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136 マスカット


 回教帝国内オーマ国首都「マスカット」

 アラビア半島の先端北東部に位置し、インド洋とオーマン湾に面している。古くから貿易の中継港として栄え、大航海時代初期にはポルトガ国に占領された。その時に作られた港湾設備によってアラビアの一大貿易港として発展を遂げた。


「よく発展した良い港なのじゃ。」

「そうです。私がワイン博士ですが、名前が良いのです。まさしくワインの為のブドウを育てるに適した街の名前です。」

「回教帝国の一部なので、もちろんワインは育てていないな。」

「ブドウの品種の中でもワインにするのに向いた「マスカット」の名を抱いていながらワインを作っていないなんて、ワインに対する冒涜なのです。」

「調べたところによると、名前の由来には諸説ありますがアラビア語で「膨れ上がった皮」や「強い香り」「落ちる場所」などがあるようですね。」

「まさしく「マスカット」の特徴そのものではありませんか。ワインに適したブドウの品種「マスカット」が街の名前の由来で間違いありませんです。」


「この街の名前がブドウの名前の由来になったんじゃないのか?」

「ありえませんです。名付けの優先順位は地名より食物なのです。」

「ギリシャの学者もそんな事を言っていたが、ギリシャ語やラテン語は不要な物の名前ばかり付けているぞ。」

「僕たちの母国語の日本語も一つのものにたくさんの呼び方をつけたり、微妙な表現の差異を形容詞ではなく名詞で表したりしますね。」


「言葉は人類が生きていくために必要な道具なのじゃ。複雑化して使いこなせねば意味がないのじゃ。」


 そこに一人のオーマ人がやってきた。


「社会は進化しているのですから道具も進化しないといけないのですよ。もちろん、それを使う人も。」


 それはいつか出会ったオーマ人の商人だった。


「積もる話もありますが、こう見えてこの国は戦時中なのです。目立つのもアレなんで、私の店でお話しましょう。」


 一同はオーマ国の商人について行く事にした。



 ~


 オーマ人商人の商館は戦時中とはいえ盛況だった。


「戦時中だからこそ、商人が儲かっているのですよ。」

「のじゃ?戦争が始まれば物資が統制されるのじゃ。民間の商人の仕事は減るのじゃ。」


「市民の生活品を小売りしている商店は仕事が減るでしょうね。けれど、人々の暮らしに必要な食料や水、消耗品が不要になるわけではないのです。」

「それらの品々も政府が用意するのでは?」


「政府だけで統制しきれる訳がありませんよ。戦時になれば役人の人手は戦争に取られるのですから。」

「商人は戦争のお手伝いをするわけじゃの。」

「お手伝いなのに商人が儲かるのですか?」


「この経済が発展した世界では商人が儲かるから戦争がおこるのです。」



 日本から来た訪欧「少年」使節団はよくわからなかった。


「あの、十字教を憎んでいる回教徒が戦争を起こしたと聞いていますが?」


「あなたは?」


「私達はユーラシア大陸の最東にある日本から来た訪欧「少年」使節団です。」


「少年?」


 またいつもの日本人を差別する視線を感じたが、回教徒に差別されても悔しくも何ともなかった。ぐっと堪えて質問をぶつける。


「なぜ、あなた達回教徒は十字教を憎むのですか?」

「おや?十字教が回教を憎んでいるように見えますが。」

「戦争を起こしたのはあなた達回教徒ではありませんか。」

「ポルトガ国はやり過ぎましたからね。」


「宗教や国籍で人を差別して、わかりあう努力をしなければ世界はよくならないのです。」


「そうですか。良い世界が来るといいですね。」



「それで、持ってきた食料はインドで売ればいいのじゃな?」

「はい、私の商会のインドでの窓口がクジャラートにありますので、そちらに降ろして頂ければ幸いです。」


「え?食料等戦略物資はオーマ国に売らないとヨーロピア諸国の方針会議で決まったのでは無かったのですか?」


「オーマ国では売らないのじゃ。インドに売るのじゃ。」

