ばれた
ーー辺りはもう暗くなり始めている。
宿に帰ると、いい笑顔のルークが待っていた。
(うわぁ、怒ってそう……)
ルークの帰るタイミングには間に合わなかったようだ。
アリアが宿に着くや否やお説教タイムが始まった。
無理もない、留守番を言いつけたはずの人が宿にいない上に、帰りが遅い。普通に考えれば心配するだろう。
「危ない目に合ったのに、こんな時間までどこに行っていたのですか! 少しは警戒してください」
全くその通りである。
ルークに怒られ、アリアの口調はたどたどしくなる。
「あと……その……外の空気が吸いたいなぁって……」
居ても立っても居られず外に出てしまった上に、見てはいけなかったであろうルークと女性の姿を見て、勝手に落ち込んでその辺でボーっとしてましたなんて口が裂けても言えない。
「外の空気が吸いたいだけでどうしてこんな時間になるのでしょうか?」
ぐうの音も出ない。ここは潔く謝った方がいいだろう。
アリアはしょんぼりとしながら、心の底から反省して謝った。
「……ごめんなさい」
ルークは黙ってアリアを見ている。これは相当怒っている。
「まあまあ、俺も一応様子見てたし大丈夫だったぞ」
そこに、宝石から姿を変えブルーがフォローを入れてくれた。
(ありがとうハムちゃん……)
心の中でめちゃくちゃ感謝するアリア。
その様子を見て呆れたように肩を竦めるルーク。アリアの反省具合を分かってくれたらしい。
「まあ、確かにずっと宿の中では退屈ですよね。反省はされているようなので、今回は大目に見ましょう」
そう言うとルークは宿の中に入るよう促した。
反省しつつも助かったと心底安心するアリアだった。
ーー二人が宿に入ると店主が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「いやぁ、お客さんすまんね。実は急遽部屋が足りなくなってしまって、お二人さん一緒の部屋になってもらわないといけなくなったんだ」
さすが異世界。普通あり得ないのだが、こういうことがたまにあるようだ。
「それは大変ですね。……私は大丈夫です」
ルークは慣れているのか、いとも簡単に承諾をした。しかし、アリアは違う。
ルークと同じ部屋になると知り、少し放心してしまったアリア。気まずいのに同じ部屋になれとは結構なリスクだ。文句を言いたくなるがそんな心の余裕はなかったらしい。
「アリア、私と同じ部屋で大丈夫ですか?」
思考が停止してしまったアリアは、質問を聞いていなかった。
「は、はい!」
むしろ条件反射のように返事をしてしまったのだった。
ーーいざ部屋へ入ると一応配慮はしてくれたらしく、ツインベッドにはしてくれていた。
アリアは一つのベッドに腰かけると、さっそく意識してしまう。
ルークと同じ部屋で一晩過ごすなんて、耐えられるだろうか。昼間の女の人も気になるし、などと様々な悩みが次々とアリアの頭を駆け抜けていく。
「……リア! アリア! 聞いてますか?」
クヨクヨ考えていると、名前を呼ばれていることにも気付かなかったようだ。
「……は、はい!」
やっと気づいたのか、明らかに動揺して返事をしたアリア。ルークはアリアの様子に疑問を抱いたらしく、反対側のベッド座るなり、アリアの顔を覗き込んだ。
「アリア、大丈夫ですか?体調が悪そうに見えるのですが……」
ルークの質問でハッと我に返ると、目いっぱい否定するアリア。
「いえ、そんなことはありません!」
「それか、何か悩んでいるのでしょうか?昨日くらいから様子がおかしいような気がしてしまって」
ルークには普通ではないと感ずかれていたようだ。ルークの心配そうな顔がアリアに向いている。ルークの真っ直ぐな目線にドキッとして、アリアはいたたまれなくなりつい顔を背けてしまう。
「いえ、ほんとに大丈夫ですから!」
めいっぱい否定をするアリアに対し、引かないルーク。
「大丈夫ではないから言っているのです!」
ルークの真剣な顔が一気に近づいた。するとアリアは思わず赤面してしまう。その様子を不審に思ったらしい。
「熱でもあるのですか?」
ルークはアリアの横に座ると、そっとアリアの前髪を手で持ち上げ、自身の額をアリアの額にくっつけた。
「……っ!!!!!!」
ーーアリアはびっくりして息が止まりそうになった。
しかし、ルークは何事もなかったように座り直し、うーんと考えるような仕草をする。
「熱は無いようですね……」
アリアはついに恥ずかしくて俯いてしまった。もう耐えられない。
「いやほんと何にもないので……」
しかし、ルークの詮索は止まらない。疑いのまなざしを向けるルークの顔が再びズイッと近づいてきた。
「アリア、隠し事はしないでください。何があったのです? 私なりに考えてみても、昨日の盗賊の件が余程怖かったにしては今日平気で歩いてたので、そのことではない……となると、他に何があったか分からないのです。何かありましたか?」
さすがルーク。勘が鋭い。
しばらく沈黙が続いた。アリアはルークを直視できなくて、ずっと俯いている。しかし、ルークにじっと見つめられるとアリアの息が本当に止まりそうだ。アリアはついに根負けし、正直に話すことにした。
ーー今日気持ちが晴れなくて出歩いてしまったこと。そして、歩いていたところに女の人といるルークを見てしまい、その人が誰だったのかが気になってしまったことなどを。
ーーするとルークはクスクスと笑い始めた。
「なんだ、そんなことだったのですね。」
そしてなぜか安心したような表情をした。そりゃそうだ、大したことでもない。
「自分が隠し事をされて取り残された感じ……そう、仲間外れに感じたのですか?」
そのようにルークは受け取ったらしい。ルークの反応にアリアが戸惑っていると、ルークの手がふいにアリアの頬に触れた。
「それとも……」
直後、スッとルークの顔がアリアの顔に急接近。
「もしかして嫉妬でもしてくれていたのですか?」
意地悪そうに耳元で言った。
アリアは何も言えなくて魚のように口をパクパクとさせるしかない。
しかし、「まあ、それはないでしょうけど……」とつぶやいた後、ルークは何事もなかったかのように向かいに座るのだった。そして何か準備をし始める。
「早く言ってくださればよかったのに。いいですよ、明日はあなたも連れて行きましょう。」
どうやら、アリアをどこかにつれて行くことに決めたらしい。状況を理解できてないアリアを置いて、一人せっせと準備するルークだった。
ーーその夜は、それ以降お互い何事もなく眠ったが、ルークと同じ部屋にいること、そして寝息などにアリアは気になってしまい、いつもよりソワソワとして寝付くのが遅くなってしまったのだった。
次回、どこに連れてかれるの? お楽しみに!