2091年6月 Part1 梅雨好きな人っている?
窓を開けた途端じめっとした空気が俺、繋の顔に当り、改めて梅雨という気象現象を恨んだ。
「繋様、出発の準備が整いました。」
執事兼護衛の加藤が後ろから声を掛けてきた。
「あぁ~梅雨嫌い!親父、自分の周りだけ湿気を感じなくなる魔道具作ってくれないかなぁ」
魔法が世の中に登場して16年、後世の歴史学者達に『魔法革命』と呼ばれる科学の飛躍的発展が起きた。その先駆けとなった、魔法が使えない人でも使える『魔道具』を世界で初めて発明したのが父の孝彦だった。最新かつ高性能な魔道具の開発と販売を売りにした会社を設立、たったの10年で世界市場シェアの70%を占めるような国際的大企業に変貌した。
「孝彦様も似たようなことを朝方仰っていました。やはり子は父に似ますね。」
加藤はスーツを着て絶対繋より暑く感じているはずなのに汗一つも掻かず涼しい顔をしながら苦笑いした。
「余計なお世話じゃい」
俺は窓を閉めてリュックを背負いながら顔をしかめた。
加藤は顔に笑顔を浮かべたまま玄関を開けた。
外に出ると黒いホバーカーが3台とホバーバイクが4台並んでいていつものボディーガードたちがその前で整列していた。
「おはよう皆。今日もよろしくね」
「ボス。この湿気と暑さを何とかしてくれるような魔道具ってないのですか。」
「なぁマルコ。そんな神のような魔道具がもしあったら父さんが導入しないわけないだろう?」
「んにゃ~!!!日本はこの蒸し暑さがなければ最高なのに」
マルコはイタリア育ち、湿気にからっきし弱いのだ。
「ほらマルコ、シャキッとしなさい」
俺のボディーガードの中で唯一女性である乗松がマルコの尻をひっぱたいた。なぜ紅一点って言わないかって?そりゃぁ、2m近くある筋肉ゴリラで他の男のボディーガード達をボコボコにできる怪物をお淑やかな女性って言うには無理がある。目の前で絶対に言えないけど。
マルコは叩かれてジンジンするケツを抑えながら乗松を睨んだが何も言い返さなかった。
(*マルコはボコボコにされた被害者の一人)
「大変そうですね乗松さん」
さっきまでドライバーと車の最終点検をしていた加藤が戻ってくるなり彼女に声を掛けた。
「いえいえ。仕事ですので。」
乗松は頬を少し染め俯きながら答えた。
ボディーガードの中で唯一、加藤だけが単独で乗松に勝て、普通の女性として接していた。自分より強く、自分を普通の女として接してくれる優しさがあり顔も整っている。乗松、32歳独身、この職場で人生初めて恋に落ちた。当の加藤は恋愛に関してだけ天才レベルに鈍感で乗松の好意に全く気付いていない。二人のやり取りは見てるだけでもメシウマなのだ。
「繋様、車に異常ありません。」
乗松がもじもじしてるのに全く気付いていない加藤が真面目に報告した。
「うむ。ご苦労。それじゃ~行きますか」
ニヤニヤしそうな表情筋を精神で必死に抑えながら俺は真顔で頷いた。
俺がホバーカーに乗り込むと加藤を除くボディーガード達は乗松の指示のもとそれぞれの車に乗った。
車が音もなく浮き動き出すと加藤は持っていた鞄の中から折り畳み式小型タブレットを取り出し繋に渡した。
「今日のご予定です。目をお通しください。」
俺は午前から午後までびっしりと埋まっているスケジュールを見て辟易した。
「俺ってまだ中学三年生だよね?」
「孝彦様は社長兼研究所長ですのでかなり忙しくすべての行事に出ることは不可能です。奥様が亡くられて数年、欠席しなければならない行事が多くありました。でも繋様が代行で出席すればすべて解決できるのです。」
繋の母菜緒は7年前飛行機の墜落事故で亡くなった。かなり前の出来事だったが今でも訃報を聞いたときのショックと悲しみを覚えている。
「まぁ私にも責任があるんですがね」
「え」
「繋様に数学、物理、化学とかを教えましたよね。」
「おう、そうだな。クッソ難しい問題ばっかだったなぁ」
「あれ高校や大学で習うやつです。」
「おい」
道理でテストの内容が簡単に感じる訳だ。
「繋様は教えると何でも吸収するので教えることがだんだん無くなって孝彦様に相談しましたところ物凄く喜びまして高校や大学の教材を取り寄せてこれを教えて見ろと」
「お~や~じ~!!!」
「そしたら、時間はかなり掛かりましたが、見事繋様はすべて修得しました。」
ガックリとしながら加藤をジト目で睨んだ
「恨んでやる」
俺がぶつぶつと言うと加藤は申し訳なさそうに肩をすくめた
「これで気が良くなるか分かりませんが、今夜市ヶ谷基地で魔法適正検査を受けてもらうことになってます。」
「本当か!これは楽しみだ!」
俺はこの思いがけないサプライズに驚きつつも期待に胸が膨らんだ。魔法の適性がある人はそこそこにいる、30人に1人ぐらいの割合だ。ただ戦闘で使うような攻撃魔法は魔力消費が激しく、それをポンポン長時間出せるような魔力を貯蓄及び放出出来る魔臓を獲得できる人は極端に少なく5万人に1人の割合にしか現れない。
「加藤?」
「はい、なんでしょうか?」
「魔法をもし使えてたらどんな魔法が使いたかった?」
「あぁ今日は魔法適正の診断日でしたか」
「うん、でどうなの?」
「私はかっこよさそうという理由だけですが炎魔法が使えたらなぁと。」
「へぇ~。」
確かに炎魔法使いは大変人気で、テレビに出てくる魔法使いの多くが炎魔法を使う。
「俺は重力魔法かな」
俺の言葉に加藤は思わず唸った。
「重力魔法は確かに強力ですが制約が大きすぎますよ。」
そう重力魔法は数ある魔法の中で唯一、地球で上級魔法を発動してはならない魔法とされていた。なぜなら制御ミスで一つでっかいブラックホールが出来た時には地球が消滅してしまうからだ。実際に数年前ロシアでとある重力魔法使いの一人が下級魔法の制御を失い一帯の町が術師ごと消滅し半径数キロものクレターが出来たニュースは世界を震撼させた。
「まぁそうだけでもやっぱり一番ロマンがあるじゃん。制約があるほどほかの魔法とは別格の強さがあるってことだよ。」
俺は夜が来るのを待ち遠しくなった。珍しく。