89 ブルッヘ
フラン国が世界に誇る自転車レース「ツール・ド・フラン」に参加した、前歯の少年はフラン国北西部をベルギ国にある第一チェックポイントに向けて進んでいた。
「おいらが集めた情報によると、序盤は平坦なコースが続くんだ。スプリンターよりのオールマイティであるおいらは、ここでポイントを稼いでおかないと、山岳地帯で失格になるかもしれない。でも、コーチの助言通りに経験の少ないおいらはできるだけ先頭集団に食らいついて、彼らの経験を後ろから目で盗まさせてもらうんだ。」
少年自転車レーサー達は、参加資格に制限がない為、いろんな選手少年がいる。自転車に乗れたらましな方で、自転車を押してる選手少年や、自転車に乗りながら足で地面を蹴っている少年選手。自転車担いで走っている選手もいる。
それらの記念参加少年を颯爽と追い抜くと、自転車に乗れる少年の集団が見えてくる。
「町で生活や遊びで自転車に乗って、そこで一番早いだけの少年がこんなところに来ているんじゃないよ。」
前歯の少年は、船の上とは言えレーサーになる為のトレーニングを積んできた。厳しい訓練と食事制限は年若い少年にはとても辛かったが、それらの体験はまぎれもなく彼の体をレーサーの肉体に変えていた。
「あの変な「のじゃのじゃ」言ってる船主が言っていた。スポーツ?が盛んになれば、戦争がなくなるのじゃと。おいらにはよくわからなかったけど、戦争がなくなったら、世界は善くなるはずだ。」
少年は自転車を漕ぐ足に平和への思いを込めた。おいらの弟分たちが笑顔で過ごせる未来を信じて。
「姉御の船も変わっていたけど、のじゃ公の船は本当に変だったな。」
船の事を思うと、自然に笑顔になってきた。疲れた体にまだ頑張れると勇気がわいた。
「ドリルがついてるんだもんな。カッコいいぜ。このレースが終わったら、おいらのマシンにも付けてもらおう。」
「ん、ドリル?おい、お前いまドリルと言ったか!」
そこには自分と同じ様にプロ仕様のジャージを着た、なぜか物干し竿を背負っている自転車少年がいた。
「む、お前はだれだ?」
「俺は「ポーラン国」からきた自転車少年さ。」
「おいらは「ポルトガ国」からきた自転車少年だ。」
「そうか、おなじ「ポ」から始める国同士だ一緒に行こうぜ。」
確かに「ポ」から始まる国は貴重だ。この出会いには大事にするべきだと判断した。
「かまわないが、遅いようなら置いてくぞ。」
「へ、そっちこそ遅れるなよ。」
少年たちはすぐに仲良くなった。
そもそも、このレースは少年には長すぎる。二人とも同じような景色が延々と続くことに飽き飽きしていたので、気の置けない同行者は大歓迎だった。
「それで、退屈だから自転車につける装備を考えてたんだよ。」
「なるほど、おいらも「ドリル」を付けようと考えていたところさ。」
「それだよ!それそれ!!言葉の意味はわからないけど、とにかくカッコいい響きだ。」
「「ドリル」っていうのは螺旋の力を利用して全てを貫く武器だよ。」
「すげー!!なんてカッコいいんだ憧れるぜ!!」
「セパブレ!「ドリル」は工具だよ。」
スタート地点で喧嘩別れした、鼻っ柱が伸びた自転車少年がきた。
「あ、嘘つきフラン人め、また嘘をつきにきたのか?」
「ウイエノン、前回はログを確認したところ、僕が言い間違えていたみたいだ。素直に謝るよ。デゾリ」
「あ、お、おいらも、少し、言い過ぎたかもしれない。。。ごめん。」
謝ったらスッキリした。さっきまで心の片隅にあった針が抜けたみたいだ。どうして、こんな簡単なことが、あの時にできなかったんだろう。
心なしかフラン人の自転車少年も良い顔になってる気がする。
「おい、「ドリル」が工具ってどういうことだ?武器なんだろ?」
「武器だよ。」「工具だよ。」
「む、」「オーラ!」
「ジャスメン、僕の最高級自転車の軽量化の為に、骨抜きをするのに使った「工具」さ。この穴をみてごらんよ。綺麗だろ?貫いたんだぜ。」
「おいらは船の衝角に「ドリル」がついてるのを見たんだ!クジラを貫いたって言ってたよ。」
