表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

後編

 使者は、陛下の署名の入った羊皮紙を高く掲げ、その内容を読み上げた。


 まずは僕の罪。


 婚約者でありベレングリデ公爵令嬢マリーニに対する謂れのない断罪と侮辱行為。


 ヘレナへの貢ぎ物購入のために公費を無断で使用した行為。


 側近としたトレバー公爵子息レンダルならびにグラール侯爵子息ボルディアから賄賂を受け取り、要職に就ける便宜を図った贈賄行為。


 そういった罪状に続き、言い渡されたのは、王太子の位ならびに王位継承権のはく奪、王籍からの永遠なる除籍、財産の没収、山城への蟄居……。


 とうとう、この日が来たのかと、僕は読み上げられる言葉を静かに聞いていた。


 病後の気怠い体には、ひんやりとした床に膝をついて王に敬意を払う姿勢はかなりつらい。


 だけど僕は王子として、王太子として、最後の仕事をやり遂げなくてはならない。


 僕のとなりでヘレナがブルブルと体を震わせ、「そんな、嘘よ……!! クリステン様は王になるの! クリステン様にはその権利がある!!」と、必死に声を上げているが、もちろんそんな言葉をまともに聞く者などいなかった。


 僕は、使者に向けて跪いて頭を垂れた。


「………全ては、陛下のお心のままに」


 そうして僕は、泣くことなく、声も震わせず、僕は全てをやり遂げた。


 全て終わったのだと、安堵して深く息を吐いた。


 ヘレナはそんな僕の行動を、ただ黙って凝視していた。


 おそらくは驚きのあまり、何の反応もできないでいたんだろう。


 彼女のよく知る王太子殿下は、今まさに消え去ったのだから。


 彼女は小さく「……冗談じゃない」と呟いた。


 逃げるように僕の側から身を引こうとした。


 ……残念だがヘレナ。


 君はもう逃げられないんだ。


 僕はヘレナの手を握りしめると、彼女の体を引き寄せた。


 そして……使者の口から、ヘレナの罪状が読み上げられはじめた。


 とたんにヘレナの美しい顔がゆがみ、赤らんでいく。


「嘘よ……こんなの嘘……」


 ヘレナの唇から、そんな言葉が漏れ落ちた。


 ……彼女はこの瞬間まで、断罪されることを、思いもしなかったのだろうか。


 色んな人々を欺き害してきたというのに、ばれることなどないと本気で考えていたのだろうか。


 アンドレアスの婚約者、パトリッティアを死に追いやった出来事ですら、彼女にとっては最早記憶の外に追いやられてしまったのか……?


 使者が最後にヘレナへとこの山城での幽閉言い渡すと……それは事件を公にすることを嫌った末の甘い措置ではあったのだが……ヘレナは急に暴れ始めた。


 手足をばたつかせ、彼女の手を握る僕の手に思い切り噛みついた。


 鋭い痛みに、僕は思わず彼女の手を離してしまった。


「………私じゃない!!

 私は知らないわ!

 関係ない!!

 ……そうよっ!!!!

 私は、関係ないっ!!!

 全部、クリステン様が、勝手にしたことよっ!!!!

 私は王都に戻る!!!

 アンドレアス様なら!!!!

 きっとアンドレアス様なら分かっていただけるわ!!!

 彼に、会いに行くわ!!」


 ヘレナはそんな風に叫び声をあげながら、部屋を出ようとする。


 だがもちろん、ヘレナは衛兵たちに取り押さえられた。


「………ちょっと!!!!

 通しなさいよっ!!!!

 離してっ!!!!」


 拘束されてもなおヘレナは必死に逃れようとし、衛兵の一人に槍でしたたかに打ち据えられた。


 それでもなお彼に掴みかかったヘレナの髪は乱れ、自慢の服は裂け、数日前まで王宮を我が物顔で歩いていた人物と同じとはとても思えない状態だった。


 しかしいくら暴れたところで、鍛え上げられた衛兵たちに適うはずもなく。


 ヘレナは縛りあげられ、与えられた部屋へと運ばれていった。


 ………全てがほんの数分の出来事だった。


 そして僕はこれで、本当に全てが終わったのだと、そう思っていた。

 






