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赤い砂  作者: 庭雨
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 佐川さんは相変わらず引きこもっており、奈々さんは美々さんを探しに再び森の奥へ去っていき、律子は罠を確かめてくると言って外へ出かけていき、聖堂さんは今朝以来行方をくらましたまま。

 幸は二階の部屋にいるはずですが、今朝のことがあったのでこちらから会いに行くのは気まずいですし、もちろん彼女のほうからわたしにアプローチしてくることもしばらくはないでしょう。

 残ったわたしと瀬高さんはリビングのソファの上にだらりと座りながら、無言のまま窓の外を眺めています。


 重い空気を和らげようとしているのか瀬高さんは時々沈黙を破って世間話を始めようとするのですが、あからさまに興味なさげな「へー」や「そうなんですか」がわたしから容赦なく乱発されると、彼女が持ち出した話題は全てあっさりと撃沈されました。

 今のわたしには仲良しごっこをする気力は微塵も残っていません。彼女に付き合って楽しそうなおしゃべりを演出しようとすれば、完全に燃え尽きてしまうでしょう。


「ねえ、先週の恋キスなんだけど――」

「すみません。そういうのはよくわからないんです」


 三度目になるまったく興味がないドラマについての会話を瞬殺すると、瀬高さんはとうとう諦めてしまったのか、口を開かなくなってしまいました。

 その後、わたしたちは微動だもせずに、チクタクと音を響かせる時計を眺め続けているだけです。

 しばらくすると幸が階段を降りてきました。彼女はリビングを一瞥し、


「ちょっと外で野草を探してくるね。晩御飯に必要だと思うから」


 と言って、わたしと瀬高さんを置いて森の中へ去っていきました。

 野草は昨日持ち帰った分があるので、どうしても今すぐ探しに行く必要はないはずです。なので、おそらく彼女はこの気まずい空間を避けるための口実としてそれを使っただけでしょう。

 何らかの理由を考えて、わたしも佐川さんのように部屋に引きこもるべきなのかもしれません……。


「あ、あのさあ。なんか遊ばない? 退屈でしょ?」


 わたしにはまったくわかりませんでした。なぜこのような状況の中で瀬高さんは笑顔を保ち続けることができるのでしょうか。接着剤で顔を固めている疑惑ありです。


「すみません。とてもそんな気分にはなれないんです」

「そう。そうだよね。やっぱりこんな時に遊ぼうだなんておかしいよね……」


 正面から拒否されたのがショックだったのか、瀬高さんはソファの隅っこに移動し、縮こまって塞ぎ込んでしまいました。

 さっきまでは鬱陶しいなとしか思っていませんでしたが、こうなってしまうと急に罪悪感が湧いてきます。

 瀬高さんはきっと気分が晴れないわたしのことを心配して話しかけてきていたのでしょう。いくら無神経な人だとはいえ、辛いのは彼女も同じはず。なのに彼女は笑顔を崩さず、話題を絶やさないように頑張り、わたしにその笑顔を分けようと気を遣ってくれていました。

 鬱を移してしまったわたしの方がよっぽど無神経です。


「ねえ、氷花ちゃん」


 クッションに顔を埋めたまま瀬高さんはわたしに話しかけます。


「どうかしました?」

「あたしたち無事に帰れるのかな?」

「……」


 わたしは彼女を安心させる答えを言うことができませんでした。


***


 律子、幸、奈々さん、そして聖堂さんが別荘に戻ってきたのは夕暮れ時でした。

 くじを引いた結果、晩御飯を調理するのは聖堂さんと幸に決定。幸と組まずにすんで、少しほっとしてしまったわたし自身にちょっと嫌悪を抱いてしまいます。


「奈々と佐川に晩御飯のことを伝えてきた。私はこれから肉の調理をしてくる」

「え、肉がまだ残っていたんですか?」


 律子の言葉に驚いたわたしは思わずそう尋ねました。


「ああ。罠にかかっていたウサギがな」


 本当に自分で肉をさばくつもりだったんですか? 確かに罠を仕掛けていたのは知っていましたが、まさか本当にウサギがかかって、まさか本当に律子が調理するつもりだったとは微塵にも思いませんでした。