「セパ―ブレ!いくらなんでも「ドリル」が船についてる訳がないよ!それで、クジラを貫いたって!?ナンセンスだ!君こそ嘘つき少年さ。」
前歯の少年と鼻っ柱が高い少年は喧嘩しながら進んだ。
「お前たちは随分と仲がいいみたいだな。」
「だれが、こんな奴と!」「ブレモン!君の眼は節穴かい?」
「俺の目には息がぴったりに見えるよ」
「、、、」「、、、」
「そんな君たちに問題は発生だ。君たちがじゃれ合っている間に、先頭集団との距離が随分開いてしまったみたいだ。」
「じゃれ合ってなどいない。」
「トウタフェ、距離は開いてしまったようだね。」
「このままでは俺たちは第一ステージのポイントを食い損ねてしまうのさ。」
「それは困るな。」
「ここは下らない喧嘩はやめて、お互いの利益の為に三人で組まないか?」
「ウイウイ、僕に異論はないよ。けれど、ここで体力をつかってしまうと、チェックポイント前に力が残らないのでは?」
「俺に策があってね。」
ポーラン国の少年は、空を見て風に臭いを嗅いだ。
「この風ならいけそうだ。」
自転車少年(ポーラン国)は背負っていた物干し竿のような物の機構を作動した。
すると、内部に収納されていた羽が展開された。
「か、カッコいい。。」
「ア、ボーン、僕の最高級自転車にもつけないと。」
「これは俺たち「ポーラン国」が誇る最強の騎兵「フサリア」の伝統的装備さ。」
「ダコール、あの「モンゴル」にヨーロピアで唯一騎馬で対抗できたという、、」
「さすがは、ジャガイモと馬の国「ポーラン」だ」
「おいら、帆船に乗ってたからわかるぞ、そいつで追い風に乗るんだな?」
「ふふ、その用途で使えなくもないけど、こいつの力はそんなもんじゃない。空力特性を利用するのさ。」
「空力特性!?」
「セヴレ、何だい?空力特性って?」
「案じるより産むがやすしさ、僕の後方に入ってみなよ。」
前歯の少年と鼻の高い少年は、訝しいりながらも言われた通り、ポーラン少年のケツについた。
すると、さっきまで自分たちを阻んでいた空気の壁の圧力が消えるのを感じた。
「な、なんだこれは、真空の中を走っているようだ!」
「ウィトタフェ!呼吸はできるようだが。。心なしか体も軽く感じる。」
「それが、空力特性の力さ。訓練された「フサリア」は空も飛べるんだぜ。」
「セヴレ!この力さえあれば世界を手中に治めることも夢ではない。」
「船につければ、姉御も空を飛べるかもしれない。」
「ふふ、夢を見るのは後回しだ、先頭集団においつくぞ!!」
「おうよ!!」「エグザクトマン!!」
ベルギ国北西部都市「ブルッヘ」
12世紀に海から10km以上も離れたこの地を津波が襲った。時の統治者は、津波の跡を利用しこの地に運河網を築いた。そのおかげで、この地は内陸と北海を結ぶ恰好の交易拠点として発展してきた。名前の由来は「橋」。
「チェックポイントの「ブルッヘ」が見えてきたけど、倒れている自転車少年が多いね。」
「ここまで走ってきて力尽きたか、、、あるいは、、」
「セスラ、どうやら原因はアレのようだよ。」
そこには可愛いクマさんのマークがついた三輪車に乗ったまるでクマのような大男がいたのです。
「二輪のレースなのに、三輪車に乗ってやがる!」
「スタートの時は、補助輪のついた二輪の自転車に乗っていたのに、、」
「アボン、どうやら途中で略奪し乗り換えたようだね。」
「略奪?まるで海賊じゃないか!そんなことが許されるのか?」
「ウイア、少なくともルールブックに違反だとは書いてないね。」
「第一、あんな可愛いクマさんのマークで自己主張をしているのに、他人から略奪した三輪車なわけがない。初めから用意していたんだ!!」
「ジンボォア、それもルールブックには違反とは記されていないよ。」
「何のためのルールブックなんだ!規則で守らないと!僕たち少年は大人の食い物にされるんだぞ!!」
「セサ、、そもそも、このレースにはルールブックなんてないんだ。。」
「なんだって!!ルールがないと無政府状態になってしまうじゃないか!」
