にも色々ーー…でも一貫して同じ舞台設定なのが、何か気味悪くない?」

 透子は腕を組んで上を見上げて考え込んでいたが、アッと何かに気付くと笑いながら私を振り返った。

 「それってもしかして前世じゃない!?だったら、何度も見るのもうなずけるし」

 「空中に浮いた島がぁ~?ラピュタの世界の住人かい私は」

 ないないない、と大げさに手を振って私は否定した。

 「和晴くんーー…この宇宙には、まだまだ未知の銀河がうじゃうじゃと存在するのだよ。さらに目に見える物質などこの宇宙のたった数パーセント!宇宙のほとんどはいまだ解明されてなどいないっ…ラピュタに似た惑星だってきっとどこかにある!!」

 いきなり後ろから大声を出して真理が叫んだ。

 「急にテンション上げないでよ真理…アニメ脳もたいがいに―――…あっ、レイっ!!」

 校門が見えてきた坂の上をふと振り返ると、なだらかに上り坂になった校舎への道を、こちらに向かって歩いてくる人物を見つけ私は声をかけた。


 スラリとした女性にしては高い背に、均整の取れたスタイル――――灰色のブレザーの制服は、青のチェックのスカート丈も一切詰めていないのに、彼女が着るとなぜか私達とは全く別のものに見える。

 乱雑な肩下までの艶やかな黒髪に、小麦色の肌。つり目がちな切れ長の赤紫の瞳に彫りの深い顔立ちは不愛想で、相変わらずいつも怒っているように見える。


 私の幼い頃からの幼馴染である大塚美麗おおつかみれいは、私に気付くとその顔を更にしかめた。

 「今日はちゃんと最後まで授業受けたんだぁ、えらいじゃん」

 近づいて行きながらニコニコして言うと、美麗は持っていたカバンを軽く振って私の左ももにバシンと当てた。

 「うっさい。一々声掛けなくていい、うざいから」

 美麗はそう言って傍らを通り過ぎていく。私は振り返りおどけた口調で返した。

 「イッタ~今ので骨折れたあ。慰謝料10万よこせー」

 美麗は後ろ姿で右手の親指を立てるとそれをグッと下に向け、そのまま透子達を追い越して歩いて行ってしまった。

 「相変わらず存在感あるねぇ、彼女」

 透子が感心したように言い、真理はブルブルと体を震わせながら言った。

 「うぅっ…あの人苦手。生きる世界が違いすぎる」

 「まぁまぁ。確かに尖り過ぎなとこあるけど、悪い奴じゃないから」

 「でもあの人…成績は悪くないのよね。きっと、頭が良い人なんだね」

 紫苑がレイの背中を見つめて呟き、私達は再び歩き出した。

 「いやいやぁ…毎年学年上位の成績を誇る紫苑さんが何をおっしゃるやら~。…あっしなんて、本も読むしドキュメンタリー見たりするけど、成績は下から数えたほうが早いですもん」

 真理はガクリとうなだれながら言うが、その割にマンガを閲覧する手は止まっていない。

 「…私なんて――…努力してやっとだよ。あ、ほら黒姫さんなんて…」

 紫苑が指さした先には特徴的な腰までの長い黒髪の黒姫結くろきゆうが、こちらに背を向けて同じ方向へ歩いていた。


 彼女が歩くたびに青みを帯びた黒髪が優雅にたなびき、一切裾を詰めて違反していない制服姿は後ろ姿であっても細く華奢で、何だか守ってあげたくなるような儚げな色気に満ちている。

 どこかミステリアスで感情の読めない濃青の二重の瞳に、品のある華やかな目鼻立ち。透けるような白い肌の彼女は、いつも見かける度に取り巻きの中で薄い笑みを浮かべ、どこか隔絶した雰囲気を纏っていた。


 「ピアノも絵も上手だし、成績だって良いし―――…何より、ものすごく美人だもの。ああゆう人を本当の秀才って言うんだと思う」

 「紫苑ちゃん。世界の皆が秀才だったら、きっと世の中すっげーつまんないと思うよ。私達凡人でも十分幸せを感じられるように、きっと神様がこういう世界にしたんだよ。大丈夫大丈夫、もっと大らかにいこうぜ!」

