歓迎、輝く庭へ
庭園への入口が開くと、そこにはヨルムンガンドが立っていた。
「あれ、ルイじゃん。」
「こんにちは、ヨル。」
真面目に挨拶をしただけなのにも関わらず、ヨルムンガンドはルイの頭を撫でる。
困惑の表情を浮かべるルイを見て、彼は吹き出した。
またからかわれたのかと思ったルイは、跳ね除けるようにヨルムンガンドを追い越した。
「あ、ちょっと待てよ。悪かったって。」
「僕で遊んだ自覚はあるんだ。」
「遊んでないって、おまえと仲良くなりたかったの。」
振り返るルイに、ヨルムンガンドは降参とでも言うように両手を上にあげた。
「ちょっと俺に着いてきてくれない?ルイと仲良くなりたいって思ってんのは、俺だけじゃないから。」
彼の軽すぎる言動には、信憑性の欠片もない。ルイは一定の距離を保ちながら彼の後をついていった。
どうやら庭園の中心部に向かっているらしいが、自分より大分身長が高いヨルムンガンドを前にしているせいで、どこに案内されているのかさっぱりであった。
「連れてきたぞー。」
ヨルが声を上げた直後、数名分の足音が聞こえた。
目の前の影が無くなったため顔を上げてみると、そこには先程出会った少年たちが勢ぞろいしていた。
「もう、探したんだから!」
頬を膨らませながら、ヘルがルイに近づいてくる。
状況を飲み込めていないルイは、その場に立ち尽くすことしかできない。
「こっちに来て。今日はあなたのためにパーティを準備したのよ!」
自分より少々細めの柔らかい手に引かれ、ルイは案内されるがままに席に座った。
六人も各々の椅子に座り、所謂誕生日席に座ったルイに顔を向けた。
そして、ヘルの合図で一斉に息を吸う。
「僕らの庭にいらっしゃい!」
吐き出された言葉は、〈歓迎〉だった。
驚愕しているルイに、周囲からジュースやら食べ物やらが渡された。
不思議そうに思ったのか、歳下組が目の前に手を置いてみたり肩を揺らしてみたりと、あらゆる方法を試してみる。
しかしそれを止めたのは、スルトだった。
「お前ら、わちゃわちゃしすぎだ。ルイ、大丈夫か?」
「え、あぁ、うん。」
眉を下げながら、スルトは笑う。
「うちの弟たちが驚かせて悪いな。今まで一番年下だったのに、自分より下が来たからって張り切っちまって。皆ルイと仲良くなりたいだけなんだ、俺含めてな。」
「なか、よく…」
ルイは下がりそうになった目線を慌てて上げる。
「ありがとう。これ、食べていいの?」
「もちろん!」
全力の笑顔で、全員が頷いた。
ルイが食べたのを見届けてから、六人も食事に手をつけ始める。
「ルイはどこから来たんだ?」
話の皮切りをしたのは、いち早くフレイのスープを飲み干したテュールだった。
「アースガルズの、第十四区域から。」
「え、十四!?」
その場にいた全員が、昨日のフェンリルと同様の驚き方をする。
「なんか、意外。」
ぽつりと呟くヨルムンガンドに、ルイは首をかしげる。
「十四地区って、電気とか何もないんでしょ?もっとマッチョの人があそこに住んでるんだと思ってた。」
ルイの体を改めて見回しながら、ヘルは不思議そうに自身の顎に手を当てた。
「狩りとかはしてたけど…僕元々筋肉がつきにくい体質だから。」
「狩り!?」
全員の目が再び見開かれる。
「え、狩りってあれか?槍とかそういうので動物と闘うやつか?」
「まぁあながち間違ってはいないけど…そんなに驚くこと?」
フェンリルを筆頭に、全員が大きく頷く。
「俺牛とか熊とかに勝てる気しねえもん。」
そう言いながら、ヨルムンガンドはクッキーに手を伸ばす。
「こういう食事もしたことが無いってことか?」
スルトがテーブルの上を手で差しながら聞くと、ルイはその通りだと頷いてみせた。
「毎日獲ってきたものがご飯になるから、こういうのは本でしか見たことない。だから、正直なところ少し戸惑ってる。」
六人は視線を通わせ、空になっていたルイの皿にテーブル上に置かれた全ての料理を丁寧に盛り付け、そっと元の場所へと戻した。
