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ハーブ畑の作物泥棒

 私はアンナ。21歳。両親が遺した小さなカフェを営む普通の女の子。

 まぁ、生まれも育ちも貧民街だから、継いだ店も貧民街に在るカフェとは名ばかりのボロ小屋だし、メニューは元手がタダのハーブティーばかり。

 だけど、病院なんて無いし薬なんて買えない貧民街の皆さまには、私が森で摘んで来る野草で淹れたハーブティーは手の届く唯一の治療方法。

 そして、少しばかり上乗せすれば、もっと効果の高いスペシャルメニューが飲める。

 スペシャルメニューの材料は、森の奥にこっそり作り上げたハーブ畑で栽培している。畑は父さんが遺してくれた。


 そんな大事な大事な私のハーブ畑に、今日必要な分を収穫に来たら、数年ぶりに作物泥棒が居た。

 黒ずくめのムキムキな大男で腰には双剣。人相も悪いし如何にも犯罪者だ。

 ハーブ畑のトップレディである大きめ食虫植物のソフィアたんに捕まっている。泥棒だから自業自得以外の何物でもない。

 父さんが言っていた。このハーブ畑のハーブ達は、食虫植物だから、たまに近寄る生き物を捕食する。けど、こんな森深くにまともな人間なんて来ないから、人間が捕まっていたらソレは作物泥棒だ。危ないから、ハーブ達がしっかり消化するまでは近づいてはいけないよ。


 畑の様子を見ると、泥棒が真っ先に狙ったのはソフィアたんだったようで、他に被害は無いようだ。地面に数本、ソフィアたんの蔓が落ちている。

 父さんの話では、ここで栽培しているハーブ達は大変珍しい品種で、知る人ぞ知る一獲千金のネタらしい。だから、悪い金持ちが悪い人を雇って盗みに来る。ハーブ畑の主だと知られたら命が危ないから、畑の存在は秘密だし、ハーブティーも大々的に売り出してはいけない。

 私はきちんと言いつけを守って生きている。


 おや、畑を抜け出して散歩に行っていたお転婆なビクトリアたんが戻って来たようだ。

 久々の作物泥棒は存外しぶとく、消化される気配がまるで無い。

 畑の定位置に戻ろうとするビクトリアたんが視界に入ると、凶悪な人相を更に歪めて渾身の力でソフィアたんを振り解き、腰の剣ではなくて革袋を掴んだ。

 作物泥棒が革袋の中身を畑にぶちまけようとする。知ってる臭いに私は父さんの言いつけを破った。


「人様の畑に除草剤ぶちまけようとは最低の作物泥棒だな!」

「はあっ?! お前誰だ?! 何処から現れた?!」


 作物泥棒の死角で気配を消して見守っていた私は、除草剤をぶちまけられる前に全速力で革袋を取り上げた。


「泥棒に名乗る名は無い。うちの畑のハーブを盗むだけでは飽き足らず、除草剤まで撒こうとするとは、どこまで悪辣な作物泥棒なんだ」

「は? 泥棒? 畑? ハーブ? 除草剤?」


 泥棒がすっとぼける。

 私は収穫用の籠から中和剤を出して、取り上げた革袋に混ぜ除草剤を無力化して畑の外に撒いた。

 小さな丸い粒の中和剤は、父さんがレシピを教えてくれた形見のようなもの。

 頭のいい父さんからは生きるのに必要な知識をもらい、元気者の母さんからは生きるのに必要なスピードとパワーを鍛え上げられ、お陰で天涯孤独の身の上となっても、小娘一人どうにか暮らして行ける。


「お前、一体何をした?! その丸薬は何だ?!」

「除草剤の中和剤だ。残念でしたー」

「除草剤とは何の話だ?」

「しらばっくれるな! 畑の作物を枯らそうとしたくせに!」

「畑だと? さっきから話が噛み合わんな」


 しぶとい作物泥棒は、ソフィアたんを完全に振り解いて私の前に立った。露出狂かと言うくらい服は無残だが体は無傷のようだ。コイツ化け物か?


「俺はザキ。この地に魔物の気配がしたから調査に来た。次に魔界の門が開くのは数十年後のはずだからな」


 訂正。頭のイカレた化け物だった。


「いい年したオッサンが童話ごっこか? 泥棒の言い訳にしてもイタすぎる」

「何も知らないということは、高等教育を受けたことは無いんだな」

「生きるのに必要なことは両親が十分教えてくれた」

「両親にコレが作物だの畑だの教わったのか。両親は何処だ」

「去年、引っ越し先の下見に行くって出てって船ごと海に沈んだ」


 答える必要は無いが、近所の人なら皆知ってることを隠すのも無駄だから、訊かれるままに答える。

 作物泥棒は渋面を作り畑を指差した。


「まさか、コレを食ってんのか?」

「そのままは食べない。ハーブティーにして出す」

「出す?」

「うちのカフェのスペシャルメニューだから」

「何してるんだ! 死ぬだろうが!」

「は? ソフィアたんのお茶は大抵の傷を治すし、ビクトリアたんのお茶は大抵の痛みを無くす。貧民街の住人には高いけど、医者にも薬師にも見放された貧乏人にとって唯一縋れる生き残り方なんだよ!」


 私が怒鳴ると泥棒は益々渋面が酷くなる。

 不愉快になった私は、泥棒が切り落としたソフィアたんの蔓を拾って籠に入れ、ビクトリアたんの花を少しだけ貰った。


「お前、そいつらに襲われないのか」

「自分の畑の作物に襲われるわけ無いだろが。泥棒以外の人間なんか襲われることは無い」

「人間を襲わせるために召喚したんじゃないのか」

「頭イカレてんの? 作物は召喚するもんじゃない。種から育てたに決まってんだろ」

「種だと?!」


 また喚いてる。うるさい。

 イカレた話を聞くのも疲れたし、作物泥棒をどうするかはハーブ達が決めるだろう。

 開店時間も迫って来たし、私は急いで店に戻ることにした。

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