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赤い砂  作者: 庭雨
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「あ、あたしはやってないよ!」


 噛みながらも、早口に喋る瀬高さん。


「心配するな。まだそうと決まったわけではない。それに美々がいなくなった時、瀬高はずっと私と一緒にいた。つまり瀬高にはアリバイがある」

「で、でも……い、いや……だって……」


 盗聴していたのがバレてしまい、パニック状態に陥っているのでしょうか。目を白黒させながら、クチをパクパクと釣り上げられた魚のように上下させています。


「瀬高、少し話を聞かせてもらえないか?」

「えっ、え?」

「確認して置きたいことことがある」

「で、でも、あたしじゃないんだよ!」


 律子がゆっくりと詰め寄るたびに、瀬高さんは同じ程度の距離を後退ります。とうとう壁に背後を取られて行き場を失った彼女は、今にも泣き出しそうです。


「あたしじゃないんだってば! だ、だって……そ、そうだ! どう考えても怪しいのは氷花の方じゃん! そ、そうだよ! 氷花だよ! 部員じゃないし、学校ではいつも暗いし、何考えてるのかよくわかんな――」

「落ちつけ、瀬高。ここで難癖をつけることになんの意味がある?」

「で、で、でも……あの日はあいつ、晩ご飯を食べてなかったんだよ!」


 瀬高さんが人差し指をわたしに向けると、律子はわたしの方へ振り向きます。注目の対象が移り変わって少し安心したのか、彼女のこわばっていた口が少し緩み、ざまあとでも言いたげに唇の端を吊り上げました。


「本当なのか、氷花?」

「えーっと……あ、はい。彼女の言った通りです」


 佐川さんのために作ったオムレツを食べてしまったので、晩御飯を入れるスペースがわたしのお腹に残っていなかったのです。


「なるほど。瀬高からの視点だと氷花が怪しく見えるということか」

「そうだよ! というか、あんたたち三人まとめて怪しいよ! いっつも、なんかこそこそ話してるし」

「……ふむ。瀬高の言いたい事はわかった。確かに私は氷花が犯人ではないことを、私は証明できないな。やむをえない。氷花、瀬高を押さえつけるのを手伝ってくれ。無理やり話を聞き出す」

「え……、それはいささか強引すぎるのでは?」

「ば、ばかじゃないの! そんなこと言って、本当は律子たちが犯人であたしも殺す気なんでしょ!」


 そう叫ぶと、瀬高さんは狼に追われるうさぎのごとく、素早く四つん這いのまま階段まで逃げ、転げ落ちるような速度で駆け下りていきました。


「おい、瀬高! 待ってくれ!」


 わたしは瀬高さんを追おうとする律子の肩を掴み、彼女を引き止めました。


「さすがに『押さえつけてくれ』はなかったんじゃないですか?」

「ああ、少し前まではそうだった。だが、もし瀬高が犯人であり、なおかつ私たちが彼女を疑っていることを彼女が知ってしまった場合。瀬高はどう動くと思う?」


 そういうことでしたか。もし瀬高さんが犯人なのであれば、これまでの経緯から考えて彼女が再び殺人に及ぶのは十分にありえることです。


「ですが……、わたしには瀬高さんが犯人だとは思えないんですよ。そのリスクを踏まえても、やはり拘束しようとするのはやりすぎではありませんか?」

「わかっている。だがこれは私たちの身の安全を確保するためだ。もうすでに三人もの仲間を失っている、用心深くするに越したことはない」


 律子はわたしの腕を振り払い、瀬高さんを追って階段を降りていきました。

 私たちの身の安全。これまでに散った三人。律子の主張は理解できます。これ以上の被害を出さないために、わたしたちは全精力を注ぐべきです。しかし……、より優れた代案を出せるわけではありませんが、わたしはやはり律子のやり方には納得できません。頭でいくら考えても、律子の行動にどういう欠陥があるのかはわかりませんが、きっと何かが間違っている。わたしの心がそう告げていました。

 わたしは律子を止めるべきです。


「幸さん、おかゆを食べ終わったらお椀はそのままで大丈夫ですよ。あとで取りにきますね」

「うん」


 立ち上がって深呼吸を一度し、自分の決意を再確認します。


「あのね、氷花先輩」


 部屋から出ていこうとすると、幸がわたしに話しかけてきました。


「どうかしましたか?」

「うちはね、瀬高さんが犯人だとは思わないよ」

「わたしも同感です」


 そもそも瀬高さんには決定的なものがいくつか足りていません。第一に計画的犯行を成し遂げるための頭脳。まあ、これはわたしの偏見なのかもしれませんけどね。

 そして二つ目のファクター。それはわたしの知る限りでは、彼女に動機はないという事実です。

 潔白を証明できない人を最初から疑って入るなんて間違っています。

 律子にがつんと言ってやりましょう。


「気をつけてね。氷花先輩」

「すぐに戻ってきますよ。二人を連れて」


***


 壁に掛けてあった誰のものかわからないレインコートを借り、早足で律子の後を追って外へ向かいます。辺り一面に霧がかかっていてそう遠くまで見渡せないので、二人の姿はもう視認できません。ですが、森の茂みの中へ直行でもしていない限り、進める方角は限られているので、それらを洗えばたいした時間をかけずに見つけられるはずです。まずは手短に捜索できる、別荘の裏庭を確認してみましょうか。