「オーマ国の商会のインドでの窓口に売ったら、食料をオーマ国に売ってるのと同じではありませんか。」


 人の好いオーマ商人も事情を全く理解していない日本人に少しイラついた。


「彼は何故ここに?」

「遥か東にある日本という国で古十字の宣教師の教えを受けた者たちなのじゃ。古十字教皇に会うためにはるばる東の果てからやって来たのじゃ。」


「ここに連れて来なくても良かったのでは?」

「日本という国は、鎖国して古十字を締め出す事に決めたのじゃ。」

「賢明な判断ですね。」

「妾達は彼らを日本に連れて行く事にしたのじゃが、その前に世界を見てもらうことにしたのじゃ。」


「我々には関係のない事ですよね?」

「明も鎖国をしておるのじゃ。」


 ユーラシア大陸の東にある超大国「明」は「日本」と同じように自分の勢力圏にない国々に対し鎖国政策をとっていた。

 長大なユーラシア大陸の東西を結ぶことで生きてきた回教帝国の商人たちにとっては「明」の鎖国はとても大きな問題だった。


「明の鎖国が解かれても、得をするのはあなた方ヨーロピア人ばかりでしょう。」

「妾達が儲かる様に動くのは当然なのじゃが、そなた達回教帝国にとっても利のあることなのじゃ。」

「それで大きな利益がでるとは思えないですね。」

「戦争するよりは儲かるのじゃ。」


 日本から来た訪欧少年使節団には話の推移がよくわからなくなってきた。


「十字教と回教の戦争に明国や日本が関係あるのですか?」

「この戦争の最前線は先ほどそなたが口にしたヨーロピア諸国の方針会議なのじゃ。」

「え?最前線はアデン湾ですよね?自分の目で見てきたじゃありませんか。」

「見る人によって、見える景色は違うのじゃ。妾が見たのはヴェネツィア人の動向なのじゃ。」

「紅海では戦時中で数が減ったとはいえ普通に活動していたな。」

「オーマ国がこの戦争で使ってる、ヨーロピアの最新式の武器もそちらから仕入れておるのじゃろう。」


「、、、」


 オーマ商人は沈黙を選んだ。が、訪欧少年(大人)は黙っていない


「イタリ都市国家群は古十字だと聞いています。なぜ古十字を信奉するポルトガ国と戦争をするのです?」

「様々な要因が絡み合っておるのじゃが、一番大きな理由は戦争をすれば商人が儲かるからなのじゃ。」

「戦争は軍人がおこすものです。商人は関係ありません。」

「軍人だけでは国をあげて戦争をすることなどできないのじゃ。商人のお手伝いが必要なのじゃ。」

「商人が好き勝手に自分の利益の為に戦争を起こしたと言うのですか!?」

「子供の極論じゃな。」


 0か1かを求めたがる少年(大人)に対して、オーマ国の商人(大人)は優しく諭す。


「商人は所詮は商人なのです。物を運ぶ事しかできないのです。社会の大きな動きには人々の意志が必要なのですよ。」

「人々の意志?この悲惨な戦争を人々が求めたと言うのですか?」


 オーマ商人は目を閉じ、過去に想いを馳せた。


「この「マスカット」の港はポルトガ人が造ったのです。」

「え?オーマ国の首都ですよね?」


「アフリカ南端を廻りアジアとヨーロピアの直接取引に可能になり、ポルトガ国はアラビア半島に物資の集積拠点を求めたのです。もともとはただのよくある港街でした。もちろん反発もありましたが、概ね好意的に受け入れポルトガ国の莫大な投資でこのアラブ最大の港町はできたのですよ。」

「この街にその様な歴史があったのですね。」


「しかし、南アフリカから直接アジアに向う航路が開発され、ヨーロピアの船の数は激減しました。アラビアとインドの取引だけでは、この街の人々の暮らしは成り立たないのです。」

「優れた技術は、さらに優れた技術に駆逐されるのじゃ。」

「成り立たなくなった港町で、過去の投資を笠に支配者の立場を維持し続けるポルトガ人は追い出すしかなかったのです。」


「それが人々の意志?」

「ポルトガ国が来る前の昔のアラビアを取り戻したい人々と、新たな開かれた市場で大儲けしたい人々の意志。右と左の両方が意見を一致させれば、決意できない中間層も心を決めざるをえないのです。」


