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作物泥棒からランクアップ

「何しに来た。作物泥棒」

「へぇ。本当に店やってたんだな」


 やはりコイツは化け物だったか。

 ハーブ畑の追撃を躱し、開店した私のカフェに入り込むと、カウンター席に座って店内を不躾に見回す。


「カネ払って商品注文すりゃ客だろ。メニューの上から順番に出せ。スペシャルメニュー以外な」

「材料が食虫植物だから飲めないとか、ドコの貴族令嬢だ。ヘタレが」

「言っとくがアレは食虫植物じゃねぇぞ」

「当然。ソフィアたん達はただの食虫植物じゃない。珍しいハーブだ」

「自称ハーブな」


 どくだみ茶を飲みながら泥棒から客に大幅ランクアップした筋肉野郎がほざく。

 前金でうちの一日の売上以上に払ってなければ叩き出すところだ。


「お前の親、海に沈んだって話だが、死んだのか?」

「嵐で船はバラバラ。しばらくは、たまに沖から船乗りの服が巻き付いた人体の一部も流れついてた。生存者がいたという話は聞かない」

「引っ越し先の下見だったよな。何処だ?」

「さあ。海の向こうとしか聞いてない。私が20歳になったら、ここで稼いだカネを元手に、新しい土地で今より豊かな生活をするんだ。と父さんはよく言っていた」

「お前の両親は何者だ? お前、喋り方は女らしくねぇが語彙が貧民じゃねぇ。字も書けるしな」


 メニューを太い指で叩く筋肉野郎が、赤銅色の長い前髪の隙間から藍色の凶悪な目を眇めて訊く。

 さっきから質問ばかりだ。私が片眉を上げて無言で見下ろすと、メニューの上に金貨を置いてこちらに押して寄越した。


「俺は世界中を回ってるが、知らない土地で気になることがあれば気が済むまで知りたい性分だ。俺の好奇心を満たす度に追加を払う」


 有り体に言って信用ならないのは分かる。

 けど、両親は引っ越し先の下見ついでに生活の土台を整えて来ると言って、全財産を持って出た。両親と一緒にソレも海の藻屑だ。

 店で出すメニューの元手はタダだが、私の生活は売上次第。

 貧民街だからカネを払ってまで茶を飲む習慣など有るはずもなく、稼げないほど痛みや苦しみがキツくなってから、ナケナシのヘソクリを握り締めて来るのがこの店の客層だ。

 満員御礼とか常連とかは縁も無く、むしろ両親の遺言で看板すら出してないせいか、再来する客なんていない。

 その状況で出された金貨。今の生活レベルなら、かなり長く暮らせる。

 私は金貨を指で摘んだ。


「私は生まれも育ちもここだ。両親は私が生まれてから、この店を始めた。それ以前に何をしてたかは知らない。私の喋り方は母さん譲りだ。父さんは女の子らしくすればいいのにと言ってたけど、私は父さんみたいな美人じゃないし、シナ作って喋るのは気色悪い」

「美人て、父親にする表現かよ」

「本当に美人だったんだ。あれ以上綺麗な人は、この世にいない」


 父さんは、本当に本当に、有り得ないくらいの美人だった。

 性別は、しっかりバッチリ男だったけど、艶々サラサラのお日様色の金髪と深い森みたいな妖しく光る濃い緑の瞳は完璧な組み合わせ。どんな夢の王子様も敵わない高貴な形の鼻。日に焼けない真っ白な肌には全身探しても傷もホクロも無かった。無意識に目が吸い寄せられる花びらみたいな唇からは、心地よい子守歌のような永遠に聞いていたい美声が紡がれる。