 それから1ヶ月が瞬く間に過ぎて行った。


 その間ヘレナはずっと、部屋に閉じこもり過ごしていた。


 意外なことに彼女が暴れたのはあの日だけで、それ以降は静かに過ごしていると聞いていた。


 僕は……あの日以来彼女に会っていなかった。


 ヘレナが僕と会うことを拒絶したからだったが、もう彼女を好きなフリをする必要もなくなった今、無理をして会う必要性も感じなかった。


 だから久しぶりに彼女から会いたいと申し入れがあった時は、ほんの少し違和感を感じた。


 もちろん僕も全く警戒をしていなかったわけではないのだが、それでも久しぶりに会う彼女が非常に機嫌がよく、以前のように僕に笑いかける様子に、ほんの少し油断をしてしまったのだろう。


 彼女を部屋に招き入れた後、扉から視線を逸らした次の瞬間背中に衝撃と熱を感じた。


 痛みを感じたのは、その後だ。


 咄嗟に振り返り背後を確認すると、血塗られた剣を握りしめ、体を震わせる若い兵士の姿が見えた。


 刺された?


 思わず腰に手をやると、濡れた感触が手に伝わる。


 何が起きたのか必死に理解しようとするけれど急速に思考が鈍くなり、霞がかかったように考えることが難しくなった。


「クリステン様!!」


 それから先は、何故か世界がゆっくりと進んだ。


 僕に駆け寄るリオーニ。


 嬉しそうに笑みを浮かべるヘレナ。


 揺れる体。


 衛兵たちの叫び。


 がくんと膝から力が抜け。


 僕の視界は徐々に低くなり。


 全身に衝撃が伝わり。


 硬く冷たい床の感触。


 喧騒の声が小さくなり。


 狭まる視界。


 ここで僕は死ぬのか……。


 死を意識した僕が最後に思い浮かべたのは、マリーニ。


 静かに微笑むマリーニの姿だった。







 …………結論から言うと、僕は死ななかった。


 何日も生死の境を行ったり来たりしたものの、僕は生き延びた。


 僕には、いろいろと聞くべきことがあった。


 ヘレナはどうしているのか。


 僕を刺したあの兵士はどうなったのか。


 そもそも僕を殺すことになんの意味があったのか。

 

 だがそれよりも先に、僕は彼女に問いかけた。


「………どうして、ここに居るんだ……?

 マリーニ……!!!」


 僕は、信じられない思いでマリーニに問いかけた。


 意識が回復し、目を開いたときに最初に視界に入ったのはマリーニの瞳だった。


 驚き身体を起こそうとして、背中に激痛が走った。

 

 息が詰まり、硬直する体を、マリーニの手がゆっくりと寝台へと引き戻す。


「クリステン様、まだ眠っておられなくては……!!」


 夢か幻だと思いたいが、背中の激痛が目の前の彼女が現実の存在だと教えてくれた。


 思わず「どうして……!」と問いかけ、彼女を見つめた。


 久しぶりに会うマリーニの姿に、ダメだと分かっていても心が浮き立つ。


 嬉しい、と、思ってしまう。


「………一体、どうして……?」


 もう一度僕が問うと、マリーニは目元を緩めてほんの少し微笑む。


「陛下に………お許しを頂くのに、お時間がかかってしまいました。

 お側に参るのが遅くなってしまい、申し訳ございません」


 マリーニの答えを、必死に考えようとするのだけれどどういうことなのかどうしても分からない。


 陛下の許し?


 いったいどういうことなのか。


 責任感が強く義理堅い彼女のことだから、僕の次にアンドレアス、と言われても、すぐには納得しないかもしれない。


 だけど彼女はアンドレアスのことを好きだから、誠心誠意申し込めば必ず承諾してくれるはずだとそう伝えていたのに。


 何か手違いがあったのだろうか?


 どうしてこうなったのか、本当に意味が分からなかった。


 だけど、こんなのはダメだ。


 彼女はこんなところに居てはいけない。


 彼女は国母となり、輝かしい生涯をおくるべき人だ。


 僕は扉近くで控えていたリオーニを呼び寄せると、彼の手を借り上半身を起こした。


「クリステン様、起き上がっては傷が開いてしまいます!」


 マリーニは心配そうに声を上げた。


 寝ていただけのはずなのに僕の体力は相当に落ちていて、起き上がると同時に頭がくらりとしたけれど、とても横に伏せてなどいられなかった。


 とにかく早く、早く彼女を王都に戻らせなければ、と思った。


「マリーニ。

 君は……君は、何か勘違いをしている。

 …………僕はもう、王太子、じゃない。

 君の婚約者、でもない。

 王都に戻るんだ………」


「……奇遇ですわね。

 クリステン様。

 私も、すでに公爵令嬢ではございません」


「なっ……!!!!」


「わたくし……クリステン様との婚約破棄も、アンドレアス様との婚約も、両方嫌だと父に申しましたの。

 ですから私はまだクリステン様の婚約者でございますし、父からも勘当されましたので、もう王都には戻れませんの」


 僕は信じられない思いで、彼女を見つめた。


 勘当された……?