「こんな程度のものしか作れなくて申し訳ないんだけど、たくさん食べて。明日も明後日も、いつでも作ってあげるから。」
優しく微笑むフレイに、礼を述べて、ルイは再びフォークに手を伸ばした。
昼食のはずであったが、気が付けば夕陽が姿を消そうとしていた。
「まだ話し足りないかもしれないが、今日はもうお開きにするぞ。」
スルトのその一声がなければ、まだこの会は続けられていただろう。
不満そうな弟たちをどうにか説得している。
「そうだ、今日私と一緒に寝る?」
ヘルのその提案に、フェンリル以下全員が乗った。
自分と寝ればいいと主張ばかりを繰り返す弟たちに、ヨルムンガンドは自身の頭を掻いた。
「いっそのこと全員で寝れば?」
妹弟共に、今度はその言葉に沸いた。
同意を求められたが、どこか申し訳なさそうにルイは口を開いた。
「誰かと一緒に寝た経験が無いから、その…たぶん僕緊張して眠れないと思う。」
明らかに寂しそうな表情をしたところで、スルトがルイ以外全員の頭を軽く叩いた。
「そんなことしたら、ルイだけじゃなくてお前たちも寝れなくなるから却下だ。明日もあるんだ、今日は諦めて休むこと。いいな?」
「そうだ、じゃあ明日は全員で訓練場に行こうぜ。」
フェンリルの誘いを断る者はいなかった。
「まだ神器の使い方知らねえんだろ?俺らが教えてやるよ。」
「ありがとう、それは助かる。」
鈴獰の真似をして解散と告げたフェンリルに笑いながら、スルトとルイを残して少年たちはそれぞれの家に戻っていった。
「どうした?ルイも早く休め。」
「これ、片付けなきゃ。スルトが一人でやるつもりだったんでしょ。」
ルイはスルトの顔を見ながら、テーブルを指す。
一瞬目を見開いたスルトだったが、再び眉を下げて笑った。
「ばれてたか。手伝ってくれるのか?」
「されるだけっていうのは、ちょっと性に合わないから。」
「ありがとう、じゃあ頼む。」
こういった食事会は決まった時に行われるものではなく、普段から全員の時間が合えば執り行っているものだそうで、弟たちが料理やセッティングをしてくれる代わりに、自分は全ての片付けを受け持っているらしい。
「俺はこういったのはセンスが無くてな。あいつらが一番嫌がる後片付けくらいしかできねえんだ。」
「それも大事なことだと思う。周りがやりたがらないことをやろうとするのは、誰にでもできることじゃない。」
「まさか四も下の弟に励まされるとはな。」
〈弟〉その言葉に、ルイはスルトを見上げる。
「血も繋がってないのに、兄弟?」
ルイの素直すぎる問いに、スルトは食器を洗う手を止めた。
「俺たちはこの庭で一緒に生活をしてるんだ。皆選んだわけでもないのに崇拝される立場にいる。俺も、お前もな。」
流れる水を止め、スルトは空を見上げた。いつの間にか闇が広がり、無数の光が顔をのぞかせ始めている。
「人間ってのは、何か一つ縋るものがないと立っていられない。そしてその対象となるものが近くに存在していたら、誰しも頼らざるを得なくなる。それが俺たちだ。」
「神…」
「とは言え名ばかりだけどな。実際俺たちだって、何も持っていなければただの人間だ。寿命だってある。それでも俺たちは神にならなきゃいけない。じゃあ俺たちは何に縋ればいい?」
その答えに悩むルイを見て、スルトは軽く声を出して笑った。
「俺も悩んだよ。神様だから何にも頼るべきじゃないとも思った。でもそれじゃあガタがくる。結果俺は、その境遇に置かれた俺たち同士で縋り合おうと考えたんだ。」
「縋り合う…お互いに?」
「守り合う、頼り合うと言った方が正しいかもな。自分たち以上に強大な何かがあればそいつに縋れるのかもしれないが、現時点では無理だろう。だから互いに守り合うんだ、家族みたいにな。」
乾いた大きな右手で、ルイの頭は覆われた。
「ルイももう、俺たち全員の弟だよ。家族であり、友人だ。今後はどんな些細なことでもいいから頼ること。いいな?」
ルイは頷くことはできなかった。その代わりに、再び食器を拭き始める。
そこから少しの間だけ他愛のない会話をし、夜が更け切る前に別れを告げた。