「あの、衛生的なこととか大丈夫なんですか?」

「食べたくないのなら、食べなくてもいいんだぞ」


 大丈夫だと言わないところが非常に怪しい。ですが、まあ、律子のことなので多分大丈夫でしょう。思わず嫉妬してしまうほどに何でもできちゃいますからね、この人。


 数分後、律子が焼いたウサギ肉と、幸と聖堂さんが全員分の小皿によそいだサラダがリビングに運ばれてくると、匂いにつられたのか佐川さんと奈々さんが誘い出されたように二階から降りてきました。

 律子はビスケットとウサギ肉を大皿に乗せて各自に渡し、幸はその上にさらにサラダの小皿を乗せていきます。

 正直なところ、この辺鄙で小さな島で集められる食材などではろくなものが作れなさそうだと思っていたのですが、とろりとしたステーキソースが塗られたほかほかの焼肉や、新鮮そうな野草が並んだサラダは結構美味しそうです。


 ですが、重要なのは見た目ではなくて中身。とりあえず味見してみましょうか。消化効率を考えて、わたしはまずサラダにフォークを突き刺します。

 そして大きく口を開いてぱっくり、そしてもぐもぐ。


「……」


 おいしい。

 醤油をベースにしたピリ辛な和風ドレッシングが、野草の旨味を絶妙に引き出しています。これは今すぐもう一口食べる必要がありますね。さっさとお皿に乗っている分を片付けておかわりをもらいに行きましょう。


「あ、氷花ちゃん。ちょっと待って」


 フォークを口に含もうとした直前、ソファに飛び乗ってわたしの横に座った幸に待ったをかけられました。いったいどうしたのでしょう。今すぐにも食べたくてうずうずしているのですが……。


「あのね、そのフォークに乗ってる野草はね、実はうちが一番好きなやつなんだ。でも、うちの皿にはあんまり入ってないみたいで……、だから、その……」


 これはもしかすると仲直りのチャンスでしょうか? となるとちょっと惜しいですが、ここでわたしが取るべき行動は一つですね。


「いいですよ。そちらの皿に移しますね」


 わたしがフォークを幸の皿の上に運ぼうとすると――


「ああ、えっと、そうじゃなくてさ」


 またまた待ったをかけられました。


「そのまま食べさせてくれていいよ」

「そのまま?」

「ほら、あーんって」

「あーん、ですか……」


 よくわかりませんが彼女の機嫌が改善するのであればそれで構いません。わたしがフォークを幸の口元まで持ち上げると、彼女は瞳を閉じて口をなまめかしく半開きにします。

 とがった先端が唇に刺さってしまわないよう慎重にフォークを前進させ、野草の全体が口の中に収まるのを確認し、幸がはむっと可愛く口を閉じたと同時に、わたしはフォークをするっとすべるように引き出します。


「おいしいですか?」


 もぐもぐと噛みながら幸は嬉しそうに微笑み、うんと頷きました。

 さてと、次は焼肉の方に挑戦してみましょうか。フォークをぐさっと表面に突き刺すと、開いた穴の中へソースがねっとりと染み込んでいきました。わたしはそれをおそるおそる舌の上に乗せ、覚悟を決めてがぶりと歯を食い込ませます。


「……」


 想像していたよりかはあっさりとしていて食べやすかったです。少なくともラム肉の悲劇が再来することはないでしょう。


「おいしいか?」


 確かにおいしい焼肉でした。頬がとろけるほどの美味とまではいきませんが、スーパーで買える並の肉なんかよりは全然まろやか。しかし律子のあまりにも自信に満ちた問いにちょっとイラッときたので、あえて半端な答えを返してあげましょう。


「まあまあですね。食べられないことはないです」

「ふむ、そうか。ならば次はもっと工夫しなければいけないな」


 この人の強靭な心を折るのは一筋縄ではいかなさそうですね。


「どれどれ、私も味見してみようか」


 律子は横にしたフォークをナイフのように使い、焼肉を飲み込みやすいサイズに切ってから、それをぱくりと口内に含みました。その様子を眺めていたわたしは、彼女の右手の端に赤茶色のシミがついていることに気づきました。


「律子、その手はどうしたんですか?」

「ああ。これはきっと調理していた時についた血だ。洗い落としそこねたみたいだな」


 律子がウサギをむごたらしく切り刻むイメージが脳裏に浮かび、一気に食欲が消え失せ、とてつもない吐き気に襲われました。

 い、胃がっ……。

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