1枚目、『公平なスカウト』
新連載です。ストックがあるので、数日間毎日投稿です。
コンクリートジャングルにある一軒のカフェのテラスで、談笑をしている男女がいた。黒髪短髪、顔はそこそこイケメンの男と、黒髪ショートボブの美女だ。仲睦まじく、二人の距離感は傍目に見ても恋人に見える。そんな二人に近寄る不穏な影を、人に『神』と称される者は見ていた。とある色を司る神はその光景を公平な、冷めた目で見て。次の候補者の魂を呼び寄せる準備を始めた。
自身の運命を知らない彼らは、未だ呑気に談笑をしている。彼らはそんな平穏がいつまでも続くとを事を疑いはしなかった。
◇◇◇
「そうだなぁ、俺はゲームとかで一回しか使えないものは最後まで結局使わずに残してたよ。エリクサーとか紫色のボールとかね」
「私も似たような感じだった。いざ使おうと思っても、『今じゃない!』って感じて、結局最後まで使わないのよね」
彼女は微笑を浮かべて思い出話を語る。その笑顔を見た俺も、つられて笑顔になってしまう。
彼女一年程恋心を抱いていた先輩……桜木 枝垂。俺は彼女とようやく付き合える事になったため、仕事終わりにカフェデートと洒落込んでいた。
俺と彼女は趣味嗜好が似ていたので、カフェのテラスで昔のゲーム談義と興じていた。
彼女と仕事終わりにデートして互いの趣味の話をする。そんな平凡が俺は嬉しい。多分……彼女もそう思ってくれいる。
俺と彼女が付き合うことになった経緯は少し特殊だ。
俺と同期の桔梗という男が法に触れる程の方法を使って彼女に言い寄った。ストーカー化に
私物の窃盗、痴漢行為。本当に……本当に最悪なやつだった。奴は彼女に『傷』をつけた。
奴のせいで彼女は男性に対して少し怖がっている。男性とただ、会話するのは問題ない。キスも……出来る。ただ、そこから先は進めない。生殺しにされているという辛さは少しある。
ただ、何より辛いのは彼女が悲しそうな目をする事だ。それをしようとして震えている自分を見て、悲しい目をする。
何を言って励ましても、彼女はそこに負い目を感じてしまう。だから俺は、それから安易に言葉をかけられていない。
あれ以来、俺と彼女はプラトニックな関係を貫いている。互いに深くは踏み込まないように気を使っている。
「だから俺、使い捨ての商品とかってあんまり買えないんだよね。結局使わないから」
俺の言葉に何度も頷いている彼女がとても可愛い。俺の考えに激しく同意しているようだ。
「……幸せだ」
こっそり、呟いてみる。ラノベとかではこんな言葉は彼女には聞こえないはずなんだけどなぁ。彼女はさっきよりもニコニコしている。
そんな最高の幸せが、いつまでも続くと思っていた。
思って、いたんだ……
「きゃあああああ!!!」
「警察! 警察を呼べぇぇぇぇ!!」
不意に聞こえる悲鳴。明らかにおかしい。急に聞こえてきた事にも違和感を感じる。少なくともここからそう遠くない場所で何かあったようだ。
「何?」
「わからない。でも、ここから離れよう」
幸い、この店は事前にお金を払う形態だ。
「そうね」
そう言って席を立った時、奴は現れたーー
「テメェラ絶対ゆるさねぇ! 俺には残ってない! 残ってねぇんだよぉ!」
ーー包丁を持った。浮浪者のような佇まいをした桔梗が。
何故だろう。彼女の手を引いて逃げる俺の頭はどうでも良いことを考えていた。
いつか読んだ本に書いてあったこと。
『危険なやつから全てを奪ってはいけない。
大切なものを2割ほど残しておけばそれを守るために必死になる。だが、全てを失った者は、守るものがなくなった者は何をしでかすかわからない』と。
今の状態はまさにそれだ。 有り体に言って最悪の状況。
奴が強い恨みを抱いているのはおそらく俺だ。俺が奴を止めれば……俺が盾になれば枝垂は逃げられる。
「うあああああああああ!!!」
だが、桔梗は在ろう事か枝垂に向けて走り出した。異様な速さで。
違う。奴が早いんじゃない。俺が動いていないんだ。
切っ先を向けられた俺の足はさっきまでの様には動かない。刃に対する本能的恐怖が俺の体を止めた。体が重い。
まるでメドゥーサに睨まれて石にされたようだ。
だが、状況は最悪だ。彼女の手を引いて逃げていた為、今の状況では彼女は俺の前にいる。
くそ! だめだ! こんなチンケな理由で彼女を失うわけにはいけない!!
