プロローグ part2
2071年 7月
アレクサンドラは中学の修学旅行でホワイトハウスを見学したことがあり、これで二回目の訪問になった。その時はもちろん一般開放されてるところしか見てないが、名前も聞いたことがなかったシチュエーションルームの革の1席に今座っていた。机には大統領を除くアメリカ合衆国国家安全保障会議の錚々たる面々が揃っていた。テディーはアレクサンドラの横で平静を保とうと何回も深呼吸をしていたが額から汗が拭っても拭っても滴っていた。
シチュエーションルームの分厚いドアが開きスーツ姿の黒人が入るとそこにいたみんなが立ちあがって敬礼をした。
「遅れてすまん。定例記者会見が長引いた。」
第61代アメリカ合衆国大統領のマーカス・ダリウスはみんなに座るよう促した
皆が席に着くなか進行役の大統領補佐だけが立ったまま会議を始めた。
「今夜急に決まったこの会議に集まってくれたことにまず感謝する。今回の件はNASAが要望したもので資料を今からお渡しします。」
最初に資料を受け取った海軍大将フュンドルは題名を見てぎろっと補佐官を睨みつけた。
「なんだ、この戯言」
唸り声に近いトーンで言い放った
「少し待ってくださいきちんとブリーフィングをしてもらいますから」
補佐官はテディーとアレクサンドラの方を顎で指した。
「ふん」
資料が行き渡るのを確認した補佐官は話を続けた。
「詳しい説明はそこにいるお二人方にしてもらいますが、先に資料をご覧になって下さい」
そう言われた参加者は資料を読み始めたが進むにつれて大方困惑しているようにアレクサンドラは見えた。なんせ自分もまだ理解しきれていない。
「これは事実なのかね」
ダリウス大統領は読み終えると同時に補佐官に尋ねた。
「その資料を昨日そこにいるセオドア所長から受け取りました。彼がジョークでここまでするような男じゃありませんのでそこにあることは事実かと」
「証拠はあるのか」
CIAのケニング長官は眼鏡を押し上げながらテディーたちを睨みつけた。
テディーは補佐官から目で許可をもらうと
「それでは事の経緯を私と地球外物質研究センターのアレクサンドラ女史で説明させていただきます。」
そこからテディーはNASAがつい先月、暗黒物質の宇宙空間から抽出を目的とした打ち上げを行ったことを説明した。それがなぜか持ち帰る最中なぜか結晶化したので詳しい研究のため地球外物質研究センターに精査をお願いした。そこからアレクサンドラが引き継いで今の研究で結晶について分かっていることを大まかに説明した。
「その結晶に内包されているエネルギーは取り出せるのかアレクサンドラ女史?」
エネルギー省長官は生き生きとしながら聞いてきた
「残念ながら行えた研究は初期段階でして今は不可能ですが理論上内包されているエネルギーはゴルフボール1個大で我が国の電力を一年間賄えるぐらいと考えています」
「実現出来たら凄まじいことだなぁ」
ダリウス大統領は感慨深そうにつぶやいた。
「はい、この結晶が今のところ爆発するような危険なものでないことが一番安心できる点でした。でないと今頃ヒューストンどころかアメリカの南半分が消し飛ばされたかもしれません。」
アレクサンドラの安心できるかどうかもわからないようなこの発言で一気にダリウスは不安になった。
「閣下、この結晶の一番懸念すべき点はこの次なんです。」
テディーが申し訳なさそうにアレクサンドラから話のバトンを受け取った。
「それがこれに書かれていることなのか」
フュンドルが唸りながら訊ねた。
「ご慧眼おそれいります。そうです。原因も確立も不明ですがこの結晶の近くに長時間滞在した一人の研究員が体調不良を訴えたのです。」
「病気の可能性は?」
「未知の病気では絶対ないとは言い切れませんが、彼女はNASAの中では病気に罹らないような類でして一緒に研究していた人たちが経過観察中とは言え何もなかったので」
「その研究員の名前は?」
ケニングCIA長官は資料にペンでメモしながらテディーを見た