「ボワラ、この世界にまともに機能している政府なんてものは無いのかもしれないね。。。」
「ちくしょう!おいらの弟分たちが笑顔で生きていくにはどうしたらいいんだ。。。」
「そんなことより、今をどうするか考えよう。ポーラン国が誇るフサリアでも、あのクマのよう大男をどうにかするのは難しいぞ。」
「セスラ、僕たち少年だけでは30年も少年自転車レースに参加してる大人を相手取るのは分が悪いね。」
「大人!?大人と言ったか!?」
「ノン、少年だよ。」
「いや、確かに君の口から「大人」と聞いたぞ!」
「ノン、言ってない。」
「言った!」
「セプブレ!絶対に言ってない!!」
「絶対に言った!!」
前歯の少年は怒りでどうにかなりそうだった。
しかし、思い出した、前回も自分の感情をコントロールできなくて、悲しい思いをしたではないかと。
こんな時は、コーチの言葉を思い出す。
「筋肉は働くっす。脳は冷ますっす。心は熱く燃えているっす。」
「なんだか変は語尾だけどいい言葉だね。」
「オゥ!ラーラ。後でログを確認はするが、今回は僕が謝るよ。意固地になって悪かったね。デソリ。」
「おいらも、悪かったよ。ごめん。」
「でも、このままでは俺たちはチャックポイントの「ブルッヘ」に辿り着けなくて失格になってしまうぜ。」
「トウタフェ、「ブルッヘ」は運河と街並みが美しいのに辿り着けないなんて残念だ。」
「おいらに力があれば、、、ここで、おいらの夢は終わってしまうのか、、、」
少年たちが万策尽きて諦めかけた時、
「そいつはどうかな?」
そこにはなんと、赤い髪をした女海賊が率いる「海峡の向かい風掠船団」がいたのです。
「むっ!」「だれだ?」「姉御!!?」
「やいやい、俺たちもいるぜ。」「らっしゃい」「、、、」「ぼーー。」
そこにはなんと、「ピーターパン・ズ」(永遠の少年たち)もいたのです。
「ちょうどいい運河があったからね。観光がてら来てやったのさ。」
「お姉ちゃんはずっと心配してたんですよ。」
「、、、」
「ぼーー。」
「やいやい、俺の弟分たちも心配しているぜ!」
「み、みんな、、おいらの為に、、、けど、おいらの夢はここで、、」
「夢は床には落ちていないよ。上を向いて見るものなのさ。」
「でも、、、クマが、、」
「ウイ、少年だけではかないませんよ。」
「あんな大きなクマは驃騎兵でも無理だ。」
「無理と言うから無理なのさ。無理でもやれば、無理じゃなくなる。」
「ここは僕たちに任せて先へ進んでください。」
「やいやい、さっさと行けよ。」「、、、」「ぼーー。」
さっきまで、下を向いていた少年の瞳が強く前を見た。
「陣形を組みなおす!ポーランは前へ!!僕と鼻高少年が後に続く!体を寄せて、隙間を詰めるんだ!!」
「おいおい、お前の仲間はいいのかよ。」
「セスラ、あんな、クマみたいな大人の相手をしたらタダでは済まないよ?」
「大人でも少年でも関係ない。おいら達は自分のやるべき事をやる!」
自分の傍をはなれ、加速し始めた少年たちをみて、赤髪の女海賊は不敵に笑う。
「少年が大人になる瞬間ってのは、かけがえのない宝物なのさ。」
その言葉は吐いたとき、幾千の戦場を駆け抜けてきた歴戦の女海賊の頬は、淑女のように赤らんでいた。
「やいやい、姉御!砲撃の準備ができたぜ!!」
「ブチかもしてやりな!!あんた達のでっかい太砲で、あの男のケツに情熱の全てを叩き込むんだよ!!」
艦砲射撃でクマがミンチになった横を駆け抜ける。
「ア、ボーン、君の仲間はなかなかヤルようだが、君はどうだい?」
「なんだと!おいらだってヤルさ。」
「おいおい、また喧嘩かよ。。」
「ボワーラ、第一チェックポイントまでの障害は無くなった。忘れてないかい?僕たちは「ツール・ド・フラン」少年の部に参加しているライバル少年なんだよ?」
「仲良しごっこはココまでって事か。」
「おいらが一番早いって事を見せてやるよ!!」
隊列を崩し少年たちがスプリントをしかける。
まだまだレースは続くのに、少年たちにとってこの場が全てであるように。




