2091年6月 Part2 魔法適正検査
激しい雨が降りしきる中、黒いホバーカーが市ヶ谷基地の正面玄関に滑り込んだ。
「本当に奇麗だね、新庁舎は。」
きつめに着けてたウェストコートをご飯で膨れた腹から少しずらしながら雷雨の中夜闇に浮かび上がる国防省総合新庁舎を眺めた。
魔法の登場による世界と国内情勢の目まぐるしい変化に対応すべく憲法改正が行われ、自衛隊も日本国国防軍と改名し正式に軍隊となったのである。
「えぇ、昨年完成したばかりだそうです。」
加藤はそう言いながら繋に訪問者用の名札を渡した。
「魔法適正があった時、胃から魔臓への変異を寝てる間に行うらしいです。その時はこちらに泊まる予定です。」
ホバーカーの扉が開くと加藤が先に出て、傘を差した。
車を降り階段を上ると玄関で半袖の軍服男が待っていた。
「ようこそ御剣様。国防陸軍大尉神崎と申します。検査室の方へご案内します」
神崎大尉はビシッと敬礼を決めると繋達を招き入れた。
国防省総合新庁舎の床は高級ホテルにあるような白黒の市松模様の大理石で出来ていて夜遅いってこともあり足音がよく響いた。
神崎大尉は繋達をエレベーターで地下3階に連れて行くとそこには受付と何の変哲もないドアが一つポツンと佇んでいた
「こちらが魔法適正診断所となります。」
神崎大尉が受付にいた女性自衛官に敬礼してドアを開けた
「御剣様は男性なので入って左に進んでください。」
加藤達も中に入ろうと動き出したが神崎大尉が首を横に振った。
「この先は検査を受ける人しか入れません。この基地にいる間、御剣様が危険に陥ることはありませんのでどうかご理解の程を」
加藤は護衛として護衛対象とは離れたくはなかったが繋の指示を待った。
「大尉がそう言ってるのならしょうがないよ。んじゃあとよろしく」
俺はそう言って中に入った。
主人の相も変らぬ大雑把な指示にため息をつきながら加藤は部下に待機させた。
病因の待合室みたいなものを繋は予想していたが、実際は銭湯とかにある脱衣場だった。
鍵のついたロッカーの一つを開くと中には淡青色の検査着が入っていた。着替えて鍵を取ると一つしかない出口に向かった。出口の向こう側に大浴場はなく、今回は病院にあるような広い待合室があった。普通、生徒でいっぱいになるだろう待合室だが、検査のピークが過ぎたことに加えて夜遅かったことからがらんとしていた。
「御剣様。」
待合室のもう方のドアから白衣の人が手招きした。
「早速ですが検査に移ります。」
俺はどのような検査をするのか知らなくて正直、期待と不安で胸がいっぱいになっていた。
待合室を出ると廊下を挟んで検査スペースの黒いドアが。
「この部屋は高濃度の魔素で満たされています。一部の人の胃が魔臓に変わる以外無害なのでご安心を。10分間入ってもらいますが、もし体調が悪くなれば直ぐにお知らせください。」
俺は頷いて検査スペースに入った…がそこで急に意識を失った。
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加藤がタブレットで明日の予定を確認していた時、白衣の男が足早に検査場から出てきて神崎大尉に耳打ちした。神崎大尉の顔がサッと青くなるのを見て加藤はとてつもなく不安になって立ち上がった。チラッと加藤達を見た白衣の男は用事が済むと再び検査場に戻った。
「神崎大尉、何が起きたのでしょうか?」
加藤が静かに訊いた。
「あ、あの。み、御剣様の魔法適正についての報告がありまして。魔法適正があったようなのですが…」
「ですが?」
「ですが繋様は魔素への親和性が高かったようでして検査スペースに入った途端意識を失ったらしいです。」
魔法適正の検査で意識を失うことがあるなんて初めて聞いた加藤は気が動転した。
「これは命に係わる事態なのか」
「胃から魔臓の変換に多量の魔素投与が必要ですがここは日本なので命に別状はないです。」
主人の命に別状がないことを聞いてホッとした。
「魔素親和性が異常に高いのは非常に稀ですが、その多くの場合魔臓の定着時に魔力暴走が起きやすいのです。どのような魔法が使えるようになるかわからないですがもし重力魔法が使えてそれの暴走が起きた場合東京が消滅しかねません。」
「それって結構まずいのでは?」
「えぇなので暴走が起きないように最善を尽くしますがあとは祈るばかりです」
なにもできない加藤も一生懸命に祈った。
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「お~い!繋。早く起きてくれないと父さん過労死しちゃう。」
俺は朦朧とした意識の中そんな気の抜けるような呼びかけが聞こえた。
重たい瞼を開けるとそこには父孝彦が心配そうに覗き込んでいた。
「繋~!良かった!父さんかなり心配してたんだから」
息子の意識が戻ったのを涙ながらに喜ぶ父、という感動するような絵面になるはずだった。
さっきの気の抜ける発言とその涙がいつでも出せることが無ければの話だが。
「過労死しなくてよかったね、親父」
「あ、聞こえてた」
孝彦は嘘の涙を払いのけると満面の笑みで息子の髪をわしゃわしゃとした
「やめろって」
俺は恥ずかしくなって手を払いのけようとしたが腕に全く力が入らない。それを見た孝彦の目がキランっと光った
「2日も意識がなかったんだ。力が入らないのは予測済み。今日ここで一年分繋をわしゃわしゃとするのだ、ぐへへへ。」
やばい。父さんの目に変な光が宿っている。
「お医者さん!助けて!変質者がいる!」
「助けを呼んでも無駄だ息子よ。お前は魔石の量が心もとなくなった市ヶ谷基地からうちの病院に移送されたのだ。つまり…」
「くっそ、医者を買収しやがったな親父」
「ぐへへへ。諦めるんだな」
舌なめずりし、手をワキワキさせながら近づく親父
「や、やめろ。そ、それ以上近付くんじゃねぇ!」
数秒後病室から悲鳴が聞こえたが繋の助けに来る人は数分いなかったそうな。