 透子がそう笑って言いながら紫苑の背をポンポンするのを見て、私はひそかに胸を撫で下ろした。紫苑の家は両親が厳しく、ほとんど成績と世間体でしか娘を見ていない。ものすごく無理をして努力しているであろう彼女が、これ以上自分を卑下する姿は見たくなかった。

 その時、坂道をこちらに向かって走って来る音がして私達の近くで止まった。

 「あれ、まだいたんだね皆」

 そう言って、妹尾夏樹せのおなつきは明るく笑った。


 天パの明るい紅茶色のショートヘアに小麦色の肌は汗で光り、たれ目がちの明るい緑の瞳が生き生きと輝いている。175センチの高身長な彼女はバレー部に所属していて、Tシャツにひざ丈のスウェットパンツ姿で息を切らしながら話していた。


 「部活動ご苦労様であります、夏樹嬢」

 真理は夏樹に向かい、片手でビシッと敬礼をした。

 「真理っち、今日は同好会は?」

 「皆イベントへの追い込みで、各自家で作画作業に追われて休みなのよん」

 「そっかー、私も次の大会に向けて猛練習だよー」

 「こらー夏樹ぃ、何サボってんのよぉ」

 後から走ってきたバレー部の部員が、通り過ぎしなに声を掛けていく。

 「ごめんー!…んじゃ皆、また明日ね」

 夏樹は笑って手を振りランニングに戻っていった。

 「はぁ~よくやるよねぇ。何か青春の汗が輝いてた」

 私が言うと透子が笑って答えた。

 「和晴だって運動神経良いんだから、何かやればいいのに」

 「うぅ~ん、私ああいうスポ根とかチームワークとか無理。一人で気ままにしたいタイプだから」

 「ま、うちらほとんどそんなタイプだよね」

 「我ら高等遊民でありますから、汗水など流さない信条でありますっ!」

 「あはは!真理ぃ、高等遊民ていつの時代の―…」


 “おいで―――…”


 「―――え?」

 頭の中で涼やかな声が聞こえた瞬間、私達の周りの景色は一変していた。

 「うわ何これ!?いきなり真っ暗に――…」

 「な゛な゛な゛っ!何ですかこれはぁあっ!?」

 「…皆っ―…」

 私以外の皆もパニックになって騒いでいる。

 辺りは一面の黒――――微塵の光も差さない、それがどこまで続いているかも分からないほどの圧倒的な闇が、辺り一面に私達を包んでいた。


 “やっと見つけたよ、アトリ。準備は全て整った、さぁ――…”


 誰かのその言葉に呼応したように小さな異音が辺りにこだましだし、それが耳をろうするほどのものへとなった瞬間。

 「なっ…にこれ――…!!」


 私達の足元に現れたのは、光の渦を巻く巨大な“銀河”だった。


 次の瞬間、私達の体はその銀河へ向かって一直線に引き寄せられ始めた。

 「うっ…ぎゃああああ――――っ!!!」

 「ぃやっやぁああ――――っっ!!!」

 真理と紫苑が叫びながら必死で手足を動かして何かにつかまろうとしているが、その手は空を切るばかりで体の制御が全く利かない。


 “君を招待するよ。僕の創出した――…”


 「…っ…さっきからっ…何言ってんだよ!!あんた一体―…」

 私達の周囲360度で銀河の恒星が無数の光線と化し、その中心へ向かって私達は猛スピードで落下していく。

 「和晴…っ!!」

 「ッ!!透子っ…―」

 私達が互いに手を伸ばし、その両手が触れ合うかと思われたその時。


 見たこともない惑星が私達に向かって急接近し、正面衝突でもするんじゃないかという程にいきなり巨大化した。


 (何あれっ――…)

 その惑星は私達の住む青い地球とは全く違い、3方向に砂粒のような粒子が大きな砂柱のように宇宙に向かって放出され、その中心に存在する惑星は岩石で出来た“球体”ではなかった。

 いくつもの大陸断片が層をなして宙に浮きながら、一定方向へ向かって緩やかに自転している世界――――…

 (まるで…ラピュタみたいな…―――)


 “君の魂を捕らえる、ゲージプラネットへ”


