対面、二人の少年
そうと決まったが早く、鈴獰はルイを連れて先程のエレベーターに戻り、更に上の二十の数字を押した。
到着の合図と共に扉が開かれると、そこには植物と年季を感じる建物がいくつも建てられた庭園が現れた。
「こっちだ。」
鈴獰に着いていくつかの建物を通り過ぎると、ある一つの建物の前で彼は足を止めた。
扉の横には、木の板に〈TOR〉と掘られた看板らしきものが飾られている。
「ここが今日から君の住居だよ。」
木で作られたルイにしては少々大きめの扉を開けると、白い壁に木材を基調とした家具が並べられた、なんとも言えぬ温かみを感じさせる風景が広がっていた。
ロフトの上は寝室となっているようだ。
台所にテーブル、椅子や階段まで綺麗に掃除こそされているが、どことなくしよう形跡が見られるあたりも、さらに温もりを感じさせる要因となっていた。
「ここは歴代のトールの家だ。この庭園は主にここに住む神々しか入ることを許されていない。私とライアスは君たちの世話係に任命されているから、特別に入る許可を得ているというだけなんだ。どうかな、気に入ってもらえると幸いなんだが。」
「たぶん、これから慣れていくとは思う。あの階段は上に繋がってるの?」
「あぁ、この家の屋上に繋がっているよ。後で行ってみるといい。」
今日はこれ以上は何も聞かれないだろう。そう察した鈴獰は別れの挨拶を告げようとした。
「あの。」
しかし、ルイにはもう一つ、今聞いておきたいことがあった。
「僕はこの鎚でラグナロクに参加しないといけないの?」
「つまり、どういうことだい?」
ルイは、肩から弓矢を外した。
「戦わないといけないなら、せめてこれがいい。」
母が作ってくれた、思い出のものだった。
「…分かった、相談してみよう。一度ミョルニルと、その弓矢を借りていいかい?すぐに返すよ。」
ルイは少々気が引けたが、信頼できるはずと信じ、鈴獰にそれらを預けた。
「今日は色々あって疲れただろう。疲れさせてしまった原因はこちら側にあって大変申し訳ないが、後はゆっくり休んでくれ。また明日、ユグドラシルやアースガルズを案内しに来るよ。食事はどうする?何かあれば持ってくるが。」
「いや、自分で何とかするからいい。」
そうか。鈴獰は軽く手を振り、その場を後にした。
ルイはロフトに上り、皺なく敷かれた布団のあるベッドに倒れ込んだ。
あまりに目まぐるしい誕生日だった。
喪失と出会いが同時に来られると、きっと誰しも困惑を超えて冷静になるのだろう。今のルイがそれだった。
全てを洗い流しはしたが、短時間でここまで冷静な自分に戻れるとは思ってもみなかった。
寂しい気もしたが、望みを叶える一歩を踏み出せたかと思うと、少々成長したような気持ちにもなった。
緊張が一気に解れたせいか、ルイは気がつかない内に意識を手放していたらしい。
扉をノックする音で目を覚ましたとき、窓の外は暗くなっていた。
目を擦りながら扉を開けると、そこには二人の少年が立っていた。
見たところ、どちらも自分より身長が高く、少々年上に見える。
「君がトール?僕はフレイ。さっき鈴獰が連れてきたのを見て、挨拶に来たんだ。」
右側の背の高い金髪の少年が先に声を発した。ルイとの共通点と言えば、肌が異常に白いという点だった。
「俺はフェンリル。歳は十六。言ってなかったが、フレイは十五だ。よろしくな。」
左側に立つ茶髪の少年は、口調にどこか素っ気無さを感じるが、笑顔を見るあたり人懐っこい性格ではあるのだろう。
「僕は、ルイ。鈴獰にも言ったけど、僕のことはルイって呼んでほしい。」
二人はどこか驚いた様子で顔を見合わせたが、すぐにルイに直り、頷いた。
「ルイ、ご飯食べた?」
「いや、まだ。さっきまで寝てたから。」
「じゃあ一緒に食おうぜ。こいつ料理うまいから。」
「そうやって僕のハードル勝手に上げるのやめてよね。」
この二人の仲の良さが、会話の節々から伝わってくる。
