三話 遅れて知る
あれから一年ほど、私は女の人と一緒に暮らしていた。
小さな家に小さな庭にある小さな畑。
女の人と一緒に野菜を育てて収穫し、町に行って買い物をした。
前世と言っていいのかわからないけど、体験したことのないものばかりでとても充実していた。
特別豪華に暮らしていたわけでもないし、それを望んでもいなかったから。
ただ、貰った淡いピンク色の見たこともないきれいな花が閉じ込められた水晶がワンポイントについたネックレス。それはいつも私の胸元で輝いていて、それがなんとなく嬉しかった。
女の人の名前は聞けなかった。
いつもシマと呼ばれていてたから。
私もシマさんと呼んだ。
シマさんはそう呼ぶと少し悲しそうな顔をしたけどなにも言わなかった。
シマさんとの生活はとても平和で楽しくて、新しいことばかりで、新鮮で、少し大変なこともあるけど本当に幸せだった。
「ねぇ、シマさん。今日はどこに行くの?」
そう聞くと、シマさんは楽しそうに言った。
「今日はね、お祭りなの。だからごちそうを買いに行きましょう。アンの好きなタルトも作ってあげるわ」
私はシマさんの手を握って、家を出た。
いろんな物を買って、少し寄り道をして。
帰り道の途中。
事件は起きた。
ドンッ!
いつの日か覚えのある背中を押される感覚。
倒れ、地面に当たる。
地面が硬くて石に当たったようだ。すごく痛いし、なんだか、血の味がする。
シマさんに呼び掛けようとすると
視界にシマさんが倒れ込んできた。
私に覆い隠すように力強く抱き締めてきた。
「ねえ、シマさん?どうしたの?」
何も見えない。シマさんは何も答えない。
ひどい爆発音と悲鳴が聴こえる。
ひどく恐ろしくなって必死に声をかける。
「シマさん、シマさん!ねぇ、ねえ!」
しばらくして静かになった。
そこで動けるかと確認すると、さっきとは違い簡単に抜け出せた。
しかし、シマさんは動かずそのまま倒れてしまった。
起き上がらない。
「大丈夫?シマさ‥‥」
シマさんの背中に触れた手は赤黒い血に染まっていた。
見知れた、以前私からも流れた血。
シマさんの血はとても冷たい。
シマさんもまるで冬場の水のように冷たい。
一度、これを経験したことがある気がする。
思い出す。
そうだ。前世で経験した。
私はそれを忘れてしまっていた!
なんで、やり直す機会を得ていたのに!
また繰り返してしまった!
もっと早く家に帰っていれば。
家をでなければ!
違う、私が弱かったがばかりに私をかばわせてしまった私が悪い。
私がもっと強かったらこの人を二度も死なせることなどなかったのに。
「ああ」
どこかで身覚えのある女の人?
当たり前だ!前世でも唯一私を愛してくれた人ではないか!
父様が迎えに来るまで私を父様の命令でも守ってくれた人。
辺りを見回す。
そこでようやく私は現状を理解する。
自分がいるのは路地裏。
きっと庇うために私を路地裏に押したんだろう。
シマさんの背には魔術による傷。
シマさんはそのせいで死んでしまった。
家までもうすぐだったのに、
幸せも終わってしまった。
「ああ」
表通りを見る。
そこはもっとひどかった。
地面は抉れ、割れている。馬車は走れないだろう。人も歩けないほどボロボロだ。
息を吸うと、血と煙と火の匂いで蒸せた。
死の匂いだ。
たくさんの人が倒れている。
誰かわからないほど傷だらけの人はましだろう。
体が原型をとどめてないものもある。
自分が死を経験していないあの頃ならば吐いていたかもしれない。
そう、これは地獄だ。
ここにいては行けない。
私にまで死が襲ってくる。
「ああ、あ`ああ`あああ`」
無意識に意味のない声が、吐いた空気が音となって広がる。
それはいつのまにか悲鳴となり、叫びとなって路地裏に木霊した。
早く、早く逃げなければ。
私は無我夢中で走った。
胸元で光っていたことも知らずに。
叫んだ喉は息を吸うだけで痛い。
それでも、近くだったけど息も切れ切れになるほど必死だった。
それでも、周りの声は嫌でもよく耳にはいった。
ここは王都からとても離れた田舎町。
そして祭りというのは今日は建国祭らしい。
そして、この国に滅ぼされた国の生き残りが庶民たちに死者を多数出す暴動を起こしたのだった。
これもあとから思い出した。
そして国は何も対応をしなかったことも覚えている。
記憶が正しく、時間が巻き戻ったのなら。
明日、明日だ。
なぜ、明日なんだ?もっと早く来れば、いや、この事件があったから来るのか。
明日、父様になる人が迎えに来る。
このままでは生きては行けない。
だから父様のことも仕方なく受け入れてあげよう。
倒れ込むように家に入って、自身を抱え込むように抱きしめた。
寒い。
こんなにもこの家は広かっただろうか。
私は明日別れるであろうこの家を見渡す。
前回とは違う結果、そのためには何かしなければいけない。そうでなければ前回とは何も変わらない。
机、棚、タンス、全てをひっくり返してなにかないかを探す。
なにもない。
驚くほど物は少なかった。
だから、重要なものはすぐに見つかった。
シマさんが唯一鍵をかけていた机についたひとつの引き出し。
私はそれを鍵を使って開けた。
シマさんは鍵をかけるのに鍵はすぐわかるところに置いていたから。
引き出しの中には1通の手紙と一冊の本。
色褪せたそれらは一体、いつ用意したものなのだろう。
この事態を悟っていたのだろうか。
たったそれだけだった。
でも、すべてが大事なものということがわかる。
まずは手紙を読もう。
『ヴィヴィアン様へ
これを読んでいる頃にはきっとわたしはあなたのそばにはいないでしょう。
あなたはこれからとある公爵家へ移ることとなります。
貴族は恨みを買いやすい。特に王家の次に偉い公爵家なんて、家のほうが危なかったりします。
だから、安全になるまで田舎でわたしがあなたを守り、育てるはずでしたが、うまくは行かなかったようですね。
あなたは公爵様であるアドルフ様の実子です。
そして、わたしセシリアの実の娘です。
ここで書くのも一緒にいたのに母親として接っせ無かったのにおかしいですが、言わないままだと私が後悔するので書かさせてもらいました。
この手紙と一緒においてあるものについて説明します。
それらすべてはあなたの魔力に反応するようになっているのでもし、他の人が本やこの手紙を開いても白紙に見えるようにしています。ネックレスの本来の力も使えません。
本にはこれまでわたしが知りうるすべての役に立つことが書いてあります。
ぜひ、活用してください。
あなたに昔、渡したそのネックレスはわたしの実家に代々伝わる水晶を加工したもので、効力は時の止まった空間を開くことができます。神の時代の奇跡の集大成の魔法です。その空間はとても便利なので肌身離さずにいてください。きっとあなたの役に立ちます。
ちなみに空間の広さは虚数空間のようなものです。
頑張って幸せになってください。
愛しています。
わたしの愛しの娘アンの母シマより』
育ての親ではなかった。
本当の親だった。薄々わかっていたけど。
嬉しい。いたんだ、わたしにもお母様がいたんだ。
形見のようなネックレスを胸に抱いてそう、思えた。