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91リヨン


 フラン国内陸部都市「リヨン」

 ローヌ川に面したフラン国有数の大都市。古くから市のたつ町として栄えていた。絹の産地としても有名。


 俺様達はノートルダム大聖堂付きの孤児院に来ていた。

 十字教文化に馴染みの無い人は勘違いしがちだが、「ノートルダム大聖堂」とは、たった一つの「ノートルダム大聖堂」をさす言葉ではなく、各地にある聖母マリアを讃える寺院をさす言葉である。日本でいうところの「観音堂」に近い意味を持つ。



「一万人の子供を持つ女に会いに来たのじゃ。」

「なんだその愉快な名前は?」


「妾達の学校の寄宿舎の責任者を勧誘しに来たのじゃ。」

「それで、愉快な名前はなんだ?」


「一万人の子供を持つ女がこの地におるらしいのじゃ。」

「蟻や蜂じゃないんだぞ。」


「せっかく、フラン国内陸部に来たのですから、私の話も聞いてください。」

「む、そなたは!?」

「そうです。私がワイン博士です。」

「どうせブルゴーニュだろ。」

「有名なのじゃ。妾もしっておるのじゃ。」

「えぇもちろん。フラン国が世界に誇る「ワイン」の名産地です。その中でも今回一押しピックアップは「ボジョレー」。毎年11月の第3木曜日に解禁されるボジョレーヌーボーはもとはその年の「ワイン」出来をチェックする目的だったのですが、販売の手法として大変有益であると判断され、現在では他の生産地でも取り入れられているのです。」

「説明させない空気をだしたのに押し切られたのじゃ。」

「精進が必要だな。」



「マザーに会いに来たお客様でしょうか。」

 ワイワイやってると若いシスターが声をかけてきた。


「そのとおりなのじゃ。アポはとっているのじゃ。」

「ハイ聞いています。ご案内いたします。」



 廊下を進み一つの部屋の前についた。若いシスターは扉をノックした。


「マイマザー、お客様をお連れしました。」

「開いてるよ。入ってもらいな。」


 部屋に入るとそこには「女に年齢を聞くものではない」くらいの年齢の女性がいた。


「ようこそ。あたしが一万人の子供を持つ女と呼ばれてる女だよ。」

「お初にお目にかかるのじゃ。妾は妾なのじゃ。ハンザの女王に紹介されてきたのじゃ。」


「聞いてるよ。あんた達、モーリシャスに孤児院を作るんだって?」

「孤児院ではなく船員を育てる学校なのじゃ。アフリカの孤児を生徒として受け入れる予定なのじゃ。」


「孤児達の世話はあんたが思っているほど簡単なものじゃない。」

「だからそなたを迎えに来たのじゃ。」


「ふん。あんた、孤児を殺せるかい?」

「のじゃ!?」


 一万人の母は真剣な目でこちらを見ている。この質問とこの瞳からは逃げてはいけないと思いながらも、目を合わせ続けることができなかった。


「殺さないのじゃ。」


「、、、」


「その質問にどんな意味があるのじゃ?」


「あたしは殺したよ。何人も、自分の娘や息子のように思っている子供たちを。」


「、、それは比喩か何かかの?」


「、、、」

「、、、」


「人の命に責任を持つって事は、終わりにも責任を持たないといけない。」

「、、、」


「あたしも、子供たちの世話を始めた時には、そんな事かんがえもしなかったよ。ただ、目の前にいる子供の世話で精一杯さ。今でもそうさ。子供たちの世話に正解なんてないからね。昔も今も、これからも、精一杯やるしかないのさ。」

「、、、」


「けどね、責任はこちらの状況なんて関係なしに持たされる。ある日、いきなり自分の子供達を自分の手で殺さないといけない時が来るんだよ。ほとんどの母親はそんな経験をしないさ。一部の母親だけが、その責任を負わされる。運が悪かったと思うしかないね。けどね、確かにいるんだよ。社会に生きる事の許されない子供がね。」


「よくわからないのじゃ。もっと具体的に言うのじゃ。」


「具体的ね。個別の事象の話ではないんだけどね。例えば、障害を持った子供。ただ生きるだけのことで苦しみ続けないといけない子供なんていくらでもいるさね。」


「その子を己の手で殺せと言うのかや?」


「それも、あたし達子供を育てる立場の人間が考え続けないといけないことだね。ありふれているけど。」


「ありふれていてよいわけがないのじゃ!」


「つまり、あたしが言いたいのは、それがありふれている世界に自分から足を突っ込む覚悟があるのかという事さ。」


「別世界の話ではないのじゃ。今ここにある世界の話なのじゃ。」


「隠されてはいるけどね。ま、話がわからない訳でも無いみたいだね。けどね、、」


「何か問題が?」


「ハンザのお嬢ちゃんから話を聞いたときは、」

「お嬢ちゃん?」

「あたしにとっては、母親になっていない女はみんなお嬢ちゃんさ。それで、そのお嬢ちゃんから話を聞いたときは、地の果てにあるそれはそれは大きなスラムの子供たちを集めて孤児院を作るなんて馬鹿な計画をやり遂げれるのはあたししかいないと思ったよ。」