 頭の中に響いたその声を最後に、私の意識はブラックアウトした。



 「う…」

 頬にチクチクした刺激を感じ、私は目を覚ました。

 目の前には見たことも無い緑の草花が陽を浴びながら生い茂っていて、全身から伝わる感触で自分が地面に横たわっていることが分かった。

 私は素早く状態を起こして辺りを見回した。

 「…ここって――…」

 あの“夢”で見た景色とよく似ている。こんな風に植物が生い茂っていて、そして―――…

 「まさか…」

 私は立ち上がると、とりあえず光が差し込んでくるほうへ向かって走り出した。周囲に生える木々の間を抜け、まばらになった林を抜けた瞬間――――私は立ち止った。

 「うそ、でしょ…」


 眼前には青空に浮かぶいくつもの小島のような、大陸の断片――――まさに夢に見た通りの光景が広がっていた。


 私は言葉を失い、ふいに力が抜けて膝からガクンっと崩れ落ちてしまった。

 「な、に――ー…何なの…」

 自分の声が震えているのを自覚しながら景色に呆然となっていたその時、草をかき分けて誰かがこちらへやってくる足音が聞こえ、私は身を固くして振り向いた。


 「あぁ、いたいた。やっぱり成功したんだねぇ、良かったー」


 木々の間から現れたのは、20代前半くらいの若い男だった。


 背がひょろりと高く、ゆったりとした白いシャツに同じ色のパンツをはいて足元はなぜか裸足だった。

 淡いプラチナブロンドの髪は肩まであり、あちらこちらにはねてボサボサで、その前髪が顔を隠すように垂れているために、男の白く鼻筋の通った顔立ち以外どんな顔をしているのかわからない。


 男はヘラヘラと脱力した笑みを絶やさないまま、私を見下ろして喋った。

 「あぁ…やっぱりそっくりだね、実験は大成功ってわけだ。君の魂を高次元領域から探ってみたら、この辺りの惑星に存在しなくて苦労したよ。でも同じ銀河系でまだよかった、これが違う銀河だったら…」

 私は滔々と喋り続ける男の話を聞きつつ立ち上がり、ジリジリと後ずさりながら男から距離を取ろうとした。男がそれに気付いてピタリと話すのをやめる。

 「――…どうしたの、アトリ。あぁそっか、そうだよね。いきなり違う惑星に連れてこられて混乱してるよね。今説明を…」


 「元に戻して」


 私の言葉に男はキョトンとした。

 「透子も、紫苑も真理も…―――多分、巻き込まれた人全員、今すぐ元の場所へ戻してよっ!!」

 わなわなと震え出す体を止められないままに私は叫んだ。その時胸の中にあった一番の感情は怒りだったが、同時に感じていたのは“恐怖”だった。

 (この男頭がおかしい―――…イカレてる)

 しかし私は、無意識に後ずさろうとする足を止めて考えた。

 (こいつが首謀者なら…何とか説得しないと)