「彼女の名はエレオノーラ・バッチェロ。モンタナ生まれでカリフォルニア工科大学で宇宙工学を専攻し次席卒業後2年前うちに就職しました。今は Houston Healthcare Medical centerで治療中です。」
「治療?そんなに悪化したのか?」
「いや彼女自身はその日帰って一夜で回復したのですが問題は彼女の中に起きた変化でした。」
そう言いながらテディーは会議室のスクリーンに複数の画像を載せた
「これらは今年の健康診断で撮られた彼女の腹部CT及びMRIです」
テディーはスクリーンの左側の写真群を指さした。
「でこれが今の彼女の腹部CTとMRIです」
次に右の写真たちを指さした
「ここ当りが胃なのですが違いが解るでしょうか?」
ホロウィッツ国防長官は目を細めてパッと気づいた
「胃の横になんかできてるな」
「そうなんです。2か月前の人間ドックではなかった物体が急に体にできてる」
「胃癌か?」
テディーは頭を横に振った。
「医者曰くこの大きさの胃癌はほとんどないそうです。あと内視鏡検査を行ったそうですが癌は見つからなかったそうです。」
「ではこれはなんだ?」
ホロウィッツ長官は疲れたように写真に手を振った。
「医者たちも困惑していました。そこでミス エレオノーラの許可のもと摘出を試みました」
「なんだ?その言い方じゃ失敗したのか?」
「えぇ、失敗と言えば失敗ですかね。担当の先生は物体の摘出に取り掛かったのですがその周りには血管や神経がつながっていたそうです。まるで臓器のように」
それまで黙っていた金髪碧眼のステイシー副大統領が初めて声を上げた。
「新たな臓器が急にできたとあなたは言いたいの?」
「手術を行った医者たちはそう考えたらしいです。しかも彼らの言葉を借りると“健康”な臓器らしいです。」
「それがどうこれにつながってるんだ」
フュンドル大将が資料を叩いた
「まぁフュンドル君も少し落ち着き給え」
ダリウス大統領は手を机の上で組みながら彼を窘めた
「すみません閣下あと少しで説明が完結しますので」
テディーはフュンドルに申し訳なさそうにしながらも説明を続けた。
「医者たちは命に別状がないことから摘出を辞めて経過観察をすることにして一週間でした。彼女が風呂に入れてもらったときに起きたそうです。私も目の前で見せてもらいましたその時の映像がこちらです。」
スクリーンには病院のベッドの上に30代後半の筋肉質な赤髪の女が膝の上に水いっぱいの桶を置いていた。
「ではエレン見せてください」
映像の中でテディーが頼んだ
エレオノーラakaエレンは頷くと桶に手を掲げて集中し始めた。するとまるで水が生きてるかのようにうねりだした。みんなが息をのんで見ている中、水は頭のいっぱいついた小さい海蛇のような形になった。
「CGではないのか?」
フュンドルは映像を注視しながらも未だに信用しきれていないようだ。
「そんなことしませんよ。なんでしたら彼女が回復しきったら連れてきますよ」
テディーがそう申し出るとダリウス大統領は頷いた
「そうしてくれこれを見ただけではにわかに信じがたい」
「分かりました。来週中には退院できそうなので連れて参ります」
ダリウスは大きくため息をついた
「結論からするとこの結晶がどういう理由か体に新たな臓器を作って魔法なる現象をその人が使えるようになった、で良いのかね。」
「概ねその通りだと」
「それが事実だとしたら公開すべきなのか」
「私は公開に反対です。秘匿すべきです。」
ステイシー副大統領は素早くハッキリと言い切った。その返答の速さにはダリウスも苦笑いをした。
「多くの人たちが見て居りまして周りにこのことを言いふらさないように病院の方に通達したのですが…」
テディーはそこから言葉を濁した
「まぁ隠し通すのは無理だな」
ケニング長官は目をつぶりながら呟いた
「あのぉ~もう一人昨日似た症状の者が私の研究所から出まして緊急搬送されました。」
アレクサンドラはびくびくしながら報告した。
「なんだと!」
ケニングは素早く反応した
「大統領、これからこの報告が事実だという想定で動きましょう。その二人は事実関係の確認も含めうち又は軍の病院に移すべきです。」
そこから今後の対応策の議論が一晩中続いたのは言うまでもない。