あくりょうは、ほんとうにいますか?
昔々、あるところに、とっても悪戯好きな男の子がおりました。
男の子は悪戯が大大大好きで、いくら大人達に叱られても、懲りずにまた新しい悪戯をやらかします。
そんな男の子に村長は言いました。
「悪戯ばかりしていると、悪霊に連れていかれてしまうよ!」
でも、男の子は村長の言うことなんて聞きません。
それどころか男の子は、村長の服の中に、わさわさの虫さんを入れてあげるのでした。
ところで、男の子の村には、年に一度の特別なお祭りがあります。
その日は、神様のところにいってしまった人たちが、特別に村に帰ってくる日です。
帰ってくる人たちは、とっても恥ずかしがり屋になっているので、帰ってくるときは、みんな仮面を着けてくるのです。
そうして、帰ってくる人たちをお迎えする村の人達も、お祭りの間は、みんなみんな、仮面を着けて過ごします。
帰ってくる人たちは、みんな恥ずかしがり屋ですから、村の人達も仮面を着ければ、誰も恥ずかしくありません。
でも、悪戯好きの男の子は、仮面を着けずに出歩きます。
だって、みんなと違うことをしている方が、男の子は面白いのですから。
そして、仮面を着けない男の子は、村の端っこの方で、ポツンと独りで立っている人を見つけました。
しめしめ、村の端っこなら、悪戯したって、他の大人に叱られないぞ。
にんまり笑った男の子は、えいやっ、と、独りで立っていた人の仮面をとってしまいました。
本当は、祭りが終わるまで仮面を顔から外してはいけません。
でも、いけない事をするのが、男の子は楽しかったのです。
――ところが、なんということでしょうっ!
男の子がとった仮面の下から出てきたのは、こわ~い、こわ~い、悪霊の顔っ!!
そう、帰ってくる人たちに紛れて、悪霊が村にやってきていたのです!
男の子は、わぁっ?! と、叫んで逃げようとしましたが、悪霊に腕を捕まれます。
男の子の悲鳴を聞いたお父さんとお母さんが来た時には、もう遅し。
村の端っこには、男の子がとった、悪霊の仮面が転がるばかり。
男の子も、悪霊も、どろんと消えて、みんながいくら探しても、もう見つからなかったとさ。
おしまい
「――ふっ」
古惚けた本を読んでいた次期大公は、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
◆◆◆
「――ラザロス兄上、どうして私達はこのようなことをしているのでしょうか?」
「神官長に泣きつかれて、兄上が面白がったせいだろう、シャルロッティ」
無心の笑顔で焼き菓子入りの包みをぶん投げていた、シャルロッティのボヤキに、同じ包みをせっせと投擲していた次兄が、真顔で答える。
初代国王も身に着けたという、伝統的――と言うか、ぶっちゃけ時代遅れな衣装を纏う、第二王子と末姫の眼下には、人、人、人。
兄妹がいるのは、この日の為に、王都の広場にわざわざ建てられた櫓の上。
本日行われている『帰還祭』の目玉行事、王位継承者による焼き菓子のバラ撒きの真っ最中である。
「……そもそも『帰還祭』は、土着信仰の祭祀で、神殿は関係ありませんよね?
神官長も、泣きつく先を間違えていませんか?」
「それを、私に言われてもなぁ。
――神官長は、神剣の神剣らしい姿を、見たかったらしいのだ」
「神剣さんで貧民街の炊き出しをした兄上が一番悪いと思います」
「シャルロッティ、仕方がないだろう。
炊き出し用の薪が足りていなかったのだから」
「ラザロス兄上、神官長どころか、貧民街の方々も泣いていたでしょうっ!!」
ちなみに、今件の第一級戦犯は、神殿による貧民街の炊き出し資金をガメた悪徳神官と、グルだった商人だ。
そいつらが炊き出し用の薪をケチったせいで、次兄が燃料代わりの神剣さんで鍋をかき回し、神官長だけではなく、施された貧民街の住人も揃って泣いた、罰当たりな産物が爆誕してしまったのである。
……蛇足だが、罰当たりな産物であるところの、炊き出しの鍋の中身は全て空になった。
なんせ、神剣で鍋をかき回しておいて、天罰も受けずにぴんぴんしている脳筋が、目の前にいたのだ。
貧民街のみなさまも、ヘンな方向に吹っ切れてしまった模様である。
「まあ、良いのではないか?