 「ね、ねぇ…こんなっ…こんなこと、私は望んでないの。あなたが誰か知らないけど私―…」

 男の表情から笑みが消えるのを見て、私の中の恐怖は更に募った。

 「アトリ――…」

 そう呟いた男が私に近づいてきたので、恐怖にかられた私は思わず叫んだ。

 「来ないでっ!!」

 言った瞬間しまったと思ったけど、一度飛び出た言葉は戻らない。

 「私はアトリなんかじゃないっ!あんたお、おかしいんじゃないの!!っていうかここどこなのよっ!!」

 こみ上げてくる感情で目に涙があふれてくる。

 「私はこんな所いたくないのっ!あんたなんて知らない!!ねぇ帰れるんでしょ私達、ねぇっ、お願いだから…」


 「帰さないよ」


 男が口にしたそのあまりに平坦すぎる言葉に、私は続けるはずだった言葉を完全に失くしてしまった。

 「…帰すわけないよ。僕は…そのためにこの星を―…」

 男は近づきながら手を伸ばしてきて、私は逃れるために大きく後ずさった。

 「―…ッ!!」

 更に後ずさろうとした途端に右足がガクンッと滑り、後ろを振り向くと私の背後にはもう逃げ場などなく、断崖絶壁がはるか下へと続いているばかりだった。

 私は追い詰められた動物さながらに、慌てて男へと顔を向けた。

 「やめてっ…来ないで――!!」

 「…君は記憶が混乱しているんだ。前の記憶を思い出せば―…」

 男の白い手が私の頬に触れそうになった、その時。


 『あぁ~らお取込み中だったかしら。さしずめ、感動の再会中ってとこ?』


 セクシーな女の声が背後から突然聞こえ、私は思わず振り返った。

 「…え…?」

 彼女は空中に浮いていた―――そう多分、女性には違いない、はず…。

 まず、サイズが人間より何倍も大きかった。


 浅黒いの肌に、頭部にまるでドラゴンを模した仮面でも着けているかのよう―――その背後には何十匹という蛇に似たものが“生えている”。そして彼女の下半身は人間ではなく蛇―――長く、十数メートルはありそうな紫色の胴体が、空中にウネウネと漂っている。


 私があまりの衝撃に思考を停止させていると、蛇女が妖艶に笑い口を開いた。

 『――…あんたの思い通りにはさせないわよ、“エルディオン”。…この子はもらっていくわ』

 言葉と同時に伸ばされた女の腕から一匹の蛇が鞭のように放たれ、声を上げる暇もなく私の胴体に巻き付いた。

 「ッ!?どぅおわっ!!」

 「―ーッ!!アトリ…っ!!」

 強い力で引っ張られ、私の体は宙を横切り蛇女の元へあっけなく引き寄せられた。

 「―――…“アヴァリース”…、その子を放せ」

 男はさっきまでの飄々とした雰囲気を一変させ、冷徹な声で命じた。

 『あんたは私達“天命人テイドラ”の掟を破った――…この子を返してほしくば、惑星を元へ戻しなさい。それまでは――ー…じゃあねぇ~ん♪』

 次の瞬間、空間が大きく歪んで私の視界が波打った。私の体は蛇女ごと空間にできた大きな波紋の中に吸い寄せられ、一気にその向こう側へと引っ張られた。

 「…っ…!!」

 全身にいきなりかかった圧に耐えられず目をつむると、やがて辺りの空気が変わったことに気が付いた。私はそろそろと目を開け、飛び込んで来たその光景に思わず目が点になってしまった。

 「―――…は…?」


 生暖かく湿った空気、鳥や獣のうるさいまでの鳴き声―――どこまでも続く、まっすぐに伸びた密集した木々の海――…


 「ジャングル――…?」

 それはどう見ても、先程まで私がいた天空に浮かぶ島の植生ではなかった。

 『あなた達の星ではそう呼ぶの?』

 「――ッ!?」

 上から降ってきた声にハッと振り向くと、蛇女が赤紫の爬虫類の瞳でこちらを見下ろしていた。そこで私は自分が今どこにいるのか、蛇女の背後に何があるか遅れて気付いた。

 私達は今、巨大な樹の枝の上に存在していた。

 他を圧倒するほど巨大なその木の枝に蛇の胴体を巻き付け、相変わらず私の体を拘束したまま女は私を見ている。足がブラブラし、非常に不安定な態勢の中(しかも近くで蛇がシューシュー言ってるし)、私はこわごわと返事をした。

 「…そうです。熱帯、ですよね、ここ…―」

 一体どんなスタンスで話せばいいのか分からないまま、私は相手の機嫌だけは損ねないよう丁寧な口調で答えた。

 『えぇそう。ここは私の“創った”惑星―…の、崩壊した一部ってとこねぇ。――私はアヴァリース、あなたの名は?』

 蛇女―――もとい、アヴァリースは話しながら私の体を樹の上に下ろし、体に巻き付いていた蛇も同時にスルスルとほどけアヴァリースの体へと戻っていった。

 「…カズハです。満島、和晴―――…あの、アヴァリースさん、ここって―…」

 私の降り立った木の枝は数メートル以上の幅はあろうかというほど広く、様々なコケや植物が枝の表面を覆っていて、柔らかな絨毯の上のような感触が足の裏から伝って来る。地上数十メートルからの眺めは圧巻で、様々な種類の木々が海原のようにどこまでも広がっていた。

 その樹海の中には、淡い黄褐色の岩で出来た大きな建築群がいくつも存在していて、こんなジャングルの奥地に文明が存在し、もしかして誰か人間が生活しているのかもしれないと、見ていた私は妙に感心した気分になった。

 『残念だけど…ここはあなた達のいた惑星ではないわ、カズハ…。あなたがあったあの男、エルディオンのせいで、今この星はめちゃくちゃな状況に陥ってるのよ。だから私はあなたを人質に、この星を元の状態へと戻すため、あいつと交渉したいと思っているのよ』