 ぬかるんだ地面に足を取られないように気をつけながら、別荘の壁に沿って歩いていき、すぐに裏庭にたどりつきましたが、律子と瀬高さんの姿は見当たりませんでした。ですが、霧が濃くて数メートル先までしか確認できないので、奥の方に誰もいないとはまだ言い切れません。


「律子! 瀬高さん!」


 精一杯の声を張り上げましたが、暴風にあっという間にかき消されてしまいました。おそらく誰の耳にも届いていないでしょう。

 面倒ですが自分の足で歩き回って、地道に探すしかなさそうです。


「わっ!」


 痛ててっ……。気をつけていたつもりだったのですが、うっかり転んでしまいました。ううっ……、泥の匂いがします 。レインコートが下敷きになってくれたのでスカートは無事ですが、その代償に明るいきれいな黄色が、土と草が混じった汚い茶色に染まってしまいました。返すときに謝らないといけませんね。


「……栞?」


 そういえば、これって誰のレインコートなのでしょうか? とりあえず奈々さんのではない事を祈りましょう。


「栞、やっと見つけた!」

「ひぇっ!」


 何者かがわたしの体に腕を回し、きつく締めつけています。


「一緒に帰ろ。……もうこんなのは嫌だよ」


 泣いている……のでしょうか? ひぐっと嗚咽している音が聞こえます。おそるおそる首を回し、ギリギリの横目でわたしに抱きついている人物の顔を目視しました。


「帰ってあたしん家で一緒に遊ぼ。あいつも呼んでもいいからさ、もう何も文句は言わないから」


 抱きついてきた人物の正体は佐川さんでした。


「栞、あたしを許してくれるよね? ずっと友達でいてくれるよね?」


 どうやらわたしのことを新宮さんだと勘違いしているみたいです。


「……佐川さん、お取り込み中のところ申し訳ないのですが、わたしにそのようなことを言われても返答に困ってしまいます」


 嗚咽がやみ、握力が弱まりました。


「わたしは氷花ですよ。新宮さんではありませ――」


 急に視界が反転し、ガツンと頭に強い衝撃が走ります。


「ねえ? あたしを貶めて、からかって、笑い者にして楽しんでるの、あんた?」


 怒る猛獣の血走った眼球。雨に濡れて落ちかけている化粧が引いた黒い線。この世のものとは思えない形相です。わたしを強引に押し倒した佐川さんは、膝をわたしのお腹に突き刺すようにのしかかり、 両手でわたしの首を固く握りました。

 い、息が……できません。


「さ…、しゃがわさ……がはっ」


 は、はぁ……。死ぬかと思った……。なぜかはわかりませんが手を離してくれたみたいです。


「そもそも全部あんたのせいよ。あんたみたいな厄病神を連れてきたから……。あたしは何も悪くない、何も悪くない、何も悪くない……」


 ぶつぶつと呪詛のような言葉を呟きながら、佐川さんはおぞましい表情でわたしをにらみつけます。そして何かに気づいたのか、急に言葉を止め、顔をわたしの鼻先まで下ろしました。


「ねえ、あんた。どうして栞のレインコートを着ているの?」


 さっきまでの狂人めいた物言いとは違って、割と落ちついた話し方です。もしかしたら、ここでうまいこと謝れば、見逃してもらえるかもしれません。


「す、すみません。軽い気持ちで拝借してしまいました。すぐに返すのでどうか許してください」

「じゃあ、今すぐ返しなさいよ」

「は、はい。今すぐ返します」

「……」

「……」


 えっと……どいてくれないと立ち上がれませんし、レインコートを脱げませんよ。ですがそれをどう見ても尋常ではない彼女に直接告げたら、逆ギレされてひどい目に合うかもしれませんし、いやはやどうしたものやら……。


 何もすることができず、視線を交差させるだけの硬直状態が続きます。佐川さんの表情が少しずつイライラし始めてきました。このままじっとしていたら彼女の中の何かが爆発しそうです。


「あの……申し訳ないのですが、そこから動いてくれませんか? 現状だと体を自由に動かせないので、レインコートが脱げな――」

「キーーーッ!」


 急に湧いたヤカンのように叫んだ意図はわかりませんが、湯気が出るほど怒っているのは確かです。場にそぐわない若干おちゃらけた感想ですが、それはかろうじて平常心を保つためであり、正直なわたしの体はがくがくぶるぶるとおののいています。


「じれったい!」


 迫りくる佐川さんの両手はわたしの顔や腕を容赦なくひっかき、レインコートの袖を乱暴に握って、女子のものとは思えない腕力で無理やりそれを引っ張り始めました。

 しばらくすると、ビリっと破ける音とともにわたしの体からレインコートが解き放たれ、佐川さんはそれをぎゅっと抱きしめると、地面に死んだように横たわっているわたしを放置してそのまま別荘の方へ走っていきました。


「はぁ……」


 口の中で血の味がします。


「……なんだか疲れた」


 実際に取られたのはレインコートだけなのに、何か大切なものを奪われてしまったような気分です。わたしは地面に両手をつき、きしきしと痛む体をなんとか起こします。

 困ったことに服が泥まみれになってしまいました。払おうとしてぽんぽんとスカートを叩いてみましたが、手の表面に一部がグッチョリとくっついてしまっただけで、まるで落ちません。今すぐシャワーに入りたいものですが、手遅れになる前に律子を探しに行かなくてはなりません。

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