表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/98

97.涙の婚礼

 そして半年が過ぎ、体が回復したアンジェリンは、正式な妃になる朝を迎えた。

 早朝から準備が慌ただしく進み、あっという間に式の時間になった。


「お出ましの時間です」

 鼻と目を真っ赤にしているターニャに促され、アンジェリンは静かに立ち上がった。

「お嬢様、国王陛下がお迎えにいらっしゃいました。いよいよでございますね。私はもう……涙、涙でございますよ。若旦那様も若奥様もこのお姿をどんなに見たかったことか。あの小さな赤ちゃんがこんなに大きくなって王様の奥様に……っ」

 ターニャは、涙をぬぐうと、他の侍女たちと一緒になってアンジェリンが移動する準備を始めた。


 引きずらないと歩けない後ろ丈が長い純白のドレス。凝ったレースの白い花が全体に散りばめられ、清楚で上品なドレスを飾る。ドレスと共の布で作られている金糸が細かく入った髪飾りもドレス同様、丈が長く、流れ落ちるように床に布がたまっている。

 ターニャをはじめとする数人の侍女たちがドレスと髪飾りの裾を持ち上げた。アンジェリンが支度部屋からゆっくりと出ると、赤い衣装に身を包んだフェールが待っていた。

 彼が着ている上質の布で仕立てられた上衣は、いつかココルテーゼが噂していた赤い衣装。まさか、アンジェリンのためにフェールがこの衣装を使うことになるとは。これはクレイア王女との婚礼のために作られたものだったのに。彼が赤い衣装を着ることは普段はない。

 アンジェリンは新鮮な気持ちで赤い服のフェールを見上げた。彼の両腕には王の証である大きな黄金の腕輪が、そして、明るい色の髪には腕輪と同じ模様が刻まれた儀式用の王冠が光を放つ。どこから見ても本物の国王陛下だ。

 ──この人が私の夫に。信じられないわ。

 すてき、似合っている、という軽い言葉では示せない感情に心が高鳴った。


 フェールはアンジェリンの姿を見るなり、周囲の人々がびっくりするほど上機嫌な笑顔を見せた。

「最高に美しい。これならば王妃になる者として恥ずかしくない気品だ」

「そ、そうでしょうか。緊張で変な顔になっているかもしれなくて……練習したんですけど、きれいな笑顔が作れません」

「笑えなくても問題ない。儀式はすぐに終わる。ただ、式が終わるまでは花嫁は口を訊いてはならない。それだけは守ってくれ。先に言っておくが、式が終わっても駄洒落はいらぬぞ」

「……そんな余裕、ありませんよ」

「駄洒落を言われてもこちらも対応できぬ」

 こんなときでも駄洒落の話をするフェールに、アンジェリンは、くすっ、と笑った。

「よし、アンが笑った。それでよい。行くぞ」

 差し出された彼の手に、アンジェリンは手を重ねた。

 ──私の緊張をほぐしてくれようとしたの?

 白い手袋越しに、彼の手の温かさとやさしさに力をもらいながら、廊下を歩いた。


「国王陛下、および、リーザ・ニハウラック様、ご入場です」

 広間への扉が開かれた。


 式場となった広間には多くの人が身動きできぬほど詰まっていた。招待客の中には、戦中に活躍したシューカイル執政官や、シャムアのルヴェンソ王子の姿もある。人が通路として開けている真ん中を、アンジェリンはフェールに手を取られながらゆっくりと進んだ。

 混雑する招待客たちの前を抜けると、その先には花嫁側、花婿側、それぞれの親族たちが左右に分かれて待っていた。最初に向かう先は、花嫁側。ウィレムを抱いたロイエンニと祖母スティエが待ち構えている。そしてその隣には、アンジェリンの真の両親の肖像画が立てかけられていた。

 等身大の半分ほどの大きさで描かれたその絵は、生前のナタンとジャネリアの全身画で、彼らの婚約式の時に描かれたものだという。絵の中でナタンに寄りそうジャネリアは、いつかアンジェリンが身に着けた緑のドレス姿で、見覚えのある額飾りをつけて微笑んでいる。

