「ら抜き言葉」についての考察
「ら抜き言葉」 は、どのように生まれたのか。
本当に「日本語の乱れ」 で済ませてしまってもいいのか。
色々と考察しています。
【はじめに】
最近、日本語が乱れているといった意見を耳にすることがある。その代表例で挙げられるもののひとつが「ら抜き言葉」 である。
「ら抜き言葉」 とは、「見られる」「起きられる」 と言った可能動詞の「ら」 が脱落し、「見れる」「起きれる」 となった現象である。今回は、なぜこのような現象が発生するのか、また本当に「日本語の乱れ」 なのかを考察したい。
【動詞の種類について】
さて、考察を始める前に本エッセイで重要なポイントである「動詞の活用の種類」 について、復習しよう。
「五段動詞」「上一段動詞」「下一段動詞」「か行変格動詞」「さ行変格動詞」 の違いが問題なく分かる方は、本項目を読み飛ばしても問題ない。これらに不安がある方やもう一度復習をしたい方は、是非読んでいただきたい。
『五段動詞』 について
「五段動詞」 とは、「〇〇ない」 の形にしたときに、直前が「あ段」 になる動詞である。
例;書【か】ない 話【さ】ない 走【ら】ない
他にも沢山あるが、すべて「ない」 の直前の音が「あ段」 になっているだろう。
なお、なぜ「五段」 という名前なのかだが、動詞が活用(変化) する際に、五段に渡って活用するからだ。
例として、動詞「書く」 で検証してみよう。
書【か】ない=kak-anai(あ段)
書【き】ます=kak-imasu(い段)
書【く】=kak-u(う段)
書【け】=kak-e(え段)
書【こ】う=kak-ou(お段)
分かりやすくローマ字表記でも表したが、動詞「書く」 の場合「kak」 の部分は一切変わらないのが分かるだろう。この変わらない部分を「語幹」 と言う。
そして、活用するときに「あ段」 から「お段」 まで、「五段」 で変化する。
ここから「五段動詞」 と言われている。
『上一段動詞』『下一段動詞』
次に上記の2つの動詞について解説する。
なお、これらの動詞は「ら抜き言葉」 が発生するものだが、それは後述する。
まず、なぜこのような名前なのかを見てみよう。
日本語には「あ段」 から「お段」まで5つある。
縦に書いたとき、真ん中にくる「う段」を中心に「上段」 の「一段でのみ活用する動詞」 なのか、「下段の一段でのみ活用する動詞」 なのかの違いである。
あ段
い段←上段
う段←中心
え段←下段
お段
具体例で見てみよう。
上一段動詞には「見る」「起きる」 などがある。分かりやすく「起きる」 で 先ほどの五段動詞と同じ活用をしてみる。
起【き】ない=oki-nai(い段)
起【き】ます=oki-masu(い段)
起【き】る=oki-ru(い段)
起【き】ろ=oki-ro(い段)
起【き】よう=oki-you(い段)
見てわかるようにすべて上段の一段(い段)のみ で活用している。語幹は「oki」 である。
気になるようなら、他の活用もやってみてほしい。これを「上一段動詞」 という。
では、「下一段動詞」 はどうか。
下一段動詞には「食べる」「寝る」 などがある。
例として「食べる」 でやってみよう。
食【べ】ない=tabe-nai(え段)
食【べ】ます=tabe-masu(え段)
食【べ】る=tabe-ru(え段)
食【べ】ろ=tabe-ro(え段)
食【べ】よう=tabe-you(え段)
語幹は「tabe」 である。
見ての通り、すべて「下段」の「一段(え段)のみ」 で活用している。
これを「下一段動詞」 と呼ぶ。
『か行変格動詞』『さ行変格動詞』
最後に変格動詞だが、これは独特な活用法をする特殊な動詞である。
「か行変格動詞」 は「来る」 のひとつだけである。「か行」 の中で、先ほど見てきた例と異なる変化をするのだ。分かりやすくするため、平仮名で書く。
【こ】ない=k-onai(お段)
【き】ます=k-imasu(い段)
