不明,解決策
「まぁおまえらと大した差はないけどな。俺たちは俺たちの身体そのものに力が宿ってるってだけの話だ。」
なんとなく濁されたような気がしたが、ルイは両手に握られた二つの神器に視線を移した。
「鎚を使ったことはあるか?」
スルトの問いに、ルイは一度だけ、と答える。
「その時、どんな感覚になった?」
ヨルムンガンドの言葉に、ルイは目を閉じた。
「温かい光に包まれた。でも、それ以外には何も起こらなかった。たぶん、出切らなかったんだと思う、その…力が。」
「どうして光が現れたか、きっかけは分かるか?」
ルイは、静かに首を振る。
二人の兄は、悩むように腕を組み、先程のように頭を掻いた。
どうやらルイ自身が答えを見つけない限り、先に進むことはできないらしい。
「二人共、皆のところに戻って。」
ルイはこのまま時間を過ごしても埒があかないと考えた。
「これは、僕が解決しなきゃいけないことだから。皆も自分の力で得たんだから、僕もそうする。皆、二人を待ってると思う。」
「ルイのことも待ってるんだぞ。」
距離を置こうとしたのが察されたかと思ったが、ルイはただ縦に頷いた。
「僕が器に認められたら、また誘って。それまでは、一人でがんばらせて欲しい。色々教えてくれてありがとう。」
先に戻ると背を向け走っていくルイを、二人は見つめることしかできなかった。
「そんな顔するなって。俺らは俺らで、ルイが胸張って来るのを待ってないといけないだろ。」
「そう、だよな。いや、まだ十三なのにって思うとどうも…」
「確かに最年少だけど、ルイが自分で決めたんだ。あいつも男なんだし、変に手を出す方がたぶん間違いだよ。」
ヨルムンガンドに頭を叩かれたスルトは顔をあげ、共に森の奥へと入っていった。
遊ぶように能力を高めていくのが、彼らの訓練法であった。
いつか〈使われる〉日を、どこかで望みながら。
一足先にエレベーターに乗り込んだルイが向かったのは、四階にある鈴獰の研究室であった。
「鈴獰、いる?」
「ルイかい?いいよ、入っておいで。」
入室の許可が出てから、ルイは両手で扉を開いた。
こっちだという声がしたのは、昨日も案内された応接間であった。
昨日とは打って変わり、汚れた白衣を来た鈴獰が茶を淹れていた。
「ちょうど淹れ始めだところだったんだ。どうぞ、座って。」
ソファに腰を下ろし、鈴獰が茶を入れ終わるのを待つ。
しかしその前に、鈴獰が口を開いた。
「悩み事かい?」
悩みではないが。ルイは先程スレイとヨルムンガンドに受けた説明も交えながら、自身の力量不足について問いた。
鈴獰は最後まで真剣に話を聞いていた。
ルイの話に区切りがつくと、鈴獰は腕を組んだ後に顎をさすった。
「君が初めて神器を神器として扱った瞬間について、今の話を聞くだけでは全てを理解することはできないが、現時点で私から言えることは、まずは心を取り戻すことだ。」
ルイの前に、茶が入った湯呑が置かれた。
「今の君には、喜怒哀楽を初めとした基本的な感情すら見られない。それでは器と同等の立場になることすらできないよ。神器は君の本質を見定めたいと思っているからね。」
「スルトもヨルも、皆神器と波長を合わせたって言ってた。まるで神器が意思を持っているみたいだ。」
そのような発想は持ったことがないのだろう、鈴獰は笑い声をあげた。
「意思、意思か。確かにあるのかもしれない。こう何度も主人が変われば、器も疑い深くなるだろうよ。いつになったら自分の仕事は終わるんだろうかとね。」
いつの間にか湯呑の温度は低下していた。
「初めに教えただろう、心を通わせろと。通う心が無いんじゃあ話にならない。方法はきっとあるよ、君に合っているものがね。」
今すぐに解決はできなさそうだということだけが分かったルイは、冷めた茶を一気に飲み干し、鈴獰に礼と別れを告げた。
彼にとって心を取り戻すということは、簡単な問題ではなかった。
当の本人が解決策を持っていないからである。
何かのきっかけがあれば良いのだろうが、そのきっかけを探すのもまた容易なことではない。
庭園に戻ろうとしていたルイの足が無意識に向かっていたのは、ロキの元だった。
気がついた頃には扉の前に立っており、考えることもしないままに三回ノックをしていた。
中から明るい声と軽い足音が聞こえてくる。
ルイが手を伸ばす前に、扉は内より開かれた。
「いらっしゃい!」
ロキの眩しすぎる笑顔は、昨日より温かみを増しているような気がした。
ルイが何かを話す前に、じっと顔を覗き込んできたロキは、彼の手を引き中へと迎え入れた。
ルイの体を押してベッドに座らせ、ロキはぱたぱたと机の上から水を持ってルイの隣に腰を下ろした。
「どうぞ。」
「え、ありがとう…」
水を飲んでいる間も、ロキはルイの顔から目を離さなかった。
「僕でよければ聞くよ。」
どうかしたの。何かあったの。そのような言葉を全て通り抜け、ロキはそう言った。
目を丸くしたルイは、聞くと言われても何も話せなかった。
「何、どうしたの急に。」
必死に探して出た言葉は、これだけだった。
「なんとなく、ルイが何か奥に押し込めてるものがあるような気がしたんだ。今日のルイの目、すごく暗かったから。」
目の色など大きく変化するだろうか。疑問には思ったが、ロキが冗談を言っているようにも思えなかった。
まっすぐな彼の瞳にルイは、彼になら良いだろうかと考えてしまった。