この世界にも悪役?
「「キャーーーーーーーー」」
悲鳴を聞いてアリアは思わず目が覚めた。
昨夜は無事宿屋が見つかり、ベッドで安心して眠ることが出来たアリア。しかし、その安心も束の間、先ほどの悲鳴で起きてしまった。人の悲鳴で起きるなど目覚めが悪いが、魔法少女の性であり本能的に反応してしまう。
眠い目をこすりつつ今の時間を知ろうとして窓辺に向かうと、外が暗かった。
どうやらまだ夜のようだ。
夜の街で物騒なことでもあったのかなぁなどとのんきに考えながら、ゆっくり窓を開けて外を確認した。
ーーそしてすぐに違和感に気づいた。空が赤くなっているのである。
夕焼けや朝焼けのようなきれいな明るさではなく、赤黒い空がひろがっていた。窓の下の通りでは人の声が騒がしい。
「急に空が暗くなったぞー!」
「太陽が飲み込まれちまった!」
そんな叫びが至るところから聞こえる。
ただ事ではない事態が発生していることは寝起きのアリアの脳でも把握することができた。
急いで宿を飛び出し、アリアは街を見て回ることにした。
街はどこも騒ぎになっているようだ。魔法少女の使命としてできることがあるかもしれないという思いが先走り、アリアは思わず街中を駆け回っていた。
街の中央の噴水付近にまで来ると、人集りが出来ているのが見えた。不思議に思い、側にいた人に話を聞くと、噴水の近くに結界のような物が張られており、近寄れないらしい。
結界と聞き、確認する必要があると判断したアリアは、人並みを押し避けて結界に近寄った。
ーーすると結界は波打ち、何故かアリアだけを歓迎するように結界内に吸い込んだ。
「ひぇっ!」
アリアは必死にもがいたが、結界の中に引きずり込まれてしまった。
ーー結界の中に入ったアリア。中は誰もおらず、中央に噴水があるのみ。しかも噴水の上は黒い靄に包まれており、何かがあるのだけは何となく分かるが、少し不気味な雰囲気が漂っていた。
(なにこれ、ちょっと怖い!)
いざ結界内に入れたものの、薄暗い空間に一人だけというのは、かなり心細かった。ぎゅっと身体が強張るのがわかる。
ーーその時、背後から声がした。
「お嬢さん、どうしたの〜?」
突然の声に驚き後ろを振り返ると、ニヤニヤと不吉な笑みを浮かべた一人の青年が立っていた。
青年はどこか不気味な雰囲気を醸し出している。この人物をアリアは一瞬でただ者ではないと判断した。
何故なら、青年は街ですれ違う人々とは違い、特徴のある顔立ちをしていたからだ。中でも目は印象に残りやすく、宝石のような赤い瞳が怪しい輝きを放っている。口は猫のように口角が上がっており、髪は黒に赤色のメッシュが入ったやや短髪で、片側に編み込みが施されていた。
「慌てた顔してどうしたの~?」
アリアが青年を観察しているのを気にも留めず、青年は笑顔のままゆっくりとアリアの周りを軽い足取りで歩き回り始めた。アリアはその不気味にも感じられる笑顔と行動に咄嗟に警戒する。青年の語尾を伸ばすところがまた、不気味さを増していく。怪しいと思いつつも青年に答えてみた。
「あなたも知ってるでしょ?街が真っ暗になってしまって、何が起こったのか知りたいの」
「そうなんだ~大変だねぇ~」
歩き回る足を止める様子もなく、特段大変そうに見えない表情で青年は返事をする。非常に不気味だ。しかも、青年は直後に耳を疑うことをさらりと言い放った。
「このままでは暗黒に飲み込まれて皆消えてしまうねぇ~」
「……なにそれ……? 皆消えちゃう?」
皆が消えてしまうとは一体どういうことか。突然の“消える”との発言にアリアは戸惑う。もし本当ならばなんとかしなければならない。
「なんとかしないと!」
「なんとかしないとね~」
緊急事態にアリアが焦り始める一方で、一向に表情一つ変えない青年。むしろ楽しんでいるとも受け取れそうだ。そんな青年の様子にアリアは何かを知っているように見えた。
