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赤い砂  作者: 庭雨
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18

 ううっ、濡れた服が気持ち悪い。寒くて凍え死にそうです……。

 かれこれ一時間ほどは歩き回りましたが、そろそろ諦めて別荘へ戻るべきかもしれません。このままでは風邪をひいてしまいます。

 ですが、わたしは幸と約束を交わしました。律子も瀬高さんも無事に連れ帰ってくるという約束を。なので、もう少し、体の限界まで頑張ってみるべきです……が、頭はクラクラしますし、両足共々鉛のように重く感じるので、限界はもう目前だと思われます。力尽きてしまう前に、戻ったほうが賢明でしょう。

 ですが……


 ――どさ。


 自分のひ弱さを軽んじていたみたいです。身体的な疲労と精神的な疲労に押しつぶされ、ここから前へ進むために必要な気力は粉々に砕けてしまいました。


「氷花?」


 あ、あれは……幻影でしょうか? 涙と雨に浸されて霞んだ視線の中に映ったのは人の形をした何かでした。もしかしたら疲れ果てたわたしを、異界へと導いてくれる天国からの使徒なのかもしれません。


「大丈夫か?」

「……見ればわかると思いますが、大丈夫ではありません。助けてください」

「そうだな。私が別荘まで運んでやろう」


 痛む頭をうんとかろうじて頷かせると、律子は地面に横たわっているわたしを両腕で持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこという形でわたしを抱えて森の中を進み始めました。

 律子の腕はびしょびしょに濡れていますが、わたしの背中に触れる彼女の肌はとても暖かく感じられました。空から降ってきた冷たい雨の一滴一滴が、彼女に触れた途端に温水と化しているかのようです。


「そういえば、瀬高さんはどうしたんですか?」

「……」


 律子は気まずそうに立ち止まり、顔を俯かせてわたしから目を逸らしました。


「崖から転落した」

「え?」


 き、聞き間違いでしょうか? ぼそっとつぶやいていたので、その可能性は十分にあります。


「私の責任だ。 霧に覆われていてよく見えていなかったらしい。止めようとしたのだが、彼女は私の忠告を無視して先へ進み、足をすべらせてしまった」

「そ、そんな……」


 あれほど温かかった律子の腕は一気に冷え、鉄のように硬く冷たく変質しました。いえ、違います。わたしの肌が感覚を失ったのです。

 頭の中でピアノの音が鳴り始め、世界がまるで夢の中での出来事であるかのようにぼやけていきます。


「急いで助けようとしたが、手遅れだった。彼女は荒れ狂う海の中に落ちてしまったよ。これは彼女を追い詰めた私の責任だ」


 律子は間違っています。これは律子だけの責任ではありません。こそこそと犯人探しを続けていたわたしたち全員の責任です。


「皮肉だな。助けようとした人が、私の手によって死んでしまうだなんて」

「律子、あまり――」


 思い詰めないでください、と言おうとしたところで意識が遠のき、わたしの視界は暗闇に侵食されました。




***


……。


………。


…………。


『ママ〜、見てみて!』

『まあ、また百点を取ったの?』

『凄いわね。うちの子も見習って欲しいわ。氷花も頑張らないとだめよ』


 お母さん、わたしだって頑張ったのに。

 前より点数が上がったのに。

 どうして褒めてくれないの?


『ねえ、あんた律子の従姉妹なんでしょ?』

『今度、友達呼んであたしの誕生日パーティーやるんだけど、律子に日時を伝えておいてくれる?』

『じゃあ、よろしくね!』


 あれ?

 わたしは呼ばれてないの?

 わたしはトモダチじゃないの?


『ねえ、氷花。知ってる?』

『律子がピアノのコンクールに出るんだって』

『凄いわよね。あんたと同時期に始めたのに、もうこんなに上達しちゃうなんて』


 ピアノってあんまり面白くないなあ。やめよっかな。


『どうしたの、氷花?』

『え? ピアノやめちゃうの?』

『どうして? 私は氷花のピアノ好きだよ?』


 だって……、いくら頑張っても律子にはかなわないし。


『先生、私ピアノやめます』

『えっ、どうして? 律子ちゃん、このまま頑張ればコンクールで優勝するのも夢じゃないはずよ?』

『……』


 律子、どうしてそんな目でわたしを見るの?


『ピアノが面白くないからです』


 そっか、律子はピアノをやめるのか。

 律子がやめるんだったら、もうちょっと頑張ってみようかな。


『おい、氷花』

『放課後ちょっと話を聞いてくれないか?』

『なあ、俺と付き合わない? お前のことが好きなんだ』


 わたしだけを選んでくれる人。

 律子ではなくわたしを選んでくれる人。

 だからわたしは彼が好き。


『なあ、今度の休み遊びに行かないか?』

『そうだ! どうせなら律子も連れて行こうぜ』

『人は多い方が楽しいだろ?』


 ちょっと嫌だけど……律子に彼を自慢できるし、いいのかな?


『え? 律子はこれなかったのか?』

『そっか。あいつっていつも忙しそうだもんな』

『残念だぜ』


 でもわたしが一緒だから、残念じゃないよね?

 わたしとだけでも楽しいよね?


『……』


 どうして何も言ってくれないの?


『なあ、氷花』

『悪いけど、俺を振ってくれないか?』


 え?


『実は俺、律子のことが好きなんだ』

『律子との接点を増やしたくてお前に近づいた』

『でもな、お前と付き合っているせいか、逆に遠慮されがちになって、全然律子と話ができなくなっちまったんだよ』


 き、聞こえない。


『だから別れたいんだけど俺がお前を振ったことにしたら、俺の印象が悪くなるだろ?』

『俺を最悪な奴だと罵ってくれてもいい』

『だからお願いだ。俺を振ってくれないか?』


 嫌だ。何も聞こえない。


『頼むよ』


 嫌だ。聞きたくない。

 死にたい。死んじゃえ。みんな死んじゃえ。

 死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。死んじゃえ。


 ――グサ。


『みんなに死んで欲しいのか?』


 り、律子?

 確かにそう言ったけど……。


『どこまでいったの? キスはした? もしかして、もっとエッチなことも?』

『別にまだ大したことは……』


 ――グサ。

 や、やめて。

 

『何か情報を持っているのか?』

『……そ、それは……。で、でも、新宮さんは、多分……』


 ――グサ。

 ち、違う。


『僕が死んだら、今回の事件を全部僕のせいにして欲しいんだ』


 ――グサ。

 わたしはこんなことを望んではいない。


『あたしじゃないんだってば! どう考えても怪しいのは氷花の方じゃん!』


 ――グサ。


『氷花先輩、どうかしたの?』

 律子、やめ――!

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