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少年たちのラグナロク  作者: 佐々木 律
1/13

来訪、アースガルズ

 晴れた空に乾いた空気。

 小さな小さな一軒家は、そこにひっそりと座っていた。


 扉をノックすると、返事もなくゆっくりとそれは開かれる。

 出迎えたのは、一見弱々しく見える少年であった。

 彼は左腕に背丈と同じ程の弓矢を抱え、右手には彼の見た目とこの家には似つかわしい鎚が握られていた。


「君が、トールか。」


 左側に立つ、紺色の髪を横に束ね、淵のない眼鏡をかけた男がぽつりと呟いた。

 右側の男は白髪ではあったが見た目は若く、先程の男よりもだいぶがたいが良い。


 二人の背後に立つ大勢の大人を目の前にしても、少年は非常に落ち着いていた。


「僕を連れて行くんだろう、世界に。」


 成熟していない喉から発せられる低すぎない声に白い肌、そして紅い眼と髪。

 抑えられた殺気と闇に澱んだ目に、大人が怯んだ。


「案内しよう。」


 ルイと名乗った少年を外に連れ出し、砂のない砂漠をただ歩き続ける。

 まるで守られるかのような形で、大人が少年を囲んで前へと進んでいった。

 



 先程の家の屋根も見えなくなる頃、少年の視界の限界地点から見えてきたものがあった。


「自己紹介が遅れたけれど、私の名前は(りん)(どう)。こっちの大きいのがライアス。こう見えて医者だ。」


「正確に言えば俺は医者だが、鈴獰は研究者だな。」


 ライアスの声は、聞き手にとって低く威圧される感覚にはなるが、どこか優しさが混ざっていた。

 鈴獰は、視界に入ってきた大きな鉄のようなものを指さした。


「私たちは、あの橋の先から来た。」


 橋というのは、二つの地を繋げる道を称するものである。


 しかし彼が〈橋〉と述べたあれは、どう見ても数メートルで途切れていた。


「傍から見たら橋なんて形じゃないが、こっちに来たらあれは普通だ。」


 きっと彼らが話しているのは世界のことなんだろう。少年はただ橋を見つめた。


「話の続きは、私たちの世界に着いてからにしよう、ここは気温が高い。何かを話すにしては集中力が欠けるし、何より人数が多すぎる。」


鈴獰が望んだのではないのであろう、彼は周囲を取り囲む重装備の男たちを軽く睨みつけた。

しかし彼らは、まるで人工物のように黙って歩き続けている。


「さぁ、橋についた。」


 その橋は、少年が暮らしていた環境からはかけ離れた見た目をしていた。

 外から見た通り橋は途中で途切れ、その下は暗く、底が存在するのかも分からない。


 鈴獰はレンガのような岩で囲われた入口の中心部に置かれた、彼の腰の高さまである台を手で2回叩いた。


「君の右手に持っているそれで、この台を軽く叩いてみてくれ。」


 少年の鎚を握る手に無意識に力が入った。


「お前さんにとって心を押し潰すようなことをさせて申し訳ないが、俺たちは片道切符しか渡されてねえんだ。」


 おそらくこの行為は避けては通れない。ライアスは厳しい表情をしながらも、まっすぐに少年の瞳を見つめている。

 あくまで平静を装い、少年は無言のまま言われたとおり台に鎚を打ち付けた。


『ミョルニルの確認を完了しました。行き先をどうぞ。』


 突如として、機械的な声が耳を貫く。

 慣れない音に、少年は片目を閉じ軽く肩をすくませた。


「アースガルズ居住地区まで頼むよ。」


『行き先の設定が完了しました。足元にお気をつけください。』


 鈴獰の返答に従って機械音が消えると同時に、床が揺れ始めた。


 入ってきた入口が閉じられ、先ほどまではなかった橋が、見る見る上に向かって生成されていく。

 あまりに綺麗な虹色に、少年の瞳は奪われた。


「この橋はビフレストというんだ。見た目の通り虹の橋だよ。」


「まぁ〈十四〉に連れてこられりゃあ、虹なんて見られねぇからな。」


「戻ってから話をすると言ったはずだけど?」


 少年を置き去りに、鈴獰とライアスは会話を続けている。

 彼らの話などまったく耳に入れず、虹の先を見ようと体を橋の方に乗り出そうとすると、鈴獰に後ろから腕を引かれ、大きな体に抱きすくめられた。


「私達が今いるここが船になってるんだ、危ないよ。」


 その鈴獰の声と同時に、橋に通じる側も透明な扉で閉められた。


『目的地・アースガルズ居住地区まで移動いたします。』


 その声が船の中心部に位置する先程の台から聞こえていると分かったとき、少年の視界が激しく動いた。

 左右の窓から外を見ると、自分の家が遠くに見えた気がした。

 もし違っていたとしても、きっと最後だと思ったのだろうか。少年は見えなくなるまでそれを見つめていた。


