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プロローグ 恋愛ドラマの主役の素質

「あの、お一人ですか?」


 美術館の休憩スペース、フランス式の庭園が目玉のこの場所で、噴水近くのベンチに一人座っている美しい女性に男性が静かに声をかけた。


 女性は企画展示の図録から顔を上げ、訝しげに目を細め、そして花が咲いたように笑う。


「いいえ、ちょっと飲み物を買いに行っているけど一緒に来ている人が一人います」


 朗らかに答える女性こと、私の妹、辻本メグミは「そろそろ帰ってくると思うのだけど」と続けてあたりを見回す。

 おそらく向こうからは見えていない。

 すこし離れるとすぐこれだ。


 私が飲み物を買って戻る途中、遠目で妹が男に声をかけられている姿を見つけた。私は、これだからこの子の姉はやめられないと頭の中の白紙のメモ用紙を開きながら、向こうからは見えにくいが、こちらからは様子が見えて、声が聞こえる位置に移動した。


 20代後半、趣味芸術鑑賞、一人で楽しみたいから友人や恋人とはなるべく美術館には一緒に来たくないといいそうな、黒縁眼鏡のすこし地味目の男だ。 


 しかし、この男、服や鞄がブランド物だ。


 この男、オンとオフの切り替えが激しいタイプだ。


 オンタイム、おそらく仕事の時などはきっちりと武装する完璧主義に見えるタイプ。今はオフタイムだろう。


「そうですか、すいません」


「いえ、お互いよい一日を」


 花に誘われる虫のようについ、声をかけてしまったのだろう。男ははっとしたような顔をして頭を下げて去って行った。


 後日再会パターンがあればそれに期待。頭にメモを残し思考を閉じる。


 身なりを軽く整えて、妹のもとへ向かう。


「メグミ、おまたせ、緑茶でよかった?」


「お姉ちゃん、ありがとう」


 私が差し出したペットボトルの緑茶を受けとると、妹はさきほど売店で買った図録の入った袋がなにがあっても濡れないように端に寄せてから、慎重にキャップを開ける。


 5月といってももうすでに後半に差し掛かっていた今日はそこそこに気温が高く、喉が乾いていたのだろう、勢いよく半分ほど飲んでしまった。


「飲んだね、喉乾いてた?」


「うん、ちょっとね」


 そう言ってはにかむ妹は姉の贔屓目なしにかわいい。


「そういえば、さっき男の人が声かけてきたんだけど」


「ん? ナンパ?」


「違うよ、そういう雰囲気じゃなかったし。一人ですか?って聞いてきたから入場者とか調べてたんじゃない?」


「そっか」


 そんなわけあるか。


 ナンパをする雰囲気じゃなかったのは同意するが、私服で入場者を調べる人なんて、ただの不審者だ。そう思いながらも、妹のこの天然さには救われることもあるので、深く話さずに流してしまう。


「メグミ、友だちとの集合時間まであとどれくらい?」


「んーと、あと2時間くらい」


「じゃあ、カフェでお茶でもする?」


「うん、する!」


「今日は誰と会うんだっけ」


「トモキくんとハルちゃんと松本先輩ー、トモキくんとハルちゃんが研究室仲間で松本先輩が研究室OB」


 トモキくんと松本先輩はネタになるだろうか。そんなことを考えながら、妹の友人の話に相槌を打っていく。



 妹は周囲がほっておかないほど美人だ。しかしそれを自覚していない。


 親しくなると、ところどころ大雑把な面が見えてくるが、それがまたいいキャラクターになっていて、さらに人を引き付ける。


 しかし、妹の抜群の見た目の良さ、性格の良さから近寄りがたさもでているのか、はたまた牽制しあうのか、並大抵の男は告白に踏み切ろうとしない。


 自分に自信があって、さらにはあふれる恋心が抑えきれない人が意を決して、ということが多い。


 美人だけど少し性格が雑で、鈍感。


 告白してくる人はもれなく妹のことが大好きで、少なからず自分にも自信があるのだ。


 人として魅力のある人物ばかりで、妹の周りはいつもキラキラとしている。


 まるで、ドラマの登場人物たちのドラマのような恋愛。それの主役になる素質が妹にはある。


 私は、そう考えている。


 ただ、周囲の恋心を、妹が『受け入れること』ができればの話だが。


 妹は告白をすべて断り、そして友人として迎え入れてしまう。


 妹に恋人ができたことはないし、妹が恋愛に興味があると私には考えられなかった。



 フラれていく人々をみて、私は妹とその人々とのあったかもしれない未来に思いをはせる。



 私、辻本ミサトは、フラれて妹の友人となったり、妹のもとを去った人々と、妹を題材にして恋愛小説を書く、小説家である。

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