ぎゃくはーれむって、いいことあるの?
あるところに、金髪碧眼の平凡な女の子がおりました。
女の子は、少しだけ貧しい平民でしたが、成績優秀でもあったので、特待生として王都の学園に入学することが出来ました。
学園には、見目麗しく優秀な、貴族の跡取りや王子様も通っていました。
女の子は、ひょんなことから、貴族の令息達や王子様と交流を深めていきました。
跡取り達も王子様も、自分の周囲にはいなかった、天真爛漫な女の子の魅力に想いを深めていきます。
女の子は、よく見ると可愛い系の容姿でしたから、なお良しです。
女の子が仲良くなった男の子達は、学園の中でも人気者で、仲良しの女の子にはやっかみや嫉妬が集中しました。
けれど、女の子と男の子達は、すれ違いながらも、力を合わせて目の前の問題を解決していきました。
その他にもなんやかんやあり、(以下省略)――
――卒業後、女の子と男の子達は同じ家に住むことにしました。
そして、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。
「――はぁ?」
今話題になっているらしい、恋愛小説を読み終えた次期大公は、子供らしからぬ表情で眉を寄せた。
◆◆◆
「ラザロス兄上、逆ハーレムには、どの様な利点があるのでしょうか?」
「……シャルロッティ、なぜそれを男の私に聞くのだ?
女性に尋ねるものではないのか?
ぎゃくはーれむというのは、要するに、一妻多夫の様なものなのだろう?」
日課の鍛練終わりの次兄に聞いてみれば、酷く怪訝な顔をされた。
どこか近くで、――それ、団長に聞いちゃうんですかっ?! と、誰かの嘆きの声がするが、シャルロッティも次兄も気にしない。
「お義姉様と義姉上に聞いてみたのですが、お義父様とゼノン兄上に怖い顔をされました」
「だろうなぁ……」
一夫一妻制の仲睦まじい夫婦の片割れに、一妻多夫の利点を上げさせるなど、夫が腹を立てて良い案件だ。
ついでに言うと、逆ハーレムの利点については、お義姉様が困惑しきりで分からないと回答し、義姉は笑っていない笑顔で無いと言い切った。
しかしながら、だ。
シャルロッティは、次兄に向かって、持っていた書籍を掲げた。
『煌めく七色の恋~愛は虹の始まる場所に~』と題されたその本は、最近話題の恋愛小説だ。
――平民の少女が、特待生として王立学園に通い、高貴な生まれの少年達と仲を深めていく物語だ。
そしてこの話は、最終的に、少女が想いを確かめ合った七人の少年・青年達と、末永く仲良く暮らすに至るという、シャルロッティには訳の分からない終わり方をする。
……物語をどう読んでも、一夫多妻制はあれど、一妻多夫制の文化がある設定は、記載されている様に認識できないのだが。
ちなみに、――それが良いっ!!! 、と言う熱烈なファン達と、――こんな頭のおかしい設定を、うちの子が信じたらどうするっ?!! 、と言う教育熱心なご婦人達の間で、激烈な論争が勃発することすらあるらしい。
兎にも角にも、人様の妄想を現実に当て嵌めるのは個人の自由だが、この様な小説が存在する以上、逆ハーレムとやらには何か利点があるのだろう。
が、しかし、その利点がさっぱり分からないシャルロッティは、理解できないもやもやの解消の為、次兄に尋ねてみることにしたのだ。
ビミョウな表情の次兄は、シャルロッティが掲げた本を受け取ると、ばーっと勢い良く流し読む。
パラパラと音を立てて、ページが捲られていくその様は、とても本を読んでいる速度ではない。
だがそこは、近隣諸国まで脳筋ぶりが鳴り響いてしまっている、軍事関係に能力を全振りした次兄である。
これでも次兄は、持ち前の動体視力で、きちんと内容を読み取っているのだ。
――まあ、本に書いてある内容を頭に入れることと、その内容を理解していることとは、同じ事ではないのだけれど。
時間にして数十秒、内容を全て頭に入れ、ぱたんと本を閉じた次兄の顔は、何とも形容しがたいものだった。
「……シャルロッティ」
シャルロッティに読み終えた本を手渡した次兄は、難しい顔で腕を組む。
「……複数人で妾を共有するのは、趣味が悪すぎると思うのだ……」
ああ、そういう見方もあるのか。
シャルロッティは、目から鱗が落ちる思いだった。
軍事以外はポンコツ仕様の脳筋に、大した答えは期待していなかったが、やっぱり、自分と異なる視点と言うのは大事である。
「つまり、共用にくべ――い、いたいいたいいたいっ!!
