エロ執事が現れた
私とザキは港町の酒場で酒と飯を前に言い争っていた。
「この旅の目的は何だったかなぁ?」
「私の両親の手掛かりを探す」
「へええ。俺はまた、世界一周タマ潰しの旅、かと思っちまったぜ」
「降りかかる火の粉を払ってるだけだ」
「火に油ぶちまける格好してるくせに?」
旅支度の際、私は母さんが残して行った外出着を着用した。
限界ギリギリのビキニアーマーなので露出は高い。
だが、私と母さんは身長は同じだし、母さんは胸筋で私はバストという差はあれど胸囲は同じなので、伸縮性のあるピチピチソフトレザーは私にもピッタリだ。下も伸縮性があるからサイズは問題無い。
まぁ、平凡顔でも完璧ボディな私を追い回して不埒なナニかを仕掛けてくる野郎は後を絶たないが。
「全部自分で始末してる。ザキに面倒はかけてない」
「あー、お前、引くほど強ぇもんなぁ。まさか防具の上から片手で握り潰されるたぁ被害者どもも想定外だよなー」
「被害者? 強姦未遂の加害者だろ」
「タマ潰しのアンナ怖ぇー」
ここまでの道みち不埒者を征伐しながら来たら、妙な二つ名が付いた。
征伐のついでに慰謝料も巻き上げながら来たから、路銀は潤沢にある。
何が不満なのかネチネチ嫌味を放つザキを無視して、私は酒を追加した。
両親の手掛かりを求めるにしても、ここから何処行きの船に乗ればいいのか分からない。
とりあえず最寄りの島国に向かえばいいのか、こことは別の大陸を目指すのか。
方針を決めるために、二日ほど港町に宿を取って滞在している。
「その輝く肌と完璧なプロポーション、アンナお嬢様ではありませんか?」
追加の酒を飲み干すと、背後から甘ったるい声がした。男の声で、蠱惑的な美声と呼べるレベルのもの。
私が気配を読めなかった。警戒態勢に入る。下手に振り返るのもヤバい気がする。
正面に座るザキも双剣を瞬時に抜ける手の位置で剣呑な目を私の背後に向けている。
「おやおや、物騒な気配ですねぇ。私はアンナお嬢様に危害を加えたりはしませんのに」
声の主はクスリと笑うと、濃密な甘い匂いと共に、私達のテーブルに着いた。
ザキも私も仕掛けられない。この男には隙が無いのだ。
「私はアンナお嬢様の父上の元同僚ですよ。執事のセバスチャンと申します。アンナお嬢様をお迎えに上がりました」
にっこり。男が笑う。ゆるく波打つ紫色の髪を首の横で一つにまとめ、少し垂れ気味の桃色の瞳を三日月形に細めている。着ているのは上等な執事服。すれ違えば十人中十人が振り返って印象に残す、女ならすれ違うだけで孕みそうな美形。
要は、超絶エロエロイケメンだ。
父さんでその手の美形に耐性があるので堕ちはしないが、誰が見たってヤバい色気まみれ野郎が、多分媚薬系の匂いを発散させてイヤラシイ手つきで手を握って来たら、まぁビビる。
襲われ慣れてはいるが、撃退出来なかったことが無いので、ここまでされると脳の処理が追いつかない。
「おや。あの男の細胞を受け継いでいるのに随分と初心な反応ですねぇ。アンナお嬢様は本当に可愛らしい」
なでなでなで。全世界の痴漢が師匠と仰ぐであろうゾワゾワする手つきで胡散臭い執事が私の手の甲から肘までを撫で回した。振り払いたいが、握った方の片手で動きが封じられている。
と、テーブルに双剣の片方が突き立てられ、エロい手が私から離れた。
「てめぇ、人間じゃねぇな」
助けてもらったのはありがたいが、ザキがまた大人として恥ずかしいことを大真面目に言い出す。
「私とアンナお嬢様の親睦を深める邪魔をしないでいただけますか」
「セクハラにしか見えねぇ。竿切り落とすぞ」
「貴方に出来ますかねぇ。急ごしらえの」
エロ執事が言い終わる前にザキが動いた。
私には見えたが、人知を超えたスピードでザキがエロ執事の股間を双剣で薙いだ瞬間、エロ執事が消えザキの背後に現れる。ザキが右手を背後に振り上げると、エロ執事がザキの左手首を掴んで剣をザキ自身の股間に突き付けた。
酒場の中の人間誰にも見えないような高レベルの白熱した戦闘だが、何故どっちも狙いが股間。
「野蛮ですねぇ。友好的な話し合いが出来ないんですか? 私は男に密着する嗜好はありません」
パッとエロ執事はザキを放すと、避ける間もなく私を抱きしめやがった。香水、ではないな。体臭が甘いんだ。コイツ。
「男になんか触ってしまったので口直しです」
悪びれもせず抱きしめているが、抱擁の姿勢のくせに拘束だ。動けない。
「離せ、エロ執事。お前、臭い」
「名前は呼んでいただけないのですねぇ。偽名なので構いませんが」
偽名かよ。
コイツ、父さんの元同僚とか言ってたな。どんな職場か分からないが、ロクな所じゃなさそうだ。父さんと何となく性格の歪み方が似てる。
「ここは人目があるので移動しましょう。双剣使いも、来たければついて来て構いませんよ」
言うなりエロ執事は私を抱き上げた。長身とは言え細身なのに馬鹿力だ。片腕は私の首に回されているから逃げられない。
「タマ潰しのアンナを攫う男がいるなんて!」
不本意なざわめきが溢れる酒場を後にして、私は人目の無い場所へと攫われた。