ざまあは国難ではないのか?
あるところに、美人だけど、とってもわがままで性格の悪い公爵令嬢がいました。
公爵令嬢は王家と親戚でしたので、たまたま同い年で生まれた王子さまの婚約者になりました。
王家の青い血は尊いもので、未来の王さまの子供は、尊い血が濃い方が良かったのです。
ワタクシは未来の王妃なのよっ!
とっても性格が悪かった公爵令嬢は、そっくり返り、そんなことを言いながら色々なところで威張りちらします。
そして、王子さまの運命の相手の男爵令嬢までいじめた公爵令嬢は、王子さまから婚約破棄され、今まで威張り散らした罪で処刑されてしまったとさ。
ちゃんちゃん♪
――――と言う夢を見たのでした。
我儘にしていた小さな公爵令嬢は、婚約破棄の夢を見て寝込んでしまいました。
それはそうです、自分が死ぬ夢なんて嫌すぎます。
ああ、これからはちゃんと勉強して、自分のことを王子さまに好きになってもらおう。
寝込んだ公爵令嬢は、心機一転、素敵な王妃様を目指して頑張りました。
――が、大きくなった公爵令嬢は、王子さまの運命の相手な男爵令嬢に勝てず、王子さまから婚約破棄されてしまったのでした。
宰相の息子も、騎士団長の息子も、大商人の息子も、どこかの国の暗殺者も、大好きな男爵令嬢のためにひと肌脱いだので、公爵令嬢の味方はどこにも、――いました。
婚約破棄された公爵令嬢に、隣の国の王子様が跪いて求婚します。
頑張っていた公爵令嬢に、隣の国の王子様はメロメロだったのです。
それからなんやかんやで(以下省略)――
――自分を捨てた王子さまたちにざまあした公爵令嬢は、隣の国の王子様といつまでもラブラブしましたとさ。
めでたし、めでたし。
「――ぬぅっ?!」
ニマニマ笑う従兄弟から渡された、恋愛小説を読んでいた騎士団長は、衝撃に目を見開いた。
◆◆◆
シャルロッティは、机の上に置かれたそれを、虚無の表情で見つめていた。
痙攣している長兄は通常運行だし、執務以外で顔を合わせたのは数ヵ月ぶりの父王は、ドコかの深淵に至りそうな遠い眼差しを次兄に向けている。
シャルロッティが何度見ても題名の変わらぬその本が、本日の王位継承者たちによる緊急会議の議題であった。
――『ご令嬢は夢とは違う!~見る目のない男は知りません!!~』は、通常とは少し趣の異なる恋愛小説である。
美人だけど性格の悪い公爵令嬢が、夢をきっかけに改心し、――なぜか隣国が得する結末を迎える。
……が、この本のことで、次兄が血相を変えて軍用の鷹便を飛ばしてきた理由が、いまだにシャルロッティには欠片も思い浮かんでこない。
「――なんで恋愛小説が議題の家族会議にオレが参加してんだよっ?!」
「何を怒っているのだ、レヴァン。
お前が持ってきた本だろう、国難の可能性に気付いているなら、お前もちゃんといるべきなのだ」
怒鳴りながら次兄に掴みかかる従兄が、この理解不能な会議の元凶だった件について。
「そこのちびっ子が国難って自覚あるなら、婿の教育やめさせろよオレを巻き込むなこの脳筋っ!!!」
「……?
何を言っているのだ、レヴァン。
シャルロッティの婿は、国難とは無関係だろう?」
「ラザロス、お前は何が国難だと思っている……」
全くかみ合っていないレヴァンと次兄のやり取りに、沈痛な顔をした父が口を挟む。
付き合うのも馬鹿馬鹿しいし、仕事が押すとお義姉様との時間が減るので、次期大公はもう帰りたい。
頭に疑問符を浮かべている次兄は、きょとんとシャルロッティたちを見回す。
……え、どうして分からないの??? 的な顔を、軍事以外ポンコツ仕様な脳筋にされると、非常にムカつくのはなぜだろう。
「父上、隣国からの政治干渉は国難ではないですか」
確かに、王家の血を引く令嬢が隣国の王家に輿入れしたら、立派な干渉材料になるけども。
「――なんでそうなるんだよっ?!