 花嫁側には、その絵の他にも、ニハウラック家の人々の現存する肖像画すべてがずらりと並べられており、普通の婚礼では見たこともないような異様な光景を醸し出していた。

 アンジェリンは、大小の絵になっている死者たちの無言の参列に身を引き締めながら進んだ。多くの絵が成婚の様子を見守っている。ひときわ目を引く両親の絵。絵の中のジャネリアは本当にアンジェリンに生き写しだった。


 フェールはロイエンニとスティエの前に来ると、アンジェリンの手を取ったまま深く頭を下げた。

「ロイエンニ・ヴェーノ殿、およびニハウラック家の方々。そちらのご令嬢、アンジェリン・ヴェーノこと、リーザ・ニハウラック嬢を私の妻にいただきたい。今日に至るまで、ご令嬢は身勝手な私に振りまわされ、辛い思いをさせられてきた。だから、私は、これからはリーザ譲の幸せを常に考え、決して彼女を苦しませたりしないことをここで誓う。私はリーザ嬢を妃に迎え、生涯大切にし、ウィレムと共に愛し続けていく。結婚を認めてくださるか?」


 ロイエンニに抱かれているウィレムが抱っこを嫌がって、ロイエンニの腕の中で暴れているらしく、アー、ウー、という声と共に衣擦れの音が聞こえる。打ち合わせでは、ここでロイエンニがすぐに承認の返答をするところだったが、返事の声はなかなか聞こえてこなかった。

 ──お父様?

 アンジェリンはフェールと共に頭を下げて、育ての親の言葉を待ち続けた。祖母スティエがすすり泣いていることは音でわかったが、頭を下げているため、ロイエンニの様子はわからない。ウィレムが動いていて、言葉どころではないのだろうか。

 婚礼の手順は、入場、花嫁の親の承認、花婿の親の承認、立会人からの婚姻成立宣言、と進む流れで、この場で、もしも、ロイエンニが結婚を認めないと言ってしまえば婚礼は成立せず、アンジェリンは正式な妃になれない。


 張りつめた空気をピリピリと感じながら、アンジェリンはフェールと共に頭を下げ続けてひたすら待つ。

 ──お父様、認めてくださらないの?

 フェールの方も、いつまでも何も言わないロイエンニに焦りを感じているようで、つないだ手を強く握ってきた。まさかの事態。前日の打ち合わせではロイエンニはきちんと言葉を述べていたが。

 アンジェリンもフェールの手を強く握り返した。

 ──どうしよう、お父様が何も言ってくれない。本当はこの結婚に反対だったのかも。

 冷静に考えれば、親ならば許せないことばかり。黙ってフェールと一緒に家を出て、結婚もしていないまま子を身ごもり、のこのこ戻ってきて牢獄入り。家名汚しをして迷惑と心配をかけまくった。そんな相手との結婚を許せないのは当然だ。

 もしも、このまま承認してもらえなかったら、この後どうなるのだろう。人々の混乱は避けられない。


 長すぎる間に、広間にぎっしり詰まった人々からもひそひそ声が聞こえてきたころ、ようやくロイエンニは言葉を返した。小さく、かすれた震え声だった。

「……リーザ・ニハウラックの育ての父親として、わたくしロイエンニ・ヴェーノは、陛下の誓いが偽りではないと信じ、娘を陛下に嫁がせることを……認めます。ふつつかな娘でありますが、どうか……娘を大切に……してやってください」

 ほっとしたアンジェリンが顔を上げると、ロイエンニは瞳を潤ませており、アンジェリンと目が会った瞬間に目にたまった涙が零れ落ちた。彼の目は真っ赤で、その唇はヒクヒクと震えている。

 ──泣いていて声が出せなかったの?

 アンジェリンは込み上げてきた嗚咽をこらえた。この父なくしては、今の自分はなかった。大きな秘密を抱え、親族と断絶してまで家族として育ててくれた。その深い愛情は、決して上辺だけのものではなかった。

 ──自分勝手な娘でごめんなさい。

 娘として返せる恩は、自分が幸せになること。幸せである自分を見せること。それしかない。

 唇を噛んで、フェールともう一度深く礼をする。

「承認、感謝します」

 フェールの声に自分の気持ちを乗せて、ロイエンニと目を合わせると、ロイエンニの震える唇が音のない言葉を紡いだ。


『幸せになりなさい』


 アンジェリンは耐えられず涙をこぼしながら軽く会釈した。

 ──お父様……お父様……ありがとう……。



 花嫁の親の承認が終わると、次は花婿の親の方へ。アンジェリンはフェールに手を引かれ、左側で待つマナリエナの元へ進んだ。

 花婿側には絵が並べていないこともあるが、人が少なかった。花婿フェールの叔母アムネや従弟のヴァリーが、親族としてこの場に出ることを辞退したためだった。ヘロンガル家の関係者も当然、ひとりもいない。マナリエナの関係者が数人いるのみ。