元は師匠の我儘から王都で始まった祭りとは言え、規模が大きくなりすぎて、もう神殿の手も借りねば行えなくなってしまっているだろう。
先程の皆の反応も、悪くはなかったのだし。
――私は疲れたが」
「ラザロス兄上は、もう少し神剣さんに優しさを差し上げて下さいね」
シャルロッティは、手元の籠から包みを投げつつ、しんみりする。
虚空を裂く一振りで、空に光の橋を架けた神剣さんは、珍しく神器らしかった。
一方、たった一振りしただけで、明らかにやつれてしまった次兄を見れば、神剣さんが人の手に余る器物であるのは確かだろう。
が。
……それにしたって、由緒正しき神造の剣を万能調理器具扱いとか、本当に、ない。
確かに神剣さんも、次兄愛用の刃物を全滅させる等、ちょっとヤンデレ行動にはしって、次兄が地面に手や膝をついていたりする。
しかしながら、常日頃から次兄にまともに武器として扱ってもらえないのだから、神剣さんにも情状酌量の余地はあるのだ。
遠い目になりながら、焼き菓子入りの包みを投げ続けるシャルロッティは、ふと気づいてしまった。
「ここで私が焼き菓子を投げている意味、あります?
ラザロス兄上だけで充分ではありませんか」
大好きなお義姉様に、頑張ってねと、笑顔で応援してもらったから、シャルロッティは張り切ってここまでやってきたのだが、他にやることがあったのではなかろうか?
例えば、お義姉様とお忍びでお出かけとか、お義姉様とお忍びでお出かけとか、――お義姉様とお忍びでお出かけとかっっっ?!!!
さーっと、シャルロッティの顔から血の気が引く。
自分は一体、今まで何をしていた?
――いつも忙しいお義姉様に甘える絶好の機会を、自ら放棄するなんてっっっっっ!!!!
「ラザロス兄上、もう帰ってよろしいですか?
今すぐ、お義姉様とお祭りの視察に行かなければいけませんっ!!」
「待て、シャルロッティ。
まだ投げていない菓子が残っている。
――それに、私も、まだ回復していないのだ」
焼き菓子どころか、役目をぶん投げて帰ろうとするシャルロッティの頭を、次兄が片手で鷲掴みにしてくる。
その掌に、いつもの様な力が入っていない事に気が付き、シャルロッティは眉を顰めた。
神剣さんに神器らしい仕事をさせると、次兄が疲れるのは本当らしい。
シャルロッティが、神剣さんを呪いの剣かどうか判断に迷うのは、こういうところだ。
「ラザロス兄上、そこまで疲れるのでしたら、神剣さんで調理するのはもう止めて下さいよ」
「シャルロッティ、別に、調理ぐらいならここまで疲労しないのだ。
そう、平地を走るのと、荷物を担いで岩山を全力疾走するのとでは、違うだろう」
「分かる様で分からない例えは、よく理解できませんからね、ラザロス兄上……」
シャルロッティは、溜息を吐きつつ、空になった籠を足元のふわもこワンコに渡す。
音もなくはしごを降りたふわもこワンコは、さほどの時間が経たぬうちに、焼き菓子入りの包みを満載した籠を咥えて戻ってきた。
人間の使用が前提な、垂直に近い角度になっている櫓のはしごを、苦も無く昇り降り出来るのは、流石神獣の末裔と言うべきか。
あと、シルキーちゃん、貴女の飼い主は、まだ自分が担当している籠の中身を全部投げ切っていないから。
尻尾をふりふり、シャルロッティを通り過ぎて次兄に新しい籠を配達するふわもこワンコは、相変わらず頭の中までふわもこだった。
そして、半眼になったシャルロッティの顔の横に、中身が半分ほどに減った籠が、そっと差し出される。
シャルロッティが振り返ると、ついさっきまで次兄の籠を担当していたどデカワンコが、どこか申し訳なさそうに、その紫色の瞳を煌かせていた。
白い獣が纏う蒼銀の輝きは、凶暴極まりない某神馬の末よりも、余程神々しく、シャルロッティは不覚にも感動を覚える。
身の丈が大の大人を超えようと、顔の傷のせいで大分強面だろうと、どデカワンコことスカーは、今日も立派な淑女であった。
そう言えばと、シャルロッティが広場を見渡せば、祭り定番オレンジのカボチャ面に混じり、白い犬の被り物があちこちにひしめいている。
「今年は妙に白い犬の被り物が多いと思ったら、スカー達の効果ですかね」
「そうなのではないか?
