相違、我と以外
「俺は、これ。」
フェンリルが思い切り口を開けると、突如として彼の犬歯が人間のそれ以上に獰猛な牙に変わった。
しかしそれ以外に大きな変化は見られない。彼はそっと口を閉じ、いつも履いているブーツを脱いでみせる。
するとそこには、まるで枷のようなものが巻かれていた。
「本当は牙以外にも色々出るんだけど、この足枷のおかげで牙だけに収まってんだ。この首輪を外せんのはこいつだけ。」
彼に思い切り背を叩かれたのは、テュールだった。
「その流れで言うと、俺の神器はフェンリルってことになる。この足枷を外したら、こいつは俺以外の言うことは全部無視するようになるから、気をつけてな。」
嫌な思い出でもあるのだろうか。テュールはルイの両肩に手を置き、心底真剣な顔で忠告をした。
「はい、次私!」
まっすぐに手を上にあげたのは、ヘルである。
笑顔の彼女の影から出てきたのは、物体ではなかった。
これに驚いたのはルイのみであったが、恐れていたのは全員だった。
「この人たち、皆死んでるんだって。ドアに足を挟めてたり、窓から落ちそうになってたりしてたのを助けたら仲良くなってね。鈴獰に仲良くなったって言ったら沢山説明されて、この人たちが私の神器になってくれてるみたいなの。」
「ヘル、その方たちも今からいっぱい動くんだから、早めに休ませてあげなさい。」
眉間を抑えるスルトの言葉に、ヘルは素直に死者を影の中に戻した。
「はい次。俺はこんな感じね。」
そう言うと、ヨルムンガンドの身体が徐々に変色していった。
それだけでなく、まるで表面が溶けているようだ。
「自由自在に毒を吐くことができます。」
「お前のそれ、なかなかに危険度高いと思うぞ。」
毒を纏ったまま軽々と踊るヨルムンガンドを、スルトがなんとか抑える。
ルイが驚愕のあまり固まっているのを見、ヨルムンガンドは笑いながら元の姿に戻った。
「僕は、これだよ。」
遮るように前へ出たフレイは、腰につけた剣を出して見せた。
「レヴィアルっていう剣なんだ。振ってみるとね…」
行動が早く、レヴィアルからは無数の光が飛び散る。
「なんか最近光まで出るようになったんだ。」
いつもの笑顔のまま、フレイは剣を鞘にしまった。
最後は、スルトである。
「面白みが無いかもしれないが、俺の神器も剣だ。」
フレイのそれより少々大きめの剣が、腰の鞘から抜かれた。
スルトが構えた瞬間、剣は炎を帯びた。
「炎は出るが、これ自体の力は大して無い。殆ど俺の力量に左右される。」
それだけ述べ、スルトは腰元に剣を戻した。
各々が個性の出る神器を持っていることが分かった。
〈ルイとの違い〉それは、皆の神器には〈力〉が帯びているということだ。
フェンリルは牙以外の力があり、テュールにはそれを操る力が、ヘルには死者の魂を思うがままに動かせる力、ヨルムンガンドには毒を、フレイには光を、スルトには炎を自由自在に扱える力がある。
しかし、ルイにはそれが無かった。
「教え方が一番上手いのはスルトだよね。」
フレイの言葉に、全員が頷く。
「分かったよ。遊んでおいで。」
最年長のその許可を待っていたのか、弟たちはそれぞれの力を解放させながら森の奥へと進んでいき、ヨルムンガンドのみがその場に残った。
「たまには手伝ってやるよ。」
「僕に毒吐くの。」
「そんな毒の無駄遣いしねえよ。」
ルイはけらけらと笑うヨルムンガンドに疑惑の視線を送りながらも、スルトの咳払いで冷静さを取り戻した。
「教えろとは言われたけど、正直これは自分次第なんだ。神器と一つにならないといけないからな。」
簡単に説明すると。ルイは初めてヨルムンガンドの真面目な顔を見た。
「神器を持ってるのは〈神様〉だけなんだ。神の器と書いて神器だからな。神器を持ってる面々は、初めはその器の持ち主じゃないから一度器に入らないとならない。今のルイは、神器に選ばれはしたが認められてはない状態だ。まだ先代トールを主人だと思ってるってことな。」
「物理的に入るっていう意味じゃない。厳密には、神器と波長を合わせるんだ。合わせるために必要なものが何かは、本人にも分からない。ヘルは〈楽しい〉という感情が死者に伝わり、魂はヘルのものになった。テュールは元々控えめな性格だけれど、一度混乱状態に陥ったフェンリルを救う〈勇気〉にフェンリルが同調した。フレイは剣に対する〈畏怖〉が反応して光を放った。俺は剣に〈懇願〉した瞬間、俺には熱を感じない炎が現れたんだ。」
ヨルムンガンドとスルトの説明の中で、抜かれた部分があった。
「ヨルとフェンリルは?」
あぁ。ヨルムンガンドが左手で頭を掻いた。
「細かいこと言うと、俺とフェンリルは神じゃねえんだ。」