 ザース王子は、マナリエナの背後の遠い壁際に女官姿で立っていた。王の弟としてではなく、あくまでも王太后付きの女官として会場にいる。フェールは今も公的には、ユヒラマはザースの替え玉であって弟ではないとし、ザースの遺体発見の偽情報を流して、ザース生存説のうわさの火消しをした。近衛兵と白花隊の一部、および、ザースの手当てに当たった医術師など一部の者だけが真実を知る。


 遠目に見えるザースの視線を感じ、アンジェリンは昨夜のことを思い出した。ザース王子とはあの雨の夜以来、ずっと会っていなかったが、婚礼前夜となった昨夜、ザースの方からアンジェリンを訪ねてきた。彼の傷もほぼ癒えたらしく、以前とまったく変わらない王子の様子にアンジェリンは胸をなでおろした。少しの時間だったが、ザースとはいろいろな話ができた。アンジェリンが、助けてもらったことの礼だけでなく、反対されていたのに王妃になること、そしてユヒラマの正体をばらしてしまったことを謝罪すると、ザースの方は、サイニッスラでのことを謝罪してくれた。


『サイニッスラではよけいなことを言ってしまったね。私は、兄上とあなたの愛情の深さを測り損ね、二人が別れることは当然だと思っていた。私は兄上にまたしても負けてしまった。兄上がこうだと言ったら、多くのことはほぼその通りになることを忘れていたよ』

 アンジェリンは「負け」という言葉の意味がよくわからず、燭台の灯りに照らされているザースの顔を凝視した。

『そう、負けたのは私だ。表面上はいつも私の勝ち。だが勝った後にいつも私は敗北感でいっぱいになる。弓の試合のときでも、私に敗れた兄上には、その後、一流の弓の師がついた。その弓の先生は、私がお願いしても教えてくれなかった人だった。そんなふうに、私には誰も手を貸してくれなくても、兄上にはみんなが手を差し伸べる。あれはひとつの才能だ』

 兄弟のいないアンジェリンには、兄弟間の確執のような感覚はよくわからなかった。何でもできる天才の弟王子は、密かに兄に嫉妬心を抱いていたということなのだろうか。

『兄上は、相手が積極的に協力したくなるような状況を簡単に作ってしまう。シャムアのルヴェンソ王子だって、元は敵だったくせに兄上と友達になってしまった。兄上の願うとおりに事は進んでいる』

『ルヴェンソ様の本音は私にはよくわからないですけど……』

 確かにザース王子の言うように、フェールが願えば多くのことが現実になっている気がした。

 望まれて彼の妻に。しかしそれはこの第二王子にとっては不快なことだったに違いないのだ。

 アンジェリンは頭を深く下げた。

『あの……すべては私が悪いんです。陛下と別れられる場面はこれまでに何度もありました。別れなければいけないことも理解していました。でも私は、陛下がお帰りになろうとしたときに引き止めたりして、ずるずると陛下のお心を引っ張ってしまって……申し訳ありません』

『それについての謝罪の必要はない。あなたも兄上に動かされている人間のひとりなのだ。兄上は努力家だ。人は頑張っている人間に対してはやさしくなれるもの。だから兄上が多少強引なことを考え付いても、それをどうにかしてやろうという協力者は必ず現れる。ルヴェンソ王子だけでなく、シドだってそうだったのだから。あなたも同じだ。ただ、兄上はとても危ういことでもよく考えずにやってしまう』

『そうですね……』

『だから、あなたは生涯兄上から離れず、そして見捨てずに兄上を支えるのだ』

『はい』

 誓いを込めて強く頷いた。

『困ったことがあるなら私を呼べ』



 予定通り、頭をさげて、マナリエナに向かって承認を求めるフェールの言葉を聞きながら、彼の手を意識した。

 ──私はこのディンに動かされている? 確かにザース様がおっしゃるとおりかも。駄洒落を言うことを望まれた時も、シド様の部屋で結ばれることになったこともそう。すべてはこの人の思うままに。それでも私は、それを嫌だとは思っていなくて、むしろ、ずっと操られていたいと思ってしまう。一生そんなふうにこの人の思うままに動かされる愚かな女でもいい。それが全然苦痛ではなくて、一緒にいることが幸せだと思えるから。