彼女をーー
ーー彼女を! 守れ!
君だけは、生きてくれ
最後に言った言葉は果たして、彼女に届いただろうか。
届いてると、いいな……
今まさに包丁を向けられている彼女の体を突き飛ばす。
彼女の左手を少し切り裂いて、俺の胸に深々と包丁が突き刺さる。骨はあまり役に立たなかったようだ。
「ごふぁっ」
こりゃ、死ぬわ。口から信じられない程の血が出た。
アドレナリンはドバドバだ! 全く、痛くねぇなぁ!
胸から包丁を抜き、桔梗の胸に深々と突き刺す。手の力が入らないから全体重で。
幸い、骨に引っかかることなく突き刺さり、奴は絶命した。
ああーー神さま……この数秒をありがとう……
虚勢が晴れて激しい痛みが襲う。
君だけは……生きて……
俺が霞んだ目で見たのは涙目で自分の首元に包丁の切っ先を向けている彼女の姿だった。
「だ……れか。かの……じょ……を……」
止めてくれ。そこまで言葉を紡ぐ事は出来なかった。
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目を開けた俺がいたのは、アニメではよく見るが、現実ではまず見ない。全てが真っ白の世界だった。
……目が痛くなる世界だ。この後俺は転生でもするのだろうか。少なくとも、三途の川と思われるものは見当たらない。
俺の服装も死んだ時の状況のままだ。胸部に穴が空き、既に赤黒くなった血が染み込んでいるスーツ姿。不思議なことに胸に傷はない。縫い合わせた後もなく、まるで何もなかったかのようだ。ズボンのポケットに手を入れるとスマホもしっかり入っている。起動しても当然圏外だが、俺の目的には関係ない。
俺はスマホのメモアプリを開き、最も古いメモを読む。
……どうやらこれは夢や幻ではなさそうだな。
俺がメモを確認した理由は単純だ。夢や幻の類だとしたら俺の脳はこんな細かい所まで記憶してないだろう。
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お使い
カレールー、人参、じゃがいも、豆腐
週間雑誌
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日付から姉に頼まれたお使いだろうが、こんな事まで俺は覚えていない。どうやら、この現状は現実だと思って行動した方が良さそうだな
スマホをしまい、キョロキョロと周囲を確認していると、俺の正面の空間が歪んだ。なんとなくそう感じた、という曖昧な感覚だがどうやら間違ってはいなかったようだ。
「はじめまして、神羅 隕成さん。私は白の女神です。あなたをスカウトする為に、あなたの魂を呼び止めました。」
俺の目の前に椅子とともに突如現れた自称女神様は、そんな言葉と共に現れた。
「……スカウト? 」
疑問を口に出してしまう。まずいな、気を緩めてた。
「ええ。あなたをスカウトしにきました。そうですねぇ、わかりやすく言うなら『異世界転生しませんか?』」
俺は先ほど現実だと認識しようと決めた。でも、少し難しい。だってこんなの突拍子もなさすぎる。
「色々と気になることはありますが、なぜ私何ですか? 私なんて何処にでもいる普通の人間です。その理由を聞いても?」
「取り敢えず喋りやすい良いかに変えて良いですよ。なぜあなたを選んだかですが、一つづつ説明するので、よく聞いていてください
私達女神が転生する人間を選ぶ条件は『魂の頑丈さ』です。人格を重視することもありますが、どんな聖人君子も転生に耐える事が出来なければ意味がありません。ですから、殺人鬼や人殺しを転生させる事もしばしばあります。貴方も、正当防衛とはいえ殺人者ですしね。
私たち女神にとっては悪人も善人も、信仰心が強い者も弱い者も関係ないです。人間が大好きな『平等、公平』の体現者それが私たちです」
……これも一種の平等なのだろうか。『魂の頑丈さ』という人間には到底理解できない概念でふるいにかけ、残った者のみが権利を得る。