それに、レヴァンが小金を稼ぐと言って、知り合いの商人にスカーを見せていたのだ」
どデカワンコの淑女ぶりにほっこりしたのもつかの間、怠けたがりの従兄の話題にシャルロッティは顔が引きつる。
あれは今、絶対にどこかで飲んだくれているに違いない。
仕事をしろっ!! というか、今すぐ焼き菓子ばら撒き係をシャルロッティと変わってほしいお義姉様とお忍びに行くから――。
当の従兄は、神の犬の被り物で小金を稼ごうという目算が狂い、商品が売れすぎて仕事に追われ、祭りが祭りがと唸りながら歯ぎしりしていたが、そんな事、シャルロッティの知ったことではない。
包みを投げ続け、ちょっと疲れてきた腕を休ませる暇もなく、どデカワンコが、新たな籠をシャルロッティへと差し出してくる。
「それにしても、今年はスカー達がいて助かった。
オサキとチシャが師匠の見張りをしていてくれなければ、私はここにいられなかったのだ」
「……そうですね……」
毎年毎年、悪霊はいね~が~~~~~っっっっっ?!!!! と、年甲斐もなく暴れ回る戦闘狂を思い出し、シャルロッティは死んだ魚の目になった。
どうして辺境の土着信仰の祭祀なんかが、そんなもんと所縁の無い王都で開催されるようになったかと言えば、戦闘狂の里帰り阻止のためだ。
祭りの開催理由も大概意味不明だが、元騎士団長現元帥閣下が故郷の祭祀にこだわる訳も、シャルロッティには理解不能だ。
曰く、悪霊と戦うのが楽しかったそうな。
――今日この日は、死者が現世に還ってくる日。
此岸を離れた死者は、その証として、仮面で顔を隠して現世に舞い戻る。
そして、死者を迎える生者もまた、ひと時帰還した死者を隠すと同時に、やって来た死者から隠れるために、仮面を身に着け過ごすのだ。
死者を隠すのは、少しでも死者が戻りやすくするために。
死者から隠れるのは、舞い戻る死者たちに、悪霊が混じる故に。
戦闘狂の地元の古い民話では、悪霊の素顔を覗き込んだ者が、悪霊に連れ去られるという話もある。
……で。
何と、元帥閣下は、若い頃に悪霊と遭遇したことがあるらしい。
お約束ながら、悪霊と激闘を繰り広げたらしい。
悪霊と戦うのは、とっても、楽しかったらしい。
――よりにもよって、悪霊がやってくるとされる日に戦闘狂とカチあってしまったどこぞの寵児には、心から冥福を祈るしかない。
そんな訳で、毎年同じ時期に軍部の長に里帰りされては、国防に穴が開くと、シャルロッティの養父である大公閣下は思い切った決断を下したのだ。
戦闘狂は里帰りしない。
ついでに経済のいい起爆剤になる。
更に、祭りの最中に騒ぎを起こそうとする不埒者には、ヒャッハー状態の戦闘狂が突っ込んでいく――。
何の効果かは謎だが、王都では、知っている人間がろくにいなかった土着信仰の一行事にもかかわらず、『帰還祭』は問題無く定着して今に至る。
「還暦過ぎて悪霊の存在をまだ信じているなんて、元帥閣下も困ったものですね」
戦闘狂がそんなんだから、シャルロッティはせっかくの祭りをお義姉様と楽しめないのだっ!!