 これからもあなた《ディン》を愛している、という思いを手に込めて、少し力を入れた。


 フェールの承認を求める言葉が終わると、マナリエナはすぐに返答してくれた。

「ここまでの二人の長く険しい道のりを思えば、今日の日を迎えられたことは、奇跡のようなこと。多くの幸運に恵まれただけでなく、多数の人々の命がけの協力があったからこそ、今があることをお忘れなきよう。わたくしマナリエナは、花婿フェール国王陛下の母親として、この婚礼を認め、二人が末永く幸せであることを望みます。フェール陛下、これからは聡明な王としてだけでなく、リーザの生涯の伴侶として、そして、ウィレムのよき父でありますように」


 アンジェリンが顔を上げると、マナリエナも目を潤ませてアンジェリンを見つめていた。

「承認、感謝します」

 フェールが先ほどと同様に返すと、マナリエナは周囲に聞こえない小さな声でつぶやいた。

「おめでとう。ジャネリアもきっとこの姿を見ていることでしょう。喜んでいると思います」

 アンジェリンは、マナリエナの半泣きの顔を見たら、また泣けてきた。すぐそこにあるジャネリアの絵。マナリエナはきっとアンジェリンの花嫁姿にジャネリアの面影を重ねている。

 フェールの手の力が再び強くなった。これ以上泣くな、と言われているのだと思う。必死で気を引き締めた。

 ──マナリエナ様も私のために秘密を守りながらおひとりで生きて来られて……。お父様と同様、この方もサイニッスラで起こったことで運命が変わってしまったのね。私の一族のことでラングレ陛下と仲たがいなさって、お辛かったでしょうに。

 秘密を守り続けることがどんなに大変だったことか。本当に多くの犠牲の元に今の自分はある。

 ──私、陛下を生涯愛し、そのお心を守る盾になります。これからもご指導いただきますよう、よろしくお願いします、お義母様。

 感謝の気持ちを込めて、もう一度頭を下げた。



 やがて、婚礼は無事に終わり、アンジェリンは王城のバルコニーに立ち、王妃として初めて民衆に手を振った。ウィレムを抱いたフェールと共に、波のように押し寄せる人びとの祝福の声を全身に受けた。

 民衆にまんべんなく目を配り、あらゆる方向に手を振るよう気を付けていたアンジェリンだったが、すぐ下の最前列にいる少々目立つ人々を見て、あら、と目を止めた。

 最前列に張り付いている数人が狂ったように大きく手を振り、その場でピョンピョンと飛び跳ねて警備兵たちを困らせている。見覚えのある顔がいくつか。

 ──あれは! 薬師の村のセシャさんとルウちゃん! その隣はたぶんマロ? 背が高くなって感じが変わったけど。

 さらにその後ろにいる人は、顔が半分隠れて見えないが、『ささやき亭』の主人のようだ。

 ──みんな、仕事を放り出してここまで来てくれたの?

 ここに至るまでに出会った人たち。みんなやさしい人ばかりだった。貴重な薬を使って傷の手当てをしてくれたセシャとルウニー。夜道を案内してくれたマロロス。衛兵を追い払ってくれた『ささやき亭』の主人。彼らに命を救われたことは、絶対に忘れはしない。

 さっそくフェールに耳打ちした。

「陛下、最前列のあそこにセシャさんたちが。あのグフィワエネの子も一緒に」

「おお、本当だ。ルウの隣にいる少年が、私が逃がした子か? たしか、私の留守中におまえに求婚したやつだな?」

「はい、たぶんそうです。大きくなって」


 ──みんな、ありがとう!