 「そんな…私だけじゃなくって、友達も何人か巻き込まれたんです!一刻も早く皆を見つけて元の地球に帰らなきゃ…」

 『“チキュウ”――…申し訳ないけれど私達にとって重要なのはあなたよ、カズハ。エルディオンの目的は、あなたをこの星へ召喚する事だったようだから』

 「…あいつっ…何なんですか!?訳の分からないこと言って、いなりこんなことっ…!」

 『さあ、私には分からない。けどあいつは――…300年前、私達の母星と、人工的に創出した3つの惑星を融合させ、今のこの惑星を創り出したの。その時私達“セフィラ”が築いた文明は、全てエルディオンによって乗っ取られ、全惑星を統合する中枢システムにアクセスすることが一切出来なくなってしまった。しかも―――この体…』

 「体…?」

 『私達セフィラには、大きく分けて3つの階級的な人種が存在したの。その姿はカズハ、あなたとほぼ同じ姿をしていたし、男や女、両性具有や無性体など様々な性を持っていた。でも300年前の事象で――…支配階級であったセフィラの人々は消失してしまった』

 「消失したーー…に、人間が、ですか?」

 アヴァリースは胸に手を当ててうなずいた。

 『そう…。セフィラの人々は多分、その中枢システムに融合されたのかもしれない。それになぜか全く分からないんだけど、あなたと同じ姿だった私達もまるで化け物のような今のこの姿に変異させられてしまった。しかも――…今現在存在している人々の間から、セフィラの人々の“記憶”が消失してしまったの。彼等は本来の責務を忘れたまま、この歪んで狂った世界で…300年もの間生き続けてきたのよ』

 ーーーー理解出来なかった。

 今さっきまで地球の中の、日本という平和な国の一般市民として生活していて、いきなり攫われてきたこの惑星で、こんな荒唐無稽な話をされて理解しろというほうがどだい無理な話だ。

 そんな壮大すぎる話が、平凡に暮らしてた私ともしかしたら関係あるかもしれないなんて―――…考えたら背筋が寒くなってきた。

 「じゃあ…どうすれば、私達は地球に帰れるんですか?」

 アヴァリースは私を見下ろしながら何かを思案し、やがて口を開いた。

 『カズハ…あなたがこの惑星を戻すために、私達に協力してくれると言うなら――…私はエルディオンを捕らえ、中枢システムへのアクセス権を復活させるわ。そうすれば、何か手が見つかるかもしれない』

 私はその提案に、すぐに返事が出来ないまま黙り込んだ。とにかく全てが唐突過ぎて、誰を信用すべきかそうじゃないかが判断出来ない。

 (…一番直接的なのは、あの男ともう一度会って説得することだけど…)


 “帰さないよ”


 あの男ははっきりと私にそう宣告した。それまでの態度を一変させた、あの男の言葉に込められた凄みのある気迫は本物だった。

 (…あいつは、私を返す気なんて、絶対無いんだ)

 だったら――…

 「…私、アヴァリースさんに協力します。あの男を捕まえて、そのアクセス権を復活させたら…私は他の友人達を迎えに行きます」

 『交渉成立ね。私達が今いるここはね、かつて私の住居だった所なの。周囲には障壁を張って、私以外には許可なく侵入や感知が出来ない仕様になっているわ。奴を捕らえる計画は、前から立てていたのよ。準備が整ったらここを離れ外へ向かいましょう。そこには――…私の仲間もいるから』

 「――…はい」

 私は アヴァリースから視点を転じて、どこまでも広がるジャングルの海を見渡した。

 「透子、紫苑、真理――…」

 きっと彼女達は私と違って、この星の成り立ちやいきさつなんて全く分からないまま、今途方に暮れているに違いない。本当は今すぐここを出て、皆を探しに行きたい。でも―――…

 「…全部、あいつのせいだ。絶対に許さない…っ」

 私は何も出来ない歯がゆさや無力感を、全て犯人であるエルディオンとか呼ばれていたあの男のせいにして拳を震わせた。まるで牢獄をイメージさせるような無常に広がるジャングルの海を、私は心細い気持ちで

途方に暮れながらただ見つめ続けた。



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