「何か……知ってるの?」
ニンマリと微笑む青年の口角が、アリアの質問でさらに上がっていく。
「知ってるも何も~」
すると、さっきまでアリアの周りを歩き回っていたはずの青年の姿が消えた。……と思った瞬間、声は意外な所から聞こえた。
「……それ、僕のせいだから」
——急に背後から耳元で囁きかけてきたのだ。
予期せぬ方向からの声に虫唾が走り、思わずサッと青年から距離を取った。
「あら、意外と俊敏」
青年はこちらの反応を楽しそうに見ている。
「僕のせいってどういうこと?!あなたがやったの?皆消えるってどういうこと?!」
すかさずアリアは青年を問い詰める。
「質問が多いなぁ」
「真面目に答えてよ!」
アリアはややパニックになりつつ声を張り上げた。
めんどくさそうに青年は答える。
「僕のせいは僕のせい。皆消えるのも事実だよ」
青年が嘘をついているようには見えなかった。青年の不気味さを鑑みれば、容易に考えれる。これまで魔法少女として戦ってきたが、ここまで影響の大きいものは初めてだ。アリアは啞然としてしまった。
「なんですって……」
力が抜けて茫然と立ち竦むアリアを横目に、青年はマイペースに話を続ける。
「そんなことよりっ」
青年のとても嬉しそうな顔がアリアに近づく。
「僕、アリアちゃんに会えてとっても嬉しいんだよっ」
青年の手がそっとアリアの頬に触れた。
青年の手の感触に気づいたのか、アリアは我に帰り、咄嗟に青年の手をはらのける。
「急に触らないでくれる?」
軽そうな青年に一喝を入れた。と同時に違和感を感じた。
「……まって、なんで私の名前を知ってるの?」
はた、と青年の動きが止まる。青年は一瞬残念そうな表情を浮かべた。しかし直ぐに元のニヤニヤとした表情に戻るとはぐらかし始めた。
「さて、なんででしょうね〜」
「はぐらかさないで!」
アリアのことを知っている時点で、何か様々な事情を知ってそうだ。
(この人は私のことを何か知っている! 色々聞きたい!)
しかし、アリアが口を開くのを制するように先に青年は話し始めた。
「そんなことより、この暗いの止めないといけないんじゃないの? あと数時間もしたら闇に飲まれるよ?」
アリアは質問するのをグッと堪えた。知りたいことは山ほどあるが、ひとまずこの暗闇の拡大を止めるのが先決だ。後から捕まえて質問攻めにすることに決めた。
「どうしたら闇の拡大がとまるの?」
「教えてほしい? ……もう仕方ないな〜、アリアちゃんの頼みだから教えてあげるっ」
青年はウインクとピースのような謎のポーズを披露した。意味不明なポーズである。
「えっ、何そのポーズ」
ナルシストな雰囲気にアリアは思わず少し引いて固まってしまった。
「ちょっと、引かなくて良いじゃん!」
青年はプンプンと怒る表情を見せた。語尾を引き延ばさないようになり、少し不気味さは消えたものの、怪しさはまだ十分残る。
すると、青年は一か所を指差し始めた。
「簡単だよ、この噴水に浮いてる宝石を壊すだけだよ」
青年が指を差す方向に見上げると、先程まで噴水の上に纏っていた黒い靄は薄まり、赤く輝いた宝石が浮かんでいた。どうやらあれを壊すと闇が消えるらしい。
(あれを壊せば良いのね。でも届かなさそうじゃん!)
直接手が届く高さではない、アリアは近づこうと足を一歩踏み出した。しかし、それを制するかのように青年が腕を広げた。
「でも簡単には壊せないよ」
青年は怪しい笑みを浮かべ、アリアの右手首にあるブレスレットを指差す。
「……なるほど、戦えと言うことね。」
アリアは手首にある変身ブレスレットをおもむろに構えた。
(ここで変身するのちょっと恥ずかしいけど……仕方ないか!)
ーーポーズをとると、ブレスレットはキラキラと輝きだす。
「ジュエル・プリティ・チェーンジ!」
次回、ぶりっ子魔法少女vsぶりっ子悪役? お楽しみに!
(もう一人のキーパーソンが登場しましたね!)