俺はこんなのが平等だとは思いたくない。どんな善人でも魂が脆ければ終わりで、どんな悪人でも魂が頑丈なら二度目の人生を得られる。心情的に納得したくない。二度目の生が幸福だとは限らないが、善人が救われないなんて気に入らない。
でも、殺人者でも良いから俺にもスカウトがかかっている。
……悔しいな。
「召喚者を求める世界は自分の世界の事情を他の世界の者に頼むのです。どの様なものが来ようと文句を言う権利はありませんよ。まぁ、それを勘違いしているお馬鹿さんは稀にいますが。
さて、話を戻します。貴方をスカウトに来た理由は魂の頑丈さだけではありません。
今回の召喚の条件は、日本の首都内で死んだ者、期限は貴方が死ぬ3日前から、四週間以内。
人数は40人以内ですが、おそらく40人フルで行きます。
貴方は幸運でしたね。死んだのが4日前ならそのまま輪廻転生していました」
なるほど、俺は幸運だったのか。いや、幸運だったら今も生きてるはずだからなんとも言えない。
「さらに付け加えるなら先着順なので、死んだのがもっと遅くてもスカウトはかからなかったですね」
俺は本当に幸運なだけの人間のようだ。特別な事で選ばれた訳ではない。最も、もう『漫画の主人公になりたい』なんていう年でもないしな。
そもそも、今の俺は転生しようとは思っていない。まだ異世界の状況や目的を聞いていないしな。判断するのはしっかり情報を集めてからにしよう。
……女神が複数いてこの間にも枠が埋まっていてたら、転生を強く望む者からしたら悪手だろうけど。
「それで、俺の異世界でやるべき事は? また、其れを成すに当たって何らかの能力を得られるのですか?」
「やるべき事は事前には伝えられません。ただ、転生したものは能力を得られます。これは決定事項なので例外はありません。異世界はゲーム模倣型なので、ステータスというシステムがあり、自分の能力を確認する事も出来ます」
やるべき事を伝えず別の世界に行け。というのは少々酷では無いだろうか。ほぼ無いと思うが、最悪生贄や奴隷として召喚される可能性もありうるぞ。これは、俺の代わりは沢山いるという事か。随分と酷い求人広告だ。
「転生の際に何かデメリットはありますか?」
「はい。そうですねぇ、仮に魂の頑丈さに数値をつけるとしたら70以上が候補者となります。しかし、及第点ギリギリの者が完全に転生できるかといえば、そうではありません。
70〜80程の者は恐らく何らかの障害を追います。最悪の場合精神が崩壊しますね」
魂が頑丈で無ければ転生出来ないという事から事は何かしらあると見ていたが、本当にあったようだ。
記憶を持って転生しても精神が壊れたら意味ないと思うのは俺だけか? 俺の転生メーターが『したくない』に傾く。
「最も、それについては安心してください。貴方の数値は90台です。おそらく問題なく転生できます」
「それ、全員に言ってたりします?」
「いえ、期間後半ならまだしも今はまだ候補者の代わりは居ますので」
おおう。後半の方は嘘をつくようだ。いや、俺が騙されている可能性もでかいが。
「私が転生についてお伝え出来ることは以上です」
そうか。やっぱり危険が大きすぎる。もとより俺は一度死んだんだ。
……彼女は、生きているだろうか。誰かが彼女を止めてくれただろうか……いや、彼女が転生候補者なんて言うのは希望的観測すぎる。
……転生、か。
俺の思考が深みにはまっていると、女神は一言呟いた。俺の意思を決定させる一言を。
「たった今、貴方の恋人は転生を選択したようですよ。貴方も候補者であると説明を聞き、転生を選択したようです」
次話は5/12 AM8:00に投稿します。
読んでいただき、本当にありがとうございました。
誤字脱字、矛盾、質問等ございましたらご指摘して頂けると、幸いです。
よろしければこれからも、ご覧ください。