痛いのですが兄上っ?!!
というか、いきなり何をするのですか、この脳筋っっっ!!!」
何故か次兄が、シャルロッティの頭を鷲掴みにして、掌にぎゅぅぅぅぅっと力を込めてきた。
殺傷能力のある金属塊を振り回すべく、日頃から鍛練を欠かさない次兄の握力は、相応に強い。
「シャルロッティ……」
齢十二のか弱い妹に、教育的指導(物理)を食らわせている騎士団長は、深々と溜息を吐いた。
「うちの師匠は、反面教師にしかならならないのだぞ。
――師匠が使う言葉を、真似してはいかんのだ」
「わかりましたっ!!
分かりましたから、今すぐこの手を放してくださいっ!!!」
小動もしない次兄の腕を、両手で持った本で殴りつけながら、次期大公は叫ぶしかなかった。
それなりに厚い本の角を利用したにもかかわらず、次兄が平然としているのが、少し納得いかない。
涙目で解放された頭を抑えながら、シャルロッティは頬を膨らませる。
とりあえず、このことは、長兄と養父に通報せねば。
婦女子の扱いがなっていない脳筋は、二人から説教を兼ねた八つ当たりでもして貰えば良いのである。
シャルロッティは、効率優先の、傍目には大分セコイ報復行動を心に誓った。
そんな妹の脳内予定など露知らず、次兄は、眉間に皺を寄せ、顎に手をやる。
「シャルロッティ、そもそも男系の社会で、ぎゃくはーれむは難しいのではないか?
産まれた子供の父親が分からないのでは、誰の責務や財産を引き継ぐべきか、判断できないだろう」
それはそうだ。
父親から我が子へ、その財を引き継がせるという想定ならば、逆ハーレムなんぞ利点も何も無かろう。
むしろ、カッコウの托卵よろしく、他人の子供の教育に金と労力を注ぎ込む恐れすらあるのだ。
――まあ、それは、父親から息子への血の継承を最優先させる、男系の社会だからという話で。
本を抱きしめたシャルロッティは、可愛らしく首を傾げる。
「男系社会ならば、ラザロス兄上の言う通りでしょうが、女系の想定ならば、特に問題はないのではありませんか?
兄上の御友人のキリル様のお手紙に、東方の女帝が沢山の側室を囲っていると言うお話がありましたし」
「……ああ、そう言えばキリルの奴、そこの国の、三日三晩かけて食す全席料理を食べたいと書いていたな」
「兄上、そこは今関係ありませんから」
食いしん坊の親友を思い出して、話を脱線させかける次兄に、シャルロッティは突っ込みを入れた。
全席料理は、逆ハーレムに無関係だ。
「女系ならば、別に托卵の心配などしなくても良いですし、妊娠中は何かと不便だという話ですから、人手は多い方が、都合が良いですよね。
自分で男を養えるのならば、女帝の様に男を何人か囲うのも悪くないかもしれません」
「……シャルロッティ、ひもが何人もいて、役に立つのか……?」
基本的に、男が女を養う男系社会の思想が染み付いている次兄が、渋い顔をする。
次兄は、ナイフ一本で雪山に放り込まれても、普通に生き延びた逞しさからか、ひもにはあまり良い印象を持っていない様だ。
「そこは、飴と鞭の使いようでは?」
「……別に、金で男を囲うくらいなら、その金で優秀な部下を雇った方が、妊娠中に楽が出来るのではないか……?」
次兄のまっとうな指摘に、シャルロッティは、言葉に詰まった。
「……そう、ですね……」
――…………。
「ラザロス兄上、逆ハーレムの利点って、何なのでしょうか……?」
「何なのだろうなぁ……?」
――色々な種類のイケメンにちやほやされたい! イケメン達とイチャイチャしたい!! という、女子の欲望がずっぽ抜けた、逆ハーレムの利点に関する兄妹の議論は、堂々巡りの様相を呈していた。
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