「だから戦争をすると言うのですか。戦争はいけない事です。話し合いで解決することもできたはずです。」

「立場の有利なものが反発されるのを防ぐために使っていい言葉ではありませんよ。」


「、、、」


「今回の戦争は起こるべくして起こった戦争ですよ。何も知らない部外者が口を挟める問題ではないのです。」

「、、、それでは戦争は無くならないのです。世界が善くならないのです。」


「光を見せるのじゃ。」

「ん?」「光?」


「ズール国の偉大なる王は言っておったのじゃ。人々の暮らしを善くするためには、人々に光を見せてやらねばならないのじゃ。」

「それは象徴的な意味ですか?生きる希望とか、未来への夢とか。」

「古十字の教えが世界中に広がれば、神の国が訪れるのです。」


「もっと直接的な話なのじゃ。目に見える光なのじゃ。」


 よくわからない話に、さっきまで口論していた二人は困惑した。


「妾は油田を買いに来たのじゃ。」

「はい、事前に聞いていたのでお売りできる黒い水の湧き出る地をリストアップしておきましたよ。あのような何の役にも立たない、むしろ植物を腐らせる厄介な物をどうするおつもりで?」

「昨今の研究で黒い水を蒸留すると色んな油が採れる事がわかったのじゃ。樹を伐り過ぎて燃料が不足しているヨーロピアでは光源として期待されておるのじゃ。」

「アラビアも砂しかないので燃料は貴重です。黒い水の周辺の人々は燃料としても利用する事があるとは聞いていますが、臭いですよ?」

「石油から作った「灯油」は臭いもマイルドで扱いやすいのじゃ。むしろ、その臭いが良いと言う愛好家もおるのじゃ。」

「黒い水にそのような使い方が、、」


 オーマ商人は感心したが、日本の子供(大人)は騙されなかった。


「光があるから何だと言うのですか。少し明るくなったくらいで世界は変りませんよ。」


「そなたの国の役人は一日何時間働くのじゃ?」


「え?朝から夕方まで、8時間くらいでしょうか。」


「妾の船の船員は24時間働いておるのじゃ。」


「え?」


「妾の故郷では「コンビニエンスストア」という食料雑貨店がそこら中にあるのじゃが、24時間営業しておるのじゃ。」


「な!?」

「バカな!不経済だ!」

「不敬虔でもあります。神を冒涜しています。」


「モーリシャスにある妾の学校の子供たちは一日20時間程勉強をしておるのじゃ。勤勉すぎて寝かしつけるのに苦労しておるのじゃ。」


「だからあんなに優秀だったのか、、」

「ヨーロピアは子供まで恐ろしいのですね。」


「暗い中で本を読むと目が悪くなるのじゃ。船乗りにとって眼はとても大事なのじゃ。妾の学校には「光」は必須なのじゃ。」


「私たちの故郷「日本」でも、夏は蛍と言う昆虫の尻の「光」を頼り、冬は窓に積もった雪が反射する月の光で勉強をしてますが、、」

「我らアラビアの民も、砂漠の星明りを頼りに夜の時間を過ごしています。」



「学校で高度な技術を学んだ者たちが、そなた達の3倍の時間を働くのじゃ。未来がどうなるかは見えておろう。」


「これからの世界に「光」は必須なのですね。。」

「暗く閉ざされたままでいれば置いて行かれると。。」


「妾は妾の趣味の為にアラビアの油田を開発するのじゃ。人手と投資を募って欲しいのじゃ。」


「オーマ国の未来の為にも協力したいのですが、なにぶん戦時中なので十分に集まるかわかりませんよ?」


「どこの世界でも戦争を起こす一番の理由は人手余りなのじゃ。大人の男が働きもせず暮らしていれば喧嘩の一つもしたくなるのじゃ。油にまみれて汗をかけば戦争をする暇なんて無くなるのじゃ。」



 ~


 帰り道、少年(大人)は考えた。


 「日本」は鎖国を解かねばならない。

 その理由は「自分たちが祖国に帰るため」だったはずが、「日本が世界に置いて行かれない為」に変っていた。


 見聞を広めるために航海に出て故郷が鎖国され帰れなくなった時、どこにもいけない狭い場所に閉じ込められたように感じていた。けれど、自分たちは外にいて、狭い場所に閉じこもっているのは故郷の方だ。


 狭い場所で顔見知りの人とだけ接しているのは安心だ。その安心は、外から来た強者に軽く踏みにじられる程度のものでしかない。強大で豊かなオーマ国ですら、ヨーロピアの都合で戦争に駆り立てられている。


 まずは、日本に着くまでに可能な限り知識を獲よう。幸いこの船には色んな知見を持った世界の識者達が乗っている。

 一日20時間勉強をしよう。夜の海上でも船内を明るく照らす灯がこの船にはあるのだから。



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