 アンジェリンは彼らに分かるように手を大きく振った。

 マロロスが大声で何か言っている。

 どうやら、『アンのばかやろう! 俺を選べよ!』と言っているらしかったが、群衆の熱気に飲まれ、彼の声ははっきりとは聞こえない。それでもフェールにも彼が叫んでいる言葉の意味はわかったらしく、フェールは苦笑いして、アンジェリンの真の名を呼んだ。

「リーザ」

「はい?」

 そうだった、今日から人のいるところではリーザ妃と呼ばれることになっている。

「口づけを」

 ここで? と言い返す前に、フェールにグイと抱き寄せられた。

 有無を言わさない口づけは一瞬だったが、人々は大歓声を上げ、若き王の結婚を祝福した。

 最前列の巻き毛の少年から特別大きな悲鳴のような声があがり、その声がしっかりフェールの耳に届くと、フェールは勝ち誇ったような笑みを見せた。



 ◇



 深夜まで続いた祝賀会も無事に終わり、アンジェリンはウィレムを寝かしつけると、王の寝室へ向かった。今日のウィレムは興奮してしまっており、ターニャや他の女官たちでは手に負えない状態になり、アンジェリンは仕方なく披露宴の途中で抜けた。披露宴が終わってしまっても寝付かせることができず、すっかり遅くなってしまった。


 付き添うマリラ侍女長は、王の部屋の前まで来るとアンジェリンに深く頭を下げた。

「王妃様。失礼ながら、まさかあなた様が王妃様になられるとは思っておりませんでした。フェール様があなた様と失踪したと聞き、わたくしはそのようなことはあってはならないことだと思って憤慨していたのでございます」

 ふっくらとした顔の侍女長は、感慨深げにアンジェリンを見ると微笑した。

「ですが、今はもうそのようなことは思っておりません。あなた様こそ王妃にふさわしいお方。陛下は、あなた様の広くやさしいお心に惹かれたに違いありません。侍女時代、駄洒落で殿下のお心をなごませたことはすばらしかったですが、何よりも、仕事に文句を言うことなく、いつも控えめで目立とうとする欲も見せず、仕事を丁寧にこなすお姿は忘れておりません。ココルテーゼの失態をかぶったこともございましたよね? わたくしはココルテーゼがやらかしたことだと気がついておりましたが、そのままにしてしまいました。申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな……」

「申し遅れましたが、ご結婚おめでとうございます」

 アンジェリンは「ありがとうございます」と言ったものの、他にどんな言葉を出せばいいのかわからず困ってしまった。相手は元上司。自分が王妃になったからといって、横柄な態度はとりたくない。しかし、何を言っても上から目線になりそうだ。

「王妃様……あの、結構な結婚式でした」

「あ……はい」

 マリラの顔がにっこりと笑い、丸々とした顔が一段と膨らんだ。

 ──もしかして、今、駄洒落を言った? マリラ侍女長が? 気のせい?

 アンジェリンが驚いてマリラの顔を見つめていると、マリラはアンジェリンの背中を押した。

「陛下がお待ちでございますよ。わたくしはここで。おやすみなさいませ」



 アンジェリンがひとりで王の部屋に入ると、フェールはすでに部屋着に着替え終え、バルコニーに置かれた石の椅子に腰かけて夜風に当たっていた。

「遅くなってすみませんでした。ウィレムがぐずってしまって」

 アンジェリンが室内から声をかけると、フェールは中へ入ってきた。

「今日は仕方がない。あんなに多くの人を見たのはあの子は初めてだ。徐々に慣れてもらうしかないな」

 フェールは扉の前にいるアンジェリンに近づいてきた。灯っている燭台の火の数は少なく、夜の室内は薄暗い。他には誰もいない。

「長かったが、やっと夫婦になれた。これでだれにも気兼ねすることはない。ロイエンニが認めてくれないのではないかとヒヤヒヤしたが」

「私も冷や汗が出ました。お父様がずっと黙ったままだったら、もう、どうやってあの場をとりつくろえばいいのかと思って」

「認めてもらえてよかったな。おかげでおまえは私の妻になった。今日からよろしく頼む」

 フェールは笑顔で手を差し述べた。迷わず手をつなぐ。それだけで心臓も呼吸も熱を帯び、普通ではなくなっていく。

 つながれた手に導かれ、王の寝室へ入った。

 寝台までたどりつくと、彼の手が離れて体にまわった。目を閉じて唇を差し出す。

 口づけを交わしているうちに、衣服が体からすべて落ち、肌が合わさった。


 ――愛してる。もう離れない。


 その夜、王と王妃が愛し合う部屋に男女の花が咲いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