 一度目を閉じ、ゆっくりと開いてから視線を前に戻すと、大きな木の幹が見えた。


「木…。」


 少しは感情が残っていそうだと安心した二人は、緊張していた口角が緩むのを感じた。


「ユグドラシルだよ。」


 鈴獰が窓の外を指さしながら、少年に肩の高さを合わせる。


「君が住んでいたところも、これから行く私達が住んでいるところも、全てこの樹のおかげで成り立っているんだ。」


「無論、俺たちが生きていられる理由もユグドラシルってことになる。」


 ユグドラシルを見つめる少年を乗せたまま、船は樹の周囲を回りながら上へ上へと登っていく。途中にいくつかの浮遊する大きな人工物が見えたが、そこには停まらなかった。


 いつ着くのだろうかと考える前に、船の速度が低下するのを感じた。


『目的地に到着しました。港への接合後、扉が開きます。ご注意ください。』


 完全に船が停止し、何かと繋がれるような大きな音がした後、閉じていた扉が開かれた。


 突然の眩しさに何度か瞬きを繰り返した後に、少年の視界を埋めたのは溢れんばかりの生の音と、息が詰まるほどの緑を感じる空気が広がる〈世界〉だった。


 成長過程の子供には、興味の惹かれるものばかりで溢れている。


 人、建造物、動物、乗り物。全てに少年の目も年相応に奪われたかと思ったが、瞳の奥に興味などはなく、広がっていたのは無であった。。


「さぁ、こっちだ。」


 迷わないようにと自然に繋がれた鈴獰の手は、少年の冷たい手をじんわりと温めた。


 鈴獰は真っ先に、港から街に入るための門に向かった。


 いくつかある小さな窓口らしきもの内の一つに声をかけると、透明だったガラスに少女の顔が浮かび上がった。


「あ、おかえりなさい、鈴獰さん!」


 少女の声は、船の中で聞いた機械音に非常によく似ていた。


 鈴獰は少年の心でも読めるのか、目の前の彼女の紹介をした。


「彼女はヘイムダル化身の一人、ラナだよ。」


「皆様の航路をご案内させていただきました、ラナです。以後お見知りおきを。」


 明るい茶色の髪の毛を左右に結び、深い緑色の目を輝かせたラナは笑顔で挨拶をした。


「ヘイムダル?」


「ここの門の番人の名だな。正確にはここの他にも何個か世界があって、それら全部の門とさっき通ってきたビフレストを見張ってるやつだ。ヘイムダル自体は一人だが、ラナみたいな子があいつの仕事を割り振りしながら番をしてるから、化身って言い方をされている。」


 ライアスも鈴獰と同様、世界の基礎的部分を徐々に少年に教え始める。


 気が付くと、先程まで船に乗っていた大勢の造形物たちは姿を消していた。


「どうぞ、お入りください。」


 手を振るラナを少々不思議そうに見つめる少年の手を引き、鈴獰とライアスは街中を目指し門をくぐった。


あまりに存在感を主張してくる門の先は、石レンガを基調とした道が何本も続き、いたるところに花や植物が根を張っていた。


 自然か人口か、水車とともに流れる水は、魚たちを遊泳させるにはもってこいのものだった。

 階段もいくつか見受けられるが、慣れるまでは確実に迷ってしまうような街の作りである。

 よくよく見渡してみると、中心に向かって街の高度が上がっているようであった。


 奥の頂上付近に視線をずらすと、ユグドラシルであろう樹の葉部分が街全体を見下ろしていた。

 建造物の壁は白が基調とされており、壁には葉やつるが飾りのように張り付いている。

 温かみのある木や、自然の色で装飾された建物たちは、どれも無機物であることを忘れ生き生きとしている。


 鈴獰に引かれるがまま歩いている少年の目は、周囲の景色に追いつかなかった。


 どこを歩いても人の声がこだまする。


 見たことのない食べ物や服が散らばり、どれが何かを判別する余裕さえない。

 兎に角大人二人に付いて行くが、どんどん奥へと歩みを進められるため、今の今通ってきた道を覚えるので必死だった。


 大通りから路地を抜け、幾回も階段を登ると、ようやく足が止まった。


「さぁ、着いたよ。」


 巨大な樹の幹に埋め込まれていたのは、これまた大きな扉だった。


 ステンドグラスともどこか違う耀きを放つ装飾は、少年が右手に握り締めているものと似ていた。


 扉の前に立つと、鈴獰とライアス、そして少年を光の箱が囲んだ。

 二人の動じない様子を見るに、この扉の中に入るためのものなのだろうと、少年は察した。


 問題は見受けられなかったのか、先の光の箱が姿を消すと、大きな音を立てて扉が開かれた。


 その先には、先程までの街とは少々違う空気の漂う空間が広がっていた。


「ようこそ、ユグドラシルへ。」


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