 生まれた時から見慣れている実の娘の評価でコレ。当然私は父さんに妙な気を起こしたこともない。血の繋がった娘からの客観的評価でコレ。


 お陰で父さんは、早朝に森にハーブを採取に行く以外は、自宅から出ることは無かった。

 老若男女問わず、父さんに引っ掛かるから。

 父さんは母さんにベタ惚れで、私のことは大切にはしてたけど、家族以外の人間に興味の無い人だった。

 だから、外に出て他人と関わるという欲求も無かったようだ。

 二度と帰らなくなるあの日の出立も、真っ暗な夜明け前に、黒いフードを目深に被っていた。母さんは、いつも通り露出マックスな動きやすい格好だったっけ。


「お前は母親似か」


 失礼な断定をされて口を結ぶと、男はカウンターに金貨一枚を乗せてこちらに指で弾く。

 私は二枚目の金貨を摘んだ。


「髪の色と大まかな顔の造作は。髪の質と顔の面影くらいなら父さんにも似てる。瞳の色は両親とも緑だったから、私の色は二人の中間の濃さ。体は多分、父さんに似た」


 私の髪は平凡な茶色だが艶々サラサラ。瞳の色は父さんみたいに濃くはなく、母さんみたいに薄くもない緑色。顔立ちは母さん譲りの十人並みだけど、たまに角度によって父さんにも似てる。

 だから、パッと見人混みに紛れたら二度と分からなくなる印象の薄さのはずなんだけど。困ったことに体が父さん似。でも体が男性ということじゃない。

 顔は母さん似で十人並みなのに体が完璧ナイスバディなのだ。

 しかも、全身の肌が父さん似だから、貧乏で手入れなどしたことも無いのに輝くほど真っ白。日焼けもしない。


「あー、なるほど。その体に見合う絶世の美貌。まぁ、所詮野郎か。お前は女だよな? 貧民街でその体でよく生きてられるな。強力な後ろ盾でも居るのか?」

「そんなものいない。身を守る術は母さんから教わった」


 小さな頃は、私はもっと父さん似だったらしい。その頃は危険だからと、外には出してもらえなかった。

 段々顔立ちが母さん寄りになって来ると、森へ連れて行ってもらったり、母さんと体を鍛えたりするようになった。

 成長期に入ると、治安の悪い街だけあって、男に襲われるのは日常茶飯事だったが、母さんが蹴散らしてくれた。

 成長期も終わり、今の完璧ナイスバディになった頃には、私をどうこう出来る男などこの街には存在しなくなっていた。


 顔が母さん似なら、体も母さんに似て筋肉質で怪力だったら、もっと大っぴらに稼げたんだけど。

 肉が食べたいと強請ると、素手で熊を絞めて担いで帰って来る豪快な人だった。

 美人な父さんを守るパワフルな母さん。あの二人が一緒に大人しく海に沈んだとは、今でも信じられない。

 父さんなら死神すら籠絡できそうだし、母さんは殺しても死なない気がする。


「その非常識な身のこなしは母親が教えたのか。お前の両親はお前にそれぞれ何を教えた?」


 金貨がまた一枚弾かれた。

 失礼な物言いだが、カネは欲しい。私は三枚目を摘んだ。


「父さんは、読み書きや計算、植物の知識やハーブティーの淹れ方。母さんは、体の鍛え方や身の守り方」

「ハーブ、ねぇ。ところで、お前の両親は人間か?」

「他の何だと。童話ごっこも大概にしろ」


 たしかに父さんは天使か妖精のように美しかったし、母さんは神話の戦神のように強かったけど、物語は空想上のもの。現実には、人間の形の生き物は人間しか存在しない。

 男は更に金貨を弾く。


「お前、名前は?」

「アンナ」


 四枚目を摘んで一言答えると、すぐに次が弾かれた。


「俺のことはザキと呼べ」

「ザキ。これでいいか」

「ああ。物は相談だが、アンナ。宿代金貨五枚払うから、お前の家に泊めろ」


 ジャラ。とカウンターに金貨が並べられる。

 ザキは悪人面で善からぬことを企んでいるのを隠す気も無いようだ。

 厄介なことが起きるのは簡単に想像出来るが、どうせ食うや食わずの極貧な天涯孤独の身の上だ。

 一気に大金が手に入るなら、やってみたいと考えていたこともある。


「両親の寝室を貸してやる」


 私は並んだ金貨を掌に集めた。

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