「そなたがいれば、より楽な話になるのじゃ。」


「申し訳ないんだけどね、あたしのほうに行けない理由が出来ちまったんだ。」


「そういうのはいいから早く言うのじゃ。」


「子供ができたんだ。」

「子供ならいっぱいいるのじゃ。ここにも、アフリカにも。」


「そうじゃなくて、あたしのお腹に赤ちゃんがいるんだよ。」


「のじゃ!?」


「娘たちに避妊の大切さを教えてきたあたしが、まさかこの歳になって予期せぬ授かりを受けることになるとはね。」


「それは良い事なのじゃ。おめでとうなのじゃ。」


「それで、知ってしまったのさ。」

「何を知ったのじゃ?」


「この子だけは、世界で一番安全な場所で育てたいと思ってしまったのさ。」

「のじゃ?母親なら当然のことなのじゃ。」


「当然だけど、、当然じゃないんだよ。。」

「のじゃ!?さっきからまどろっこしいのじゃ!」


「あたしは、若いころに馬鹿な事件があってね。子供ができないものだと諦めていたんだよ。その反動か、孤児院の子供たちの面倒を親身になってみてきた。まわりになんと言われても、自分の子供のように面倒を見てきたつもりだった。」

「、、、」


「けどね、この子を授かってわかったのさ。あたしがやっていたのは母親ごっこだったってね。あたしは一万人の子供を持つ女なんて言われていたけどね、実際はたった一人のこの子の母親だったわけさ。」


「、、、」


「あたしにはもう、前みたいに子供たちに接することはできないんだよ。一万人の子供を持つ女なんてどこにもいないんだよ。」


「そんな!マイマザーは私の母親です!!」

 そこには、この部屋に案内してくれた若いシスターがいた。


「お前、、聞いていたのかい。。今の話は他の子供たちに伝えてはならないよ。」

「伝えません!けれど、マイマザーは間違ってます。」


「そうさ、あたしは間違えたのさ。ただの馬鹿な女さ。」

「違います。そんな事ではないのです。私はマイマザーの娘なのです。」


「もう母親ごっこも、娘ごっこも終わりだよ。」


 娘は唇を噛みしめた。そして、


「ダメなのじゃ。」

「!?」「!?」


「そなた、母親のかわりに自分がアフリカに行くと言おうとしたじゃろ?」

「!!」「!?」


「遅れてきた反抗期は他所でやって欲しいのじゃ。」

「な!」

「わ、私は、そんなつもりはありません!!」


「やり遂げる意志がない者はいらないのじゃ。」

「くっ。。」


「お前、、本当にアフリカに行くつもりだったのかい?」

「私は、この孤児院で十分に経験を積んできました。誰よりも働いています。私は役に立つはずです。」


「意志を問うておるのじゃ。出来るからやるじゃダメなのじゃ。」


「何を言っているのかわかりません!!」


「そなたの母親が妾の学校に来てくれるなら、、」

「?」


「妾は10000人の孤児を受け入れるつもりだったのじゃ。」

「なっ!?」


「そなたしか来ないのであれば、せいぜい30人なのじゃ。かなり無理してその人数なのじゃ。」

「、、、」


「そなた、9970人の孤児を殺す覚悟はあるかや?」


 娘は何も答えられないでいた。




 沈黙した場にお昼を告げる教会の鐘が鳴り響いた。


「おい、時間だぞ。」

「時がきたのじゃ。見に行くのじゃ。」



 娘は訳も分からぬ空気にあてられて、客人について行った。

 この客人は一万人を救うなどと大言を吐いてはいるが、そんな事ができるはずもない。マイマザーですら、1万人以上の母親ではあれど、一万人も救えたわけではないのだから。

 そもそも、孤児を受け入れなかったからと言って、それが孤児を殺すことにはならないはずだ。


「ハンザの女王と話をした時、妾は出来るだけ多くの孤児を救いたいと言ったのじゃ。」


 教会の前には人だかりが出来ていた。そうか、今日は「ツール・ド・フラン」少年の部のチェックポイントがこの街に設定されていたんだ。話の前までは覚えていたのに、突発的に重要な話のせいで忘れてしまっていた。


「すると、あやつは孤児の総数がわからぬからと10000人が生きていける箱を妾の前に積み上げたのじゃ。」


 もうすぐ、先頭集団が到着するらしい。観客たちは今か今かと待ちわびて、熱気で気温が上がったみたいだ。その熱さが心地よい。ぐちゃぐちゃになった頭が単純な話を欲している。


「箱の中身を妾が用意せねばならぬから、妾はココに来たのじゃ。」


 3台の自転車とそれに跨る少年たちが見えてきた。どれもこれも、必死に自転車を漕いでいる。この世の全てがそこにあるかのように、全てを出し切るように。


「あの先頭の前歯の少年は妾の船にのるはずだったのじゃ。」


 先頭を走っていた前歯の少年は、鼻が高い少年に抜かれた。それでも必死に追いすがる。置いていかれることを恐れるように。


「それが、いつのまにか変な女の船に乗り、こんな場所で自転車なんぞを漕いでおる。」


 少し離れた場所にいた物干し竿を背負った?少年が急加速してトップに躍り出た。勝ったものだと思い込んでいた鼻の高い少年の顔が驚きに変わる。


「子供達の未来はわからんのじゃ。」


 3台がチェックポイントを通過する。こちらからはほぼ同時に見えたが、物干し竿の少年が勝ったようだ。


「より良い未来を目指すために、今できる事をするのじゃ。」


 客人が振り返って、娘の目を見る。



「私は、30人を救います。」


「30人しか救わないのかや?」


「先ほどあなたが30人なら受け入れると言った時から、その30人は私が救わないといけない命なのです。」


「一人称は「あたし」なのじゃ。」

「?」

「妾の船では没個性は罪なのじゃ。」


「はい!わた、、あたしを子供たちの所に連れて行ってください!!」






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