 まさか、と思う。


 ベレングリデ公爵はマリーニを溺愛していて……とても勘当なんて考えられない。


 だけど彼女は、やっぱり僕の目の前にいて、その言葉が本当だと告げている。


 どうしてマリーニは、そんなことを。


 何もかもを捨て僕を選ぶだなんて………!!!!


「……………マリーニ、君はっ!!!」


 ああ、ダメだ。


 声が震えてしまう。


「君は………馬鹿、だ………」


 本当に、彼女は馬鹿だ。


 どうしてだ。


 どうして、こんな僕に……。


 王妃となり、どんな栄華も望めただろうに。 


 僕はこらえきれずに涙を一粒瞳からこぼしてしまった。


 僕には、彼女を幸せになんてできない。


 資格だってない。


 それでも。


「……マリー……。

 ………僕の、マリー……」


 僕は言葉にならない思いの代わりに、彼女の手をぐっと握りしめた。


 それから……彼女はずっと僕の側にいてくれた。


 季節が変わっても。


 新しい年が訪れても。






「準備はいい?」


 僕は恥ずかしそうに目を伏せるマリーニに問いかけた。


 あれから……時が過ぎ……僕を襲った兵士も、そしてヘレナも、処刑されてこの世にはいない。


 そういったことはすべて僕の知らぬうちに終わっていて、事の顛末を聞かされたのは随分後のことだ。


 ヘレナは……彼女の執念が成し遂げたことだと思うが……驚くべきことに僕がたわむれに口にしたルスフェル公爵の金塊を発見していたのだという。


 それも、過去発見された金塊の、倍以上のものを。


 彼女はその金塊があれば、再び王都に戻れると……そう考えたらしい。


 そしてそのために僕の存在が、邪魔だった……。


 だがもちろん、彼女の考えはまったく見当違いなことだ。


 金塊を運び出す手段など彼女にはないし、運び出せたとしても彼女が王都で同じような立場に返り咲くとは不可能だ。


 だが彼女は、僕が死ねばそれが可能になると考えた。


 そして、まだ若く純朴な兵士を……彼女にとってはお手のものだが……誘惑し、僕を殺害するように計画をたてたという………。


 道ずれになった兵士は、自業自得とはいえ、可愛そうなことをした。


 彼もまた僕という存在に振り回され、あたら命を失ったのだから。


 そういうことを考えると、僕という存在そのものが罪深いと、改めて感じてしまう。


 果たしてこんな僕が、幸せになってもいいのだろうか。


 回復し命を長らえた僕は、マリーニとともに過ごしながらも、そんなことが許されるのかと迷う日々が続いた。


 そんな僕のためらいのせいで、彼女をずいぶん待たせてしまった。


 何も言わず僕を信じ待ち続けたマリーニの頬に、僕は優しく唇を落とした。


「まぁま、そんなことはお式が終わってからにしてくださいませ!

 せっかくの化粧が取れてしまいます!!」


 マリーニがこの山城にやってきたとき、ただ一人伴った侍女のローズマリが金切り声を上げた。


「……っ、すまない、ローズ!」


 僕は慌ててマリーニから体を離した。


 もうすぐ始まる僕たちの結婚式のために、ローズマリはただ一人でマリーニの身支度をしてくれた。


 ドレスは公爵令嬢であったマリーニにしてみたら、ずいぶん質素なものだったが、それでも、マリーニは幸せそうに微笑む。


 そして………。


 僕が彼女に婚約破棄を言い渡したあの日から3年がすぎた今日。  







 マリーニと僕は正式に、夫婦となった。


 


 


                                        完

大変お待たせいたしましたが、やっと完結……(*´▽`*)!!


と言いつつ、全然、フラグ回収できてない(ノД`)・゜・。


というか、マリーニ視点、長すぎて後編に組み込めなかった……!!! _| ̄|○


マリーニ視点は現在執筆中です(本編1話分くらいになりそう)……何時になるかは分かりませんが、マリーニ視点を加えて、完結としたいと思います。


気長にお待ち下さるとうれしいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