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赤い砂  作者: 庭雨
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序章

 がたんごとん。がたんごとん。

 列車のリズミカルな快音に茶々をさす、耳障りな会話が後ろの席から聞こえてきます。


「どこまでいったの? キスはした? もしかして、もっとエッチなことも?」

 がたんごとん。がたんごとん。

「別にまだ大したことは……」


 がたんごとん。がたんごとん。

 一定したペースを、美しく規則正しく保つ列車のタイヤとは違い、彼女たちの会話はえっちらおっちらと不安定に揺らぎ続け、突拍子もないどうでもいい事が延々と続く。これ以上聞き続けたら、わたしまでもが恋愛脳になってしまいそうです。

 わたしは右側の席に座る女子たちに耳を傾けます。


「なあなあ、昨日の恋キス見たか?」

「あー、見た見た!」

「面白かったよね!」


 残念ながら、先ほどの駄弁と大差ないレベルの話題でした。

 つくづく嫌になってしまいます。どうして女子中学生というものは、こうもワンパターンな言葉しか発しないのでしょうか。子供はもっと想像力豊かなものであるべきなのに。


氷花(ひょうか)、いつまでそのぶすっとした表情を続けるんだ?」

「氷花先輩、大丈夫?」


 今度はこちらへ面した前方の席に座っているお二方がわたしの名前を呼んでいます。


「大丈夫ですよ」


 もちろん実際のところは、身体的にも精神的にも大して大丈夫ではありません。正直、ものすごく死にたい気分です。喉をカラカラに乾かして砂漠をあてもなくさまよっていたわたしに、通りすがった善人が水筒を渡したら、お礼代わりに水を顔面にぶちまけられていただろう、といった心境です。


「本当に? どこか痛いところでもあるの、気分は大丈夫?」

「問題ありませんよ」


 しいて言うなら胸が痛いですかね。

 医者にいけば治るような病気ではないので、どうしようもありませんが。


「そういえば、次の駅まであとどのくらいですかね? 座りっぱなしだったせいで、そろそろお尻が痛くなってきました」

「そうやって、はぐらかすなよ。ずっと今にも吐きそうな顔をして無言のまま窓の外を見ているから、心配してたんだぞ」

「いらぬ心配をかけてしまい、すみませんでした」


 わたしの目前に座っている気が強めな方の女の子は、呆れ果てたように大きなため息を吐きました。

 彼女は両腕をがしっと交差させて、しなやか右足を左足の上に固く組んでいます。非常に堂々とした、たたずま……失礼、座っていましたね。居住まいです。あまりにも崇高な貫禄を放っているので、ついつい自分の目線がへりくだってしまい、彼女が実際よりも大きく、高く見えてしまったのです。


「そうずるずると過去のことを引きずるのは時間の無駄だろ? もっと今を楽しむ努力するべきだ」

「そんなことは、わかっていますよ」


 ですが、そんなに簡単に忘れることができるのであれば誰も苦労なんてしません。


「もしかして、誘っちゃって迷惑だった?」


 心配そうに歪めた口を少し開きながら、もう一人の大人しそうな女の子はわたしを気遣います。


「いえいえ、そんなことはないですよ。今の状態で自室に閉じこもっていたら、何をしてしまうか、わかったものではありませんからね」


 リストカットとか、過剰摂取とか。まあ、そんなことをする勇気はわたしにはありませんが。

 堂々とした態度の女の子は顔をしかめました。


「そう暗いことを言うなよ。そんなに卑屈になっていたら、良いことがいつになっても回ってこないぞ」


 このやたら上から目線な女の子は、わたしの従姉妹、美和律子(みわりつこ)です。

 今日は彼女が部長を受け持っている茶道部の合宿に無理やり連れてこられています。彼女は気分転換と称していましたが、今の所、この旅行は苦痛にほかならない悪夢。右も左も恋愛脳だらけ。既に帰りたくなってきたのですが、列車に乗ってここまで来てしまった以上、もう引き返すことは叶いません。


「えっと、ねえ、氷花先輩。トランプでも遊ぶ?」


 律子の左隣で、小動物のようにもぞもぞとしているメガネ少女が、そう問うてきました。彼女の名前は……えーっと、確か一年下の――


「サキ……さん?」


 あまりにもうろ覚えだったので、うっかり疑問形を使ってしまいました。


「えっと……、(さち)だよ。桃ヶ崎(ももがさき)幸」


 彼女は苦笑しながら首を振り、わたしの発言を訂正します。幸なことに、機嫌を損ねたりはしていないようです。幸だけに。


「す、すみません。人の名前を覚えるのは苦手なんです」


 と、わたしは言いましたが、実は割と記憶力には自信があるほうです。ですが、今日に限ってはどなたのお話も、右耳から入っては、左の耳へと流れ出てしまいます。


 はぁ……。


 もう、何度目のため息かわかりません。そろそろ、酸素が切れかかっているのではないでしょうか。


「ナイスアイデアだ、幸。じゃあ、ババ抜きでも遊ぶか」


 ババ抜き。それは、誰にも愛されることなく常にハブられてしまう老婆を、嘲笑う残酷なゲーム。想像するだけで、目から涙がこぼれ落ちます。

 ……我ながら、くだらないほど強引なマイナス方向へのこじつけですね。


「氷花、ババ抜きでいいか?」


 あまり乗り気ではありませんが、他の方たちにわたしのノイローゼを移してしまいたくはないので、ここは大人しく賛同しておきましょう。


「何でも構いませんよ」

「よし、決定だ」


 律子は幸の小さな手のひらからトランプのデッキを受け取り、ちゃっちゃとプロのディーラーのように器用な手さばきでカードを切ります。律子は勉強といい、スポーツといい、トランプのシャッフルといい、本当に何でもできてしまう。しかも、容姿端麗で明朗闊達。嫌いになれるところがなさすぎて、同じ女として嫉妬せざるを得ません。

 遺伝子は結構似合っているはずなのに、どうしてわたしはこうもあからさまな人間としての劣化品になってしまったのでしょうか。


 一枚ずつぐるぐると順繰りに配られるカードを目で追いかけていると、律子にばしっと額にカードを叩きつけられました。

 結構痛い……。


「氷花が先にいきな」

「では、遠慮なく」


 わたしは真っ先にババを引き当てました。

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