母親以外の人間と会話したことのないルイにとってはあまりに新鮮で、逆についていけない部分もあった。
言われるがままフレイの家へと案内された。
それは、ルイの家から三軒挟んで隣の家であった。
「ちょうどシチューを作ってる途中だったんだ。突然フェンリルが行くぞっていうもんだから。もう少し座って待ってもらえる?」
促されるまま椅子に座らされる。
フレイが台所に向かっている間、ルイはフェンリルにある意味捕まっていた。
「お前、出身は?」
「アースガルズ第十四地区って言ってた。」
「十四!?まじかよ、あそこ何も無いって噂で聞いたぞ。」
「沢山あるよ。牛も鹿も、兎だっているし、水も雨水を井戸に溜めれたし、畑で野菜だって作ってた。」
〈何も無い〉という言葉に反発したようなルイに驚いたのか引いたのか、フェンリルは十四地区についてさらに追求することはしなかった。
「俺は第八地区出身なんだ。十四地区は見たことねえけど、俺のとこは基本コンクリート作りだったぜ。ほとんど自動すぎて飽きるくらいな。」
「そうなんだ。」
「面白いとこなんかなんも無かったぜ。そういやお前、鈴獰にどこまで説明受けたんだ?」
「この世界のことと、ラグナロクについてが殆ど。」
「え、その説明って今初めてされたの?」
盆に三人分のシチューと水の入ったコップを乗せてきたフレイが、驚いたように問いかけた。
フェンリルも口を開けている。
「二人はここに来る前から知ってたってこと?」
「知ってたも何も、そのための親だろ。」
「僕も物心着いた頃から、母親に聞かされてたよ。」
今度はルイが驚いた。自分の今までの生活が普通のものだと思っていたことが、どうやら普通ではなかったらしい。
「僕の母さんは、そんなこと一言も教えてくれなかった。」
「じゃあ、良いお母さんに当たったんだね。」
〈当たった〉。そう表現するフレイに、ルイは違和感を感じた。
「当たったって、どういうこと?」
「俺らが育ての親と血が繋がってるわけないだろ。産まれてすぐに実験体にされたようなもんだからな。あの親は、ただ育てるために選出されたってだけだ。」
ルイが昔からどこかで分かってはいたが考えないようにしていたことを、彼らは何の躊躇いもなく笑い話と共に話す。ルイはそれに嫌悪を感じて仕方なかった。
「気を悪くさせたなら、ごめんね。」
ルイの心情を悟ったのか、心底申し訳なさそうにフレイが謝った。
本当に悪気はないのだろうと思ったルイは、シチューに口をつけた。
「そういえば、お前歳は?」
「十三。」
「俺の三個下か。若いな。」
「三年しか違わないじゃないか。」
「この歳の三年はでけえんだよ。」
きっと嘘をつくのが苦手なのであろうこの二人に、ルイは少々慣れ始めていた。
二人共それぞれの家があるにも関わらず殆ど同居していることや、普段話していることなど、ルイは他愛もない話に参加した。
いつの間にか空腹は満たされ、年相応の睡魔に襲われた。
「僕はそろそろ戻るよ。」
「泊まってきゃいいのに。」
「そもそもここ僕の部屋だけどね。」
二人の漫才のような会話に、ルイは新鮮味を感じた。
「それは、また今度にする。」
「今度と言わず、明日でもいいよ。」
「ありがとう。それじゃおやすみ、フレイ、フェンリル。」
おやすみと返事が返ってきたものにさらに手を振り返し、ルイはその場を後にした。
「面白い子だよね、ルイって。」
「まぁ正直、何考えてるかは分かんねえけどな。」
「でも、良い子だってのは分かるよ。十三っていうのが驚くくらいしっかりしてそうだし。」
「何、俺がしっかりしてないって?」
「さっさと帰ってテュールと仲直りしてきて。僕はもう休むから」
仲間が増えたことを受け入れていたのは、ルイだけではなかったらしい。
自分の寂しさを埋めるためでもあったのかもしれないが、ルイは当初よりここで生きていけそうな気がしていた。