【く】る=k-uru(う段)
【こ】い=k-oi(お段)
【こ】よう=k-oyou(お段)
「さ行変格動詞」 も見てみよう。「する」「漢字+する」 がある。
「漢字+する」 は「勉強する」「買い物する」「仕事する」「野球する」 などである。
【し】ない=s-inai(い段)
【し】ます=s-imasu(い段)
【す】る=s-uru(う段)
【し】ろ=s-iro(い段)
【し】よう=s-iyou(い段)
見てわかるように「か行変格動詞」=「来る」 は、「か行」 の中で独特な活用をしている。同様に「さ行変格動詞」=「する」 も、「さ行」 の中で独特な活用をしているだろう。
どちらも今までに見てきた「五段動詞」「上一段動詞」「下一段動詞」 のルールとは異なる特殊な動詞である。
これで「動詞の種類」 についての説明を終える。
【動詞のグループ分け】
さて、ここまで5種類の動詞を見てきたわけだが、ここではもう少し大きな3つのグループに分ける。
Iグループ(1G)=五段動詞
IIグループ(2G)=上一段動詞・下一段動詞
IIIグループ(3G)=か行変格動詞・さ行変格動詞
以下、「1G・2G・3G」 と記載するため、ご留意願いたい。
【ら抜き言葉の考察】
さて、ようやく「ら抜き言葉」 の文法的な考察に入れる。
「ら抜き言葉」 は、2Gと3G「来る」 の可能形にのみ発生するのだが、まずは1Gと3G「する」 の「可能動詞」 の作り方だけ解説する。
【例】
書【き】iます
書【け】eます
1Gの場合、「ます」 の前の「い段」 を「え段」 に変えることで、可能動詞を作ることができる。
また、3Gの「する」 の可能動詞は「できる」 であるため、被らない。
3Gは、前述したとおり特殊動詞なので、覚えるしかない。
あまり詳しく書きすぎると、ややこしくなるだけなので割愛する。
【〇〇られる の種類】
ここからが本題。
読者の皆さんは、日本語の文法で「られる」 の形で何種類あるかご存じだろうか。
2Gと3Gの「来る」 は、3種類の「られる」 がある。すなわち、「可能動詞」「受身形」「尊敬語」 である。
例:私はイナゴが【食べられる】。(可能動詞)
例:魚は猫に【食べられる】。(受身形)
例:社長がステーキを【食べられる】。(尊敬語)
見て分かる通り、上記の3つの文はすべて意味が異なるが、動詞は「食べられる」 で同じである。これは非常に分かりづらいのではないだろうか。
そこで、見分けを付けやすいように、可能動詞のみ「ら」 を抜いて「食べれる」 に変化したのだと思う。
また、「受身形」「尊敬語」では「ら抜き言葉」 の現象が発生していない点からも、混乱を避けるという理由で生まれたという仮説は成立するのではないだろうか。
例:魚は猫に【食べれる】。
例:社長はステーキを【食べれる】。
※上記のようには言わない。
【最後に】
言葉とは、「生き物」 であり、常に変化していくものだ。
読者の皆さんも、1000年前に書かれた『源氏物語』 や『枕草子』 などの古典に苦労したのではないだろうか。
同じ日本語でも現代と平安時代では、まるで違う言葉のようである。
「平安時代と比べるのは大げさすぎる」 という方は、明治・大正時代に文豪たちによって書かれた本を読んでみてほしい。
わずか150年ほど前の日本語でも、現代我々が使っている日本語と全く違うはずだ。
「ら抜き言葉」 や「若者言葉」 などを見て、「言葉が乱れている」 と批判したり嘆くのは簡単だ。しかし、なぜそのような現象が起きるのかを分析してみることも、時には必要だろう。
「言葉は生き物」 であり、常に変化し続けているのだから。
読んでいただきありがとうございました。
不定期更新ですが、『日本語再入門』 という連載エッセイも発表しています。
https://ncode.syosetu.com/n2185cr/
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