疑問、瞳と詭弁
「ちょっと、お腹の調子が悪くて。鈴獰に薬を貰ったから、たぶん治るとは思うけど。」
やはり、言えなかった。
彼はきっと神器などというもの、知る由もないはずだ。こんな小さな部屋に閉じ込められているのだから。
「ちゃんとお腹温めて寝たの?」
「あ…忘れてた。そうだよね、冷やさないようにしないといけなかったのに。」
「そうだよ。あ、僕お腹に巻くやつ持ってるんだけど貸そうか?僕あまり使わないから。」
ルイの返事を待たず、ロキは自身のクローゼットを開け、何かを探している。
なんとなく、本当に腹痛を感じているような気までしてきた。
「ほら、これ。鈴獰から貰ったんだ、腹巻って言うんだって。」
「そのままの名前だね。」
「本当だ、誰がつけたんだろう。」
ロキは、笑わないルイの分まで笑っているようだ。
もしかしたら、笑えないことを悟っているのかもしれない。ルイはそのような考えになる度、勝手にその場に居づらくなっていた。
それこそ名前のとおり、腹部に巻いて使うものらしい。
さっそく今晩から使ってみることを約束とし、ロキから腹巻を受け取った。
「それで、今日は何をして遊んだの?」
「え、僕が?」
「うーんルイがというか…ルイたちが?」
〈ルイたち〉とは、自分以外の複数も指している。
何故彼は、自分が他の子供達と共にいることを知っているのだろう。
まだ会って二度目であり、かつその中で彼らのことを口にしたことはない。
鈴獰が教えたのだろうか。いや、だとしたらわざわざ十七階への出入りを禁ずる必要はない。
理由を問う前に、彼はルイの丸くなった目に気がついていた。
「この間のルイの香りとは、違う匂いがするから。でも鈴獰とかいつも来る人の匂いでもないと思って、誰かと遊んできたのかなって。」
人間の鼻とは、こうも野生動物のように利くものだろうか。
彼の瞳は、こちら側の嘘を許さなかった。
「…僕と同じくらいの歳の人たちが、何人かいるんだ。その人たちと話したり、僕の知らないことを教えてもらったりしてる。」
「そうなんだ。歳上の人たち?」
「うん、皆そう。僕が一番下。」
じゃあ僕も一番下だ。ロキは目を閉じ微笑む。
彼は、自分を通して同じ環境を疑似体験でもしているのだろうか。そう思うと、ルイは彼の現状に居た堪れなくなった。
「どんな遊びをしたの?」
「うーん…鬼ごっこみたいなことかな。」
ルイが参加する隙など見当たらないほどの〈鬼ごっこのような何か〉を彼らが遊びとしているのは確かである。
もっと話を聞きたいと思ったのかロキは身を乗り出したが、直ぐ様視線をずらした。
「光がずれた。もう夕飯の時間かも。」
ルイがふとカーテンを見ると、微かに差し込む光に薄ら色がついていた。
急ぐよう背を押され、ルイはドアへと手をかける。
「ルイ、またね!」
振り返ると、大きく何度も手を振るロキが、満面の笑みを向けていた。
小さく一度だけ頷き、ルイは扉を閉めた。
「鬼ごっこ…鬼ごっこかぁ。」
部屋に残されたロキは勢いよくベッドに飛び込み、楽しそうに笑う。
ルイが去って数分後、二名分の足音と共に扉は叩かれた。
いつものように微笑みながら入ってきたのは、食事を持った鈴獰である。
「おや、どうしたんだい。随分楽しそうじゃないか。」
鈴獰はいつも以上に笑っているロキの頭を撫でる。
「うん。パズルのピースを見つけたんだ。」
「二年前から始めた、君の頭の中のパズルかい?」
「そう!完成したら鈴獰にも見せてあげるね。」
それは楽しみだ。そう言い残し、鈴獰は一旦部屋の外へと出た。
大人二人とすれ違う直前で、ルイは図書庫へと降り立っていた。
上がる息を何とか整えながら、ルイは周囲に視線を配りながらエレベーターへと向かう。
彼のあの吸い込まれるような瞳は、一体どうなっているのだろう。
ルイの頭からは、どうしてもあの時のロキの鋭い視線が離れない。
どこかで、本当の悩みを飲み込んで良かったと思っている自分に疑問を抱きながら、彼は扉を閉めた。