八つ当たり気味に包みを投げまくるシャルロッティの横で、疲れているとは思えない剛速球を繰り出しながら、次兄が肩をすくめる。
「悪霊は知らないが、毎年の『帰還祭』に死者が紛れるのは本当だろう。
だから師匠も、いつも悪霊と間違えて暴れているのだ」
「――はい?」
次兄の不意打ちに、シャルロッティは櫓から転げ落ちるかと思った。
しかし、義務は中断できず、包みを投げる手は止めないまま、シャルロッティは、ぎぎっと次兄へと顔を向けた。
「ラザロス兄上、死者なんて気のせいではありませんか?
私、亡くなった母上と遭遇した覚えはありませんよ」
「私もだ。
何年か前に、少し感じの似た死者を斬ったぐらいだな」
「死者って斬れるのですかっ?!」
いくら唯一の直弟子だからと言って、そんなところまで戦闘狂から受け継がなくてもっ?!
衝撃を受けるシャルロッティを気にした風もなく、次兄は自然な仕草である一点を指差した。
「見てみろ。
……あれは、毎年私達のところに来てくれている」
次兄の声に混じる感傷にひかれ、シャルロッティは次兄が指示した場所に、目を凝らす。
そこにいたのは、鮮やかなオレンジ色の、中身をくりぬいたカボチャを被った人物。
シャルロッティ達に手を振り続ける、大袈裟な、その仕草は。
「……死んでも、元気そうですね」
「そうなのだ」
ぽろりと零れた、シャルロッティの感想に、次兄が苦笑して頷く。
死者が舞い戻る、『帰還祭』。
けれど、還ってきた死者に気付いても、話しかけてはいけない、触れてもいけない。
此岸に戻れど、死者は死者。
最早、生者とは相容れぬ存在なのだから。
――と、シャルロッティの視界の端で、人垣が割れた。
「し~~~~~~るき~~~~~~~~~~ちゃぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~んっっっっっ!!!!」
「ぬっ!
一体誰だ、師匠の関節を元に戻したのはっ?!」
「ラザロス兄上、今度はきちんと痺れ薬を盛ったのではなかったのですかっ?!!!」
諸々ぶち壊しな戦闘狂の登場に、シャルロッティは額に青筋を浮かべる。
ふわもこワンコの魅惑の毛皮にご執心な戦闘狂に行事を邪魔されない様、前もって対策をとっていたのだが、まだ手緩かったらしい。
「師匠、シルキーをいじめるなと、何度言ったら理解するのだっ?!」
「うるせぇ馬鹿弟子、シルキーちゃんをモフらせろ~~~~~~~~っっっっっ!!!!」
もう何度目かも分からぬ、師弟間の肉体言語での語り合いが、またまた勃発。
戦闘狂が引き起こした騒ぎから民衆を避難させようと、騎士団の面々が右往左往している。
戦闘狂から退避するためか、闘神の寵児であるシャルロッティの専属騎士が、黒光りする料理長の天敵めいた素早さで、櫓によじ登ってきた。
尻尾を丸めてぷるぷるしているシルキーちゃんは、対戦闘狂の通常運行、戦闘状態に移行したどデカワンコの迫力は、非常に頼もしいけれど。
シャルロッティが下を見れば、神官長が気合を入れ過ぎて盛り沢山になった焼き菓子の籠の群れが、光の消えた瞳に映る。
……これを、シャルロッティ独りで、皆に配れと?
――うん、知ってる。
戦闘狂の方が、年に一度の悪霊ごときより、ずっとずっと性質が悪いことなんてっっっっっっ!!!!!!!!
『帰還祭』の翌日、シャルロッティは腕を酷使しすぎて、寝台から動けなかった。
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