性格直した女が男を乗り換えた話じゃねぇか!!」
「……お前は、我が国に他国からの干渉の余地があると思うのか?」
間違ってはいないレヴァンの突っ込みを余所に、父が片手で顔を覆う。
某女神の末裔よりはましだが、とことん面倒臭い姻戚を押さえ続けている父に、次兄は無駄に心労を与えて何がしたいのやら。
シャルロッティは、今なら無の境地に辿り着けそうな気がした。
真顔で恋愛小説を掲げた次兄を前に、まだ笑い続ける長兄が役立たずすぎて困る。
「この本では、政治中枢に密偵らしき女が入り込んで、王家の血が国外に流出しています」
「ラザロス、――ゼノンをたぶらかせる密偵がいると思うのか?」
「兄上を見ておかしくなりそうなので、護衛を鍛えます、父上」
「いや待て今の会話がおかしくないですかねっ?!」
王者の威厳漂う父ときりっとした次兄に対し、レヴァンは相変わらず無礼な態度を崩さない。
まあ、レヴァンは貴重な突っ込み要員だし、会議が開催されている父の私室には、自分たち以外はドデカワンコしかいないので別にいいのだが。
「私やお前に近づく女も、大体ゼノン狙いだ。
ほぼいない密偵に、今以上に労力を割く必要はないだろう」
「それもそうですね」
全自動変態吸引機のとばっちりを食らう身内の会話に、長兄の痙攣が止まった。
レヴァン、顔を逸らして口笛を吹くのはやめなさい、今は一応会議中です。
「――ごほん、それに、国外に嫁いだ半神の血族はろくにいないから、血筋を利用して干渉しようとする勢力もいないと思うよ。
国内に残った王族の方が、ずっと血が濃いのだからね」
滲んだ汗までキラキラしい長兄が、わざとらしく爽やか笑顔を浮かべる。
例外はあるものの、某隣国の親戚になりたくないばかりに、国内に半神の血を留め、今代は半神の血を優先します(てへぺろ)作戦を決行し続けたのだ。
条件の苛烈さから、現在王位継承権を持つ人間は片手で足りるが、国内の王族の数はそれなりに多い。
だから、――順番と質に問題はあるが――万が一の予備を国外から引っ張ってくる必要性は、ほとんどないのである。
長兄の主張になんだか納得した様子の次兄に、シャルロッティは冷たい目を向ける。
この程度の説明で事足りるような国難で、シャルロッティはお義姉様との貴重な時間を浪費させられたのだから、イラっともする。
「ラザロス兄上、父上やゼノン兄上が分かることが、どうして分からないのですか?」
シャルロッティは、意地の悪い気分で次兄をつつくが、当の脳筋は、何も憚ることはないのだと言わんばかりの、実に堂々たる態度であった。
「私は政治の能力はないのだぞ、シャルロッティ。
軍事行動が起きる可能性があるかないかは分かるが、それ以外はさっぱりなのだ」
「――っつーか、恋愛小説になに軍事視点入れてるんですかね殿下っ?!
前はまともな感想だったじゃねぇかっ?!!!!」
「?
レヴァン、前の話に内乱が起こる要素はなかっただろう」
どこかで調子に乗った従兄が、次兄の軍事スイッチを踏み抜いていた件について。
シャルロッティは、無言で目頭を押さえた父と長兄に、気が付かないふりをしてあげた。
次兄が軍事以外ポンコツ仕様になってしまった、主な原因は二人ではないし、もう今更どうしようもないことなのだ。
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ちちうえ→
軍事絡まなければ、まともな恋愛小説の感想を言えるようになった、息子の成長に目頭が……。
おにいちゃん→
政治関連思考停止気味な、弟の軍事全振り具合に心の汗が……。